Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
6 ダニィの音色

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ダニィとモニークは同棲している。
2人とも15に満たない少年少女であるが、兎人族では10歳を過ぎれば
同棲をするカップルがいても何ら珍しいことではない。

家は洞窟内の岩を削って作られた一軒家である。
モニークの父ヴィトー・J・コルレオーネから
かつて、その長男ディオゴへ譲り受けられたコルレオーネ一族の家だ。
今はディオゴからダニィ・ファルコーネに受け継がれ、
ファルコーネ家のものとなっている。もっとも、孤児だったダニィにとって
ファルコーネ家というのはただの記号に過ぎない。幼い頃から
父ヴィトーに引き取られ、生まれ育った彼にとってコルレオーネ家の生活が全てだった。
正直、ファルコーネという姓は棄てて、コルレオーネと名乗りたかった。
だが、父ヴィトーはそんな彼にこう言った。

「黒兎人族は姓を大事にする……姓とは君が今ここに居る証なのだ。
だから、何があっても姓は棄ててはいかん。
育ちは違えど、生まれたことへの感謝を忘れてはならん。」

今となっては古い考え方だ。
ならば、女性はどうするのか。結婚して姓が変われば生まれたことの~と
いう意見もあると思う。だが、ヴィトーが義理ではあれ息子ダニィに
言いたかったのはそういうことではないと思う。
自分の生まれた場所に誇りが持てなかったダニィの心を癒すために
言ってくれたんだと彼自身、思っていた。

一聞すると豪勢な印象を受けるが、そんなに豪勢なものでもなく
一つの空間にキッチンと居間が合体したダイニングスペースと
ダニィとモニークの寝室があるだけの質素な家だ。

ダニィが玄関の扉を開け、モニークを中へと通し、
彼女が完全に家に入ったのを見計らってダニィは外を睨んだまま扉を閉じた。 

家の中は静まり返っている。
かつては父ヴィトー、義兄ディオゴ、そのディオゴの従姉ツィツィ・キィキィ、
ヴィトーの愛弟子であり、ディオゴの尊敬する義兄分のヌメロさん……
そして自分たちダニィとモニーク……彼らが共に食卓を囲む賑やかな家庭だった。
コルレオーネ一族の食卓とは一族の絆を重んじる温かい食卓こそが誇りだった。

だが今となってはどうだ。
父ヴィトーは今は大病を患ってラディアータ教の僧侶たちの居る寺院で隠居生活を送っている。
ヌメロは、そんな父ヴィトーの看病だ。
義兄ディオゴはテロ組織で白兎人族への徹底抗戦を行っている。

ディオゴの従姉ツィツィ・キィキィは唯一、そんな2人を心配して
時折面倒を見に来てくれている。彼女が居れば、同じ女性であるから
モニークも少しは落ち着いて会話が出来る。

だが、本来ならば恋人同士水入らずで居たいものだ。
だが、それも叶わない。
家に入るなり、モニークは寝室へと籠もったダニィもそれに続いて寝室へと入っていく。
ただし、その寝室は彼女が居る方ではない。
義兄ディオゴの部屋だ。軍隊暮しをしているディオゴの部屋には
その部屋の持ち主の姿はない。だが、それでも不在者の部屋を物置代わりになど使ってはいなかった。


カップルの同棲する家でありながら、寝室が2つある状態であった。
恋人同士のダニィとモニークが同じ寝室で眠ることは、今となっては決っしてない。


モニークの脳裏にあの惨劇の夜を思い出される。
夜という暗闇の中、あの男の声が心から響いてくる。深淵に封印した筈の忌々しい過去から
あの男の声が響いてくる。

「ぅう……!!」

耳を塞いでもモニークの脳裏からは離れることはないのだ。
夜という暗闇の中で、彼女を蹂躙したアーネスト・インドラ・ブロフェルド……
あの男の声が。

あの男の罵声、吐息が彼女の心の中で 何千何万倍もの大爆音となって反響し、
まるで悪魔の叫びの様に聞こえた。

巨人の様な拳に殴られ、罵声を浴びせられ、穢らわしいドロドロとした
白濁色の液体を飲まされ、ダニィに捧げる筈の処女を奪われた
あの残酷な過去(トラウマ)が、男の声が引き金となってフラッシュバックするのだ。

彼女にとって更に残酷なのは、それがダニィの声でもフラッシュバックすることだ。
男というだけで、ダニィの声があの悪魔の声と重なってしまう。

夜の静けさの中で、青い天井を見つめながら
モニークは心の中でダニィに赦しを求める
心の何処かで、ダニィを受け入れられない自分の心の弱さを。 

ダニィ程、一途で献身的な恋人は何処を捜してもいないだろう。彼はモニークが苦しまぬよう幸せを棄てた。モニークが自分から言い出さない限り、彼は決っして彼女に触れたりしなかった。

ダニィが自分に触れないよう我慢してくれているのをモニークは知っていた。 そして、その裏でダニィが零した涙の数も……
勿論、ダニィがそんな姿を自分の前で見せたことはない。だが、一緒に居れば分かる。 
たとえどんなに、手を払いのけられても、頬を叩かれても、突き飛ばされても、ダニィはごめんなと言って笑ってくれた。泣きたいのはきっとダニィの筈なのに、泣いていたのは自分ばかりだった。涙で目で閉じる自分に悟られない様に、きっとダニィは泣いていたのだろう

愛に見返りなど無い 報われることも無い
たとえ拒絶されても、愛を棄て去ることは出来ない。

ダニィの一途さが、モニークには痛すぎた……


ダニィは俯いていた顔を上げるとギターを手を伸ばした そして、まるで我が子の様に 優しくギターを抱き寄せるダニィの姿が 何故か美しく輝いているように見えた。

ダニィは壁を隔てた向こうで眠るモニークを寝かしつけるため 毎晩こうしてギターを奏でるのが日課だった

夜の闇の中でモニークが男の声を聞かずに安心して眠れるようにダニィが考えた方法だった。

ダニィのーつーつの指がギターの弦を優しく弾き 空気を揺りかごのように揺らす どこか物悲しくて
かき消されそうなほど 儚く奏でる
そのギターの音色がモニークには心地良くて
彼女はすやすやと眠りについた。

哀しく微笑むダニィの瞳はどこか暖かく
夜空に宝石を散りばめたかのように寂しく輝いていた

愛する君の手を触れられない
不幸せは 確かにある
だが、音楽でなら君の心に触れられる
幸せも 確かにある

今 奏でられているこのギターの音色が
何よりの証だ……
絶望だけの人生に身を寄せるしかなくても
希望がここにあることは紛れもない本物だ。
夢幻なんかじゃない……

ギターの音色を一つ一つ紡ぎながら
ダニィもまた眠りにつくのだった

       

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