78 聖人君主の怒り

ディオゴが自己嫌悪に浸っている中、更に火に油を注ぐ事態が勃発する。こともあろうに、なんとあの
セキーネが陣地へと姿を現したのである。


「何故舞い戻られたのだ!! セキーネ殿下っ!!血迷われたのか!」
ノースハウザーから突然の来訪を聞かされ、慌ててゲオルクは陣地より数十キロ先の廃墟群に駆け付けた。影武者を陣地に置いてきたものの、ゲオルクは内心穏やかでは無い。突然の知らせに度肝を抜かれ、思わず激怒してセキーネに尋ねる。
「こんな場所をディオゴやヌメロに見られたら無事では済みませぬぞ!! 」
ゲオルクの怒りも理解できぬことではない。
何のためにこの男をフローリアから脱出させたというのか、その苦労が水泡と帰すような真似をまさか依頼人自らがしでかすとは思いも寄らなかった。
「正直なところ、今直ぐこの場で殿下を斬り捨ててしまいたいぐらいだ!」
ゲオルクもとうとう我慢袋の緒が破れつつあった。セキーネを護るために、どれ程の部下を失ったであろうか・・・クルトガやアナサスとも気まずい関係になり、ガザミは陵辱され、そして今まさにディオゴとヌメロの絶縁一歩手前に立たされているのだ。味方を失うのも全て依頼遂行のためと思えば我慢出来た。セキーネからの依頼を達成することで報酬として軍資金が得られ、結果としてアルフヘイム政府より依頼された甲皇国軍撃退の任を達成することに繋がるのだ。依頼を遂行すればハイランドの国民・・・つまり家族を飢えさせずに済む。たとえ心の友達を失おうとも やり遂げねばならないのだ。
それを依頼人自らぶち壊しにくるとはまさかゲオルクも考えていなかった。
「・・・お怒りごもっともであります、ゲオルク殿。」
「ほう・・・相当の覚悟がおありのようだな、セキーネ殿下。先に申しておくが、道に背いたのは殿下の方だ。それ相応の理由があってのことでしょう。よく言葉を選びなされるが良い。」
ゲオルクは剣に携えた剣を構える。
病み上がりのノースハウザーにはかなりの心痛である。そのあまりの気迫に嘔吐した。その気迫は決っしてハッタリなどではない。事と次第によってセキーネは斬殺される可能性があった。

「・・・事情をお話しする前に報酬の話を済ませましょう・・・こうなった手前、違約金が発生するでしょう。その代わりと言っては何ですが、ゲオルク殿が此度の任務遂行義務を破棄するよう亡命先のSHWに申し立てます。依頼人が自ら傭兵の任務遂行を妨害したのですから、要求は間違い無く通るでしょう。 結果的に報酬はそのまま受け取っていただける筈です。」
「・・・当然だ。」
「では事情を説明致しましょう。
私が此度参ったのはー」





「まずは後顧の憂いを絶たねばならんからだ。」
 その軍議には大変気まずい雰囲気が立ちこめていた。
「今のアルフヘイムは、戦争に臨める政治体制となっておらん・・・」
 ガザミ、クルトガ、アナサス、ムザファール・・・そして、ディオゴとヌメロ、ノースハウザー・・・そしてあのネロも居た。
彼等の顔は重く険しい。味方同士である筈が誰も互いの目を合わそうとしない。それもその筈だ。
ゲオルクとディオゴ、そしてネロとのいがみ合いは未だに解決を見ないまま膠着状態となっていた。だが、いつまでもそれだけの為に時間を使ってはいられない。
戦況は刻一刻と悪化しているのだ。南方戦線、東方戦線、北方戦線・・・辛うじて生き残っているのは西方戦線しかない。奪われた3つの戦線奪還の為にもここで立ち止まるよりも動くしかないのだ。
もしアルフヘイムともあろう大国がこれ程までに陵辱を許したのか、それは団結の欠如である。
アルフヘイムには国王がいない。エンジェルエルフ族族長ミハイル4世、ノースエルフ族族長ダート・スタンがそれぞれ形式上のアルフヘイム代表となっているが、両者ともに甲皇国皇帝のような絶対の権限がある訳ではない。
 各部族の調整役をダート・スタンがやっているに過ぎず、村の寄り合いレベルの稚拙な合議制を取っているのだ。絶対的な魔法防壁に囲まれたヴェリア城のミスリルに覆われ、星屑の如く散らばる精霊樹の根という根で作られたシャンデリアで照らされた玄室において、様々なエルフ族の族長やラギルゥー族のような貴族や権力者たちを集めて軍議をしているものの、その中に兎人族やドワーフ族、魚人族、竜人族といった獣人族は含まれていない。甲皇軍という共通の敵に対抗するべく、形式的にエルフ族に他部族が従っているだけだ。そうせざるを得ない状況を作り出したのはダート・スタンと対立するミハイル4世である。彼女は超が付くほどのエルフ至上主義者であり、長年獣人が国政に関わることを良しとしていなかった。
「各部族に割り当てられた精霊樹をエルフ族へと返還せよ」、「亜人如きが精霊樹の魔法を使うなど 虫に文明を当たえるよりも愚か」などと過激極まりない発言をし、エルフ族と獣人族の融和を邪魔してきた。そもそも、エルフ族が彼等以外の他部族を亜人と呼び始めたのもミハイル4世が発端である。主義よりも利を尊ぶラギルゥ一族の助言もあり、ミハイル4世も2つ目の発言に対しては少し態度を軟化させ、「亜人で魔法を使用できるのはエルフの血を引く巫女の一族だけ」とした。
だが、それも彼女の仕掛けた罠であった。
便利な魔法を喉から手が出るほど欲っしていた
他部族にとって自分達の部族から巫女を輩出できるのは大変名誉なことであった。 その名誉を得るための厳しい条件には、エルフ族にとって都合の良いものが列挙された。結果的に巫女という制度は他部族とエルフとの関係を同等にするどころか、寧ろエルフへの従属関係をより一層強化することになってしまった。そればかりか、巫女の一族を輩出しようと数多くの部族が足を引っ張り合い、蹴落としあってきたのだ。
いわばアルフヘイムの歴史は足の引っ張り合いと内乱である。平時からこんな状態でどうして戦時中で団結できようものか。
「互いへの怨み・・・不信感・・・今はそれを忘れよ。 もう一度、我々は団結せねばならん。」
ゲオルクは言う、だがそれに不愉快な破壊音を立て机上に軍靴を乗せて葉巻を吹かす男がいた。
ディオゴである。

「どの口が言ってんだ? ・・・この薄汚ねぇゴキブリ野郎。この俺にこいつらと!! 手を組めというのは!!クソを食えって言ってるのと同じ意味だ!!」
ディオゴは激高しながら皆を嘲笑うかのように叫ぶ。まやもや、だ。居合わせた者たちも、またいつもの悲劇の主人公アピールかと嘆息するだけである。
「分かるか? こいつは・・・てめェが甘い汁を吸うために 俺を謀った!! その張本人が今更どのロ叩いて信頼だなんだの・・・ほざきやがるッてんだァ?! アァ?!」
完全に目が逝ってしまっていた。世の中に信じられるモノなんか何もないと言いた気に、ディオゴは喚き散らしている。
「アンタもだ!!ノースハウザー!!
アンタ、俺から指揮権を剥奪しようって進言してるって聞いたぞ・・・見損なったぜ。」
ノースハウザーは精神薄弱を理由としてディオゴとヌメロを兎人族の司令官として退任させるようゲオルクに進言した。それもこれも、ガザミの陵辱に対する罪滅ぼしである。 こうでもしなければ、兎人族はゲオルク軍と行動を共には出来ないだろう。
「・・・大尉」
一斉に兎人族の兵士達が立ち上がり、ディオゴの目の前に並列する。
「我々はこれよりノースハウザー曹長の指揮下に入ります・・・」 
ディオゴは目を見開らき、彼等の眼差しを見つめる。
「・・・そうか 分かったよ。どいつもこいつも・・・もういい!! 何処へでも行きやがれ!!どいつも!! こいつも!! 俺を!!裏切りやがッて!!」
立ち上がりディオゴが喚き散らそうとした時だった。ディオゴの顔面を激しく打ち叩く者が居た。
反射的に反撃しようと起き上がろうとするディオゴの目に飛び込んできたのはガザミの姿であった。
「あ・・・あね・・・ご」
ディオゴは絶句した。
ガザミは無言でディオゴを見下ろしていた。
言葉はなかったが、その表情にはただ失望があるだけだった。あれ以来、口も聞かず顔も合わさずにいたガザミからの久々のコンタクトが
こんな形になろうとは思っていなかった。