Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
106 ミシュガルド大陸編 胎動前夜

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~プロローグ~

 白兎人族と黒兎人族の混血の農業家フィリッピオ・ジェンコ・フェルゼッティが家族を連れてアルフヘイムからミシュガルド大陸へと渡った。もはや作物が育たない祖国に見切りをつけ、移住先で葡萄を育てようと決意したのだ。問題は移住先だ、
甲皇国はもちろん、SHWは難民を奴隷のようにこき使っているという噂を聞き、候補から外した。
フェルゼッティ一家がミシュガルド大陸を選んだのは時間の必然だった、今でこそアルフヘイム、甲皇国、SHWの利権が絡み合う魔の大陸だが
当時はミシュガルド大陸は無人島に近く、新たな理想郷を求めるパイオニアが
膣に雪崩れ込む無数の陰茎のように移住し始めていた。
フェルゼッティ一家が葡萄を育てる為に試行錯誤を重ねた知識が
今ここミシュガルド大陸の黒兎人族たちに受け継がれている。
ミシュガルド大陸はカビが多く、どうにも葡萄が腐敗し易い。そのため、通気性の良い方法が適している。四方に支柱を立て、そこから棒と針金を張り巡らせる。棒や針金の間に隙間を作らなければならない。
そして、葡萄の蔦を張り巡らせた棒と針金に絡みつかせていく。
機は妊婦のおっぱいの如く熟し、やがて隙間から果実が女子のおっぱいのように垂れ下がっていく。
棚づくりという方法の一つだ。
おまけに、日光が苦手な黒兎人族…特に兎面の者たちにとっては葡萄のツタが良い日除けとなり作業し易いという利点もあった。
葡萄はところどころ緑から紫へと染まりつつあり、中にはもう紫に染まっているものもあった。
その葡萄畑の下で、ベージュ色のフード付きのカーディガンを羽織り、木製の車椅子に座る獣人がいた。フードには2つの穴が開いており、そこからは黒い2つの兎耳が出ていた。肘掛けに置かれた両手は黒い体毛に覆われ、そこからは爪が覗いている。黒兎人族であることは間違いなかった。

「ヌメロおじちゃ~ん」
その兎人を呼ぶ2人の少年と少女が兎人の許に駆け寄る。
少女の姿は黒い髪と長い兎耳、黒い体毛に覆われた両手に少し茶色みがかった白い肌をしていて、一目で人間面の黒兎人族であることが分かった。それと比べると少年の姿は歪に見える。
紅茶のような赤みがかった茶い髪と、長い兎耳、
黒い体毛に覆われた両手がある。そして、肌は少しばかり茶色みがかった白い肌をしている。ここまでは、少女とは少し違う程度だったが何より違うのは背中から黒い蝙蝠羽が生えていることだ。
驚くべくはこの2人は双子の姉弟であった。
名はモーニカ・ J・キィキィ・ コルレオーネ、 ディアス・J・キィキィ・ コルレオーネである。
2人はディオゴとツィツィの娘と息子である。

2人はヌメロと呼ぶその男の許に両手一杯に抱えた葡萄を運んできたのだった。
無邪気な笑みを浮かべ、モーニカは葡萄を渡す。とれたての葡萄はまだ生気が漲っていて美味しい。モーニカはヌメロに味わって欲しかった。

「ヌメロおじちゃんも食べて!!」
にっこりと笑う笑顔には、ヌメロという黒兎人がかつて愛したモニークの面影があった。
当然なのかもしれない、モニークは彼女の叔母なのだから。父親のディオゴにはモニークという妹がいたことをモーニカは母親から聞かされていた。母親から若い頃の父親のディオゴと母親のツィツィ、亡くなる前のヴィトーお祖父ちゃん、モニーク叔母さん、ダニィ叔父さんとヌメロおじちゃんが映っている写真を見せてもらったことがある。鏡を見ているようだとはしゃいだものだ。モニーク叔母さんのことについて父親のディオゴは何も語ろうとしなかった。モーニカがヌメロと呼ぶその黒兎人の・・・老人はモーニカの顔を見るたびに少しばかり優しそうに微笑む。日頃は魂の抜け殻のようなヌメロの顔が優しく自分を見つめる度にモーニカは思う。おそらく、ヌメロおじちゃんはモニーク叔母さんのことを好きだったのかもしれないと。もうじきモニーク叔母さんが亡くなった歳の10歳になるモーニカに、乙女心が芽生え始めていた。

 


 モーニカがヌメロと呼ぶその老いた黒兎人を、かつての戦友たちが見た時必ずこう思うだろう。



本当にあのヌメロなのかと



まるで老人のようにやつれ、枯れ果てた姿のヌメロ・・・・・
大戦時、若々しい姿をしていたあのヌメロの10年後の姿とは到底思えない。

     


     

だが、廃人となり、不幸のどん底にいる筈のヌメロは
多くの優しさで包み込まれていた。カーディガンの下から見えるガウンはディオゴが、カーディガンはツィツィがヌメロの誕生日に買った。マフラーと靴下はモーニカがツィツィと一緒に編んであげたものだ。そして、車椅子は両親には内緒でモーニカとディアスが2年分のお小遣いを我慢してヌメロおじちゃんに買ってあげてと父親の経営する会社の副社長のフィリッピオおじさんと
警備主任のフラー兄ちゃんに無理を言って買ったものだ。
若々しく戦場を駆け抜けていた頃のヌメロには到底遠い世界のことのように思えた温もりの結晶がヌメロを包み込んでいた。


 「あ・・・」

亀の歩みのようにゆーっくりとヌメロは葡萄に目をやる。光を失なった目の輝きに僅かながら光が戻る。その光は木漏れ日か、それとも彼自身の魂の光か。いずれにしろ、ヌメロの目はモーニカを優しく見つめながら、彼女の施しに必死に応えようとしていた。葡萄に手をやろうとヌメロは力を込める。だが、手が重いのか彼の手首は数センチ起き上がるところで止まる。肘が動かず、手を引っ張って浮かせることが出来ず四指を丸め、カタカタと震えながら手を持ち上げようとする。だが、それでも手は上がらず肘掛けを虚しく叩く。

「ぅ・・・う・・・うどぅ・・・・・・うどぅ~」

「おじちゃん!!がんばれ!!がんばれ!!」

モーニカはまるで我が子を見つめる母親のようにヌメロを見つめ、精一杯
応援していた。ディアスも口を閉じ、唇を噛み締めながらヌメロが葡萄を取るのを今か今かと待ち望む。

「ぅううぅう~~~~~ ぅどぅう~~~!!」

ヌメロの目から一筋の涙が流れる。
せっかく持ってきてくれた葡萄を受け取れない自分がやるせなかったのか。

「あきらめないの!!ヌメロおじちゃん!!だいじょうぶだから!!」
モーニカは心を鬼にしながら、ヌメロを励ます。
自分でも残酷だとは分かっている、でもヌメロおじちゃんのリハビリのためだから必死にそう言い聞かせてはいるが、ぐっと握り締めた両手はわなわなと震え、両目には大粒の涙が浮かびつつあった。

「おいおい、今日はここまでにしとこうぜ。」
「もう少しなのよー ディアス!」
もう泣きそうになっていたモーニカの肩を優しくぽんと叩き、
ディアスは言った。

「あんまり焦すと、ヌメロおじちゃん我慢汁で股間濡らしちまうだろ~」

 ディアスは父親ディオゴの口汚さを真似しながら、葡萄の粒を優しく摘みながらヌメロの口へと運ぶ。

「頑張ったね ヌメロおじちゃん」
ディアスは愛おしそうにヌメロの顔を覗き込み、ほめたたえた。

廃人のヌメロは咀嚼が苦手であり、そのままでは窒息する可能性があった。ディアスは母親からよくヌメロおじちゃんに食べ物を与える方法を教わったものだ。指で葡萄をすりつぶし、そこから滴り落ちる果汁を乳飲み子のように飲ませる。
こうすれば、ヌメロも味わうことができる。

「・・・うどぅ うどぅ」
とれたての葡萄の果汁が美味しかったのか、ヌメロは葡萄を求め、舌を動かした。
「動いた!!!!」
ディアスとモーニカは見つめ合って喜んだ。
 
「ヌメロおじちゃん 舌動いた!!」

2人が生まれる前から彼らの言うヌメロおじちゃんは人形のようだった。
そして、物心ついた時から今でもヌメロは椅子やベッドに縛り付けられたように
うなだれている。だが2人の看病のおかげで少しずつではあるが反応らしきものが戻りつつあった。
最初のうちは眼球運動だけが精一杯だったが、徐々に首も動くようになり、
そして先ほどのように言葉を発するようにもなった。
食事の方はおよそ3年に渡り、口にすることはなく不思議とそれでも生きていたがその間もディオゴやツィツィが栄養を溶かした水を与えながら、少しずつ流動食を食べられるように訓練していた。最近は流動食がようやく食べられるようになり、少しずつならばお粥でも食べられるようになってきた。だが、ヌメロは自分から食事をしようとはせず、時間になれば家族交代交代でヌメロに栄養を少しずつ与えていた。それらを考えると、今回の舌なめずりは特に大きな進歩だ。


「モーニカ~~!!ディアス~~!!」
その声に2人は嬉しそうに振り返る。

「おかあさん!!」
2人の母親であり、ディオゴの妻であるツィツィ・キィキィが優しく3人の許に歩いていく。
半袖のブラウスの上には太陽で熟したオレンジのように暖かなオレンジ色のボディスを羽織り、ややオレンジ色を抑えた腰巻をマフラーのように巻き、そこから下半身はボディスと同じ色のロングスカートを靡かせている。頭にはオレンジがかった赤色の頭巾からは左右にあご紐が兎耳のように
垂れ下がっている。太陽のように暖かいカラーで仕上げた姿はブーナッドのようではあるが、
複雑な刺繍はなく、とてもシンプルかつ目に優しい暖かいデザインだ。
さながら家庭的なお母さんそのものの格好だ。かつて生活費を稼ぐため、
SHWの雇われダンジョントラベラーとして働いていた時は黒兎人族の兵士のように
重々しい装備や格好をしていたものだが、今の彼女の姿にその面影は見られない。

「おかあさぁーん!!ねぇ!!聞いて!!聞いて!!」

「ヌメロおじちゃんがねー、ぶどう、ぶどう欲しいって舌を出したの!!」

ディアスもモーニカも大はしゃぎしている、
子供の頃から一緒に育ってきた2人にとってヌメロは愛すべき兄弟のような存在だった。
一つずつ反応出来ることが増えてくるヌメロと
一つずつ成長していく自分たちを重ねていたのかもしれない。

「そうなんだ~ ヌメロおじちゃんも嬉しかったのかもね!!」

ツィツィははしゃぐ子供たちに満面の笑顔で答えた。だが、内心は変わり果てたヌメロの現状を嘆いてはいた。夫であるディオゴが、ヌメロが変わり果てたことを大変悔やんでいたからだ。

10年前
暴走したメゼツ・ホロヴィズことシャーレによって再起不能にさせられ、周囲を
甲家の武闘派皇太子ユリウス大将、丙家総大将アンセルム・ホロヴィズ大将、
レドフィンを倒した丙家の鉄血の独眼竜ゲル・グリップ大佐、
そして鬼家の鼻無しのロンズデール中佐とその軍勢に包囲され、絶体絶命の崖っぷちの中、発動した禁断魔法「白の狂風」……敵のみを根絶やしにする筈だった滅殺魔法は巫女ニフィルの心の奥に潜んでいた邪悪によって「黒の災禍」と化し、味方もろとも敵を滅ぼした。ネロとヌメロが全身全霊を込めた「光の盾」を発動したが、それでも「黒の災禍」を禦ぐ(ふせぐ)ことは出来ず、
咄嗟にネロとヌメロはそれぞれの主に覆いかぶさり、身を呈して下僕としての使命を果たした。ヌメロがその身を護ってくれなければディオゴは確実に戦死していただろう。

「俺なんかのためにどうして……」

ディオゴはヌメロを犠牲に生き残ってしまったことを悔み、
懺悔の日々を送っていた。
そして、ヌメロが廃人となり、モニークが死んでから得た10年間の幸せを
罪深い自分には相応しくないと思いつめていた。
だからこそ、ダニィは出て行ってしまったのだと。
モニークの仇を取る……ただそれだけのために、牙を向け傷つけるのが敵だけならばまだいい。だが、自分は味方であるはずのセキーネや、ゲオルク、ガザミ、アナサス、ネロにも牙を剥き、そして義兄としての立場を押し殺し従者として従ってくれたヌメロにまで多くの迷惑をかけてしまった。それだけではない、モニークを犯したアーネストへの憎しみが
消えず、罪もない白兎人族の少女や生娘たちを八つ当たりの如く、陵辱した。
その過去がディオゴを苦しめていた。
ツィツィも、時には夫としてしっかりするように叱責しつつも、
時にはかつて可愛がっていた弟分のディオゴボーイとしてディオゴを支え、
心の傷を癒していた。



ツィツィ、モーニカ、ディアス、そしてヌメロの4人は
ぶどう畑から別荘へと続く道を歩いていた。その道は直射日光を防ぐために
ところどころ、木々が多めに生えており、木漏れ日が主体となった程よい暖かさと明るさで
照らされ、ぶどう畑へと吹き抜ける風が、涼しく歩く者たちを癒す場所だった。

ツィツィはリヤカーに載せた数十個のビールケースの中にぶどうを詰め込み、
モーニカやディアスはヌメロを載せた木製の車椅子を押していた。

「思い出の中の あなたの笑顔が♫」


娘や息子たちがどこかで聞いたような歌を口ずさんでいた。

「絶望すら抱きしめてくれるから   あなたの居ないこの世界でも」


ツィツィはその歌を口ずさんでいたある少年の姿を思い出していた。


「愛を信じて 生きていける」


その歌を聞いていたヌメロは木漏れ日に照らされながら、天を見つめ悲しげに笑う。


「死でさえも あなたと僕を 分かつなんて出来ないのだから~」

「……ダニィ」

ツィツィはかつてその歌を歌っていた時のダニィ・ファルコーネを思い出していた。
病人と新たに加わったフローリア難民たちが絶望に打ちひしがれ、時には衰弱して
息を引き取っていく避難所で、ダニィ・ファルコーネはロンロコ・ギターを弾いていた。

柔肌を優しくなで上げるような音色に乗せられて、ダニィの甘い暖かい
ボーイソプラノが多くの避難民の心を癒していた。
当時、ダニィは白兎人族に拷問されて大火傷を負った胸の傷が癒えず、
上半身を包帯で覆っていた。包帯からは血が染み出し、やがてズボンにも赤い染みが
浮き上がるほどだった。正直言って絶対安静で水分補給を欠かさずにしなければならない容態だと
言うのに、それでもギターに打ち込み歌を歌っていたのは
モニークを失った悲しみを拭おうとしていたのだろうか それとも、モニークの居ないこの世界への
せめてもの復讐か……全身から汗を流し、やがてギターの弦が切れると同時に
ダニィは意識を失い、2ヶ月昏睡状態に陥った。
昏睡状態の中、その分動き回らないのが功を奏してか、火傷は見る見るうちに回復していった。
だが、それでもダニィの胸に刻まれたケロイドは消えることはなかった。

ダニィが意識を覚ました後にツィツィは破水した後だった。
子供の父親が不在ということで、意識を覚ましたばかりのダニィが
身元引受人となり、出産に立ち合ったのだった。
ツィツィは今でも忘れない、2人を生んだ時に優しく手を握り大丈夫だと
言い聞かせてくれたダニィのあの優しい眼差しを。

ダニィの手を必死に握り締めながら、ツィツィはモーニカとディアスを
生んだ。父親のディオゴが出兵中で不在ということもあり、
ダニィは姪と甥を2人をこの手に抱いた。
2人の名付け親(ゴッドファーザー)になったのもダニィだった。

姪はかつてダニィの愛したモニークの生まれ変わりだと信じ、
どうか女としての幸福を満足に生きることが出来なかった彼女の代わりに
どうか精一杯生きて欲しいと願い、モーニカと名付けた。

甥は無事に一日(ディア)を終えられず命を終えてしまう殺伐とした世界に生まれたとしても、どうか無事に一日一日をゆっくりと積み重ねて生きて欲しいと願い、ディアの複数形のディアスと名付けた。


2人を抱きしめたダニィは、どこかでモーニカとディアスに
かつてのモニークと自分を重ねていたのかもしれない。


「どこにいるの……? ダニィ。」


ツィツィは空を見上げ、呟く。
この子たちもまだダニィを写真でしか見たことはない。
ゴッドファーザーとその子との繋がりは時に親子の絆よりも強い。
モーニカもディアスも写真を見るたびに早くダニィ叔父さんに会いたいと口ずさむようになった。

ある日のことだった。

「待ってろ……会わせてやる」

我が愛する娘と息子の頭を撫でながら、ドン・コルレオーネとなった
ディオゴ・J・コルレオーネは決意を込めた眼差しで告げる。
傘のように両肩を覆い、そして背中と腰周りを覆う黒兎人族特有のベストには
彼岸花の刺繍が施されている。首元には、かつて父親のヴィトーが
愛用していたラディアータ教の僧侶が身につけていたスカーフを巻きつけている。
その出で立ちに、かつて亜骨国大聖戦で大暴れしていた頃の野良犬のように粗暴だった
18歳のコルレオーネ大尉の姿はそこには無い。
今、ここにいるのはコルレオーネファミリーのドン・コルレオーネである。
顔も少しばかりやつれ、目元にはクマと皺が刻まれている。長袖から顔を出す手からは
少しばかり黒い産毛が生えつつあった。黒兎特有の老化現象が始まっていた。
それも、ある事件がきっかけか。

ディオゴは白兎人族の少女をレイプした罪に耐え切れず、リストカットをしていたが我慢できず発作に駆られて陰茎の3分の1をノコギリで切り落とした。
下半身を血だらけに濡らしながら、彼は睾丸を切り刻もうとしたが、
異常に気づいた妻のツィツィにノコギリを奪い取られ、何十発も顔を平手打ちにされた。

「アンタが自分を傷つけたら゛…!  あ゛たし゛はどうなる゛のよ……っ!!
子供たちはどうなるのよぉお!! なんで!! なんで アンダ……!!
自分のことばっがり゛……!! どうじで あだじのごども考えてぐれないの゛……!!」

姉御肌で姉さん女房だったツィツィがあれほど泣き叫んだ姿を
ディオゴは初めて見た。ディオゴはツィツィを抱きしめ、去勢を思いとどまったのだった。
今でもディオゴは愛する女房を泣かせてしまったことを後悔している。

罪深き自分のために泣いてくれた女房のため、
罪深き自分を父と慕ってくれる子供達のため、
ディオゴことドン・コルレオーネは日々を生きることを決意したのだった。

     


「おとうさん?」

「パパ……?どうしたの急に?」

きょとんとした我が子の目に、ディオゴは愛おしさを隠せず思わず2人を抱きしめた。

「いたい! いたいよ!!パパ!!」

「くるしいよ!おとうさん!!」

思わず、我に返り2人から腕をそして手を放し、ディオゴは立ち上がって2人を見つめる。
強く抱きしめたのが怖かったのか……それとも、父親の表情に何やら不安を感じているのか、
目を潤わせ、震えながら2人はまた父を呼ぶ。

「おとうさん…?」

「パパ…?」


2人歩みだす。そして、車椅子に腰掛けるヌメロの許に歩み寄り、
その前でしゃがみこむ。

「義兄さん……必ず貴方を治してみせる……そして、みんな一緒に暮らそう。
元気になった貴方と……ダニィと……この子達とツィツィと……
一緒に暮らそう。また昔のように……」

ヌメロの手を握り、ディオゴは振り向かずに立ち去った。
扉を開けた先には妻のツィツィが居た。

「ツィツィ姉……」

何も言わず、ツィツィはディオゴにしがみつくように抱きしめる。


「帰ってきなよ……帰ってこなきゃダメだからね。」

「分かってる……すまない」

愛する妻を抱きしめ、ディオゴは旅立った。

後のことはフィリッピオとフラーに任せてある。
先ほどちらっと2人の名前を挙げたが、改めて説明させてもらおう。

フィリッピオ・ジェンコ・フェルゼッティは
ヌメロ=ジェンコ=コルレオーネ・ワイン会社の取締役の一人で、
いわば副社長に当たる。副社長ではあるが、ぶどう農園(現場)に出てワインの収穫やワイン製造を
直々に指導するいわば表の現場畑の人間だ。コルレオーネファミリーが文明社会に進出するきっかけを
作ることが出来たのも、彼のおかげだ。

対するフラーは、コルレオーネファミリーの裏のビジネスを引き受ける、
いわば裏の現場畑の人間だ。表向きの役職は警備主任で、ファミリーの経営する酒場や
レストランのバウンサーたちをまとめ上げている。

ヌメロの後釜としてツィツィがSHWでダンジョントラベラーの仕事をしていた
時に知り合った蝙蝠人族とエルフの混血児の男だ。かつてのディオゴのような若々しい小麦色の肌に、
剥く前の栗のような赤茶色い長髪と、収納している蝙蝠羽を出す時のために両肩の出たスリットの上着を
着ているところから、一見すると女性のように見える。だが、上着を脱ぐとかつてのディオゴのような
程よい筋肉質な身体をしており、それ故に愛人も多く、快楽主義者の男で、財布の中にはお金よりも
避妊用のゴムの数が多いと言われるような男だった。
女を性処理の道具と思っているのかと何人の男に責められたこともあったが、
むしろ女性に負担を強いずに愛するために持っているエチケットツールだとフラーは言い張っている。


それ故か、愛人や寝た女たちとのトラブルが絶えないが、意外にも彼の不貞行為を責めるようなものは少なく、何故か女たち同士で争い合うトラブルが
多い男だ。それを聞くと、かなりチンコのネジどころか、頭が緩くてと思われがちだが
仕事はきっちりとこなし、仁義はある男だった。
あくまでも噂ではあるが、愛人との間に何人か子供がいるものの、
それぞれにきっちりと養育費は払っている。子供たちを認知しないのも、
マフィアである自分を父親に持つ重荷を背負わせないため(本人談)と、
会社名にフラーを入れることを拒んだのもそのため(本人談)と、何かと憎めない男だ。
ディオゴ自身、マフィアという仕事を世間的に褒められるべきではないと分かっていたため、
馬鹿真面目にディオゴはフラーの言葉に深く感動していた。


信頼する部下がいる以上、今のところは大丈夫だ。
後のことは彼らに任せればいい。

今はやるべきことがある。

ダニィを連れ戻すこと――

人職人人を見つけ出し、ヌメロの魂を黄泉から連れ戻すこと――

どっちもやらなきゃならないのが辛いところだが、
それでもディオゴは諦めるわけにはいかなかった。

彼岸花のマークの刻まれたバイクを走らせ、人職人人の居ると噂されているガイシへと向かう。一先ずは人職人人を見つけ出すことだ。ダニィを見つけるのは、ヌメロを廃人にしてしまった罪を償ってからだ。愛する義弟に今の罪深い姿のままでは会わせる顔が無い。

様々な想いを頭の中に思いめぐらせながら、バイクを走らせている途中で休憩のために人参葉巻を取り出しながら、バイクを止めようとした
そんな時だった。

目の前を鴉の群れが通過してゆく、嵐のように吹き荒れる群れに
前腕で顔を覆い、嵐の過ぎ去りを待つ。
嵐の過ぎ去った後には一枚の手紙が残されていた。

「ガイシに集合 どうせ粗チンしごいてたんでしょ?
 
 けがらわしい……
 
 休暇は終了  ニコちゃんがアンタも来いってさ
 
 ちゃんと手を洗って来なさいよ

 デカチンうさぎ


 エルナティより 」
 
獣神帝の部下である3人の獣神将の一人エルナティからの手紙だった。
一枚の手紙を折りたたむと、ディオゴはポケットにしまい微笑む。

「……タイミングが良すぎるな……やれやれ、皇帝閣下も粋なことをする。」

運命のいたずらかそれとも、神の導きか。
ディオゴはバイクを走らせ、ガイシへと向かうのだった。

       

表紙

バーボンハイム(文鳥) 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha