Neetel Inside 文芸新都
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黒兎物語
10 平和のための止むを得ない犠牲

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 アルフヘイム集会所に白と黒兎人族代表の和睦使者が入場しようとしていた。
この集会所はダート・スタンが亜人族間の紛争を解決させるために作られた和平交渉所である。
だが、ここに亜人族が出入りすることが公に認められるようになったのはミシュガルド大陸発見後のことである。
実際はエルフ族内の紛争仲裁や政策交渉の場として使われていることが多く、
亜人族間の紛争を解決させるという本来の役割を果たしたことはなかった。
よって、今回セキーネとディオゴはアルフヘイム史上、亜人族で初めてこのアルフへイム集会所に立ち入った2人となった。
「遠路遙々よーく来て下さった 
セキーネ・ピーターシルヴァニアン王子 
そして、ディオゴ・J・コルレオーネ大尉。
おニ方はこのアルフヘイムの歴史上、初めてこの集会所に立ち入った亜人族代表じゃ。
この集会所は亜人族間の紛争仲裁の目的で作られたのじゃが、
諸事情でエルフ族同士の紛争仲裁で使われてばかりで、本来の役割を果たせなかった。
2人のお陰でこの集会所が本来の目的のため、動き出せる。めでたいことじゃ」
 
ダート・スタンはホホホとまるで老獪なフクロウのように笑いながら言った。

「大変、名誉なことです ダート・スタン閣下。我等
兎人族がアルフヘイムの歴史に新たな1ページを加えることになり、恐縮ながらも大変嬉しく思います」
セキーネは王子として政治家の社交辞令を弁えている
微笑み交じりの彼の言葉遣いは政治家としては好印象を与えるものであった。
だが、そんな態度がディオゴは気に喰わなかった。
いや、この和睦の場という場所がまるで祝い事のようにもてはやされていることが
何より許せなかった……



ディオゴは不貞腐された態度でセキーネを
見つめていた。そして、大きく溜め息をついて席を立とうと足で地面を2~3度踏みつけた。 
 
「・・・とんだ無駄足だったようだな……もう帰っていいか?」

そう言って席を立とうとするディオゴを
ダート・スタンは制止した。

「・・・ディオゴ大尉 お待ちくだされ」
静止しようとするダート・スタンをディオゴが一喝した

「待てだと?ふざけるな!!」
突然響き渡るディオゴの大声に、ダート・スタンは驚愕した。
親友ヴィトーの血を引く息子ディオゴの……父ヴィトーとは違った底知れぬオーラを感じた。


「……敵の方から後生の願いがあると持ち掛けてきた話だ。
本来なら、門前払いを喰らわすところだが、
父の親友の貴方の頼みだ。我慢して渋々来てやったというのに 
まるでお祝い事のような雰囲気で敵と交渉しろとは
ふざけているのか……?ここは憎しみ合う敵同士が 
互いの憎しみを噛み殺し、苦渋の涙を堪え、許し合う場だぞ……
よくもまあ めでたいって言葉が出てきたな 爺さん」

ダート・スタンは望んでディオゴを不愉快にしたかったわけではない。
寧ろ、ディオゴが少しでも明るい気持ちで交渉に望んでくれるようにと思っての行為だった。
自身の考えが裏目に出たことにダート・スタンの顔からみるみると血の気が引いていく。

怒りに満ち溢れるディオゴの言い分は、意外にも
真面目で筋が通っていた。
和睦の場というものは、憎しみ合う者同士の憎しみの歴史を
涙ながらに水に流す断腸の想いが交錯する場なのだ。
仲睦まじくなど和睦の場としてのあるべき姿ではないのだ。

「セキーネ王子……アンタも兵士として戦場を見てきたのだから分かるはずだ。
俺たちは互いに大切なものを奪われた 
俺たちはアンタ等に……
アンタ等は俺たちに……
奪われた大切なものの仇をとるために長年傷つけ合ってきた……
憎しみ合ってきた……哀しい歴史かもしれない……
だが、それがあったからこそ……生きてこられた者達だっている……
肉親の……親友の……師の仇を取るために自らの人生を捧げてきた者達もいる……!
アンタに付き従ってきた者達の中にも 同じように自らの人生を捧げてきた者達がいるだろう…
だが、俺たちがここに立つことで……彼等の想いが犠牲になることを忘れないで欲しい……!」


今にも涙が溢れそうな哀しい顔をしたディオゴのロから紡がれる言葉に場は静寂となった。
セキーネの目にはディオゴの姿が
まるで泣き叫びながら自らの心の痛みを訴える傷付いた男の姿に見えた。
黒兎人族ですら、彼ディオゴを和睦の場に相応しくない人物として正直馬鹿にしていた。
だが、その場にいた彼の介添人として来ていた者達は
己の浅はかさを深く恥じた。

(我等の中に……彼ほど和睦の場を弁えている者が居たか・・・?)

否……宗教の道に身を置きながら、彼等は自分達が望む
平和の道がいかに厳しいものか、尊いものか理解していなかった。
平和とは幸せなことかもしれない だが、その下には
親のため、親友のため、師のため……戦ってきた者たちの生き甲斐が
悪しき道として裁かれてしまう事実があるのだ。
だからこそ、平和というものは尊いものなのだ……
皮肉にも、平和の尊さを教えてくれたのが殺生の道に身を置く兵士だとは思ってもいなかった。

彼の訴えに無言で聞き入っていたセキーネは
重い口を開いた
「・・・ディオゴ大尉 貴方の真摯な態度に対し、私は感動に近い印象を受けました。
和睦の場のあるべき姿を貴方に教えられました。
敵への憎しみのため、私に尽くしてきてくれた者達の人生を
犠牲にすること……その尊い犠牲のため、真摯な態度で臨まなければ
真の和平など有り得ないことを改めて教えられました。」

謝りこそしなかったものの、さり気に自らの誤らを素直に認める姿にセキーネの政治家としての手腕をディオゴは感じた。両者ともこの席で謝るべきではない。敵に謝った時点でそれは敗北を意味する。もしここで、セキーネが一言でも謝罪を口にすれば、彼は意気地なし、売国奴と国内のタカ派の連中に袋叩きにされるだろう。
対して、ディオゴとしては白兎人族の女子供をレイプしたことへの謝罪は妹の復讐が誤ちだったことを認めることになるのだ。
(・・・伊達に白兎人族の王子をやってないな ただの甘ちゃんじゃあないらしい。 )

(話すに値しないただの強姦魔だと思っていましたが、見た目と素行に似合わず、
意外と真摯なところがある。そこら辺の頭の固い政治家よりも、話せば分かる男かもしれませんね。)

両者とも憎しみ合う敵同士でありながら、意外とうまがあっていたのかもしれない。互いに真摯に語り合う姿にダート・スタンは少しほっと胸を撫で下ろした。

「これ、儂要らんかったよね?」

と己の存在意義のなさに凹みながら、流れた冷や汗を拭き取っていた。

       

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