Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
20 白い悪魔

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 ピアース3世は悩んでいた
かつて己が愛した女王ヴェスパーが身を休める聖地ブロスナンを護るため、彼はこれまで憎き敵と見なしていた敵と手を結んだ。
だが、彼の中でいくら咀嚼しても完全に飲み込めないことがある。
自分たちの愛すべき者を、国を、
自分たちの手で護り切れなかったという事実だ。そのために、宿敵と憎悪していたあの黒兎人族と手を借りた事実。自分たちの愛すべき者を護るため、敵に頭を下げたという事実。タカ派の思想が拭い切れない彼にとって、その事実は屈辱だった。
そもそも彼がここまで黒兎人族を忌み嫌らうのも、ただミハイル4世に唆されただけではない。 あくまでも、 あの女はきっかけでしかなかった。ピアース3世が黒兎人を本格的に憎悪したのは女王ヴェスパーが関係している。ピアース3世がかつて
ピーターシルヴァンアン王朝の一王子にしか過ぎなかった頃、彼は幼なじみであったヴェスパー王女を心の底から愛していた。だが、ヴェスパ一王女はクレイグ王子を選んだ。
クレイグ王子は人柄も良く、文武両道で王子間の序列では末端で他の王子から見下されていたピアース3世にも分け隔て無く接する人物だった。そんな彼をピアースは義兄として慕っていた。そんな立派な義兄が自分が愛した女ヴェスパーと結ばれたのだ。2人の間にはセキーネが生まれた。祝福すべきことだと思っていたが、彼の心はその事実を受け入れることができなかった。慕っていた義兄に愛する女をとられたことへの嫉妬が溶岩の様にグツグツと煮えたぎっていた。義兄クレイグもヴェスパ一も黒兎人族への弾圧を緩めようとするハト派だった。ピアースは義兄クレイグの暗殺を決意した。
クレイグと黒兎人族代表のヴィトーの和平交渉日、彼は白兎人族過激派テロリストを雇い入れ、彼伝てにヴィトーの警備をしていた黒兎人族の警備兵を脅迫した。協力を拒んだり、タレ込んだりすれば家族を殺すと。

警備兵の協力もあり、テロリストはクレイグの暗殺に成功。爆殺されたクレイグの肉片を全身に浴び、生き延びたヴィトーはこの無力さを嘆き悲しんだ。ヴィトーは誓った。
「いつの日か・・・! 和平を実現させてみせる」と。
奇しくも、彼ヴィトーがクレイグ王子と交わそうとし、実現出来なかった和平交渉は彼等の息子達である
ディオゴと、セキーネによって実現された。

当然のことながら叔父が父を暗殺したことをセキーネは知らなかったが、図らずとも彼は亡き父の無念を晴らしたのである。それも父が望んでいた平和という手段を使って・・・

叔父ピアースは葛藤していた。
憎き義兄クレイグの血を引くセキーネをどうしても どうしても憎み切れなかった。それは、かつて愛した女ヴェスパーの血を受け継ぐ甥だったからだろうか。ピアースは妃をとることなく、セキーネを養子として迎え入れた。愛した女と自分との子供を育てたかったという叶わなかった男の夢への思慕からだろうか・・・それとも彼の父を奪ってしまったことへの罪滅ぼしか・・・
果ては愛する女の血を引いた甥の成長を見護りたいという叔父としての愛情からなのか、それはピアースのみぞ知ることである。
だからこそ、愛する甥セキーネが
近い将来自分の脅威となりつつあるこの状況に彼ピアース3世は苦悩しているのだ。

苦悩する彼の元に、
ミハイル4世の従者
ニツェシーア・ラギュリを乗せた馬が迫りつつあった。

「ウフフ…ミハイル様 あなたの願いは叶うことでしょう・・・悩める男ほど、陥落しやすい城は無いのですから」

この女ラギュリはエルフとエンジェルの血を引いている。だが、天使の血など微塵も感じられない悪女のオーラを放っている。
豊満な乳房と、人魚のような美しいくびれを強調するかのようなボディコンシャスの桃色がかった紫のワンピースと、彼女の白髪、血の様な真紅の瞳が、この月明かりの中で夜空の中にある一つ星の如く光り輝いていた。白いサキュバスと形容しても良い。危険な香りがする女だというのはー目で分かった。
だが、男には金玉が枯れ果てる程、抱きたい女はいるものだ。そのために、破滅を引き替えにしても構わないと思える程の。この女ラギュリはまさにそういう女だった。

エンジェルエルフ女 ラギュリはピーターシルヴァニアン王朝の城へと蛇の如く忍び寄るのであった。
 

     

コネリ一高原の頂上に陣地を構え、
トレイシーフォレストという大自然を盾に白黒兎連合軍は丙武の攻撃を防いでいた。敗走と退却を強いられていた白兎軍の面影は最早無い。
トレイシーフォレストまで踏ん張ってくれた部隊のおよそ8割近くがセキーネに率いられ衛生部隊に引き渡たされたため、現在戦っている人員がほぼ一新されたようなものだから、面影が見えないのかもしれない。
それでも敗色濃厚の雰囲気に満ち溢れていた白兎人族兵士の士気が向上したのは事実だ。 それはやはり黒兎軍が友軍として合流してくれたことが大きい。憎しみ合っていた過去を水に流し、まだ諦めるなと手を取り、立ち上がらせてくれたかつての敵。 堪え切れない憎しみを断腸の想いで棄ててくれたことへの感謝・・・
五体は崩壊間際の家屋の様に軋み、肉は疲労で引き千切れ、最早意志とはいえ無関係に 倒れようとも
この気持ちだけで 死ぬまで戦える
「くっ・・・黒兎万歳ぁああい!!」
敵を深追いしすぎ、瀕死の重傷を負った白兎人が歓喜の断末魔をあげ散って逝った
「手こずらせやがって・・・!」
丙武軍団のガタルカナル大尉が血の海に沈んだ白兎人兵の顔をブーツで蹴り飛ばした。 蹴り飛ばされた顔からは血飛沫と歯が飛び散ったが、それでもガタルカナル大尉の気分は散れるどころか より一層曇った。
「クソ・・・! こいつら 満面の笑みで死んでやがる!」
血まみれの亡き白兎人兵の表情は
壮絶な攻撃を受けて絶命したとは思えぬ程 本当に安らかだった。
まるで愛する女の腕や膝枕の中で
死んで逝けたかのように穏やかだった。その穏やかさが逆に不気味だった。
「こいつ・・・断末魔にまでクリッカーの名を・・・」
「元々 こいつらとクリッカーって
敵同士じゃなかったのか?」

末端の兵士である彼等でも白兎人族と黒兎人族が互いに憎しみあっていることは知っていた。ガダルカナル大尉伝てに彼等が同盟を結んだことも薄々は知っていた。
だが、この戦い振りは同盟などという言葉では表現出来ない程異常だ

この白兎人兵だけでなく
他の兵士達の死に様を見てもその大多数が互いの名を叫びながら、互いを庇いながら、互いの手を取りながら戦い散って逝っている
「俺達が何故こいつらに手こずっているのか 分かった気がするよ」
ガダルカナル大尉は苦虫を噛み潰したかのような顔をしながら煙草に火をつけた。

       

表紙

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Neetsha