Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
27 黒兎 私が居るから 泣かないで

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死傷者を出しながらセキーネとディオゴの兎人軍は最期の抵抗を続けていた。ここが終われば全てが終わる。
最後の砦トレイシーフォレストを突破された時のことを,兎人軍が全く考えていなかったわけではない。
コネリ一高原の麓とサミディタウンをつなぐ橋を破壊し、奴等の侵入を辛うじて塞いでいた。
それもこれも白と黒の兎人兵達が一丸となってくれていたからだ。
彼等は互いを戦友と呼ばず、兄弟と呼び合っていた。義兄弟の契りを交わした者達まで居たほどだ。
死傷者を出しながらも これほど持ちこたえてこれたのも築き上げてきた絆の賜物であった。

だが、そんな彼等の絆はピアース3世とニッツェの企みによって打ち砕かれた
。闇夜の中、セキーネがある廃墟に立ち入った時のことだった。
背後よりピアース専属の隠密の白夜叉が現れ、叔父ピアースからの伝言を伝えにきたのだ。

「叔父上様より伝言であります、直ちに白兎軍を引き上げ黒兎軍との同盟を破棄せよ。
現在、殿下率いる白兎軍には叔父上様に対する謀反の疑いがかけられております。
従わなければ、黒兎軍もろとも全員逆賊とみなし討伐するとのことです」

セキーネの眉間にみるみると皺が刻まれていく……
黒い瞳は突如 黒い宝石が発火したかのような光を放ち始める。
それは怒りという感情が臨海に達する瞬間であった。

「……白夜叉殿。」

次の瞬間、セキーネは稲妻のような速さで大きく口を開け、
黒夜叉を怒鳴りつけた。

「祖国のため無念の想いで死んでいった者たちをッ!!
貴様はッ!!  愚弄する気かァッ!!!!」

傍に居たタナー中尉はセキーネのその態度に内心、金玉が縮み上がり
背骨の先端にぶち当たる程、驚愕した。

セキーネはかつての格闘教官であったノースハウザー曹長の教えに影響を受けてか、
「激昂は毒である」と自らに言い聞かせていたほどだ。
日頃 温厚であったタナー中尉が最近はイライラすることが多く 怒りっぽい口調になっていた時も
むしろセキーネは宥めるようにしていた程だ。その度にタナー中尉は自らの感情の器の小ささを思い知り、猛省する。
そんなセキーネが今、こうして目の前で激しく怒りを顕にしている。

「中隊長、敵陣の真っ只中です……!!
どうか気をお鎮めください!!」

タナー中尉は慌てて周囲を確認しながらセキーネを静止する。
今は夜ということもあり、優勢である敵も一旦は後退している。
仲間内の不和を敵に悟られれば、それこそ完全に不利な状況に追い込まれる。

だが、そんなタナー中尉を振り切るかのように
セキーネは絞殺用のファイバーワイヤーをホルスターから取り出すと
ワイヤーを白夜叉の首に括りつけた。その所作に2秒の時間すらかかったかどうかも
分からないほど洗練された動きであった。

「愛する者の暮らす祖国の盾となる……その想いに白も黒も無い……!!
我らの魂は一つの色に染まりきっている……! その者たちにあらぬ謀反の疑いなどと……!
よほどの確信があっての言葉であろうな……? 白夜叉よ。」

もしも、誤報であった場合セキーネは白夜叉を殺害するつもりで居た。その眼光が全てを物語っている。

「ロベルト・マンシーニを御存知ですか?」
白夜叉はそれに動じることなく、淡々と言葉を続けた。
まるで死んだアリを見つめるかのような空虚な瞳であった。

「ああ 黒兎人族のタカ派のテロリストだな? そいつがどうしたというのだ?」
構わず、セキーネは問いただした。
もう今にも絞め殺したいのを必死に我慢している様子だった。
その怒り、憤りをタナー中尉も痛いほど理解していた。

タナー中尉にも今回の黒兎人軍との同盟を通じ、仲良くなった黒兎人族兵士たちが居た。
ソニー軍曹とフレド伍長という糧食班の兵士たちだ。まだ戦線に余裕があった頃、喫煙所で人参の葉を刻んでパイプを蒸していた時のことだ。
ソニーとフレドは最初、タナーを中尉と知らず すごく馴れ馴れしい口調で話しかけてきた。
最初はタナーも失礼な連中だなと思っていたが、タナーの吸っていたパイプをソニーとフレドの2人が
物珍しく「カッコイイ」、「趣味が良い」と大絶賛したものだから タナーの心は一瞬でほぐれてしまった。
「木彫りの自作のパイプなんだ」と言ったところ「俺にも作ってくれよ」とソニーとフレドの2人は大はしゃぎ。
愛煙家は肩身が狭く、タバコ嫌いのセキーネ中隊長とノースハウザー曹長にも時折「臭い」と小言を言われる始末だった。
唯一、同じ愛煙家のコルレオーネ大尉だけはそんな自分の悩みを理解してくれた。だが、コルレオーネ大尉は
前線に出ることが多く肉体派で、タナーといえばデスクワーク派で指揮所に居ることが多い
まったく真逆なライフスタイルだ。皆が皆前線へと出撃していく中、一人孤独な指揮官だったタナー中尉にとって
糧食班のソニーもフレドはささやかではあるが、癒しであった。

「タナーさん 今度アンタの手作りの木製パイプ作ってくれよ」

「ちゃんと金は渡すからよ!!」


数日後、ソニーは砲弾の破片を頭部に受けて即死。
フレドは内臓に破片が突き刺さって死んだ。
死ぬ間際にフレドが自分の手を握り、
「死にたくねぇよ……タナーさん……まだアンタの作ってくれたパイプ吸ってねぇのにぃ!!」と
泣きながら死んでいったのを 今でも忘れてはいない。
指揮官でありながら、何も出来ずただ冷たくなっていくフレドの手をタナー中尉はただ握り締めて号泣していた。

後で第2小隊の小隊長であるノースハウザー曹長に「小隊長でありながら部下の面前で泣き顔を見せるとは……いい加減に気を引き締めて下さい」と静かに叱られたのも
耳に入っていなかったほどタナー中尉。その時のセキーネ中隊長の「タナー中尉、死んでいった仲間たちの無念 決して忘れることのないように」と
優しく諭されたのを今でも覚えている。その時のセキーネはぐしゃぐしゃになったフレドとソニーの亡骸をかき集め お粗末ではあるが
墓を作ってくれた。必死に涙をぬぐいながら穴を掘り、悲しさのあまりへたれ込むタナー中尉の肩を優しく叩きながら……

タナー中尉が今まで白兎人族社会の差別に満ち溢れた階級社会の中で仲間などと呼べる者は
一人も居なかった。そんな中でタナーは初めて仲間のために涙を流し、叫び声をあげた。
そして、セキーネはそんなタナー中尉の想いを理解してくれていた。

そんなセキーネだからこそ、仲間の名誉を侮辱されて到底我慢できるハズもないのだ。


だが、白夜叉はそんなセキーネの想いを一蹴するかのように続ける。

「ロベルト・マンシーニを捕らえたところ、コールレオーネ大尉率いる黒兎軍が殿下を人質として利用し、聖地ブロスナンの譲渡を企んでいると申しております。
黒兎軍の提示する要求が呑まれない時の為、ロベルト・マンシーニはゴールデンアイ宮殿を含む白兎人族の重要拠点を爆破し、
ヴェスパー元女王陛下を暗殺すべく潜伏していたとのことです。」

「・・・すると 私は黒兎軍のクーデターに利用されていることに気付かないピエロと叔父上は考えておられるのか?」
「ええ」

「出鱈目を申すな……!! ロベルト・マンシーニとコルレオーネ大尉が繋がっていると?」

白夜叉の首にくい込んだワイヤーが肉を切り、血を滴らせる。
もはや あと一絞めで白夜叉の肉体は骸と化す。

「・・・ロベルト・マンシーニはコルレオーネ大尉とは幼なじみでした。」

「…たかがそれだけの理由で疑うというのか!?」

「スカイフォール村の虐殺の時、ロベルト・マンシーニはコルレオーネ隊に所属していました。コルレオーネ隊が同村で働いた婦女暴行を御存知でしょう?
その詳細とコルレオーネ大尉の当時の階級まで 奴が供述した内容と一致しています。」

「上官と部下だったというわけか だが今は繋がりがない・・・! 
コルレオーネ大尉が直接奴と話した現場を見たとでも?!」

「殿下!!」
セキーネの言葉を遮るように白夜叉は静かに吠えた。
先ほどの何事にも動じないその空虚な目が突然 光を放った。
それは激しい怒りと憤りの目であった。

「貴方はどこまであの薄汚いゲス野郎を信用するのですか!
……私の娘は コルレオーネ隊の奴等に陵辱されたのだ・・・! そんな悪党の言葉など信じるに足るものとお思いですか?」

白夜叉は奥歯を噛み締めながらセキーネを睨みつけた。

「……なるほど 全ての根拠は貴様の私情というわけか。
許すまじ侮辱だ……」

「殺すのなら殺しなされ、殿下。私を手にかけたその瞬間から
貴方は白兎人の王ピアース3世に弓を引く逆賊となりますぞ……!」

「貴様……!!」

「私もこれだけはと思っていたが……もはや信じていただくためにはこれしかない。
これをお聞き下さい。」

白夜叉は懐にある小石サイズの水晶を差し出した。

「耳に当てて御拝聴なされ、セキーネ殿下」

水晶を耳に当てたセキーネの耳には信じられない言葉が響いていた。

「いいか、ヴェスパーのババアをぶち殺せ。セキーネの率いる十六夜の連中が
ブロスナンを離れた今こそがチャンスだ。」

その水晶から鳴り響く声はまごう事なきディオゴの声だった。

「バカ……な……!」

「私も確固たる証拠もなしにセキーネ殿下のお心を傷つけるほど
私情と私怨に侵されてはおりません。この水晶はピアース現陛下をお慕いされておられる
エンジェルエルフ族族長からの使者ニッツェシーア・ラギュリ様から頂いたものでございます。
なんでも、彼女はディオゴの日頃の言動を監視出来る能力があるとか……」

だが、白夜叉の言葉はセキーネの耳に届いてはいなかった。

「いいか、俺は汚い野郎以外に汚い手は使わねぇ。白兎の連中はきたねぇ腐ったゴキブリ野郎だ。
騙し討ちにかけてやる。あの病弱なババアの腐れマンコに 俺のザーメンを流し込んでブチ犯してやる」

セキーネの鼓膜をディオゴの残酷な言葉が鳴り響かせていく……

セキーネはディオゴの言葉を思い出していた
「平和とは残酷なものだ。憎しんでいた敵を許さなければならない。
敵への憎しみを生きる糧にしてきた者達の人生が犠牲になることを忘れるな」と ディオゴは言った。

その言葉の重みがこの白夜叉の悲痛な眼差しを前に 重くのしかかってきた。



(ディオゴ……あの言葉は嘘だったのか……



君は 己の信念を変えてまでも


共に手をとって闘おうと


誓ったのではなかったのか……?!)





「殿下、今ならまだ間に合います。十六夜隊と共にここからの脱出を。ゴールデンアイはもとより
母上のヴェスパー陛下のお命がかかっているのです!」


セキーネは力なくただ立ち尽くしていた。

裏切られたことへの激しい失望と衝撃がセキーネの信念をあっけなくへし折っていく……


「……タナー中尉。撤退の準備だ。」


タナー中尉はセキーネの言葉に耳を疑った。
いつの間にかセキーネは白夜叉の首にかけたファイバーワイヤーを収納している。



「中隊長! 何をおっしゃるのです……今は!」

「聞こえなかったのか? 撤退と言ったのだ!」

振り返り肩ごしにタナー中尉を見つめるその黒き目は裏切りへの激しい失望から来る
禍々しくそしてどす黒い憎悪に満ちていた。


「……タナー中尉、中隊長命令だ。
只今より我々は黒兎人族との同盟を破棄する。総員、直ちに王都ブロスナンまで撤退。」

セキーネは水晶を投げ捨て、白兎人族のいる陣地へと歩を進める。

「待って下さい!!中隊長!! 今、此処で我々が撤退すれば
この戦線は崩壊します!! 」

「ならば、此処でおとなしく裏切り者と心中することだ。
貴様の愚かな私情で第一小隊の全員が死ぬことになる。」

「……中隊長!」

「タナー中尉、いや小隊長、もう一度命ずる。総員、直ちに王都ブロスナンまで撤退。
命令が承服されない場合、直ちにタナー中尉指揮下の第一小隊は
我々 白兎中隊の指揮下を解かれることになる。」

タナー中尉の脳裏にソニーとフレドの笑顔が蘇ってくる……

「……申し訳ありませんでした、中隊長。
直ちに第一小隊に撤退命令を発令いたします…」

力無きタナー中尉にもはや残された手段はなかった。


翌日の明朝、セキーネは十六夜部隊と共にサミディタウンを脱出。その際の騒動で白兎軍と黒兎軍兵士の数名が死亡した。謀反など見に覚えのないディオゴだった。
ニッツェのロ車に乗せられたピアース3世の策略だった。
こうして、セキーネとディオゴ率いる兎人族軍は分裂して崩壊。
セキーネ率いる十六夜部隊によって置き去りにされた白兎軍兵士は暴徒と化し、黒兎人族の村々を襲撃し始めた。

白兎軍兵士は黒兎人族の里コルレオーネ村へと帰還中の音楽家ダニィ・フォルコーネを
逆賊ディオゴ・コルレオーネの親族として捕らえ、全裸で鞭打ちにし、磔にした挙げ句の果てに胸を焼き石で焼いた。
「ぐわぁあぁあッ!」
胸を焼かれながらダニィは少しでも義兄ディオゴを信じた自分を恨んだ。胸を焼かれ、傷だらけの全裸でダニィは川へと放り込まれた。
「・・・モニーク モニーク」
激流に飲まれながらダニィは愛する恋人モニークの名をひたすら呟いた


暴徒化した白兎軍兵士の手は
モニーク達の暮らすコルレオーネ村にまで迫っていた。寸でのところで
ツィツィ・キィキィとモニークは村から脱出。だが、モニークは崖で足を滑らせて転落し、ツィツィ・キィキィとはぐれた。

「ぁぅ」
空を見上げ、モニークは目覚めた。身体中を斜面の石で擦りむいたり、打ち付けたようだ。左目の瞼を閉じさせようとせんばかりに血が滴り落ちてきた。
「 ぁぐっ 」
左足の中指と小指が折れたようだ
痛くて全然歩けない・・・
指が折れただけなのに足首まで折れたかのように痛い
でも、白兎の兵隊達は直ぐそこまで追って来ている。左足をひきずって歩こうとするが 立っているので精一杯だ。近くの木に寄りかかり、頭を垂れる。
「ぅ うう・・・」
森に連れ込まれ、白兎のゴロツキ共に陵辱された時のことがフラッシュバックしていた。あの時も死ぬかもしれないとは思った。真冬の森に破れた服と下着を纏っただけの裸に近い姿で放置され、意識朦朧とする中、気絶と放心状態を繰り返しながら「ああ死ぬのかぁ」と悟ったが、何処かで誰かが来てくれるかもしれないという微かな希望が感じられた。だが、今回は違う。
今日、私は死ぬだろう。
何故だか分からないが、確実に的中するだろうという妙な確信があった。その確信に胸が押しつぶされそうで涙が溢れてきた。死にたくないからというよりも、愛する人に会えずに死ぬのが怖かった。もう助からないのならせめて誰かに会いたい。
自分を愛してくれる誰かの傍に居たかった。

「・・・・・・お兄ちゃん・・・ダニィ・・・
チチ姉ちゃん・・・会いたい・・・ 会いたいよぉ・・・」

実妹の自分を愛してくれる父親の様に偉大で優しいお兄ちゃんのディオゴ・・・
心地良い微風のように寄り添い、心の傷を優しく撫でてくれる恋人のダニィ・・・
母親のように優しく暖かく、時に同じ女性として私を支えてくれたチチ姉ちゃん・・・

この誰かの傍で死ぬのなら後悔は無かった。

「モニーク・・・?」

聞き覚えのある声だった
振り向いた先には数年ぶりの兄の姿があった

「・・・お兄ちゃん・・・?」
慣れ親しんだ兄ディオゴの顔は何処かやつれて見えた きっと長年の兵隊暮らしのせいだろうか それでも、妹の自分を優しく見つめてくれる笑顔に心が温まっていった。

次の瞬間、私は背中を激しく叩かれたような衝撃を受けた。それと同時に私の胸が熱くなっていく。
全身の力が抜け、いつの間にか私は空を見つめていた。

「モニークっ!! モニークッ!!」

ああ……またあのお兄ちゃんだ……
いつもいつも私のことになると 牙をむき出しにして
周りを傷つけて 自分も傷だらけになってしまう……

そして傷だらけになりながら、私を見つめてぐしゃぐしゃに顔を涙で濡らす
あの泣き虫のお兄ちゃんの顔だ……


「・・・お兄ちゃん・・・大好き」







モニークの胸から血が吹き出す
その血を見つめると,モニークはもう一度 兄ディオゴを見つめ,微笑みながら呟いた

「・・・お兄ちゃん・・・大好き」

膝から崩れ落ち、仰向けで空を仰ぎ
モニークは笑顔で倒れ込んだ。

「モ……モニーク?」


倒れ込んだモニークの背後から硝煙をあげたボルトアクションライフルを持った白兎人兵が現れた

「ひゃぁはっはっはーっ!! 一丁上がりぃ!!
早速 ブチ犯しt」

ディオゴはその瞬間、その白兎人兵の目前まで接近すると
両手に握り締められた短刀を 妹の仇であるその兵士の胸へと突き立てた。
そして、目にも止まらぬ速さで胸へと突き立てた短刀を引き抜くと心臓、両肺、腸を
滅多刺しにしていく。

「うぉおあぁぁああぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


ディオゴはすぐさま 右足のつま先をその兵士の顎へと突き立てる。
もはやツルハシの一撃のように鋭く、ハンマーのように無慈悲な力で叩き込まれた
つま先が顎の骨を木っ端微塵に砕け散らせていく。
そして、その蹴りを放つ勢いでディオゴは飛び上がり、限界までためていた左足の踵をギロチンの如く、兵士の頭蓋骨へと振り落とす。
右足のつま先で固定されていた兵士の頭部は左足の踵による頭蓋骨への一撃によって
まるで潰れたトマトのように砕け散った。

兎人族最強の奥義「タイガーバイト」……東洋では「虎の王」と呼ばれるこの蹴り技は踵を虎の上顎、つま先を下顎になぞらえた一撃必殺のギロチン技だ。

「死ねッ!! 死ねッ!!! 死ねぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

もう既に事切れた妹の仇の亡骸を地団駄を踏むかのように
何度も踏みつけ、あたり一面をディオゴは血だまりにした。

「おにぃちゃん……?」

モニークの声にディオゴはハッと我に返り、悲痛な顔を見せながら
モニークへと駆け寄る。

「おにぃちゃん‥…どこ? どこにいるの?」
もはや失血で意識が朦朧としているのか、モニークは宙を掻きながら愛する兄ディオゴを探していた

「此処だ……!! 此処にいるよ!!!モニーク……っ!!!」

ディオゴは目から鼻から大粒の涙と鼻水を流しながら、モニークの手を取った。

「良かった……あったかい……おにいちゃんの手
いつも……あったかい……」

「ああ、そうだ!! いつまでも傍に居てやる!!
もう離れたりしないから……!! だから……モニーク……っ!!
お兄ちゃんを一人にしないでぐれぇ……っ!!」

ディオゴは心の底から悔いた……今まで復讐に囚われていた自分を。
最初から大切なことを見失っていた自分の愚かさを悔いた。

モニークが望んでいたことは こうして傍に居てやることだったのに……
自分はただ只管 モニークを侮辱された復讐と憤怒に身を焼かれていたのだ。

「おにいちゃん……泣かないで……私がずっと……傍に居るから…」


兄の腕に抱きかかえられ、モニークは笑顔のまま 虚ろな眼差しで優しくディオゴを見つめ、優しく涙を拭った。やがて涙がモニークの手を濡らすと 力尽きるようにモニークは安らかに息を引きとった。


「ぃ……嘘だ嫌だいやだ・・・モニーク!! 
やめてくれ!! まだ……こんなに……あったかいのに……いやだ!!いやだ!!!」

モニークの暖かい骸に顔をうずめ、ディオゴは慟哭した。
彼女を先に一人にしてしまったのは自分だということは分かっていた。
彼女のためなら たとえどんなにこの身が千切れ、引き裂かれようとも構わなかった。
だから彼女の誇りを侮辱した連中を地獄に送るため、悪魔に心を売った。
神をも棄てた……その結末がこれだというのか……

「モニーク・・・ モニーク!!
モニーク……っ!! もう離れたりなんかしない!!
ずっと傍に居るから……お願いだ……っ!!
お願いだから……!!俺を……お兄ちゃんを 一人にしないでぐれぇえええ……っっ!!!」

ディオゴの悲痛の叫びも虚しく

モニークの死に顔はどこか満足気で 

本当に 安らかであった 

心からモニークは安堵の顔を浮かべ 

女神のように微笑んでいた


まるで辛すぎる 残酷なこの世から ようやく解放されたかのような……

悲しい微笑みだった


「モニィグ……っ!! うぁぁあ"っ・・・!! モニィグ…っ!!」

枯れていくディオゴの声もやがて嗚咽とすすり泣きで名前を呼ぶことすらできず、ディオゴの声がただ悲しく響いていた……

ツィツィ・キィキィが辿り着いた時には ディオゴがモニークの亡骸を抱きかかえながら泣きじゃくっていた
「ディ……ディオゴ?」

「チチ姉っ・・・チチ姉・・・モニークが・・・モニークが・・・!」
思わずロを抑えるツィツィ・キィキィの目から大粒の涙が溢れ出した

「……っ モニーグ・・・ぅっ!!」

先程まで元気だった筈の従妹モニークの死をツィツィ・キィキィは受け入れられず、涙をぼろぼろと流しながら、モニークの顔を覗き込み、噎び泣き慟哭した。

「モニーク……お願い…っ!
目を開けて・・・開けて……お願いだから目を開けて……っ!!
モニーク・・・っ!!」

だが、現実は悲しみに暮れる彼等の祈りをいつまでも聞き入れてはくれなかった。

「声がするぞ……近くを調べろ!!」

「女どもの声がしたぞ……!!」

先ほどの白兎人族の成らず者たちの魔の手ががすぐそこまで来ていた・・・

それを聞き、先ほどまでモニークを抱きしめていたディオゴは涙で目を腫らしながら面を上げた。
そして、最後にモニークを優しく見つめ 唇に優しいキスを施すと
ディオゴはツィツィの腕にモニークを優しく託す

「・・・チチ姉  モニークを……頼む」

立ち上がるディオゴの足をツィツィは左手で掴む

「ぃやだ……やめてよ……ディオゴ……っ
お願い……傍に居て……!」

涙で顔を濡らすツィツィの手をディオゴは歯を噛み締めながら振りほどいた

「ディオゴ!! やめて!!!!」
ツィツィの必死の静止を振り切るようにディオゴはモニーク達を追ってきた白兎の兵隊達が居る方角へと向けて走っていった

「・・・よーく 分かったよ よーく分かったぜ  神様 

あんな連中を信じたせいで こうなったってことだろ……?」

裏切られたことへの激しい怒りと憎悪がディオゴの信念を焼き尽くしていく
共に手を取り、戦ったセキーネとの想い出が復讐の業火に焼き尽くされていく……


たった一人の妺すら守れず死なせてしまった無様な男はその無念を晴らす為、その命を散らすつもりだった。

もはや今のディオゴに生きる意味など無かった。

「……だがよ 俺も黙ってくたばりはしねぇ……!! 天国を拝むつもりなんぞ、サラサラねぇ!!!
最後の晩餐に てめぇらの命を喰ッてやる!!!!!!」

血走る目でライフルを構える白兎人族の兵隊達を見つめながらディオゴはスタンピングを繰り返した。兵隊達はディオゴ目掛けてライフルを構える

「死ね!!逆賊!!」
セリフと同時に銃弾のあらしがディオゴ目掛けて襲いかかったが、

その瞬間、ディオゴはロケットの如く飛び上がり、兵隊達が密集する場所めがけて隕石の如く落下した

「俺の妹に土下座しろォッ!!ゴキブリ共ぉおおおおおおおおおお!!!!!!!」

魔獣のような咆哮をあげ、ディオゴは隕石の落下の如くならず者と化した白兎の兵隊達の
群れを踏みつけた。その衝撃で踏みつけられた白兎人たちが木っ端微塵のミンチと化した。

「グッ・・・あァッ・・・」
生き残ったものの、手足を吹き飛ばされ芋虫のように無様に這いつくばる白兎人兵にディオゴはありったけの罵声を浴びせる。

「チンカス共が!!オレの妹に土下座はまだか!?
死んで詫びろ!!!!」

蟻を踏み潰すかのようにディオゴはミンチと化した白兎人兵の死体の群れを
行進していく。

「ぁ……ば……だ…‥だずげ……で……」



まるで馬が兎の頭を踏み潰すかのように
ディオゴは転がる白兎人兵の頭を踏み潰していく。
パキョという乾いた音と同時に目玉と頭みその欠片が飛び散る。

「助けてだぁ!? 俺の妹も同じ言葉を言ってた筈だぞ!!
この腐ったノータリン共ォお!!!!」

脳みそを足で擦り潰したながら支離滅裂な罵声を浴びせた。

「どんなモンだ!!チンカス共!!俺はディオゴ・J・コルレオーネだ!!
俺の妹殺しといて のうのうと生きてられると思ってんじゃねえぇえぞぉお!!! 便器にこびりついたチンカス共め!!!」


ディオゴは狂乱しながら暴徒化した白兎人族兵を虐殺していく。
その姿は後に「復讐の黒兎」として絵画に遺されるほどの破滅的なオーラをまとっていた。
復讐の業火に身を焼かれながら、ディオゴは白兎人族のならず者たちの声がする方向へと
走り抜けてゆく



(……モニーク 見ててくれ お兄ちゃん お前を殺した奴等を 皆殺しにしてやるからな)

彼は誓いながら、一人でも多くの兵士を殺すべく戦場を駆け抜けて行った。

       

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