Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
28 戦場の仁義

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傭兵王ゲオルク・・・彼はSHW辺境の小国ハイランド出身の傭兵達を王自ら率いる歴戦の覇者である。
男は傭兵、女は娼婦の道を歩むしかない極貧の小国の現状を少しでも快方へと導くため、
彼は百名にも満たない傭兵達を引き連れ、SHW、アルフヘイム、甲皇国の3カ国の依頼を引き受け生計を立てている。
仕事とあれば、どの国の依頼でも引き受けることから「誰とでも寝る」、「ハイランドの産業は売春」と揶揄されることが多い。
民を飢えさせる訳にはいかないゲオルクは、仕事を選り好みする余裕など無い。
悲しいことに、仕事のためにかつて親交のあった依頼人を殺したこともある。 傭兵業とは残酷な仕事ではあるが、
それしか生きてゆく述が無い以上、ゲオルクはこの残酷な仕事の中でも何か生きがいを見出すことにした。
生きがいと呼べるものかどうかは分からないが、彼ゲオルクが見出した答えは以下の2つの掟を護ることであった。

①非戦闘員・・・女子供は巻き添えにしない

②略奪と強姦は見過ごさない

この2つの掟はゲオルクが考える
戦場の仁義である。戦場において、
生死のやり取りをすることが許されるのは戦いを業とする兵士だけであり、女子供は巻き込まれるべきではない。
戦場の仁義を護らぬ輩はたとえ、敵味方であろうと容赦はしない。それが彼ゲオルク率いる傭兵軍団の信条であった。


その信条故か、ゲオルク傭兵軍団は高い団結力と士気旺盛ぶりを誇り、小~中隊規模の小規模な部隊ながらも数々の依頼をこなしていた。
今回、ダート・スタンとセキーネ王子の依頼でアルフヘイム北方戦線へと赴いたゲオルク達は仁義無き戦場の現状を嘆いていた。

「兎人族を守ってくれとセキーネ王子は言ったが……やはり、敗残兵にモラルは求められんな」

 敗走する兎人族の兵士達は迫り来る丙武軍団の進撃によって散り散りとなっていった。セキーネ王子率いる白兎軍の中でも、
セキーネから離反して黒兎軍と共に戦っていた白兎人族の兵士達だったが、長引く敗走と撤退に次第に黒兎軍を見限り出す者が増え始めた。
やがて、彼等は略奪と強姦へと走り出すこととなる。
更にそこにピアース3世の白兎人族兵がクーデターを企んでいる黒兎軍の殲滅及び処刑という名目で加わり、黒兎人族の村々を襲い始めたのだ。

ゲオルクはダート・スタン伝てにこの現状はミハイル4世に唆されたピアース3世によって引き起こされたものであると知っていた。
セキーネ王子は叔父ピアース3世の命令によってコルレオーネ大尉ことディオゴ率いる黒兎軍と離反したものの、
アルフヘイム北方戦線を支えてくれているディオゴ率いる兎人軍をどうしても見捨てた訳ではなかった。

黒兎軍がクーデターを企んでいると叔父のピアースと白夜叉が断言しようとも、
丙武軍団の進撃を食い止めてくれているのはディオゴ率いる黒兎人軍であることに変わりない。

信頼を裏切られ、冷徹となったセキーネ。だが、心の奥底ではまだまだ鬼にはなりきれない彼の優しさが残っていた。

(叔父上……それでも私はまだ信じたいのです……戦友の絆を……!!)

彼自身もピアースに足止めを喰らいながらも黒兎軍がクーデターを本当に企図しているのか独自に調査をしていた。
いくら黒兎人嫌いの叔父ピアース3世であろうとも、
祖国を敵国から守ってくれている黒兎軍の足をわざわざ引っ張るような愚かな真似をしたのには何か理由があるに違いない、
きっと裏でこのシナリオを書いた者が居るに違いないと察知したのだ。ゲオルクと接触して黒兎軍への援助を申し出るのに、わざわざ影武者を使ったのも黒幕の目をそらすためだ。
ピアースによって洗脳され、白兎人選民思想主義者となった愚かなセキーネ王子を影武者が装う中、
あらためてセキーネ王子がゲオルクに依頼したのは白黒兎人族の保護と援護であった。

「愚かな王が愚かな兵を生み出す・・・愚かな兵によって戦場の仁義が護られぬというのなら、仁義を果たすのが我等の務めだ。」

 ゲオルクは、当初の任務は兎人族兵の救出だったが、逆に兎人族兵を制圧、捕縛することの方が多かった。
中でも白兎人族の制圧と捕縛率は尋常ではなかった。セキーネ王子の依頼に少し背くことにはなるが、
戦場の仁義を果たさぬ輩に容赦はしないという方針は承諾して貰っている以上、文句を言われる筋合いはない。

「まぁ、略奪は働かずに真っ当に保護を求める兎人族兵は受け入れてやれ」









「何をやっているのです! タナー中尉!!!」

白兎人族第二小隊の小隊長であるノースハウザー曹長は
突如 隊列を離れたタナー中尉を連れ戻すべく、教え子である十六夜の副隊長リュウ・ドゥに指揮を任せてタナー中尉の後を追う。


「私の部下が略奪をしている……!!」

タナー中尉率いる第一小隊は混乱に乗じて隊列を乱し、突如として付近の黒兎人族の村へと略奪と襲撃を始めた。
日頃から頼りなく、部下からも実のところ侮られていたタナー中尉の指揮下では第一小隊はまとまらず、
実際のところ現場ではセキーネ、ディオゴ、ノースハウザー曹長が指揮を取っていることが多かった。

だが、この状況はどうだ。

セキーネは謀反の疑いを一刻も早く晴らすべく白夜叉や十六夜の隊員数十名と共に大急ぎで離脱。

ディオゴとの同盟も破棄された今では、当然ディオゴがこの場で指揮を取ることもない。

そして、ノースハウザー曹長といえば逃走先の川で待機しているアンカーマン准将の襲撃を抑えるべく橋の爆破と

地雷設置のため第2小隊は総動員で作業に取り掛かるべく、先行。

川にいる魚人族とも連携して作戦遂行に当たらねばならないため、ノースハウザー曹長が指揮能力の欠如した

タナー中尉のために代わりに指揮を執ることなど出来るはずもなかった。



部隊を指揮するためにはカリスマ性か、あるいは圧倒的な規律を維持できる司令官が必要であるが
経験は浅くとも実戦経験のセンスと命知らずではあるが恐れを知らないディオゴ(そのディオゴを支える副官であるラディアータ教の武僧ヌメロ)、
知と力と情熱を兼ね備えたカリスマであるセキーネ、積み上げられた経験と信頼を武器に部下を律するノースハウザー曹長……

彼らのどちらかがもしこの第一小隊の指揮官となっていれば、この度の略奪も防げたかもしれない。


敗色濃厚で精神的に狂った兵士を律する指揮官を欠いた第一小隊は
見るも無残にならず者の敗残兵と化した。


「中尉……! 貴方の責任ではありません……!
現状、この兵力では捨て置くしかありません!」

ノースハウザー曹長も唇を噛み締めながら、自分の意にそぐわぬ言葉を発していた。
曹長も本当ならば「何をやっておるか!!キサマらは!!」と怒鳴り込み、略奪を働く兵士たちに鉄拳制裁を加え、
一人も残さず帰投したいところだ。

だが、今はそれどころではない。前方にはアンカーマン准将率いる甲皇国軍の第二軍が侵攻している。
そして後方は丙武率いる第五軍が……

このままでは挟み撃ちを受けることは火を見るよりも明らかであった。

「中尉、この一秒を無駄にするだけで作戦が失敗する!!
直ちに我々 第二小隊と合流を……!!」

今は刻一刻と戦況は悪化しているノースハウザー曹長も苦渋の決断であった。

「私に……黙って見ていろと言うのか……曹長!
仮にも指揮官でありながら……部下を戦場に捨て置けと言うのか……!!

曹長ォおッ!!!」

タナー中尉は生まれて初めて激昂した。
よりによって あのベテランの敏腕曹長であるノースハウザー曹長に。
あのセキーネやディオゴ以外にもリュウ・ドゥ率いる十六夜部隊を育て上げたとされるあのノースハウザー曹長に。


「私は部下を捨てておめおめと逃げるほど!!

指揮官として……ッ!!! 腐ってなどいないッ!!!! たとえ逃げて臆病者として生き延びるよりッ!!

私は…ッ! 部下の盾となって野垂れ死ぬことを選ぶッ!!!

私の指揮下では……ッ!! もう二度とッ!! 誰も死なせはしないッ!!!

それは貴方もだッ!! 曹長ォおッ!!」

泣きながら タナー中尉は曹長を罵倒するかの如き勢いで怒鳴りつけていた。
怒鳴りつけながらタナー中尉の脳裏に 目の前で死んでいった黒兎人族兵士の
ソニーとフレドの姿が思い浮かんだ。 あの時の無力で何も出来なかった
自分を克服せねば 一生 己の生き様に誇りなど持てぬのだ。

曹長はこの戦場に来て初めてタナー中尉のその偉大なる姿に心から圧倒された。
そこにはあの泣き虫で頼りのないあのタナー中尉の姿は何処にも無かった。

「……タナー中尉 ノースハウザー曹長、只今より中尉の指揮下の元
第一小隊の隊員の撤退にあたります!!」

「了解した、直ちに付いてこい!!!」

タナー中尉の騎乗する馬の先導のもと、タナー中尉とノースハウザー曹長は略奪を働く第一小隊の元へと駆けつけていく。

「第一小隊ぁィイッ!! よく聞けェいッ!!
ウィリアム・ロイ・タナー中尉の指揮の下ではッ!!! 誰も死なせないッ!!
第一小隊ではなく、タナー小隊ィッ!! 愚かな真似はするなァッ!
総員、直ちに退却ァァクッッ!」

明らかに激変したタナー中尉の指揮官としての姿に
村で略奪をしていた白兎人族の兵士は直ぐに隊列を組み始める。

そして、傍にいた第二小隊長であるノースハウザー曹長がひとりひとりに鉄拳制裁を下していく

「この愚か者どもめがァっ!!! 貴様ら タナー小隊長の心を踏みにじる気かァッ!!!」

最初は気だるそうにしていた第一小隊の兵隊たちも
ノースハウザー曹長の怒号に腐った心を叩き直されていく。


「私は貴様らの命など捨て置けと言った!! だが、それでも小隊長は 

お前らのためにわざわざ引き返されたのだ!!

お前らのために 自ら盾になるとまで 仰られてなッ!!

貴様らは小隊長の優しさにつけこんで意馬心猿を働くドブ以下のクソだ!

だが、たとえそんなクソでも  お前らが小隊長にとっては 部下であることに変わりはないッ!!

小隊長にとって 作戦よりも 部下の命こそ全てだ!!! その心を侮辱する輩は
このノースハウザーが許さぁんッ!!!!」

略奪を働いていた第一小隊の兵隊たちは次々と目に涙を浮かべ、詫びた。
なんてことをしてしまったのだと悔やんだ。

「曹長……もう良い……諸君、改めてタナー小隊の指揮を執る……
此処にいる者たちが全てか……?」

「すみません……少なくとも自分たちの知る限りでは……」

やがて遠方から怒号と爆発が巻き起こるのをタナー中尉一同は確認した

「……中尉」

「分かっている……曹長。 悔しいが 私の我侭も此処までだ。
これ以上、部下を危険には晒せない……!」

敵が迫りつつある……もはやこれ以上の躊躇は出来ない。

「後方の殿はこのウィリアム・ロイ・タナーが務めるッッ!! 目標!!王都ブロスナンッ!!!
直ちに撤退のため、前進!!!」

部下が撤退していくのを見送りながら 少しずつタナー中尉は後退していく。

「ノースハウザー小隊長、私のわがままに付き合ってくれて有難う。第一小隊の撤退は 私が引き受ける。」

敬礼をし、ノースハウザー曹長を送り出すタナー中尉の姿に最早不安などない。
確実に今回の徹底は成功する。

ノースハウザー曹長は馬を走らせ、アンカーマン准将が渡河を阻止すべく舞い戻った。
その後、ノースハウザー曹長の到着した時には既に爆破準備を終える寸前だった。

「今だァっ!!! 直ちに爆破しろぉおおおッッ!!」

ノースハウザー曹長の号令の下、橋が崩れ去っていく。
この橋が崩れれば 現時点での攻略は不可能だ。
なぜなら 架橋部隊がいない現状では最早この川の攻略に強行突破しかなくなるからだ。
その場合、アンカーマン准将は川に潜む魚人族を相手に川を進まねばならない。
騎馬兵と重装備の兵隊を抱える第二軍はパワーこそあれど、不利をつかれると途端に瓦解する。
だが、さすがは豪胆のアンカーマン准将。そのまま強行突破を命じた。
結果は凄惨たる有様だった。 巨大なアロワナ型の魚人族やワニやピラニア型の魚人族、
ウシガエルの魚人族である拳のムザファール大隊の群れに
見るも無残に食い尽くされていったのだ。

「爆破成功ォッ!!! 部隊は十六夜を殿として残し、撤退!!!!
殿の十六夜は第一小隊の最前列と合流次第、直ちに撤退を開始ィイイッッ!!!」

ノースハウザー曹長は教え子であるリュウ・ドゥ1等軍曹率いるシンゲツ(さん)分隊
クオッサ2等軍曹率いるナッカ・ムーラ分隊をその場に残し、橋の付近で待機するアンカーマンの第2軍を
狙撃により抑え付ける。


「後は任せたぞ!!ドゥ1曹! クオッサ2曹!!!」

クオッサ2曹はファランクスの陣形で盾兵をその場に配置。
付近の家屋を破壊して木材や鉄などの廃材などによるトーチカを建築
強固な守備を固めた。後方にはリュウ・ドゥ率いるシンゲツさん達 狙撃部隊が後方に控え、
川に近づく甲皇国兵を迎え撃つ。

「さぁさぁ~~ 来なよ~~~ ノーキンちゃん★
わたし、寝ても覚めてもアンタのことば~~~かり夢に見ちゃうのぉ」

マスク越しでは分からないが、目元は完全にアヘ顔になっているシンゲツさんを見ながら
彼女の指揮下に入っている狙撃部隊は一切姿勢を崩すことなく談笑を始める。


「あーあ、またシンゲツさんの恋煩いかよぉ~」

「いい加減諦めたほうがいいっすよー シンゲツさん」

シンゲツさんはアンカーマン率いる第2軍の部隊長であるノーキンと
運悪く、先日交戦した。部隊の何人かを殺されたこともあり、激怒して
特攻して命を散らそうとしていたシンゲツさんだったが
ちょうど、その時王都ブロスナンへと撤退中に通りかかったセキーネの手助けもあり
結果は引き分けに終わった、あのままでは両者とも共倒れだった。

「あーぁ、来ないかなぁー 来ないかなぁー
ノーキンちゅあん☆ あなたのことを思うと私、あそこが
オシッコ垂らしたみたいに 濡れちゃうかも」

だが、そんなシンゲツさんの我慢汁が溢れる前に第一小隊の最前列が到着。
十六夜は第二軍と衝突することなく 撤退を余儀なくされるのだった。

「総員、撤退だ!!」
リュウ・ドゥの撤退命令を聞きながら シンゲツさんは心底残念そうに撤退するのだった。



       

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Neetsha