Neetel Inside 文芸新都
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黒兎物語
40 闇に消える元兇、戦友との決別

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 その男は見た目こそ人間の姿をしていた。顔も美形の青年のそれであり、ディオゴに勝るとも劣らなかった。真ん中で黒と白に分けられたカラーリングと、左右の頭頂部に生えた犬科の動物らしき両の耳が彼が獣人らしき生物であることを示していた。右目は黒の前髪で隠されており、垂れ下がったその前髪の毛がまるで服へと黒を引き継ぐかのように、彼が着ている服と靴は黒に染まっていた。羽織っている腰の丈までのフードつきのコートをとれば、おそらくその黒さがより一層強調されるだろう。
「夜中までお勤め御苦労なことです モツェピ大佐」
その男は大佐を見下ろし、不敵な笑みを浮かべる。
「・・・獣神帝か」
大佐は静かに彼の呼び名を呟いた。
ミシュガルド大陸の開拓地を次々と襲撃しているこの男は、自らをミシュガルドを統べる獣神帝と名乗っていた。
「開拓者というものは、何時の時代でも現地の洗礼を受けるものです。」
「・・・そうか この事態の元兇は貴様だったのか」
「元兇ですか・・・」
獣神帝は呆れたように鼻で笑った
「焚き火の中に手を翳せば火傷をすると分かっているのに、火傷をしてその責任を焚き火になすりつけると? あなた方がミシュガルドに上陸しなければ、そもそもこんなことにならなかったのでは?」

「別に責めてはいない。ただ、生憎と火中に未来をつかむしかない者達の集まりなものでな。 火の粉が見えればその都度払い落とすだけだ。」
モツェピ大佐は負けじと言い返した。
「・・・まあ、今回の件は我々にとっても面倒ではありますが、何時までも先送りにする訳にもいかなかったものでね。」
「・・・どういうことだ?」
「“彼女”もあなた方と同じということですよ 我々にとってはね。」
「“彼女”?」
「“彼女”に会いたければ、この街の地下に潜るといいでしょう。深き奈落の底で“彼女”は待っている筈ですから。」
獣神帝はそのまま漆黒へと消えて行った。
「・・・奴は何を企らんでいる」
(元兇がもし奴だとするなら、何故わざわざ姿を現し御丁寧に挨拶までしたのだろうか・・・しかも、奴は種明かしの様なことさえしている。
ただの自己顕示欲が強い奴なのか、ただ奴の口振りからは其処まで馬鹿な奴には見えなかった。だとすると、最早罠にしか考えられない。
一つしかない解決への道を行くしかない俺達の道中に、罠を張り巡らせているかのように)



モツェピ大佐とオークトン曹長の部隊とミカド地区で合流を果たすべく前進を開始したゲオルクとガザミの部隊。そこで彼等は思わぬ人物と遭遇した。
「久しぶりだな・・・ゲオルク、ガザミ。10年ぶりか。」
「・・・ディオゴ?」
「馬鹿な 何故・・・おぬしがここにいる?」
2人の目前にはかつて共に亜骨国大戦を戦い抜いた戦友ディオゴ・J・コルレオーネが居た。
黒兎人族特有の赤い悲願花の描かれた黒マントを羽織り、首には父ヴィトーから譲り受けた赤のスカーフを巻き、白い長袖の5つボタンの上衣と、スラックスを着こんだその姿は
一見して10年前のディオゴとは別人のように見えた。かつての彼は露出の多い服装を好む若々しさと身軽さから醸し出される陽気さに満ち溢れていた筈なのに、今の彼はまるでそれらを捨て去ってしまったかのようだ。ただ、上衣とスラックスの間から見える腹筋混じりのお臍と、股関節部位を動き易くするために切り目を入れるかの如く破れたが故にチラチラと顔を見せる小麦色の足肌の この2つだけが かつてのディオゴの面影を残していた。

「ひでぇ面しやがって」
顔もかなりやつれ、目元にはくまが刻まれ、頬骨が少し浮き上がっていた。瞳孔が開いているのか、目が開らき切ってしまっているのか、カッと睨み付けるような目は猛禽類の目を彷彿とさせた。
手は指の一つ一つが腫れ上がったかのように太くなっており、そこからはや数本ばかり黒い体毛が生え出してきていた。

「・・・おめかしなんざァ要らねェだろう・・・同窓会に来た訳じゃねェんだからよ」
ロを開く度にチラチラと顔を覗かせる牙のような犬歯と、下品さを礎にした粗暴な口調はかつての彼のままではあったが、見た目がそれ相応になってしまったが故に寧ろ異様に感じられた。かつての彼は陽気な美しい美青年の容姿と、その下品で粗暴な口調という見た目と中身の激しい格差を持っていたが故に、「喋らなければイケメン」「残念なイケメン」、「中の人ボルトリック」とまで言われていたと言うのに・・・

「何の用かね? ディオゴ。我々は先を急いでいるのだが」
「相変わらずの仏頂面だなァ・・・傭兵王。昔のよしみでちょっとばかし種明かしをしてやろォってのに・・・」
笑わぬ目を携えながら、口元だけクククと笑うその表情は、この10年間で彼が変わってしまったのだと改めて思い知らされた。
ガザミはかつての戦友の変わり果てた姿に、悲しみを噛み締めるかの如く奥歯を噛み締める。ゲオルクもその悲しみを抱いたものの、眉間に皺を寄せディオゴを睨む。悲しい表情も、涙も見せなかった・・・ゲオルクの半世紀手前に差し掛かる程の長きに渡る傭兵生活において、かつての戦友と変わり果てた姿で再会することなど珍しくはないからだ。

「率直に言おう 今のアンタ等と俺は敵同士だ。互いの雇い主がそうだからな。」
「・・・どういうことだ?」
「アンタ等の雇い主はモツェピの野郎に味方してる、対して俺の雇い主はモツェピの野郎を煙たがってる。」
「・・・お前ぇにとっては渡りに舟だったてぇ訳か・・・お前ぇ自身、祖国を裏切ったモツェピを目の仇にしてるからな」
ディオゴはよくぞお目通しでと言わんばかりにガザミに向けて、フフと微笑む。

「元々、ここは俺の雇い主の土地だった。そこに甲皇国軍が入り込んできた・・・自然を破壊し、そこに居座った。まるで、一人暮らしの女の家に土足で上がり込んで散々陵辱した挙げ句、勝手にガキをこさえて亭主関白気分で居座るかのようになァ・・・・・・」
ディオゴの話し振りから、彼の雇い主の正体はおのずと見えてきた。
「・・・獣神帝と手を組んだとは聞いていたが まさか本当だったとはな・・・だが、それ自体が過ちだということに気が付かないのか? 奴にとってお前も甲皇国軍も同じ外来種に過ぎない、いずれ切り棄てられるのがオチだろう・・・」
甲皇国軍と一緒の輩にされたことが気に触ったのか突如ディオゴは激怒した。
「勘違いするな!! 俺達は奴等と違って仁義もスジも通した!!切り棄てられるいわれは無ぇ!!」

「・・・この大地に足を踏み入れた当時、開拓の許しが出るまで俺達は2年間も洞穴暮らしだった。動物も殺さず、木の実と水だけで過ごした・・・干ばつの時にはてめぇの小便を啜って過ごしたことだってある・・・!!」
先程まで疲れ果てた死人の様な目をしていたディオゴの目に少し光が戻ったのを2人は見逃しはしなかった。あの亡き実妹モニーク、絶縁と和解を繰り返した義弟ダニィのことを語った時のあの哀しい愛を秘めた目だった。
「・・・獣神帝はとうとう我慢汁の限界だった。許しも得ずに勝手に踏み込んだ奴等を殺し合わせることにした。この地下に眠る女王陛下と、甲皇国軍の奴等をな。」
「どういうことだ?」
「・・・言葉の通りだよ。 まァ、知ったところで計画に支障は無いがね。」
ディオゴは見下すように背を向け、右手を振る。
「まァ、せいぜい殺し合ってくれや 俺らは残ったドブを掬って棄てるだけだ。」
「ディオゴ!!」
立ち去ろうとする ディオゴの背に向け、ガザミは彼の名を呼ぶ。
「・・・今からでも遅くねぇ 俺達ん所に戻って来るつもりぁ無ぇのか?」
もしこのまま別れてしまったら、今度こそ敵になってしまいそうで、彼女は内心怖ろしかった。
その時、ディオゴがどんな表情をしていたのかを知る者は居ない。
だが直後に彼はガザミに向けて振り向き、答えた。
「悪いが、他人より大事なものを背負ってるんでな」
かつての戦友に決別の言葉を告げ、立ち去る前にディオゴはゲオルクと無言で目を合わせる。ゲオルクの目は、ディオゴを責めてはいなかった。かつての戦友と敵として再会することなど長年の傭兵生活では何ら珍しいことではない。ただ悲しいかな・・・そうと割り切れる程、男は大人では無い。男というのは、心の底ではこいつと仲良く出来たらなと夢を描いてしまうのだ。かつて共に戦った仲間だとしたら尚更だ。
抗えぬ現実への些やかな抵抗の様にゲオルクとディオゴは悲しく見つめ合う。
(息災で居ろよ)
・・・と。


ディオゴは振り向くと地を見つめ、闇へと消えて行く。
戦友ゲオルク、ガザミ、ヒザーニャ、アナサス・・・そしてセキーネ・・・共に戦った仲間達との決別の痛みを胸に抱いて・・・

       

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