Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
55 深淵から見つめ返す

見開き   最大化      

丙武軍団は膠着状態に陥っていた。
ミハイル4世の率いるエンジェルエルフ族の兵士たちが精霊樹周辺で護りを固めており、
とても近づける状態ではない。

「どうするんだ?兄貴」

メゼツ少尉が艶かしい左半身を晒し、気怠そうに頭をかきながら兄と呼ぶ丙武をつついた。
少尉という立場上、上官に指示を仰ぐ行為は正当なものである。
故に、この立場を利用して上官である丙武のケツを叩く。
何かあれば、丙武から次の作戦のアイディアを引き出せる。

「う~ん……そうだねぇ~ できることなら
あのクソエンジェルエルフ共の……翼をもぎ取って皮ァ剥いで
木につるし上げたいところなんだけどなぁ~……
肝心のエンジェルエルフ共があんなに護りを固めてちゃあねぇ~……」

正直言って丙武軍団もあの白兵戦のエキスパートだらけの兎人族を倒して
有頂天になっていたが、今回ばかりはお手上げだった。

白兵戦自体は兎人族には劣るが、何より
精霊樹の力を最大限に生かした魔法を使うエンジェルエルフ族だ。
お得意の弾幕も、精霊樹の魔法でかき消されてしまう。

「メゼツ小隊長、エントヴァイエン将軍からお電話です。」

「チッ……あの悪趣味なジジイか…」

エントヴァイエン、甲皇国王位継承権序列第二位の庶子でありながら、
彼は軍部では将軍という立場にあった。捕獲した亜人を使って何やら強化人間を作ろうと
企んでいる。故に、亜人差別主義者の丙武やメゼツとは完全に馬が合わなかった。
本来であれば、現場の長である丙武に連絡を入れるべきであるが、
メゼツは丙家の本流という立場であり、皇太子から軍部への連絡系統は全てメゼツが担当していた。

「ちょっくら行ってくるわ 兄貴」

煩わしそうにメゼツが受話器のある通信室へと歩いていく。

「うぃ~す」

丙武としては、あの薄汚い亜人の力を借りようとするエントヴァイエン将軍の主義を
「力を手に入れるためには黄ばんだ小便器でも舐める行為」と見下していた故に、
電話でも話などしたくなかった。

数分の後、メゼツは溜息をつきながら帰ってきた。

「なんだった~?」

「一言で言うなら…‥そうだな……エンジェルエルフの生け捕りはまだかぁ~だとさ。」

「じゃあ、自分でやれや ボケって言っとけ」

エントヴァイエンは、亜人との戦いを続ける丙武軍団に亜人・エルフの捕虜の横流しを
命じていたのだ。戦場での残虐行為を繰り返し、オーベルハウザー条約に違反しまくって戦争犯罪人として
裁かれかねない丙武が、黙認されているのはエントヴァイエンの権力があってこその物種なのだ。
たとえ気に食わぬ相手だろうと、ご機嫌はとっておかないとまずいことになる。

「…とは言え、こいつァまずいなぁ……」

頭を抱える丙武の前に、先ほどメゼツに電話の取り次をした部下が再度現れる。

「軍団長、シュエン様より電話です。」

「シュエン君から~? メゼツではなくて~?」

「ええ、現場の長に折り入ってお話があるとのことで」

シュエンとはホロヴィズ将軍の直属の秘書である。桃色のショートへアーの少年で、年齢は8~9歳と幼い。しかしながら、その言動は非常に大人びており、20代の者にも全く引けをとらない。おそらくはその悲しき過去にある。あの丙武を輩出した暗殺教会の出身だ、つまりは殺し屋を育てる機関で生まれ育ったのである。殺し屋としては不適格者とされたが、ホロヴィズの秘書として働く適性を認められた。悪い言い方をすれば、殺し屋崩れであるが全く弱い訳ではない。そこら辺の大人なら鉛筆一本で殺せるぐらいの実力はある。
そんな彼は、ボロヴィズ・メゼツ親子の連絡を仲介する仕事に従事していた。

「もしも~し、代わったぜ~」

「お疲れ様です、大佐。」

仏頂面を声にしたようなトーンでシュエンは受話器越しに話す。
丙武が嫌いという訳ではなく、誰に対してもそうなのだ。

「一体、どうしたね?メゼツに話がある筈じゃあないの?」
丙武軍団に従軍している息子のメゼツの安否をボロヴィズ将軍はかなり気にしている。故に、シュエンが丙武軍団に電話をかけてくる用事といえばメゼツに連絡を取り次ぐだけの筈だ。なのに、何故なのだろう。


「本来の長である大佐に話を通しておかなければと思いましてね。」
シュエンは丙武に用があると言ってきたのだ。丙武は何か意図があるのだろうと思ったが、ここは黙って出方を伺うことにした。

「良い知らせと悪い知らせがありますが……どちらから先に聞きますか?」

「上手い飯は後に残す派って言えば、わかるか?」

「……では……悪い知らせから
近々、カール少佐率いる魔導機甲師団がそちらに派遣されます。
丙武大佐の交代要員としてです。」

「おいおいおい、それってつまり俺はお払い箱ってェわけか?」

「……そうですね。上層部は大佐の軍団では精霊樹を攻め落とすことが不可能と判断しました。
故に、精霊樹を攻め落とすには魔導機甲師団が的確と判断したのです。」
カール少佐は当時、オーボカ・ター率いる魔女集団たちを編成した魔法に特化した特殊部隊の設立に携わっていた。精霊樹の占領にあたり、カール少佐の派遣は的確と言えるものである。

「おいおい、まずいなぁ~……それじゃあ、将軍殿下との約束が守れねェじゃあねぇか……」

エンジェルエルフを生け捕りにし、エントヴァイエン将軍に明け渡す。
もし、その約束を守れないのなら将軍が丙武を庇う理由などない。戦争犯罪人として丙武を乙家の査察官オヅベルクに引き渡せばいい。何の成果も挙げられず、このままおめおめと何処ぞの戦線に左遷となるのか・・・丙武の将来は一瞬で暗闇に覆われた。

「……その点についてはご心配なく。これが良い知らせになりますが……大佐にはフローリア戦線の指揮をとっていただきます。」

「はぁ? あんなお花畑のフローリア戦線如きを攻めてどぉすんだ?
将軍殿下に詫びの花束でも渡せってのか?」

「マリー・ピーターシルヴァンニアン……」

「……!!」

「……ご存知ですね? 大佐が取り逃がしたピーターシルヴァンニアン王朝最後の王女。
そして、同時に精霊樹の力を引き出す巫女……彼女は、従兄のセキーネ王子と共に
フローリアに亡命しています……その巫女の力は、エントヴァイエン将軍の悲願である
強化人間の製造に大いに役立つことでしょう。となれば、将軍もマリー王女の存在を看過出来ないハズです。
エンジェルエルフの生け捕りよりも、マリー王女の生け捕りの方が将軍もお喜びになるかと……」

「……ありがとよ……シュエン お陰で首の皮一枚つながったぜ」

これで暫くは、エントヴァイエン将軍のご機嫌を取ることが出来る。
国際裁判所に出廷するのは御免被りたい丙武は、ホッと胸をなで下ろした。

「あと、最後に一つ……これはホロヴィズ将軍か大佐に折り入っての
頼みになるのですが……」

「おぉ~、いいぜ。死ねとか金玉もぎ取るって頼み以外なら何でも聞いてやるよ。」

「……どうやら、今フローリア周辺の町に竜人族が潜伏しているとの情報が入っています……」

「……ほう……」
丙武もメゼツと竜人族との因縁は知っていた。
メゼツは妹のメルタを竜人族に半死半生の目に合わされ、復讐を誓っていたのだ。
妹を機械の身体にした竜人族を何が何でも根絶やしにしてやると……
故に話の内容も大体予想がついていた。

「フローリア戦線への進軍の際には、是非とも竜人族の掃討作戦の指揮をメゼツ少尉にお任せ願えないでしょうか?」

あまりにも出来すぎたプロットに丙武は感づいた。

「……計算通りってわけか……ボロヴィズ将軍」

「……!」

 丙武のボロヴィズ将軍への呼びかけにシュエンは驚いた。
ボロヴィズ将軍がこの電話を盗聴していることを察知されたのだろうか。
一方的に深淵を覗き、中に潜む魔物を一方的に覗いていたつもりが
逆に覗き返されたのだ。背筋に剣を貫かれたかのような驚きを
隠すシュエンを余処に、丙武は話を続けた。

「……わかったよ。アンタがまず最初に息子じゃあなく、この俺にわざわざ連絡を入れた理由って訳が……
アンタの目的は、メゼツを通じて竜人族に復讐することだ。
娘を機械の身体にした竜人族は、アンタにとっても仇だからな。
……アンタは復讐を息子のメゼツに託した……ってなると、メゼツのフローリア行きは必須になってくる……
だが、今 アンタの息子は俺の指揮下だ……おまけに、強化人間のメゼツの戦力は丙武軍団にとって不可欠だ。
俺がメゼツのフローリア行きを許可する筈が無い………俺にフローリア行きのチケットを発行させるために
アンタはマリーの行方の情報を教える取引をもちかけたってわけか……」
白兵戦では到底勝ち目のない兎人族の兵士達相手に丙武軍団が善戦できたのは、軍団の持つ重火器や重機といった最新兵器のお陰というにはあまりにも言葉足らずだ。正直、メゼツ率いる強化人間兵の能力があったから白兵戦で良い勝負が出来たと言える。

「……………」


「……アンタは更に二重の保険をかけた。マリーの居処を教えても、俺がメゼツの離脱を許可しないと踏んで、俺ごとフローリアに飛ばすことを考えた訳だな・・・カール少佐と俺の交代を進言したのは……実際はアンタだろう? 俺が断るに断りきれない状況を作り出して、メゼツのフローリア行きを承諾させる……
取引のためにはたとえ、味方ですら罠に嵌めるか……実に恐ろしい男だよ。アンタは……」

シュエンの傍で盗聴器に耳を当てていたボロヴィズ将軍は、盗聴器の受話器を下ろすと そのまま頬杖をつき、フッと笑った。
シュエンは、その表情のボロヴィズを見つめて全てを悟ったのか、電話越しに丙武に尋ねる。


「……ご決断を……大佐」

「‥…既にお膳立ては済んでるんだろ? 今更食卓をひっくり返すような真似はしねェよ。
アンタが用意したジビエ料理……とくと堪能させてもらうよ。」

受話器を下ろし、丙武はケラケラと悪魔のように笑うのだった。
ハメられたとは分かっていたが、逆に好都合だった。因縁の兎人共に復讐する機会も出来、同時にマリーも手中に収められる。ミハイル4世と精霊樹を前に脱線しかかっていた列車を元に戻しただけのことだ。
こうして、丙武はメゼツと共にフローリア行きのチケットを手に、花の戦場へと舞い降りていくのだった。

       

表紙

バーボンハイム(文鳥) 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha