Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
56 撒き餌

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ゲオルク達は丙武・メゼツ軍団よりも先にフローリア入りする必要があった。
フローリアに先に入ってしまえば、前戯に差し掛かったも同然だ。
だが、それだけではしっかりと濡らしたとは言い難い。

「今回のフローリア戦はおそらく防御戦となるだろう、いわば護りを固め
迫り来る敵を迎え撃つのが主流だ。しかしながら、相手はあの丙武とメゼツ率いる軍団だ。
奴らの強さはディオゴ……君が一番よく理解しているだろう?」

「……ああ、互いに金玉を握り合った仲だよ」

「はぁ~……」

おそらく、互いに敗北寸前まで追い込まれて巻き返したのを繰り返したと言いたいのだろうが
何故こうも品がなく言い換えられるんだろうか……

エルフ族のクルトガに至っては溜息をついているし、リブロースに至っては下品な物言いに思わずドン引きしている。
ディオゴとの飲み仲間であるガザミだけが、思わず鼻で笑っていた。

ゲオルクもディオゴの下品な言い回しも、大して意に介さなくなっていた。
むしろ、若かりし頃のボルトリックと話をしているようでむしろ懐かしく、そして居心地がいい男だなと思っていた。

「……それは実に玉の縮み上がる話だ。紳士諸君によってはね。
だが、ここにはご婦人方も居るものでね……もう少し ご婦人方にもご理解いただけるように
彼らの強さを理解していただくとしよう……結論から言おう。フローリアは陥落する。」

「そ…そんな!!」
リブロースは、ゲオルクの言葉を聞くと彼に掴みかかるようにすがり付いた。
まだ、ディオゴやガザミに言われるのならまだ理解出来たが、
救いを求めた筈のゲオルクに言い放たれるとは予想外だったからだ。

「……生まれ持っての戦闘民族と評された兎人族の防衛線を破った猛者たちが相手だ。
護りを固めた相手との戦いの経験値たるや、世界一だろう。
いくら、念入りに奴らに備えて防衛戦を張ろうとも勝てる見込みは無い。」

「最初からそんな負け腰なのですか!!」
ゲオルクの口から突きつけられる現実をリブロースは理解していない訳ではなかった。
兎人族の強さは知っているし、兎人族の防衛戦が破られたことを知った
アルフヘイム軍では発狂に近い激しい動揺が沸き起こったのも分かっている。

いわば、この戦いは最初から敗北の決まった戦いなのだ。

「リブロース殿下……戦いに勝つことが 人生の勝ちではない。
人生の勝ちのためには、戦いで負けることも必要なのだ。今から我々はその相談をするのだ。」

ゲオルクは、続いて対丙武・メゼツ軍団戦のエキスパートとしてディオゴに説明を促した。
それに応じて、ディオゴは半泣き顔のリブロースに向かって
残虐に微笑みかけながら口を開き始めた。

「……旦那の言う通りだ、お花のセニョリータ。
丙武・メゼツ軍団に一泡吹かせるためには、フローリアを棄てるしかねェんだ。そこは割り切れ。
だが、アンタもレイプされっぱなしじゃ我慢がならねェだろ?
アンタに我慢汁ぶちまけて気持ちよかったぜぇって、腹抱えて笑ってる奴等のイチモツを、
握り潰してやりたくはねェのか? アンタなんかレイプしなきゃ良かったと後悔する程の
痛手を負わしてやってこそ、奴らに勝ったって胸張って言えるんじゃあねぇのか?」

「………」

比喩は下品極まりないが、言わんとしてることは正論である。
どうせ負けるのならば、かなりの痛手を負わせてやろう。
それこそ、この国に攻め込んだことを、陥落させた喜びを一瞬で台無しにするほどの後悔を
味あわせるとっておきの罠を仕掛けてやろう。ということなのだ。
だが、理解が追いついていないアナサスや、ドン引きが勝るクルトガ達に
ガザミが呆れながら通訳を買って出る。兎と蟹と種族こそ違えど同じ亜人……いや、獣人である。
ディオゴの言わんとしているノリは、理解できた。

「……あー……つまりは、フローリアはあえて奴らに差し出そう。
フローリアを陥落して勝ち誇ってる奴らの頭上にドデカイ糞を落としてやろうってわけだ。
奴等を糞塗れにして、今後一切二度とこのアルフヘイムでデケェ面させねぇようにする。」

だいぶ噛み砕いてはいたものの、相変わらず直接的表現がなされないことに
ついにクルトガの苛立ちも限界に達した。

「……やれやれ、亜人と言うものはどうして下品な比喩しか出来んのだ。
いい加減分かりやすく内容を答えろ。」

亜人と言う言葉に、ディオゴとガザミの顔色が思わず変わりそうになったのを
ゲオルクは見過ごさなかった。

「……獣人族の諸君。君らの比喩が下品なのは否定はしないが、
エルフにはまだユーモアという概念が存在していないようだ……
人間に君たちのような力が無いのと同じようにね……我々は種族も違えば、文化も違う。
互いの至らぬ点を相互理解し、補完しあう形で行こうではないか。」

「……フ」

アナサスは幼いながら、このゲオルクに将の才があることを理解した。
一方的にディオゴ・ガザミの獣人族を庇うという訳でもなく、しっかりと非を認めさせ、
一方的にクルトガのエルフ族を叱責する訳でもなく、しっかりとその自尊心を損なわないように配慮し、
力の無い人間族代表として、獣人族・エルフ族の偉大さを尊敬している姿勢を見せる。


力と筋肉だけの山脈のような大男なだけでは、到底この軍を纏めることなど出来ない。
かといって騎士道や武士道といった根性論・仁義だけでも、無理な話である。
知も兼ね備えなければ、将たりえないことをアナサスは胸に刻んだのであった。


「では、本題に入ろう。今回の作戦においては……」



ゲオルクのフローリア戦の最終目標は、
フローリアを陥落した丙武・メゼツ軍団を空爆によって壊滅させ、その戦力を削ぐことにあった。
彼等は陸戦の覇者であろうが、空戦においては赤子同然である。
ゲオルクたちの陸戦は、あくまでも撒き餌に過ぎない。
陸戦に夢中になり、頭上から迫り来る危機に警戒を完全に解いたところに空戦の猛者による
集中砲火を浴びせてやるのだ。

フローリアは焦土と化すが、その地に残された丙武・メゼツ軍団はひとたまりもない。
よしんば生き残ったとしても もう二度と、アルフヘイムで猛威を振るうことも無いだろう。


そのために、ゲオルクはアルフヘイム空軍の竜騎士部隊部隊長ルーラ・ルイーズ将軍と
接触する必要があった。セントヴェリアにてフローリア亡命前のセキーネと秘密裏に接触し、
彼伝てにルイーズ将軍に応援を要請したが、各地で引っ張りだこの彼女が要請に
応じてくれるかどうかは確信が持てなかった。

そこで、ゲオルクは保険として竜人族にも応援を要請することにした。
竜人族は、火炎竜種を中心としたドラゴンの遺伝子を持つ獣人族である。
獣人族最強と言われるほどの圧倒的破壊力を持つ彼等の協力があれば、この作戦の成功は100%保証される。

だが、彼らには問題点があった。
彼らはかなりの武闘派で、なまじ強いばかりに協調性に欠ける民族であった。
アルフヘイムの中でも特にエルフ族の支配を拒絶し、反エルフの筆頭格とまで言われるほどの民族であった。
素直に、応援要請に応じてくれるとは思わなかった。

だが、そんな彼らも甲皇国空軍との死闘の末に、国を追われ北上しつつあった。
アルフヘイムの南方戦線の主力であった竜人族は、ゼット将軍の率いる航空艦隊
「空飛ぶサーカス」による猛攻撃によって深刻な痛手を負った。
ゼット将軍もこれにより、死亡したとされてはいるが、
深刻な痛手を負った竜人族は、あろうことかまさかの陸戦で敗北した。
諸説あるが、アルフヘイム南方戦線を攻め込んだゲル・グリップ大佐が
※竜人族に激しい恨みを持つ参謀長スズカ・バーンブリッツによる
莫大な後方支援を受けていたお陰ともされている。その支援の予算たるや、
3つの国を購入出来るほどだったらしい。

故に、住処である南部から追われ、泣く泣く北上していた竜人族に
ゲオルクは交渉の余地があると見込んでいた。しかも、
彼等はフローリア周辺に潜伏していたのだ。

その交渉役として、ゲオルクはディオゴとガザミを先行隊として派遣した。
少なくともエルフではない、獣人族の彼等の救援要請ならまだ竜人族も交渉のテーブルに
ついてくれるだろう。おまけに、ディオゴはかつて白兎人族との和平交渉を成し遂げた実績もある。
口の立つディオゴと、それを支えるガザミなら上手くやってくれるだろう。
エルフのクルトガ、アナサスは竜人族とは犬猿の仲であるため、
彼等はゲオルクと共に先にフローリア入りすることにした。丙武・メゼツ軍団の陸戦に備えた
撒き餌の準備というわけだ。

こうして、確実に迫りつつある本番のためにゲオルク軍は、
たっぷりと蓄えた我慢汁で局部を濡らし、大股を開いて
丙武・メゼツ軍団を待ち受けるのであった。


※ミシュガルド聖典 竜人録参照のこと

       

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