Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
57 世界への未練

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 竜人族とのコンタクトを図るため、ディオゴはダート・スタンを通じて
竜人族レドフィンの妹アーリナズと連絡を取ることに成功した。
アーリナズはディオゴと同じく、人間面の獣人である。それゆえかどうかは知らないが、
比較的エルフに対してもまだ好意的な立場であった。

「交渉の場に出ていただき、光栄です。セニョリータ」
アーリナズに片膝を立て、敬意を示すディオゴ。流石は交渉のテーブルに立っただけのことはある。
相手への敬意は忘れない。ゲオルク達と一緒に居る時のあの下品極まりない物言いは、微塵も無い。

「ディオゴさん、ガザミさん。あなた方の誠意は伝わりました。
エルフならともかく、獣人族のあなた方の頼みとあれば、流石にあの兄も無碍には出来ないでしょう。
状況が状況ですしね……」

「では、今夜プロメテウス自然公園でお会い致しましょう。」

背中をばたつかせ、飛び立っていくアーリナズの背中を見送り、
ディオゴとガザミは手を振った。

「フ……妹ってのは何処に行っても可愛いもんだな……」
アーリナズの背中を見つめるディオゴの口元は悲しげに微笑んでいた。
まるで、アーリナズ越しに妹の居るレドフィンを羨ましそうに見つめているようで、その顔はあまりにも悲しい。

最愛の妹モニークを亡くして間も無いディオゴの心中を察すると、
ガザミはかけてやる言葉が見当たらなかった。

「……行こうか」

ただ、その場から立ち去ろうと促すだけがガザミがディオゴにかけてやる慰めの言葉だった。

「……ああ」
ディオゴは地面を見つめ、目をしばし閉じると深呼吸をして手綱を引いた。
ディオゴとガザミはレドフィンとの待ち合わせ場所の自然公園へと馬を走らせていく。

プロメテウス自然公園は、フローリアを南下して40km先にある草原だ。
季節は冬から春へと移りつつあった。乾いた草木が徐々に緑を取り戻している
その光景がそれを物語っていた。

「綺麗だな……」

見渡す限りの地平線上に広がる大草原を見ながら、ディオゴは呟いた。

「見ろよ 徐々に草木が緑を取り戻そうとしてるぜ……」

「……そうだな」

ガザミは察した。
冬の厳しさから立ち直り、春の開花へと向けて準備を進める草木のように、
疲弊した俺の心もいつか立ち直るのだろうか……

きっとディオゴはそう尋ねたかったのだろう。
だが、ガザミは「いつか立ち直る」、「いつか良い事があるさ」などと
親友にそんな無責任な言葉を吐くことは出来なかった。
曖昧な言葉は悩みを問いかける者に対して、「おまえの問題など知るか」と吐き捨てているようなものだからだ。
代わりにガザミはある質問をした。

「……ディオゴ 世界は素晴らしいと思うか?」

この質問の答えこそが、おまえの問いかけの答えだ、
ガザミはディオゴに語りかけた。

「………」

言葉は無かった。ディオゴは首を縦にも横にも取れるように振った。
イエスなのかノーなのか、きっと彼自身答えは出ていない。
おそらく、限りなくノーに近いのだろう。だとしたら、何故ディオゴはここに居るのだろう?

最愛の妹を失った時点で、ディオゴにとってこの世界は何もかも
色褪せた無価値な世界の筈だ。生きてる価値など無い。
だとしたら、何故自分はこんなにも悲しい想いをしてまで生き続けなければならないのだろうか。
この世界に未練がましくしがみついているのだろうか……?

「………ツィツィ姉……」

自然とディオゴは愛する女の名前を口にしていた。

「……いい嫁さんだな」

「………あぁ」

悲しみに沈むディオゴを、支えてくれたのはあのツィツィ・キィキィだった。
いつしか従姉弟という関係ではなく、男と女として互いに愛し合うようになっていた。
モニークを失ったあの日の夜に、2人は互いの身体を求めて抱き合った。
悲しみに冷えた身体を温め合うかのように、ディオゴもツィツィは愛の契りを交わしていたのだった。

「……帰ったら、腹デカくなってたりしてな」

「…女のカンってヤツか……? 姉御」

「……カンだ」

ツィツィがディオゴの子供を身篭っているという確信が、ガザミにはあった。
同じ女だからかどうか分からないが……フローリアへと旅立つディオゴを見送る
ツィツィの顔には 母に成りつつある女の光が輝きつつあった……

この子の父親が……ディオゴが帰ってくるまで絶対に希望を捨てたりはしないと。
絶対に何があっても守り抜いて見せると。

「……名前、何にする?」

「せっかちだなァ……姉御。」

「良いから教えてくれよ」

「そうだなァ……男だったらディアス。Dias。
しっかりとDias(日々)を繋いでいける子供になって欲しいからな……」

「女だったら?」

「…………」

きっともし女の子だったら、きっと自分はその娘を
モニークの生まれ変わりとして育てるだろう。そう感じたせいか、ディオゴは思わず口をつぐんだ。
言いかけようとするかすまいかを待たず、空から大いなる翼を持った火炎竜が舞い降りようとしていた。

「……おでましか」

ディオゴとガザミの交渉が今、始まろうとしていたのだった。

       

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