Neetel Inside 文芸新都
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黒兎物語
58 レッドドラゴン

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プロメテウス自然公園に降り立った竜人族族長レドフィン。その体躯はプロメテウスの空を覆わんばかりに巨大に見えた。
「ミスターレドフィン、お会いできて光栄だ。俺は黒兎人族のディオゴ、こっちが」
「ガザミだ。」
ディオゴは握手の形で手を空へと掲げた。獣人族間での握手の意味を成すジェスチャーである。獣人族は種族も様々で、そのサイズも多種多様だ。片方の手がかなりの切れ味を誇るかぎ爪だったり、双方の手のサイズに差がありすぎたりと握手に適さない場合が殆どであるため、考え出されたジェスチャーである。無論、蟹人族のガザミに至っては手がハサミになっているため、代わりに右手を上げてカチカチと音を鳴らすジェスチャーをしていた。
「マインシュタインでは派手にやったって聞いている、骸骨共の国を文字通り骸骨だらけの国にしてやったってな。是非ともそのコツを教えてもらいたいものだ。」
ディオゴは話の前戯として彼に対する賞賛を始めた。マインシュタインとは丙武・メゼツの祖国である甲皇国首都のことだ。骨の巨神像が祀られていることから、髑髏の首都、骸骨の町として知られ、蔑称としてその首都や甲皇国に暮らす者達を骸骨共と揶揄するようになった。

「コツか・・・? 今この場で身をもつて教えてやってもいいぜ。」
レドフィンはかなり御機嫌斜めな様子だった。どうやらその理由は彼の高い競争心にあったようだ。アルフヘイム最強を自負する戦闘狂だ、甲皇国空軍のゼット将軍に勝利する程の大火力という武器を持つ竜人族こそが最強だと信じて疑わない。故にディオゴのような素早さだけが取り柄の黒兎人族が白兵戦最強とされていることが気に食わなかった。
「よせよ、高い競争心には怪我が付き物だよ、Mr.レドフィン。アンタのケガが何よりの証拠だ。兎は竜と違って臆病なモノでね。」 
レドフィンは南方戦線を制覇したゲル・グリップ大佐の手によって、尻尾を切り落とされていた。それ以外にも体には無数の切り傷が刻まれている。それらは全てレドフィンによるマインシュタイン襲撃事件の際に負ったものである。
「互いに家族の居る身だろ? 悲しい想いをさせるより手を取り合った方が利口なんじゃアねぇのか?」
「協力ってわけか・・・」
ガザミはディオゴの話しぶりを見てフッと微笑んだ。人を喰ったようではあるが、しっかりと相手の長所を立てる姿勢はゲオルクそのものだったからだ。
「怪我人をわざわざこんな所まで呼び寄せといてよく言うぜ。普通はてめェらが出向くのがスジだろうが。」
どうやら、御機嫌斜めなのは他にもあったようだ。依頼する立場のディオゴとガザミが見舞いがてら赴かなかったことが相当気に食わなかったらしい。
(どうせ赴いたら門前払い喰らわすだろォが・・・)
ガザミがそう言いたげな表情をしたのを察知してか、すかさずディオゴは弁解した。
「・・・気遣いはしたつもりだ。アンタの命を狙ってる連中は甲皇国にもアルフヘイムにも居る。万が一、俺達が尾けられていた時を考えてみろよ。まんまと赴いて、アンタの潜伏先を教えちまったら それこそ申し訳が立たねェ。」
咄嗟に思い付いた言い分にしては、かなり上出来だとガザミは思った。実を言うと、2人はレドフィンの潜伏先に行くのが面倒臭かった。なにせ、レドフィンの潜伏先はプロメテウス自然公園内の南側にあるリプリー山脈だ。公園内と言ってもここから更に100km先にあり、山脈も3258mはあるのだ。おまけに崖だらけで足場は最悪。翼がなければとても到り着けるような場所では無い。翼を持つコウモリタイプの黒兎人族でも辿り着くのは至難の技だ。数万とある洞窟の中からレドフィンの潜伏先を虱潰しに捜索していくのだ。
遭難の危険は否めない。辛うじて到り着いたとしても門前払いを食らう可能性があるのだ。飛行能力を持つコウモリタイプの黒兎人族は、ただでさえ希少で生まれにくい。(ダニィやアダム・クレメンザ曹長がこのタイプに属する。) 百歩譲って戦場で失なったのならまだしも、要人の捜索如きで失なっては目も当てられない。丙武・メゼツ軍団が刻一刻と進軍しつつある中、時間も無いのに、誰がそんなリスキィな真似が出来るというのだ。 
だが、そんな事情を話したところでレドフィンの怒りを余計に買うだろう。彼の言う通り、怪我人に無理を言って頼み事をすること自体、不躾ではあるのだから。誠意が足りないと一蹴されてお仕舞いだ。
「・・・フン それもそうか」
レドフィンがその意図を見抜いていたのかは知らないが、いずれにせよ彼を納得させることは出来た。ディオゴの言い分も、確かに間違ってはいない。事実、自分は敵だらけなのだから。ディオゴはレドフィンが納得した様子を見て、内心安堵していた。口よりも手が先に出る人格は、納得しない限り聞く耳持たずの傾向にあるからだ。
「・・・おめェさんなりに考えた上での気遣いってんなら、構わねぇよ。気遣いの行き違いは誰にだってあるからよ。」
レドフィンが理解してくれたことは予想外であった。正直言って、もっと文句をつけてくるかと思って構えていたが、意外なレドフィンの反応に交渉事に自信があるディオゴも思わずホッとした。
「理解してくれてホッとしたよ、正直 金玉が縮み上がるかと思った。」
「よく言うぜ、肝ッ玉は竜人族の金玉ぐらいはありそうなクセによ。」
互いに笑うディオゴとレドフィンの会話に下ネタが出てきたのを見て、ガザミもふと安堵した。ガザミも女ではあるが、男だらけの戦場に根を張り暮らす者だから大体の男のノリというのは理解できた。大概、会話に下ネタが飛び交うようになれば男の友情は半分築けたようなものだ。

「アンタに協力してもらいたい、協力といってもアンタがマインシュタインでやったことと殆ど同じことをフローリアで再現してもらうだけだ。」
「派手に暴れろってことか?」
レドフィンは治りかけの尻尾をブンブンと振りながら、その目を輝かせていた。どれぐらいの輝きか分かり易く言うなら、まるで数カ月女断ちをしていた思春期の少年の目の前に、突然巨乳の裸の美女が現れて 乳をつき出しながら、ビジョビショに濡れた陰部をおっぴろげ、誘ってきた時を想像してもらおう。まさに、その少年が目の前でゆさゆさと揺れるたわわな乳と濡れた陰部をまじまじと見つめる時の目の輝きと同じだ。
「大まかに言うと、そんなとこだがなァ~・・・何て言ったら良いんだろなぁ、ガザミ。」
あまりのウキウキ振りに、ディオゴも失敗したなぁと後悔した様子だった。

「そもそも、先ず俺達の目的を知ってもらう必要があるんじゃあねぇのか? 下ネタで盛り上がるために、こんなとこまで来たんじゃあねえだろ?」
先程まで黙っていて頭が冷えていたせいか、あるいは元からガザミ自身に備わっている高い洞察力のお陰か、いずれにせよディオゴにとってかなり有益な助言になったことは事実だ。ディオゴは言葉を紡いでいく。
「俺達の狙いはフローリアの死守じゃアなく、フローリアに集結した甲皇国軍の殲滅だ。奴等を率いているのは丙武とメゼツ。北方戦線を陥落させた陸戦の覇者だ。まともに戦って勝ち目のある敵じゃねえ。 そこで空からアンタの大火力を浴びせる訳だが、アンタが接近してきたってなりゃあ流石に奴等もビビって退却しちまう。そこで俺達のボスが、注意を惹きつける。 敢えて、奴らの得意な陸戦でぶつかり砕け散る寸前まで粘る。得意なフィールドで戦って戦況が有利になれば、奴らもアンタの接近には気付きもしねえだろう。満身創痍のボスとその部下達の脱出が完了したらアンタの独壇場の出来上がりだ。」
「その脱出の手筈はどうなってンだ?」
「包囲されるまで奴等をおびき寄せる必要があるから 空からの脱出になるな。今のところ、アルフヘイム空軍竜騎士部隊のルーラ・ルイーズ将軍にその為の要請をかけているが 望み薄だ。だから、アンタにはその時の為に竜人族の兵士を待機させといて貰いたい。 」
「オレの部下を何人か差し出せって事だな?」
「そうだ。」
「要請通り来たらどうする?」
「要請通りになったらアンタの部下達はルイーズ将軍の支援か、アンタの掌握下で好き勝手に暴れてくれて良い。」
「分かった、あのルイーズのアマが到着するしないにしろ結果的にこの俺様が暴れられるンならそれでいいぜ。」
意気込むレドフィンを頼もしく思いながらも そのマイペース振りに不安を抱くディオゴとガザミであった。

こうしてフローリア戦の前戯はこれにて完了したのである。

       

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