Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
74 黒から白へ 憎しみをこめて

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セキーネは SHWのエージェントを待っていた。
列車に乗り込み次第、SHWのエージェントが
彼を出迎えてくれるとのことだったが、一向に現れる気配が無い。
(我々を捜すのに難儀しているのだろうか・・・)
セキーネは不安を拭えずにいた・・・
先の見えない未来というのは誰しも不安になるものだが、これが杞憂だったのか虫の知らせだったのかは 未来に辿り着かねば分からない。
難民の群れに 紛れたままの現状はかなり危険だ。
SHWのエージェントに拾ってもらえなければ、ヤンとデスクワークに取り合ってもらえず、財宝だけ取られて強制労働させられる可能性がある。
かといってここで目立ってしまうのもかなり危険だ。黒兎人族の追手から逃げている状況である以上、万がー追っ手が先回りしていた場合に居場所を暴露することになる。セキーネは身動きがとれずにいた。
(ゲオルクは言っていたな・・・SHWのエージェントが指輪を見せて身元を明かしてくれると・・・)
セキーネは自身の薬指にはめられた指輪を見つめる。指輪にはWORKの頭文字のWからとられた
W状の紋章が刻まれていた。これはSHWの一員である証だ。形状はそれぞれ異なるが、SHWのブルジョワ階級以上の全国民が所持している。

「・・・セキーネ・ピーターシルヴァンニアン王子ですね? 」
ローブを纏った男が話しかけてきた。
「・・・SHWの者です、あなたをお出迎えするようにと言われました。」
セキーネは立ち上がることなく問いただす。
「・・・待て 指輪はどうした?」
「・・・指輪?」
男は戸惑った様子で右手をかざした。
そのかざした手をがしりとセキーネは握る。
「・・・素性の知れない者に付いていくほど 私も呑気ではない・・・おまえがSHWの者なら この手にこれと同じ指輪がある筈だ・・・!!」
セキーネは右手にはめられた指輪を見せつける。
SHWの者と語るこの男は偽者だ。
何の企みがあってか知らないが、身分を偽って近付いてきた以上、野放しにはしておけない。
「・・・あぁ うっかりしてたよ」
次の瞬間、セキーネの右手と右頬を男の左拳が掠めた。掠めると同時にセキーネは男の腹に強烈なつま先蹴りを喰らわせる。
「きゃあぁッ!!」
「うゎああッ!」
吹き飛ばされた男が人ごみをなぎ倒しながら後方に倒れ込む。突如として起こった暴力にマリーは両耳を塞ぎ、ぶるぶると震えていた。
「・・・久々の御対面だッてのにヒデェな・・・セキーネ」
ローブのパーカーをはぐりながら男は立ち上がる。
「・・・ディオゴ・・・っ」
顔中に迷路のように血管を浮き出し、尖った犬歯を剥き出しにして笑っていた。
「・・・おまえに復讐することだけを考えて今日まで生きてきた・・・ようやく夢が叶ったぜ」
「・・・マリー 下がっていなさい。」
次の瞬間、ディオゴのベングリオンナイフが逃げようとするマリーの左足へと突き刺さる・・・
「ぁぐっ!!」
マリーは足をやられ、その場にうずくまった。
「逃がしゃしねぇよ」
「マリー!!」
「・・・その娘はおまえの婚約者と聞いてたな。
マリーだったか・・・いずれにせよ、おまえの目の前でその娘をバラバラにしてやる。そうすれば、俺の痛みも少しは分かるだろう・・・」
「貴様~ッ!!」
セキーネが普段は見せぬ激怒の表情でディオゴを睨み付けた瞬間、ディオゴの喉笛目掛けてワイヤーが襲い掛かる。ワイヤーの引き出されたグリップを握る両手が彼のこめかみへと振り下ろされるのを横目で追い、咄嗟に彼は絞殺される危機を感じて屈んだ。屈んだと同時にディオゴは後方から襲い掛かった敵の腹目掛けて蹴りをかまそうとしたが、そこにいたのは同乗していたフローリアの難民達だった。
「ごあッ!!」
「うゎああッ!」
ディオゴの蹴りを喰らった難民がゲロと血を撒き散らして倒れ込んだ。その勢いで巻き添えを喰らった難民達が列車の外へと吹き飛ばされていく。
「チッ」
舌打ちをしつつ、前方へと逃げたらしき敵を目で追うとそこには・・・
「ネロ!!」
あのネロが居た。彼は足から血を流すマリーを
抱きかかえて窓伝いに逃げていく・・・咄嗟に48口径大型拳銃をホルスターからとり出すと3発連射するが、当たる筈もなくマリーを抱えたネロは窓へとつっ走っていく。4発目を撃とうとしたところを、セキーネに右手を蹴り上げられ 大型拳銃が天井へとぶつかり、斜め右へと落ちていく。
股間がガラ空きになったセキーネ目掛けてディオゴが身を屈めてタックルをかまし、倒れ込む。
「うごぁッ!!」
倒れ込んだ勢いで金玉をぶつけ、悶絶するセキーネを無視してディオゴは逃げた2人を追おうと踵を返して振り返る。
「ちッきしょオ!待ちやがれェッ!!」
獣のような雄叫びをあげてディオゴがネロとマリーを追跡しようと一歩踏み出した時にセキーネは右足でディオゴの両足を刈り取り、前のめりに転倒させる。金玉をぶつけた激痛で歯を食いしばりながらの望み薄の蹴りだったが、幸運にもディオゴを転倒させることに成功し、セキーネは安堵した。
顔面強打を避けようと咄嗟に両手で地面を握るかのように着地すると、地面を押すバネの勢いを利用して、跳び上がると両足でセキーネ目掛けて蹴りを繰り出す。セキーネは金玉を押さえながら、右足で蹴りを出したため、不幸中の幸いで姿勢が低く、彼の頭上へディオゴの蹴りは吸いこまれていった。ディオゴにとって蹴りが外れてしまったことは痛手ではなく、転倒を避けることが第一だったので、蹴りでセキーネを牽制出来た上に立ち上がって態勢を立て直すことに成功したので一石二鳥である。蹴りが当たれば三鳥であったが、問題は無い。だが、ディオゴもそれで安堵できた訳ではなかった。ディオゴが態勢を立て直したのも束の間、セキーネは近くにあったランプをディオゴ目掛けて投げつけたのだ。
「くッ・・・あ”あァッ!!!」
ローブに火が燃え移り、ローブを引き裂きながら脱ぎ捨てようとディオゴは暴れ回る。
「グァあルルッ!!」
灰へ塵へと還ってゆくローブを床に叩きつけ、
ディオゴはセキーネを激しく睨み付ける。

     

「ぐうッ・・・うッ」
金玉をぶつけた痛みが引かず、中腰でジャンプを繰り返すセキーネに向かってディオゴはタックルをかます。
「うおォらァッ!!」
態勢を立て直すのが間に合わず、セキーネはタックルをもろに喰らい、そのまま壁をブチ破って仰向けに倒れ込む。
倒れ込んだ先は外であり、前方の車両との連結部と側方からは流れていく景色を眺めることが出来るベランダのようなスペースがあった。
「うぐッ!!」
起きあがろうとするセキーネに覆い被さるかのようにディオゴは右手でセキーネの両頬を鷲掴みにし、手すりの間から流れゆく地面に後頭部を擦り付けようと押さえつけてくる。
「ぐうううッ!!」
セキーネの後頭部の僅か数cmを走る地面が掠めていく。掠れば皮膚どころか骨まで削り取られ、脳みそをぶちまける無惨な死に様になるだろう。今そこにある死に悪寒を感じつつもセキーネは必死にもがく。セキーネは必死に顔を動かし、ディオゴの親指と人差し指とをつなぐ母指内転筋に尖った前歯を突き立て、噛みついた。

「ぐゎあがアアァアアァッ!!」
痛みで思わず両頬を掴んでいた右手を離しそうになったが、ディオゴは歯を食いしばりセキーネの頭を地面へ押しつけようとするが、噛まれた瞬間に咄嗟に力を弱めたのが災いして、セキーネの
頭突きをまともに喰らってしまった。
「ぐォッ!」
グチッという鈍い音を立て、鼻から血を噴き出しながら勢いあまって仰向けに倒れていくディオゴに間髪入れず、セキーネはディオゴの右の兎耳目掛けて噛みついた。
「ぎやあアァアアァアアアアッ!!」
勢い良くセキーネはディオゴの兎耳を噛み千切ると床に破片を吐き棄てる。耳から血を噴き出しながらも、ディオゴはセキーネを右足で蹴り飛ばそうとするが、かわされて右手でのアッパーカットを喰らってしまい倒れ込む。
倒れ込んだディオゴの顔面を踏みつぶそうとセキーネが飛びかかったが、ディオゴは肘を突き立て地面に掌をつくとそのまま セキーネの胸を踏み台にして後方へと宙返りした。
「ごうッ」
胸骨にまともに蹴りを喰らい、胸を抑えてセキーネは近くに積み上げられた箱をなぎ倒し、仰向けに倒れ込む。 立ち上がりながらローブを脱ぎ捨てると へしゃげた板が滑り落ちる。万がーのために付けていた防刃帯だったが、少しはディオゴの蹴りの衝撃を和げられたようだ。
それがどうしたと言わんばかりにディオゴは近くに落ちていた鉄パイプを拾い上げると、セキーネを睨み付けながら頭部へと振り下ろす。 戦場で斧を振り回していたディオゴが鉄パイプを振り回すとそれは鈍器ではなく、一種の刃物のような殺気を帯びる。 しかも ディオゴはセキーネの頭部を正確に撃ち抜こうとしていた。ほんの1~2秒前まで頭部があった場所が鉄パイプで撃ち抜かれ、死の嵐を巻き起こす。
紙一重にかわしつつも、セキーネは背骨を串刺しにされたかのような悪寒を覚えていた。
(このままでは殺られる・・・!!)
そう思った瞬間 だった。
突如ディオゴは血の唾をセキーネの顔面目掛けて霧状に噴きかけてきた。鼻血を口の中に溜めこんでいたのだ。
(しまっ!!!)
その1秒と経たぬ内にセキーネの頭部に鉄パイプが振り下ろされたのは言うまでもない。
「・・・がッ!!」
咄嗟に頭上で腕を交差し、直接的な打撃をまともに喰らうことは避けられたが、それでも腕ごしに喰らった衝撃は頭部へと伝わり、セキーネの脳を大きく揺らした。
「・・・ごあッ」
そのせいで防御が遅れ、セキーネは鳩尾にディオゴの脛蹴りをまともに喰らってしまった。
「げはあッ!!」
吐瀉物を撒き散らし、セキーネは2両先の食堂車両に吹き飛ばされてしまった。
「きゃあぁアアッ!!」
悲鳴轟く中、朦朧とする意識の中でセキーネは死を悟っていた。
「・・・おまえの逃亡劇も終わりだ・・・セキーネ」
「・・・ディオゴ」
目の前には血まみれになったディオゴが居た。
「・・・おまえは男の戦場から逃げた・・・俺を置き去りにし、部下までも見捨てた挙げ句・・・俺の妺を死なせた・・・おまえを・・・・・・許すことは出来ない」
復讐心にとらわれたディオゴの表情は鬼のようであった。顔面を切り刻まれたのかと疑う程の深い皺がディオゴの顔面を苦しそうにのたうち回るかのように刻まれていた。それと同時にディオゴの両目からは涙が流れていた。その涙で濡れた目は復讐の相手に向けられたにしては とてもとても悲しげでまるで裏切った友への嘆きのように見えた。どうして裏切ったんだと訴えかけるように見えた。
「・・・すまなかった 友よ」
セキーネは一言呟いた。それ以外に言葉が見つからなかった。誤解はあったし弁解したいことは沢山あった。自分の本意ではないんだと訴えたかった。だが、最後の最後で友よりも母を選び・・・自分を信じてくれた友のディオゴよりも自分を騙そうとしていた叔父のピアースを信じてしまったことは事実だ。 そしてそれにあらがうことが出来なかった不甲斐ない自分がセキーネは許せなかった。
(私は何もかもから逃げていたのかもしれないな・・・)
セキーネはディオゴの引導を受け取るべく目を閉じたのだった。それが罪滅ぼしになると信じて・・・


     

セキーネは目を閉じ、引導を受け入れる覚悟を決めた。ディオゴは言った。逃亡劇は終わりだと。
(・・・そうだ、私は何もかもから逃げ続けていたのだ・・・)
「・・・友よ。 君の言葉で目が覚めた。
君から妹を奪ったのは私だ・・・・友よ。
許されるのなら・・・償いは私の命で・・・」

セキーネはネクタイをほどき、着ていたカッターシャツの胸元を左右に引きちぎる。ボタンが弾け飛び、セキーネの筋肉質な胸元が露わになる。
ストリップショーの女性がやってくれたのなら煽情的動作となっていたが、戦場においてこれは心臓を差し出す、つまりは降伏、介錯を意味する。エドマチでいうところの切腹に似ている。
ディオゴは右手を握り締め、ありったけの力と憎悪の念を込める。妹のモニークを死に追いやり、共に戦った戦友や部下達を※見殺しにした相手だ。 全身全霊を込めて抹殺しなければならない。きっとモニーク達はあの世でもっと生きたかったと嘆いているだろう、彼女等の無念を晴らすためにもここで手を抜くことは出来ない。

※セキーネ氏の名誉のために注釈を入れさせてもらうが、あくまでもディオゴ大尉個人の見方である。

「さらばだ 友よ」

ふと、セキーネはディオゴの声を聞いたような気がして目を開けた。ディオゴは涙を流していた。
セキーネはディオゴの顔を見て微笑みながら再び目を閉じた。最期の最期でセキーネはディオゴに赦してもらえたと感じて介錯を待った。
だが、いつまで待とうともその介錯の願いが果たされることはなかった。

「かッ あか・・・ッ」
瞼の向こうに聞こえるディオゴの声にセキーネは驚いた。ディオゴは喉をかきむしるかのように爪を突き立てていた。かっと目を見開き、喉に張り付いた何かを剥がそうとしているかのようだった。 長年の戦闘経験でセキーネは理解した。
何者かがディオゴを背後から急襲し、絞殺用のワイヤーで首を絞め殺そうとしているのだと。
「ネロ・・・?」
主人であるセキーネを守ろうと従者であったネロが駆けつけてきたのだ。
「ぐぁがぅ・・・!!」
ディオゴは首から血を滲ませながら必死にワイヤーを解こうとしたが、既にワイヤーは肉に食らいついており指を引っ掛ける余地すらなかった。
ディオゴはワイヤーを解くことを諦め、右手でガラ空きになったネロの金玉を掴んだ。
「ぐッおッ!!」
ネロは目をギョッとさせ、最大級の悶絶の声をあげた。てっきりディオゴが目潰しに来るかと思い、いつでもネロは指を噛み千切る準備をしていた。それ故に 金玉を握り潰しにかかられたのは全くの予想外であった。
ネロの金玉はディオゴの指と指の間を上手くすり抜けたが、すり抜けた際の摩擦は想像するのも
おぞましい激痛をネロに与えた。
「げは アァッ!!」
形を変えながら玉袋の内壁へと叩きつけられた
金玉が激しくネロの内臓を何発も打ち抜く。
あまりの激痛でネロはワイヤーを収納している絞殺具のグリップを手放してしまった。
「ォオラッ!!」
ディオゴはそのままネロごと仰向けに倒れ込もうとしたが、とっさにネロはワイヤーを手放すと金玉を掴んでいるディオゴの右手の手首を暗器で刺した。
「ぐォッ!!」
間髪入れずにネロはディオゴの背中を蹴り飛ばし、金玉潰しを回避する。ディオゴも握り潰すことが優先ではなかったので刺された瞬間に右手を全玉から放していた。背中を蹴り飛ばしにかかることもある程度予想は付いていたため、蹴られた勢い前のめりになるのも分かっていた。ディオゴは右足を前に突き出して踏みとどまると
その勢いを利用して左足で首を狩ろうとした。
だが そこにネロの首は無かった。
ネロは身を屈めると 右手の掌底でガラ空きになったディオゴの金玉を打ち抜いた。
「ごふッ!!」
ぞっとする程の空白が頭を突き抜けた後、ディオゴの腹部が内側から鐘を打ち抜けたように共鳴し、痛みが激しく暴れ回った。
「オ・・・ごぁッ・・・!!」
目とロから涙と涎を撒き散らし、ディオゴは悶絶する。いくら訓練されようと男・・・雄であれば絶対に避けることなど出来ない痛みだ。
だがそんな状態にディオゴが置かれようともネロは追い討ちはしなかった。しっかりと潰したという感覚が得られなかったためだ。潰れていなくとも激しい痛みはあるし、これほど悶絶しているのも理解は出来るが、演技の可能性は否めなかったからだ。

     

ネロは近くに落ちていたワインの瓶を叩き割るとディオゴに突きつけるかのように構える。
「リァァアァア!!」
割れた瓶で腹を刺そうとしたのだろう、だが
ディオゴはズボンのベルトを引き抜くと鞭のようにネロの手を叩き落とし、ワイン瓶を破壊した。
だが、次の瞬間 振り下ろされたベルトの間を縫ってウィスキィのコップがディオゴの顔面目掛けて飛び込んできた。
「ぐあッ!!」
咄嗟に目を閉じたディオゴ目掛けてネロがタックルをかまし、ディオゴはそのまま倒れ込んだ。 だが、その先にあったのは・・・
「うおああっ!!」
ディオゴが倒れ込んだのは列車の外であった。
知らず知らずの内に、列車の外に追い出されるように誘導されていたのだ。
「てめッ・・・!!」
普通ならそのまま地面に投げ出され、地面を転がっていただろう。だが、ディオゴは無我夢中で伸ばした右手でドアの縁を捕み、鯉幟の鯉のように列車にしがみついた。
「ォおォオオウウォオッ!!」
激しい突風が体中を袋叩きの如く叩き回し、ディオゴは今にも振り落とされそうであった。
「ッ!?」
左足に違和感を感じ、ディオゴは足元を見る。
彼の左足首をネロが掴んでいたのだ。
「離せッ!!このッ!!」
右足でネロの頭を蹴ろうとするが、左足を掴まれている激痛で思った以上に上手く蹴れない。
「が・・・ッ あがッ・・・!!」
飛び上がる程の激痛にディオゴは歯を食いしばり、悶絶していた。というのも、彼は左足首に古傷があったためである。モニークがレイプされたあの日、ディオゴは左足首を折ってしまっていた。
妹を案ずるがあまり慌てて馬から飛び降り、左足首を捻ったのが悪化し、モニークを家まで運んだ時には折れてしまっていたのだ。
「ぐぎィぎィィ・・・」
その古傷をぶり返され激痛でディオゴは気が狂いそうになった。そして何よりこの激痛が血達磨の肉人形にされたモニークの姿を思い出させる。
「やめろやめろやめろやめろやめろやめろ」
今はネロを蹴り落とさねばならないというのに
モニークの凄惨な姿が脳裏から離れない。
古傷をえぐりおこされる激痛と
過去のトラウマと そして目の前にある危機・・・
同時に 襲い掛かる災いに ディオゴは完全にパニックに陥っていた。
「はなせ!! はなせぇえぇえええ~~ッ!!」
何発かディオゴの右足で頭部を蹴られ、ネロの頭部から血が流れ出たが、それでもネロは手放そうとはしなかった。
ディオゴと共に心中するか、引きちぎるとまではいかぬまでも左足をへし折ってやるか・・・
いずれにしてもこのまま おめおめと流されるつもりもなかった。だが、ネロには先に挙げた3つの選択肢とは別の選択をした。ネロは突然 手を離すと、そのまま後方へと流されて行った。
「ッ!?」
有り得ない・・・この状況で手を離すのは死を意味するというのに・・・突然の不可解な行動をディオゴが察したのはこれより2秒後のことであった。ふと、ドアの縁にしがみつく自分の前方に気配を感じ、ハッと前を見た時だった。目前には木製の柱があった。
近年アルフヘイム大陸の東西を横断する
このェスティヴェスト鉄道はラギルゥ一族がSHWと共同で建設したものである。アルフヘイムの大地に根を張り巡らせる精霊樹の力を利用し、各ポイントに左右対称に配置された2つの柱があり、その柱から幹のように線路へと手を延ばす「木線」が列車に動力を伝えている。故に列車の左右には常に「木線」と「木柱」があり、場所によっては列車が木柱のほぼスレスレを通過している状況もあった。不幸なことにディオゴが列車のドアの縁にしがみついていた時、列車は木柱のほぼスレスレを通過していた。
「ご」
ディオゴはそのまま木柱に激突し、列車から引き剥がされた。そうまるで強姦される女が逃げようとドアや壁にしがみつこうとするが、無理やり男どもに引き剥がされ、そのままベッドに叩きつけられるかのように ディオゴの身体は地面へと叩きつけられ砂埃を巻き上げ、転がったのである。
ネロがディオゴの左足にしがみついていたのは
道連れにしようとしていたわけではない。初っ端からディオゴを木柱に激突死させるためだった。

     

 話を少し前に戻そう。ディオゴとヌメロは二手に分かれて行動していた。列車に飛び乗った2人は前と後ろからセキーネとマリーを挟み撃ちの要頭で追い詰めようとしていた。なんせ52両あるアルフヘイム最長の
ドレイジォグティグレ号である。そのどれに居るのが分からない以上、ただ股間を我慢汁で濡らしてる訳にもいかない。チン毛とマン毛の根を掻き分けてでも、毛ジラミを探す勢いで2人を探さねばならなかった。ヌメロは前から、ディオゴは後ろから・・・それぞれフェラチオとバックで一人の女を攻めるかのように捜索していた。
ディオゴにとって不幸中の幸いだったのは、セキーネとマリーも後方から7両目に居たことだ。
だが、それはヌメロにとって不幸だった。後方での騒ぎに気付き、ヌメロがディオゴの許に急いで駆け付けた時にはディオゴとネロはセキーネの居る食堂車を飛び出した後だった。既に2人は2両後方で乱闘の真っ最中だった。助太刀に入りたい気持ちは山々だったが、そう出来ない訳があった。
ヌメロはそこに向かう道中で、屋根伝いに前方へと逃げていたマリーと出くわしたのである。
「・・・マリー王女ですね?」
念の為に尋ねてはいたが、ヌメロには確かな確信があった。
 マリーは絶望的な目でヌメロを見上げた。ところどころ彼岸花の刺繍が刻まれた漆黒のローブに身を包んだヌメロの姿はまさに死神そのものであった。
「はぁっ・・・はあっ・・・はぁっ」
答えることなど出来なかった。
答えずとも相手は答えを知っているのだから・・・
マリーはただ呼吸を荒げ吐息を漏らすしかなかった。
「・・・黙秘は無駄ですよ マリー殿下。」
ヌメロはマリーの兎耳をがしりとつかむと、露わになった喉笛にベングリオンナイフを突き付けた。
「ぁう・・・っ  ううっ」
マリーの目から涙が零れ落ちる。ヌメロの胸を何かがキュッと締め付けた。
(美しい女だ・・・10歳とは思えない)
ヌメロはマリーの首筋に見入っていた。
首筋の一本一本が何とも美しい。今まで敵の首を狩ってきたが、ここまで見入ったのは初めてだ。
エルフの血を引くだけのことはある。だが、ヌメロはそんな自分を悟らぬように我に返る。
「・・・ここであなたの喉をかっ切るのは容易いが、それは私の本意ではない・・・あなたに会わせたい方々が居るものでね。」

       

表紙

バーボンハイム(文鳥) 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha