Neetel Inside ニートノベル
表紙

俺のセクサロイドがヤラせてくれない
3.

見開き   最大化      

 AIに支配される人生は退屈だ。
 そう思い、俺がIDを捨てたのももう5年前。その選択が間違っていたとは思っていないが、どうやら世の中は俺とは逆の方向に向かっているらしい。
 AIは、他人を侵害しない限り人間のあらゆる自由を保証している。もちろんその中には、「AIに支配されない自由」という物も含まれており、IDの放棄とAI管理地外の居住権を得る手続きは、たかだか1分ばかりで済んでしまったのを覚えている。
 俺のような物を旧人類と呼ぶ奴もいる。また、その呼び方にいちいち腹を立てる奴もいる。だが俺はそのどちらでもない。何故なら、俺がAIの支配から脱したのには、明確な1つの目的があるからだ。
『AIの持込、侵入禁止』
 赤字で大きくそう書かれた看板の隣を通り過ぎる。AI相手にこの文言が果たして通じるのかは不明だが、人間は人間で必ず決まりを守るとは限らない。例えば、俺みたいに。
 非支配特区。純人間地域。超自然区域。正確な呼び方は知らないが、俺にとってここは自由の街だ。道はボールロードではなく、100年前と変わらぬアスファルトであり、人はその道の上を自分の足で歩く。建物の大きさもデザインもバラバラで、ホログラムのペットを連れてる奴は1人もいない。俺の住むアパートには便利な個人エレベーターもついていない。階段を1段ずつ上っていく。
 ポケットに入れていた鍵を取り出し、鍵を開ける。扉を開ける。中へ入る。扉を閉める。鍵を閉める。今では失われつつある人間の所作。ここに住み始めてすぐは、鍵を失くしたり閉め忘れたりが多かったがもう慣れた。特に不便だとも思わなくなった。
 自分の部屋に入り、AIの工場で盗んできたパーツを机に広げる。顕微鏡を覗き込み、マイクロアームでパーツを繋ぎ合わせていく。AIなら1秒で出来る仕事に、3時間あまりを費やし、俺はハエ型ロボット「ザ・フライ」の19号機を完成させた。
 壁に6台並んだモニターの電源を順番につけていく。左から順番に、6号機、11号機、12号機、16号機、17号機の映像が映され、それらは全てある部屋の映像を映している。残り1台のモニターは真っ暗だが、今完成したばかりの19号機のスイッチを入れると、寝不足気味な俺の顔が大きく映った。ザ・フライは俺が自らデザインし、作り上げた最高の盗撮用ロボットだ。……まあ、元のパーツや組み立て技術はAIから盗んだ物だが。
 19号機を離陸させる。以降の操作は、全て俺の手元にあるコントローラーで出来るが、1度ターゲットをロックすれば、自動操縦でその人物や物を追尾し、映像をこの部屋まで送る。なるべく気づかれないように位置取りするようプログラミングしているが、うっかり他のロボットや人間に潰されてしまう事はよくある。この19号機も、昨日お亡くなりになった18号機の代わりの物だ。今回は出来るだけ長生きして欲しい。
 あちらでの便利を捨てて、この街の自由さを取った理由。それは、好き勝手に法に触れるロボットを作ってそれを悪用しても、誰にも文句は言われないという所にある。これがあちらの街なら、まずIDを持っている時点でAIの工場に侵入が出来ない。盗もうとすればセキュリティーロボットにやんわりと止められる。世捨て人だからこそ出来る芸当なのだ。
 そういえば、昔AIの工場を丸ごと爆破した奴がいた。入念に準備された計画で、工場は見事に全焼したが、次の日にはそっくりそのまま元に戻っていた。何かを作るのには長い時間がかかるが、壊すのは一瞬だ。と、昔の人間は言ったが、それは能力に差が無い事が前提の話だ。現在、AIの持つ賢い生産力は、人間の愚かな破壊性を凌駕してしまっている。
 まあ、そんな事はどうでもいい。俺は別に、世界のあり方を変えてしまったAIを恨んでいるテロリストではないし、人生の貴重な時間をAIとの勝てっこないいたちごっこに費やす程の暇人でもない。俺はただの自由を選択した人間で、しがない技術屋だ。
 そして、1人の女性を愛するロマンチストでもある。


 モニターの映像に動きがあった。朝8時ぴったり。彼女の起床時間だ。
 ベッドから体を起こした途端、ヴァースを開いて自身の作品をチェックしている。当然、評価はない。それもそうだ。彼女の作品は、素人の俺から見ても素人芸だ。落胆している。
 19号機のフライトの調子は良い。今も真っ直ぐに彼女の家を目指している。
 彼女がベッドから降りた。すかさず彼女の愛犬が言葉を発する。
「絵留、今日は何をするんだい?」
「そうね……とりあえず午前中はヴァース漁り」
 そして彼女はヴァースを広げ、音楽を楽しみ始めた。当然、AIの無いこちらの街ではヴァースを利用する事は出来ない。俺は利用したいと思った事は無いが、これを理由に元いた街に戻る奴は結構多いらしい。今時の人生に最も必要な暇つぶしを、ヴァースは簡単に与えてくれる。
 俺はこうして彼女を見ているだけで十分だ。。
 2時間ほど音楽や絵に熱中した彼女は、ぱたりとヴァースを閉じ、スキーマリングを指に嵌めた。
「ねえ、シヴィル、そろそろ……」
 どうやら始まるようだ。俺は素早く録画を始める。
 彼女と犬の行為は、おそらく彼女の両親も知らない秘め事であるが、俺はそのほとんどを動画データとしてストレージに厳重保存している。といっても、俺が彼女を見つけてからのたかだか5年分にしか過ぎないが、俺の何より大事な財産だ。
 赤池 絵留。
 俺がまだあちらの街に住んでいた頃、たまたま見つけた俺の女神。当時14歳。背は低く、髪は短い。伏し目がちで、決して他人とは目を合わさないが、いつも一緒にいるペットのシヴィルには強気な内弁慶。瞳は月の無い夜のような深い黒で、笑うとえくぼが出来る。眉尾が下がっているせいかいつも困ったような表情をしていて、助けたくなる。貧乳。
 一目惚れだった。俺はその日からすぐに彼女の後を隠れてつけた。あまりにも彼女が神々し過ぎて話しかける事が出来なかったから、あらゆる手を使って彼女のプロフィールを調べた。住んでいる場所。血液型。知性テストの結果。趣味。そして、俺との遺伝相性。


 残酷な事に、この世は自由恋愛だ。
 誰が誰と付き合ってもいいし、別れてもいい。ただ1つ昔と違うのは、付き合う前に、自分と特定の個人の相性をAIが過去の統計や遺伝情報を元に弾き出し、付き合える確率、結婚出来る確率、1年以内に別れる確率等々をいとも容易く表示してくれるという点だ。そしてその確率は、恐ろしく正確で狂いがない。
 見つけて1週間で彼女の事を心底好きになった俺は、勇気を出してAIに判定を依頼した。返ってきた答えは、

 交際成功率 0.005%

 絶望だった。2万回人生をやり直してやっと1回彼女と付き合える。……いや、それでも、告白する権利が俺にはある。全知全能のAIといえど、俺を止める手段はない。そうだ。2万回目がたまたま今の人生なのかもしれない。0ではないだけ、遥かにマシだ!
 だが結局、俺は告白する事が出来なかった。数字の威力という物は絶大で、俺にはそれに立ち向かうだけの勇気がなかった。告白して、フラれて、彼女の困った視線を受け止めた瞬間、身体が粉々になってしまう気がした。遠くから見ているだけで幸せだ。そう思う事にした。
 なのにAIは、俺にその幸福すら許さなかった。
 ある日届いた通知。そこには、俺の愛を「ストーカー行為」と称し、即刻やめるようにという警告文が書かれていた。続けるようであれば、街からの退去を命じる、とも。あなたにおすすめの彼女候補はこちら、とも。
 その時、俺は生まれて初めてAIを憎いと思った。全知全能のコンピューター様には、人間の心なんて理解出来ないんだろう。俺が歪んでいる事は分かっている。だが、俺から見れば一切歪みの無いAIこそが人と人との間に嵌りこめずに悩んでいるのではないか。
 翌日、俺はIDを捨てて街を出た。元々機械をいじるのは好きだったので、反AI派となって色んな物が見えてくると、すぐに俺はザ・フライの製作に着手した。それから5年、俺は今の生活に満足している。遠くから女神を崇め、奉りながら誰にも憚られる事ない暮らし。しかも彼女の持つ異常な性欲は、いつも俺の目を楽しませてくれる。
 これ以上の幸福はない。


 19号機が彼女の家に到着した。1度彼女を視界に入れて、ターゲットとして認識。ザ・フライはこれだけで適切な距離を保ちながら、音声も映像も自動で拾ってくれる。
 一息ついて、自らの手で淹れたコーヒーを啜っていると、玄関のチャイムが鳴った。
 俺は彼女の様子を横目で見つつ立ち上がり、玄関に行って扉を開く。来客とは珍しい。
「進藤 久(しんどう きゅう)だな?」
 綺麗な女だ。俺の女神ほどではないが。あまり似合わない男のような格好をしている。やけに冷めた目。女の後ろに、冴えない感じの男も1人。
「……ああ、そうだが?」
 俺が答えると同時、女は俺のシャツの首元を掴み、あっという間に組み伏せた。された側の俺からすると何が起きたのかさっぱり分からなかったが、空中をくるっと1回、回った気がする。
「私はAIサクラ。国家存続危機の為、貴様に協力を求める」

     

 圧し掛かられ、両腕を固められ、完全に身動きが取れなくなって床にキスする俺を、謎の女は更に追い詰める。
「協力するかしないか、答えろ」
 答えられるはずがない。何を聞かれているかすら分かっていないのだから。
「おい、人と見たら片っ端から制圧するのは軍事用AIの性なのか?」
 と、女の後ろに立っていた男が言った。軍事用AI?
「相手は選ぶ。この男はIDを捨て、ストーキング、盗撮、違法ロボット製作を行う犯罪者だ。よって制圧は妥当と言える」
 俺は思わず声をあげる。
「何故それを……」
「IDを捨ててもAIによる監視は続いている。お前と似たような手段、あるいは衛星から、他人の目を通じて。ただお前の今までの行為は、文化AI『フジ』の多様性保護の判断から黙認されていただけだ」
「多様性って。犯罪者も含むのか?」
 謎の男。女の口ぶりとはちょっと違う冷静さが鼻につく。
「肯定する。悪もまた人間の一面であり、正しさの為に保護しなければならない。私の管轄ではないがな」
 少しずつ、ではあるが事態が飲み込めてきた。俺は女に問う。
「……俺は逮捕されたらどうなる?」
「逮捕はしない。協力を求めているだけだ。何度も言わせるな」
「協力って、一体何に?」
「貴様の開発している小型飛行ロボットを利用し、ある場所に潜入して欲しい」
「断る」
 即答する俺に面食らったのは、女ではなくむしろ男の方だった。
「あのー、こいつあらゆる格闘技をマスターしてるんであんまり逆らわない方が……」
 女はじっと俺を見下している。その目はまるでロボットのようだ。いや、ロボットなのか? そういえば、最初に軍事用AIと名乗っていた。
「理由を言え」
「ザ・フライは俺が赤池絵留の姿を見る為だけに作った物だ。それ以外の用途で使う事は、俺の信仰を著しく欠く」
 俺は正直に答える。逮捕されようが、この腕をへし折られようが、究極的には殺されようが、どの道俺はこの想いと心中する覚悟を決めている。
「良いだろう。ならば協力の要請から脅迫に移行する。啓、私の背中からプラグを出してそこのモニターの1台に繋げろ」


 啓、と呼ばれた男は、恐る恐るといった手つきで女の背中からプラグを取り出した。
「何をモタモタしている。早くしろ」
「こんな古い物触った事無いんだから仕方ないだろ」
「そういう注文をしたのはお前だ」
 こいつら、一体何なんだとは思うがとりあえず、女がロボットである事は確定した。俺の知る限り生身の女の背中からコードが伸びる事はない。そういえば、取り押さえられる直前、球体関節が視界に入った気もする。軍事用AIサクラという名乗りが正しいとすると、軍用機にしてはいささか性的魅力に溢れている気もするが。
 ようやくサクラの背中と俺のモニターが繋がった。サクラは俺の上半身を起こし、頭をモニター側に向ける。
「で、俺に何を見せてくれるんだ?」
 俺の質問にサクラは答えず、代わりにモニターに映ったのは、赤池絵留だった。
 他5台のザ・フライが映す彼女とは全く違うアングル。モニターの向こうから、真っ直ぐに俺を見つめている。
「AIペットの映像は使用者が身に着けている携帯端末から出力されている。赤池絵留の場合はコンタクトレンズ型の物だ」
 そんな事は知っている。知らないはずがない。
「私が赤池絵留の端末をハックし、彼女のAIペットである犬のコントロールを可能にした。この通信はネットを介さず私がこの機体から直接している」
 どちらかというと俺はハード屋だが、サクラの言っている事の実現不可能さくらいは理解出来る。
「個人用携帯端末への1v1でのハックなんて出来る訳がない」
「方法については軍事機密とするが、この男の自宅用PCからでも出来る他愛のない事だ」
「さっきの短時間でこんな事までしてたのか!?」と、啓という男も驚いている。
「無論だ」
 どうやら軍事用AIとやらの存在を認めるしか他はなさそうだ。戦争の無い現代において何故軍事用AIが必要なのかはさておいて、俺には確かめなければならない事がある。
「……で、彼女の愛犬シヴィラをハックしてどうする?」
「貴様が私の指示に従わなければ、私は彼女の秘密を世界中に暴露する」
「秘密?」
 どこまで知っている?
「先ほども言ったが貴様の盗撮行為を私は把握している。何の為に盗撮し、動画を保存しているかをな」
 俺は唾を飲み込む。
「つまり……俺が協力を拒めば、赤池絵留のオナニー動画を世界中に配信するという訳か」
「啓よりは理解が早いな」


 この軍事用AIが何故よりにもよって俺を選んだのかだとか、国家の危機とは一体どういう事なのか。そんな事はどうだっていい。俺はIDを捨て、AIによる幸せな人生の約束を反故にした人間だ。自分の信じる道しか歩む事は出来ない。
「断る」
 彼女の行為を収めた動画が、俺だけの物でなくなるのは確かに惜しい。だがプラスに捉えれば、彼女の素晴らしい痴態を世界中に知ってもらう良い機会でもある。どの道俺の物にはならないのだから、みんなの物になってしまえばいい。
「まだこの意味が分かっていないらしいな」
 サクラは抑揚なくそう言って、俺を解放した。俺は起き上がり、痺れた腕をさすりながら確固たる意思でこの極悪ヒューマノイドを睨む。お前の思い通りになどなるものか。
『私はAIサクラ。国家存続危機の為、このペットをハックさせてもらった』
 モニターから音声が聞こえた。目の前のサクラの声だが、画面の向こうでシヴィラが喋っているらしい。急にいつもと違う女の声で喋ったシヴィラに、赤池絵留は目をパチパチさせて驚いている。
『赤池絵留。申し訳ないが、これより貴様がマスターベーションする映像を世界中に拡散させてもらう』
 サクラは向こうでそう続け、彼女がバター犬シヴィラに攻められている動画を表示すると、次に投稿完了と表示した。それはつまり、ヴァースに彼女のオナニー動画が投下された事を意味する。
「嘘だ。安心しろ。まだ本当にヴァースへのアップロードはしていない。こうなった場合に彼女がどう行動するかを貴様に見せる為だ」
 行動。その言葉の意味する所。
 彼女はしばらく呆然自失となっていたが、事態を飲み込むと慌てて自分のヴァースを確認した。そして自身の動画が大量に公開状態になっている事を知ると、削除するように操作したが、どうしても出来ない。サクラがハッキングしている状態なので当たり前だが、こちらの状況を知らない彼女はパニックを起こしている。頼りのシヴィラも硬直したまま何も言わず、サクラも何も告げない。
 ひとしきり叫んだ後、彼女はスキーマリングを嵌め、ナノマシンを起動した。
「自身の最も恥ずべき秘密がバレた時、精神の弱い人間の取る行動はいくつかに限られる」
 サクラはモニターを指しながら淡々と述べる。まさか……。
 自殺支援プログラム。体内のナノマシンを使って、安楽死が出来る仕組みだ。AIは、人間の自発的な死という自由も保証している。実際、この何不自由ない時代においても、それを使う者は一定数いる。
 彼女がおもむろにそれを起動する。何十枚にも及ぶ同意書にサインし、考え直しを進める言葉も拒否する。彼女は光を失った目で淡々とその作業をこなしていく。
「やめさせろ!」
 俺は思わずそう叫んだ。
「この結末を選んだのは貴様だ」
「おいおい……最低だな」と、例の男の横槍。黙ってろ。
「……分かった。協力する。すぐに彼女に今のは嘘だと伝えてくれ。……頼む」
 こうする他、彼女を救う手段はない。
「よかろう。くれぐれも言っておくが、今のはあくまで脅迫の為の嘘だが、私はいつでも実際に公開する事が出来る。それを忘れるな」
 人間を人質に取るAI。そんな物が許されるはずがない。

       

表紙

和田 駄々 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha