Neetel Inside 文芸新都
表紙

ニート的日常
3

見開き   最大化      

 3-1~ニート的思考~

 ニートは深く考えない。
 世界の情勢とか世間体とか考えない。
 自分の今の状態すら考えない。

 特に未来のことなんて考えない。
 考えていたらニートなんてやってられない。

 だからきっとニートは物書きには向かない。
 だって展開とか考えてないと凄く困るだろうから。

 しかし時にはそんなニートでも、
 深く考えざるを得ない場合もあるらしい。



 私はひどく狼狽していた。
 一言で言うならば狼狽していた。
 
 どれくらい狼狽していたかと言うと、
 狼狽という単語以外の言葉が浮ばないほど狼狽していた。

 そもそも狼狽って何だ?
 なんで狼?
 あぁgoo辞書でも引いてみよう。

 いやいや、辞書どこじゃないだろ。
 でも頭が働かない。

 狼狽、狼狽狼狽狼狽狼狽。
 あぁこれがゲシュタルト崩壊ってやつか。

「ねぇ、ねぇちょっと!」

「はぇ?」

「なに馬鹿みたいな顔してるの?」

 馬鹿……。
 馬鹿って何だ?
 そもそもなんで馬と鹿なんだ?

 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。
 あぁこれがゲシュ……


「うぐっ!」

 不意に両手で顔を押さえられる。

「ほらまた思考停止しない!」

 そしてそのまま激しく頭を揺さぶられる。

「あばばばばばばばばば……」

 定まらない視点の中で、
 輝くような金髪と印象的な青い瞳が揺れている。

 そして唐突に揺れが止まった。

「どう? 目、覚めた?」

「え、あぁ、はひ……」

 気持ち悪い。
 遥か昔に乗ったコーヒーカップの記憶が思い出される。

 だがここで肯定を示さないと、
 再び花弁大回転されるであろうことはニートでも分かった。

「…………」

「…………」

 じっと見つめられる。
 
 青く、どこまでも深い瞳に見つめられていると、
 目の奥を突き抜けて、
 頭の中まで覗かれている感覚に陥った。

「ま、いいけど」

 彼女は視線を外すと、

「はい、ちょっとそこどいて」

「あ……」

 私からマウスを奪い去り、カチカチといじり始めた。

 彼女の青い目が見えなくなると、
 ようやく気持ちが落ち着いてきた。


 マウスをいじる彼女の後ろ姿を眺めながら考える。

 これは一体何事だ?

 そう、彼女……。

 何故私の部屋に見知らぬ女性がいるのか。

 しかも突然、目の前に表れたのか。

 見知らぬ?

 いや、知らないはずがない。

 私は彼女をよく知っている。

 知っているからこそ理解が出来ない。


 彼女の名前はユリア。

 正確にはユリアーノ・ボルケーノ・ペペロンチーノ。
 とかそんな感じだった気がする。

 歳は17歳で、乙女座のB型。

 ロシア人と日本人のハーフで、
 その割りに童顔だったり胸がないのを気にしている。

 チャームポイントは大きな青い瞳と、
 輝くような長い金髪。

 そしてこぼれるような笑顔。
 という設定だ。

 設定である。

 彼女は私が妄想の中で生んだ、
 こんな子が側にいたらという妄想の産物だったはずだ。


「これでよし、と」

 不意に彼女が声をあげ、
 私の思考は中断された。

 見るとくるくると動いていた彼女の手が止っている。

「な、なにを……?」

「ん、君が他の女の子に目移りしないように、
 私がファイルを整理してあげたの」

 そう言って彼女がこぼれる様な笑顔で振り向く。


 か、可愛い……。
 これはヤバイ。チョーヤバイ。
 しかも髪からイイ匂いとかしてる。

 更にはファイル整理までしてくれるなんて……。

「……え?」

「ん?」 

 にこにこしたまま首を傾げる彼女。

 ファイルを整理?

 頭の中で徐々に言葉が意味を成していく。

「ちょ、ちょっといい?」

 返事を待たずにマウスを奪い、
 一心不乱にモニターを見つめる。


 無い……。

 あれも無い。

 これも無い。

 無い無い無い無い無い無い無い……。


 今まで必死に、
 それはもう必死に、
 ある時はVIPに張り付き、
 またある時は角二に張り付き、
 長い時間をかけて集めた汗と涙の結晶……。

 エロと言う名の付く全てのファイルが無い。


 多くは語らない。
 
 否、語れない。

 その時の私の心境を言葉で現すのはとても難しい。

 ただ虚しかった。

 全てが虚しかった……。

     



 3-2ニート的平和構想

 ニートは弱い。
 社会的、経済的、精神的にも、肉体的にも。

 だからニートは平和を願っている。
 世界平和を願っている。
 日本の平和を願っている。

 だって平和じゃないとニートなんて出来ないから。

 争うことを嫌い、干渉されることを嫌い。
 人との繋がりを絶って、
 内側に閉じこもって弱い自分を守ってる。

 でも恒久的な平和なんてないように。
 戦争のない時代がないように。

 ニートの平穏も永遠に続くものではないらしい。



「ごめんってば」

「ね? 元気出して?」

 自分のお気に入りファイルが、
 一つ残らず消え去ったという事実。

 それは私に多大な衝撃を与え。

 確かにそのせいで、
 一時的に気が遠くなったりもした。

 だが実のところ、
 私は早々にそのショックから立ち直ってもいた。

 正確にいうならば、
 それ以上にショッキングな出来事に動転し、
 また心を奪われていたからである。

 しかしだからといって、
 事態は好転したわけでもない。

 まともに女性と会話したことがない私は、
 目の前にいる彼女(ユリア、と呼んでいいのかどうか……)
 の言葉に耳を傾け押し黙るばかりであった。


「……そんなにショックだった?」

 いつまでもこうしている訳にはいかない。

 何より段々と意気消沈し、
 声が小さくなっていく彼女が可哀相だった。

 私は意を決すると声を絞り出した。

「……あ、あの」

「あ、やっと口きいてくれた」

 途端に笑顔が戻ってくる。

 無職童貞半ヒキニートの私が、
 ボソボソ呟いただけの何がそんなに嬉しいのか。

 自分には到底理解出来ないが、
 どうやら私が黙っていると彼女の笑顔は曇ってしまうらしい。

 辛うじてそれだけは分かった。

 そしてこの死んだ爺ちゃんの一人や二人、
 簡単に生き返っちゃうんじゃないかってくらい反則的な笑顔。

 これを曇らせることは国家レベルの犯罪だと確信した。


「え、えっとですね」

 何とか会話を試みるが何を喋ったらいいのか。

「うん、なになに? やっぱり……怒ってる?」

 クリクリと目を動かして彼女の顔が迫る。

 こ、これは……。

「あの、か、かわ……」

「かわ?」

「……可愛いです」


 あばばばばばば!
 何を言っているんだ私は!
 キモイってレベルじゃねーぞ!


「な、何そんな、いきなり……」

「バカッ……」

 とか言って頬染めちゃったりしてんの。
 もうね、アホかとバカかと。
 書いてて死にたくなってくる。

 一瞬自暴自棄になりかけたが気合で言葉を続ける。

「い、いやそうじゃなくて」

「え、嘘なの?」

「いやいやいやいや、嘘じゃないけど」

「けど?」

「えと、何ていうか、その」

「あなたはどちら様なのかなぁと……」

 途端、空気が変わった。

「本気で、言ってる?」

 なにこの展開。
 ヤバイ、チョーヤバイ。
 何がヤバイって泣きそう。

 カノジョナキソウ。
 ワタシモナキソウ。

「私の名前……分からないの?」

「いや、分かる! 分かるよ、うん!」

 焦る。


「ほんと?」

「ホント、本当!」

 とにかく焦る。


「じゃ、言ってみて」

「え、えっと、いくよ?」

「……うん」

 何をそんなに焦るのか。


「ユ……」

「ユ……?」

 何故だか冷や汗が止まらない。


「ユリア?」

「なによ、ちゃんと分かってるじゃない」

「何か変だよ? タケちゃん」

 そう言ってユリアは軽やかに笑う。


 ヒィヒィフー……。

 ニートになって以来、
 ここまで緊張し、また安堵したことがあっただろうか。

 いや、ない。

 ああ、何故自分がこんなにも焦っていたのか。
 何故こんなにも安心したのか。

 今、理解した。
 単純なことだ。

 この笑顔が曇るのを恐れ、
 この笑顔が再び見られたことに安心したのだ。


「あ、大変!」

「え?」

 安心したところに突然声をあげられ、
 心臓が再び早鐘を打つ。

「もうこんな時間! 私行かなきゃ!」

「えっ?」

 時計を見ると、
 私のコレクションが消失してから2時間ほど経っている。

「それじゃタケちゃん! またね!」

「あ、うん、はい」

 訳も分からず返事を返す。

 しかし、返事をした時には既に彼女の姿は無く。


「え、あれ?」


 部屋に残っていたのは茫然自失の私と……。

 微かに漂う残り香だけだった……。

     



 3-3~ニート的非日常~

 前回、私は永遠に続く平穏は無いと述べた。

 が、
 当たり前のことだが平穏無事=幸福ではない。

 人間は毎日同じことばかりだと飽きてしまう。
 だから刺激を求め平凡な日々を変えようと努力する。
 
 だが実際のところ、
 全てが全く同じ一日など存在しない。
 
 同じく全てが全く違う一日、
 などというものも存在しない。

 日常の中には必ず非日常が介入し、
 人生にアクシデントというスパイスを付け加えている。

 これは例え一般人でもニートでも変わる事は無い。

 でもやっぱりニートの一日は大概退屈でつまらないものだ。

 そう、ある一部の例外を除いては。

 あと、
 何のために冒頭の部分を書いてるのか分からないし、
 そもそも自分でも何を書いてるのか良く分からない。
 なので読み飛ばしてしまっても全く問題はない。



 私は今、非常にむしゃくしゃしている。
 くしゃみが出そうで出ない。
 あの感覚にとても近い。
 
 前回ユリアが現れ、
 そしていなくなった日から約三日が経った。
 なぜ約なのかと言うと、
 ニートの一日は24時間で区切られない場合が多いからだ。

 あれ以来、
 一度もユリアは私の前に現れていない。

 あの出来事は本当に現実のことだったのか。
 
 ただの妄想だったんじゃないかとも思えてくる。

 
 だが、
 私にはアレはただの妄想ではないという確信があった。

 単に私の狂気の沙汰と言うには、
 どうしても解せないことがいくつかあったからだ。


 第一に。
 エロファイルが無くなっている。

 これはもう決定的、且つ確実におかしい。 

 例え血迷っていてたしても、
 自分であの汗と涙の結晶を消すなんてことはあり得ない。


 第二に。
 妄想が出来ない。

 と言っても全く出来なくなったわけではない。

 ユリアに関しての妄想だけ、
 綺麗サッパリ出来なくなってしまったのだ。

 以前は鮮明に、
 顔、声、髪の毛からスタイルまで。

 それこそ細部まで思い浮かべることが出来たはずなのに。

 今は思い浮かべようとすると、
 頭に靄がかかった様にぼやけてしまう。

 細かく上げるならば他にも疑問点はあるが、
 上記二点だけでも十分におかしい。


 そして今日も朝早くから何とかユリアを妄想しようとし、
 その都度失敗してイライラしている訳だ。

「うーん……出来ない!」

「なぜだ!!」

 よく思い出せ。
 あの時私は何をしていたか……。

 いつもの様に2ちゃんを開いて……。
 そう、たまには違う板でも行ってみようと……。


「そうだ!」

「どうしたの?」

「分かったんだよ!」

「何が?」

「エロ画像だよ! 女子高生のエロ画像!」

「そうに違いない! つまりあれは嫉妬パワーだったんだよ!」

「嫉妬の心は親心!
 女子高生のエロ画像に興奮した私にユリアが嫉妬して……?」

「あれ?」


 後ろを振り返る。


「え?」


 見間違いではない。


「私が嫉妬をして?」

 ユリアだ。

 この三日間というもの、
 何度も何度も思い浮かべようとしてその度に、
 胡散霧消してしまい終に拝顔することが叶わなかった。

 その彼女が今目の前にいる。

「……どうして?」

「何が?」

「どうして、いるの?」


 ようやく再会出来たというのに、
 私の口からはそんな言葉しか出てこなかった。


「……だって」

 すると彼女はにっこり笑って、

「……だってタケちゃんに会いたかったから」


 その時、私は確かに聞いた。

 自分の心臓が何かに貫かれる音を。

 もう死んでもいい。

 むしろ殺してくれ。
 誰か俺を殺せ俺を殺してくれくぁw背drftgyふじこlp;@:


「ちょ、ちょっとどうしたの!? 大丈夫!?」

「だ、だいじょぶ、大丈夫。 何でもないです!」

「その、発作みたいなもんだから」

「発作!? それ本当に平気なの? 熱とかない?」


 彼女が額に手を当ててくる。

 そ、そんなところ触られるの母ちゃん以来……!

 心臓が一層早く打ち始める。


「やっぱり少し熱ない?」


 手を退けると、
 今度は顔を近づけようとしてくる。

 これはヤバイ。
 心臓が臨界点を突破する。


「大丈夫! ほ、本当に平気だから! 落ち着こう! ちょっと落ち着こう!」


 咄嗟に身を引いて制止する。

 落ち着け、落ち着け自分!

 そもそも女性に免疫の無い自分が、
 この距離で向かい会うのがまず無謀だ。


「ちょ、ちょっと待って、今落ち着くから」

 心配そうに見つめる彼女に背を向け深呼吸をする。

 ヒィヒィフー……。

 ヒィヒィフー……。

 すると段々と気持ちが落ち着いてくる。

 さすがラマーズ法、向かうところ敵無しだね!


「ねぇ、ホントのホントに平気?」

 いきなり悶え始めたかと思うと突然後ろを向き、
 ラマーズ法で呼吸し始める奴など平気どころか変人一歩手前。

 いやまず間違いなく変態なのだが私には他に頼るものがない。

「うん、ホントの、ホントに平気だから」

「ふぅ~……」

「大丈夫、もう落ち着いたから」

「そう、ならいいんだけど……無理しないでね?」

 無理も何も勝手に興奮し、一人で暴走していただけだ。
 余りの情けなさに自分で自分が悲しくなってくる。

「う、うん、はい。無理しないです」

 落ち着いたら落ち着いたで上手く喋れない。

 やはり私はダメ人間だ。


 しかし、このまま終わる訳にはいかない。

 私には聞かなければいけないことがあるのだ。

 何故ユリアが現れたのか。
 そして何故突然消え、今再び現れたのか。

 更に妄想が出来なくなってしまったことや、
 エロファイルの行方についても聞きたいところだ。

 最も、最後二つは非常に聞きづらいわけだが。


「タケちゃん?」

「は、はい!」

 難しい顔をしていたせいだろうか、
 彼女が心配そうにこちらを窺う。

「大丈夫。大丈夫。何も異常ない、です。」

 畜生。
 何だその返答は。

 日本語覚えたての外国人か私は。

「ふふふ、なにそれ。やっぱちょっとおかしいよ」

 そう言ってあははと笑う。

 彼女が笑ってくれるなら、
 カタコト外国人も捨てたもんじゃないなと思った。

「あ、それで、ちょっとその」

「うん。なぁに?」

「ゆ、その、ユリアさんのことについてなんだけど」

「何でさん付けなの? ふふ、変なの」

 そしてまた軽やかに笑う。

 確かに妄想の中ではいつも呼び捨てだったはずだ。

 しかしいざ目の前に立つと、
 とても呼び捨てなんて出来そうにない。

「えっと、それで聞きたいことなんだけど……」

「はい、どうぞタケオさん」

 私を茶化しているのか呼び方が変わる。

 ただそれだけのことなのに妙にドキドキする。

 ダメだ、
 とてもまともに会話出来そうにない。

 今、この時ほど自分の社交性の無さに怒りを感じたことはない。

 そんな私の内心を知ってか知らずか、
 彼女はこちらを見つめてにこにこしている。

 その眩しすぎる視線に耐えながら、
 何とか質問をせねばと必死に声を絞り出す。

「ユリア、さんは、どうして」

「どうして私の前に現れたんでしょうか?」

「…………」


 沈黙。

 彼女は何かを考える素振りをしたまま黙っている。

 何だ、聞いてはいけないことだったんだろうか。

 やばい、どうしよう。

 あの笑顔が曇ってしまったら……。

 焦る。

 冷や汗が出てくる。

 息が詰まる。

 一秒が、
 一分にも一時間にも思えるような感覚が私を襲う。

 そして一万年と二千年が経とうかという頃、
 ようやく彼女が口を開いた。

     



 3-4~続き~



「会いたかったから」

「会ってタケちゃんと、お話したかったから……」

「それじゃ、ダメかな?」

 
 その時、私は確かに聞いた。

 本日二度目の、何かが私の心臓を貫く音を。

 ああ、やっぱりもう死んでもいい。

 いいや、死ぬべきだ。
 誰か私を殺しくぁw背drftgyふじこlp;@:」


 ちょっと待て。

 待て待て。

 彼女を残して死ぬわけにはいかない。

 こんなどうしようもない男だが、
 彼女を泣かせるわけにはいかない!


「僕は死にません! あなたが好きだから!」

「えっ……?」

「えっと、その……ありがとっ……」


 とか言って頬染めちゃったりしてんの。

 もうね、アホかとバカかと。

 また同じ展開かよと。

 しかも脈絡も無くいきなり告白か、めでてーな。


「い、いや今のは忘れて!」

「私のこと、好きじゃないの?」

「ち、違う! そうじゃなくて!」

「君のことは、その、可愛いと思うし……」

「も、もちろん! 好きだけど……」

「女性と話すのに慣れてないって言うか、
 魅力的過ぎて上手く話せないと言うか……」


 顔どころか、
 耳まで真っ赤にしながら喚き散らす。

 そんな自分は最低に格好悪かったけれど、
 その発言は紛れもなく本心だった。


「ふふっ」

 彼女が小さく噴き出した。

「…………」

 彼女に笑われた。

 確かに私は世界中の人間から嘲笑されてもおかしくない。

 そんな野郎が何が好きだけどだ、気持ち悪い。

 しかも顔真っ赤にしてきょどりながら。

 滑稽過ぎる。

 ああ死にたい。

 死ね! 死んでしまえ!

 世界なんて滅びればいい!


「タケちゃんまた同じこと言うんだね」

 また……?

「魅力的って言われるのは嬉しいけど……」

「ちゃんとお話出来ないのはちょっと寂しい、かも」

 彼女の声でネガティブモードから引き戻される。
 しかし、言っている意味が良く分からない。

 いや、分かってはいた。

 でも何故か認めたくなかった。

「あ、あの、またって言うのは……」

「もう忘れちゃったの? この前言ってくれたのに!」

「え、いや、覚えてるけど……それは……つまり……」


 言いたくなかった。

 口にしてしまったら認めてしまうことになる。


「つまり?」

「つまり……えっと」


 何よりソレを言ってしまうと、
 また彼女が自分の前から消えてしまいそうで怖かった。

 しかし、
 聞きたいという欲求は抑えることは出来ず、


「その……“妄想の中”でってこと……だよね?」

 口にしてしまった。


「タケちゃんにとっては妄想かもしれないけど……」

「私にとっては紛れもない現実だよ?」

 だが拍子抜けするほど、
 彼女はあっさりと答えた。


「そう、なんだ……」

 他に答えようがなかった。

 何だか肩の力が抜けた。

 彼女は自分ではっきりと“妄想”と口にした。

 いや、最初から分かりきっていたことだった。


 私は何か期待していたんだろうか?

 彼女が自分の妄想である以外に、
 突然目の前に美少女が現れるなんてことはあり得ない。

 しかし心のどこかで願ってはいなかったか。

 もしかするとユリアという人物は実在していて、
 たまたま私が考えている通りの人物が目の前に現れたと。

 あり得るわけが無い。

 あり得ないが……。

 この力の抜け具合こそが、
 私の考えていたことの証明であろう。


 何だか気が抜けたと同時に迷いも消えた。

 やはり彼女は私の妄想なんだ。

 だったら何も怯えることはない。


「えっと、
 ユリアは話がしたくて会いに来てくれたんだよね」

「うん」

「だけど元々ユリアは私の妄想で、
 現実には存在しないはずだよね?」

「うん、でも……」

「でも私にはいつも目の前のことは現実で、
 実際に起こってることなんだよ?」

「あんまり妄想妄想って言われちゃうと……」

「あ、ご、ごめん」

「えーと、その何て言えばいいのかな」


「つまり、あるはずの無い実体が現実にあって、
 無いはずのユリアが目の前にいて……」

「あ、ごめん、ちょっと混乱してる」


 うーん、何と聞くべきなのか。

 普段から頭を使わないため上手く言葉出てこない。


「ちょっといいかな」

「……?」

「手出してみて」

「ん、いいけど。どうしたの?」


 彼女が両手を差し出す。

 白くて細い、余りにも華奢な手。

 一見すると象牙で出来た美術品にも思えてしまう。

 私は彼女の手にそっと触れる。

 暖かい。

 だが明らかに血の通っている、実在する手だ。


「ね、ねぇ、ちょっと恥ずかしい……」

 見惚れるあまり、
 不躾にも彼女の手を触りまくっていた。

「あ、ごめん!」

 慌てて手を離す。

 彼女は顔を赤くして下を向いてしまう。
 
 そんな照れてうつむく仕草も、
 とても妄想とは思えない。

 チクショウ。

 妄想なのに反則だ!

 悔しい! でも可愛い!


「……手」

「手?」

「き、綺麗な手だね」

「そう? かな……でも、ありがと」


 違う! そうじゃないだろドアホ!

 いい加減事態を把握しようとしろ!

 自分で自分を叱咤して何とか話を進める。


「でも、その、何で突然私の前に?」

「あ、会いたくてってのは分かったんだけど」

「いや、ほらいつもは寝る前とかにぼけーっと、
 こうユリアのこと考えて話したりするわけじゃん?」

「でも今は寝てる訳でもないし、
 意識してユリアのこと考えてもいないのに……」

「ごめんね……」

 突然彼女が謝った。

「え?」

「私、会いに来ない方が良かったかな」

「え、いやいやいやなんでそんな!」

「だって、今タケちゃん凄く困ってる……」


「……私、来ちゃって迷惑だった?」

「え、いやいやいやぜーんぜん!」

「全然そんなことないって!」

「むしろ、嬉しい! すごく嬉しい! ちょーはっぴー!」

「もう気分はハッピーレディゴー!」


「……ホント?」

「本当! 本気! ホンキと書いてマジ! 命懸ける!」

 なんだ命懸けるって。

 今時厨房でも言わねえよ。

 でもまぁそれぐらい必死だった。



 そして。

 気まずい沈黙……。



「あ、私もう行かないと!」

「え、あ、待って!」


 まだ何も聞けていない。

 何も分かっていない。


「で、でももう……!」

「ちょ、まっ!」


 咄嗟に手を伸ばす。



 が、その手は彼女に触れることは無く、

 何も無い空間を空振りするに終わった。


 私は一人残され。

 行き場を無くした手をただ握り締めた。

       

表紙

抹茶味噌汁 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha