Neetel Inside ニートノベル
表紙

かくて量子の風が吹く
零話/プロローグ

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 姉さんが消えてしまった理由を私は知らない。
 外見は大人しそうに見えるくせに、その実とんでもなく破天荒で、悪戯が好きで、馬鹿騒ぎが始まるといつだって彼女はその中心にいて、よくしゃべってよく笑って、誰からも――もしかしたら天からだって愛されているんじゃないかと思うような人だった。
 妹の私は、どこまでも凡人で、つまらない人間で、彼女に憧れてばかりいて、……きっと無意識に嫉妬もしていた。けれどそんな他愛のない感情は、姉さんへの敬慕と憧憬と心酔に簡単に押し流されてしまっていた。
 そんな姉が筋萎縮性の難病にかかった。姉は数年と経たない内に、緩やかな死に瀕する身体になった。体が信じられないくらい軽くなって、細くなって――私は、怖くなった。
 姉さんは当然、学校にも行かなくなった。行けなくなった。最初はお見舞いにたくさんの人が来ていたが、次第に人は減り、一年もするとごく一部の友人と、家族だけが彼女の許に訪れるようになった。それでも姉さんはあまり変わらなかった。誰かといればよくしゃべって、よく笑った。私が病室に行くと、姉さんは窓の外を見ることが増えた。時折、信じられないほど強い眼差しで外の景色を――まるで籠の外を覗くように見えたのは私の心象によるものだろうか――彼女は見ていたが、私に気付くと、いつもにこりと笑いかけてくれた。私は足がすくんでしまわないように、作るように笑みを浮かべて、姉さんと面会を続けた。思わず竦んでしまいそうになるほど、姉さんの気丈さは痛切に私に響いた。その身体だけが、彼女の精神に耐え切れずに、錆びて、風化していくように、私にはおもえた。
 姉は動かせなくなった身体を操る代わりに、一日中、量子の海に潜るようになった。かつて電子の網インターネットと呼ばれた情報空間は、この数十年ほどで量子コンピューターの作る『海』へとすっかり生まれ変わった。現実と変わらないほどのリアリティを誇る仮想現実を作り上げた人類は、意識を丸ごと情報空間に飛ばしてしまう。そのためにかつては接続アクセスすると呼ばれた行為を、今は潜行ダイブすると呼んでいる。
 現実に引けをとらない仮想現実は、姉さんにとって確実に一つの救いになっていた。私は生まれて初めて、心から科学技術というものに感謝した。姉さんという憧れを、憧れのままでいさせてくれることに。私が今も科学に心酔しているのは、ひとえにこの経験ゆえだろう。
 話を戻そう。情報空間潜行サイバーダイブしている姉さんが何をしていたのかと思えば、彼女はそこでゲームに興じていた。『タクティカルバレット』という、ゲームというよりは、スポーツや将棋などの“競技”に近い性質のものだ。六十年ほど前、兵器のパイロットを養成するためのシミュレーションとして海外で作られたが、現在では仮想現実の中でバレットと呼ばれる人型戦車を操り、チームで対戦するゲームになっている。かつては戦争の縮図として、現在ではサッカーやバレーのようなスポーツと同様に、高度な戦略性を持つ大衆娯楽として普及していた。これで生計を立てるプロもいるし、有名チーム同士の対戦は、世界中で大いに盛り上がるエンターテイメントになっている。
 姉さんは若くして緩やかな死に瀕する運命を背負って生まれたが、神などというものがいれば、それは意地悪なことに、運命の代価として姉さんには余剰に才能を与えていたことになる。彼女はTBタクティカルバレットでチームを結成して僅か一年足らずでプロになった。TBのプレイヤー人口は世界中のあらゆる競技の中で三番目に多いと言われている。その環境の中で、わずか一年でプロまで上り詰めた彼女は、桁外れの速度で躍進した、などという表現では穏便すぎる活躍を見せた。
 兎にも角にも、姉さんは病室以外の第二の居場所を作っていた。一つのチームは最低四人で作られるから、姉さんには最低でも三人の『戦友』がいることになる。仲間との試合のことを語り出す姉さんはとても嬉しそうで、楽しそうで。その時だけは姉さんには窓の外を眺めるような影も強さもどこにもなくて。私はどこかで安心してしまっていたのだと思う。

 姉が二十歳になって、しばらくした時だった。
 彼女は突然消えた。病室から一歩も動けなかったはずの人を訪問すると、彼女はすっかりそこから消え失せていた。ご丁寧に戸籍上の他人にまでなって。高度に発達した情報社会でこそ、権力のない人間が他人の情報を追うのは難しい。失踪後の出来事について、私達家族は「もと姉」という赤の他人、、、、の情報を一切追跡することが出来なくなっていた。
 つまり姉さんという人は、ある日唐突に私達家族と他人になり、極めて用意周到に姿を眩ましたわけだ。それがどういう意味を持つのか、失踪から五年経った今もまだ私は図りかねている。
 優しかった姉の記憶がある。痩せ干そっていくその身体に似つかわしくないほど、慈しむように頭を撫でられた記憶がある。最後に会ったとき、泣き出しそうなくらい優しい顔で笑ってくれた記憶がある。
 私には分からない。なぜ姉が砂漠に落ちた水のように、跡形もなく消失する必要があったのか。
 分かっていることは、姉の命を繋ぎとめているものがあるとするなら、それはTBタクティカルバレット以外は考えられないということだけだ。生きていくにも資金は必須だ。ましてや姉の生命を維持するにはかなりのお金がかかる。なぜ、彼女が消えたかは分からない。けれど彼女が生活の資金を稼げる手段は、TB以外には考えづらい。だから、彼女は今もどこかで戦っているはずなのだ。プロの人型戦車バレット乗りとして。
 でもそれは『彼女がまだ、緩やかな死の淵に留まっていてくれるのなら』という希望的観測の下でだけの話に過ぎない。
 もう彼女の失踪から五年が経っている。姉さんの命のタイムリミットは近いはずだった。

 だから、私は知りたい。
 彼女の今を。
 話したいのだ。怒ってやりたいのだ。私は。あのバカな姉さんを。
 今がないというのなら、せめて彼女の最後を。
 あの手を、どれだけやせ細っていてもいい、あの手を、もう一度、握って――

 だから、この量子の海に飛び込む。
 投げ出した意識が、仮想現実に囚われる。
 量子化された魂が、人型戦車バレットの血肉なって、金属の神経に混じっていく。
 鼓動が、呼吸が、駆動パルスに融けていく。
 戦闘が始まる前の数秒に祈る。どうか、彼女の戦場に間に合いますようにと。


 私は、鑑屋かがみや陽菜ひなは、姉さんを追っている。


   ◆   ◆

 仮想現実に広がるその都市の中には、真昼だというのに無人を保っている。スペクトルだけを創られた虚偽の陽光が、何かの罰みたいに物言わぬ街を焦がしていた。
 立ち並ぶビル群の中、血管のように張り巡らされた大小の道路には、一台だって車は走っていない。それが、無機質な空虚感を与えるのだろう。そういう無人の街を私はけっこう好いている。この寂々とした非日常に、形容しがたい高揚を感じていた。
 林立するビルの奥に、人影を見る。ヒトのようで、よく見ると全く違う。身長は三メートル程度。肩幅は広く、腕も脚も平均的なヒトよりずっと太い。何よりその形状を異にするのは、その身体に余すことなく取り付けられた兵装の数々。ライフル、無反動砲、爆弾、ビット、ブースター、レーダー、ヒトであれば過積載だと断じる兵器の束を軽々と身に纏う人型戦車バレット。ソレが二機。
 まさに市街戦を始めようという時だった。
「陽菜、聞こえる?」
 僚機に乗る愛内あいうち瑶子ようこからの通信が突然入った。珍しいこともあるものだと思いながら、私はぼんやり応対する。
「聞こえてるよー。どうしたの?」
「いや、こんなことになっちゃってごめんね、って今更だけど一応謝っておこうかと」
「良いよ良いよ。どうせ勝つから」
「頼もしいね」
「私一人なら負けるかもしれないけど、瑶子がいるなら万に一つも負けない」
「あんた一人でも負ける“かも”なんだ」
 瑶子は苦笑している。私もつられるように苦く笑った。
「私一人でもなんとかなりそうだから、『こんなこと』になってるんだよ?」
 そう、状況は厄介なのだ。手に汗を握りはしないけど、心情としてはちょっとばかり難を抱えている。
 なにせ戦っている相手はチームメイトだ。模擬戦でも、演習でも、腕試しでもない。単なる、これは単なる決裂なのだ。実のところ私にはどうでもいいのだけど、対戦相手が言うにはここは通らねばならない戦場らしい。
「はろー、はろー、足手まといちゃん達聞いてるかなー?」
 そんなときに、私達を完全に馬鹿にした猫撫で声の通信が入った。対戦相手のチームメイト、れんは、こちらの感情を逆撫でするようにゆっくりしゃべった。
「君達はおばかさんだから、私らのチームが全国大会のたかが一回戦で負けた原因が、私と亜季あきのせいだって考えてるみたいだけどさ、」
 ねちっこいしゃべり方に無性に苛立ちを感じなくもない。瑶子は直情的だから、きっともうすぐ怒るだろうな。
「世間的には凡骨クソカスオペレーターとヘボスナイパーがしくじって負けたって認識だよ? そこンところちゃんとわかってるかなぁ? 足手まといちゃん達ぃ?」
 語尾を随分高くして、漣ってこんな性格悪いしゃべり方したかな……? 今は喧嘩中みたいなものだから仕方ないのかもしれないけど。
「はぁ?」
 漣の声に応ずる激怒を孕んだ低い声。
 怒るのは予測していたはずなのに、味方の私まで思わず背筋に冷たいものが走る。彼女は想像よりもずっと静かに怒っていた。こういう時の瑶子は怖い。
「は、はぁ? じゃねぇよ!」
 漣の声がちょっと震えているように聞こえて、私はくすりとこぼれそうになった笑いをかみ殺す。
 びくつく漣に向かって、瑶子が捲くし立てていた。
「いいからさっさとかかって来なよ。私らより強いんでしょ? こっちはあんたらが言うところの『パイロットの事情なんてなにも分かってない素人のオペレーター』もいるんだしさ。実質一対二みたいなもんなんだから楽勝だろ?」
「言われなくても今から行ってやるっての! 待ちの戦法しかできないヘボスナイパーのくせに! この勝負の約束はちゃんと守ってもらうから」
「約束を守ってもらうのはこっちだろ?」
 瑶子の饒舌な挑発に、漣はチッと大きく舌打ちして通信を切った。約束というのは、漣たちが勝てば、「まだマシなあんた達をチームメンバーとして使ってやるから、私達の命令には絶対服従」、逆に私らが勝てば、「漣達の弱さを認めて謝罪、チーム解消。今後一切関わらないこと」というもの。売り言葉に買い言葉にこんな闘争に発展してしまうのだから、言葉というのは恐ろしいなと思う。
 ぼーっと考え事をしていたら、ようやく市街の奥から人型戦車バレットの駆動音がした。やっと彼女らは始める気になったらしい。
「陽菜、やれる?」
「できるだけやってみるよ」
 私はこのチームのオペレーターだった。オペレーターは人型戦車バレットを直接操ることはない。手元の画面で、淡々と指示を出し、味方の情報を共有していく存在だ。
 その私が、今はパイロットをやっている。一人でなら人型戦車バレットに乗った数こそしれないけれど、チーム戦は初めてだ。
 高揚する気分を押さえつけるように、ぎゅっと拳を握り締める感覚。バレットをよろう人工金繊維が軋みを上げ、片腕の先から拳をぎちりと固めた。ああ、金属の身体というのは、本当に気分が良い。私の体は、生き物としては柔らかすぎるのだと、いつも思っていた。

 ゴォという噴射音の後に、バレット特有の走行音が聞こえてくる。ダッダッダッと地を蹴って進む独特の音。バレットは人型であるがために、加速器ブースターを積んでなお走る。その音が二つ、陽菜達を囲む市街から、二人を囲むように迫ってきていた。
「典型的な挟撃だね、漣も亜季も芸がない……。瑶子は下がって、右面進行のバレットを狙撃、私は広場で左面進行の敵を迎撃する」
「了解。陽菜、私を待たずに右のバレットをっちゃってもいいんだよ?」
「汚いバレットのオイルを被りそうだから、瑶子にあげるよ」
「謙虚だね」
 瑶子は面白がるようにくつくつ笑った。彼女の紅いバレットが反転し、私から離れていく。
 一瞬、敵機を捉える戦場の音から意識を離して僚機を見た。紅赤にカラーリングされた機体が一歩、踏み込んだ足で地を蹴って、瞬時に全開のブースターを吹かす。姿勢を低く保って、這うように後背のビルへと突進していく。よく姿勢が崩れないものだと感心してしまう。その動作一つで、機体操縦の熟練度が知れるというものだ。加速を続けた彼女の時速は一五○キロを超えている。激突するように突っ込み、いっそう屈めた姿勢のまま、両腕を背中へぐるりと回した。ちょうどバレーの時の跳躍姿勢にほど近い。彼女の動きは柔らかに滑らかに密やかに、そして急峻に変化する。右足を街路に突きたて、高く聳えるビルを瑶子のバレットの顔が臨む。バレットの腕を振り戻し、一瞬で視界から消えるほどの急角度で彼女は高層ビルの上へと跳躍した。三十階以上あるビル壁面へ跳び移ると、ブースターを吹かせたまま壁を走って駆け上がる。ほんの十秒ほどの内に、彼女は四○○メートル以上離れた位置のビル屋上までたどり着き、その体を敵機に翻す時にはすでに長大な狙撃銃を手に宿していた。
「信頼できる狙撃手が、後ろに控えているというのは心強いね」
「なにを今更」
 それもそうだと自嘲する。
 私もビル群の中にぽっかりと空いたような広場に移動し、ライフルを手に相手の進行を待った。
 ほどなくして接敵の瞬間が訪れる。瑶子と私とほぼ同時に。
 初撃は瑶子の狙撃だった。間延びする重い射撃の音の後、バレットが派手にビルに突っ込む音が響く。「外した」と瑶子から淡々と通信が入る。ブースターで突撃しながら変則移動してくるバレットなんて、そうやすやすと狙撃できるものじゃない。ビルに突っ込んだことからするに、相手はかなりギリギリのところで躱したのだろう。初撃の精度としては十分すぎるくらいだった。
 私の方にも進撃の音が響いて来る。ビルの影から、人型の機体が現れる。その周りにまとわりつくように浮遊する多数の八面体。その頂点の一つには銃口が取り付けられている。いわゆる無人遠隔戦闘支援ビット兵器だった。
「陽菜か、ラッキー!」
 漣の小馬鹿にした声が聞こえる。わざわざ敵機にも聞こえるようにオープン回線で呟くなんて、ほんとうにこちらを舐め腐っているのがよく分かる。
「漣、こっちもラッキーだよ、弱い方で」
「はっ! ざっけんなクソカスオペレーター!」
 距離は一五○○メートル。ちょうどぴったりライフルの有効射程。亜季の機体が持つ二挺のライフルと十二のビット兵器から、雨霰のように銃弾が吹きつけてきた。
 漣の射撃姿勢を認めた瞬間に、即座に回避行動に入る。バック転から側転、そのまま回転の慣性を残して跳躍する、足裏のブースターを吹かして建造物の壁面に脚から突っ込み、また壁面を蹴り返す。ぐるぐると天地が入れ替わる視界の中心に漣。飛び回る様に機体を躍らせ、ギリギリのところで漣の銃撃を躱していく。中空を舞うさなか、壁を使った三角跳びの頂点付近から銃撃で、漣のビットを二つ撃墜する。
「……ッ」
「口数が少ないね」
「避けたくらいで調子乗んなよ雑魚がっ!」
 そりゃあオペレーターしかやってないと思っていた人間が、突然いっぱしのパイロットじみた動きをすればいぶかりたくもなるだろう。
 まぁでも、まだ私は彼女の戦術の内だ。
 なにせ彼女の本当の勝負所はここからだから。
 猛然とこちらに突進してくる。伴うビットは十。二挺のライフルを合わせた十二門の銃口から、全力で射撃をかましてくる。ビットと弾幕を盾に突っ込み、レーザー剣など近接兵装で切り捨てるという、単純ながら市街戦では対処の難しい戦法は漣の十八番おはこだ。
 とはいえ、三年もチームメイトをやっていた私に通用するようなものでもない。
 猛烈な勢いで銃撃と共に迫り来る漣に、私はジグザグの回避運動をしながら、肩口に取り付けられた手榴弾一つを献上して差し上げた。距離七○○、進行方向に現れた爆発物は、全力でブースターを吹かせている漣には、そう簡単に対処できるものでもない。なにせ、高速の機体に対して無理やり軌道修正すれば、姿勢を崩して大きな被害を招くことになるし、ビルにでも突っ込んでくれれば、労せずして私は漣をハチの巣にできる。ブースターを切って減速を図ろうものなら、それこそいい的にできる。
「っくく――」
 けれど聞こえたのは、漣の忍び隠すような耳に残る短い嘲り。
「――そんな単純なことで対処できると思ってるから、ウチのチームがあっさり負けンだろうが! クソカスオペレーターがっ!!」
 連は右手に一挺のライフルを振りかぶると、思い切りそれを投げ飛ばした。地を滑るライフルが大型手榴弾を弾き飛ばし、私の狙いとは随分ずれた位置で炸裂する。漣の被害は手榴弾の破片が四つのビットを落とした程度で、機体には一つの損傷もなく、漣と私の間には一切の障害がなくなった。
「お仕置きしてやるよ陽菜!!」
 漣の機体の右脚に取り付けられていたレーザー剣が振り抜かれる。緋色の光輝が、私を狩りに来る。
 距離は三○○。背後を向けば無様に打ち抜かれ、真正面から全速力で突っ込む近接兵装の機体を迎撃するには不利な、不利すぎる距離。
 状況は詰んでいた。漣が勝利を確信するくらいには。
 だから、穿つことができる。
 漣の機体が私を真正面に捉えた一瞬、その胸部に大穴が開いた。敗残者には遠吠えのいとまさえない、刹那の致命傷だ。ぐしゃりと機体が地に崩れる。鈍重な狙撃音は後からやってきた。漣と私を結ぶ直線的な軌道の先、高層ビル、その屋上に私の一手は最初から置いてある。
 高層三十階からの撃ち下ろし狙撃。おそらく、姿は見えなくても高層階からの狙撃の可能性は突撃の瞬間には漣の頭の中にもあったはずだ。それが、障害が消え、距離が詰まり、勝利を確信した瞬間に、漣の視界からも意識からも消し飛んだ。それなら、絶対に避けられない。
「本当いい仕事するよねー、瑶子」
「今の陽菜はリスクを背負いすぎてると思う」
「チーム戦をやってる感じを味わいたくて」
「なるほど」
「亜季は?」
「初撃でビルに突っ込んで機体が半壊したから、ビットに相手させてる」
「私やることある?」
「ないね」
 瑶子は淡々と言い、初弾でブースターをやられたらしい機体は、ビットに囲まれ逃げ惑いながら、最後は瑶子から壁越しに狙撃されて崩れ落ちた。三十秒もない。かくて、高校三年間を共にしたチームは、ひどくあっさりと終わりを迎えた。

   ◆   ◆

 現実の私達の故郷は、あまりにモノが少ない場所だった。
 高校の三階教室から見渡す景色は、あの戦場とは打って変わって低い建物ばかり。
 市街の外には延々と田畑が広がり、遠景に山々を霞ませている。
 北地ほくちと呼ばれるここは、かつての外国の占領地であり、戦場であって、今は一次の平和と厚い雪にその姿を潜めた、国防の最前線だ。瑶子の生家にあたる、愛内あいうちの家は、この戦場で夥しい武勲を挙げ、今もこの街に大きな、大きすぎる影響力を持っている。

 私達はこの街が嫌いだった。
 でも、もう何のしがらみもない。わずかばかりの心残りだったチームも、もうなくなってしまった。
 春からは、本州の大学に行く。隣で机に腰掛ける瑶子も、すぐそばの大学に通う。私達の縁はまだ続く。
「見つかると良いね。お姉さん」
 瑶子は会えるといいね、とは言わなかった。私が知りうる全てを話してから、言わなくなった。
「何の縁故もない、まともに動けもしない人に、生きていくのに選べる道なんて限られてるよ」
 私はぽつぽつと言葉を零す。
「プロの人型戦車バレット乗りで、顔が分からない人なんて数人だけ。でも姉さんの命を維持できるくらいTBタクティカルバレットで稼げているのは、多分、一人しかいない」
 本当はもうこの世のどこにもいない確率の方がずっと高い。
 でも、まだ期待を捨てきれずにいる。
 前年度の世界王者は、私達の、扶桑の国の代表だった。そのチームの三番機。“戦車”を駆ってなお、その猛攻が空襲エアレイドと渾名される、世界で最も地に脚を付けない人型戦車バレット。そのパイロットが、もしかしたら姉さんじゃないのかと。
「もしさ……」
 瑶子は迷いながら、言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「もし、陽菜のお姉さんがその人だったとして、会って、ちゃんと、答えてくれるかな」
「わかんない」
 瑶子は自分のことのように泣きそうな顔をする。それを愛おしいと感じるのは傲慢だろうか。恋情にはほど遠い感情なのだけれど。
「でも、自分からいなくなっちゃった人だから。普通に連絡をとっても、答えてくれるとは思えないから。あの人と同じ戦場で会ったなら、答えてくれないかなって。ほかに、当てもないし」
「……うん」
 彼女は思いを秘めるように頷いた。
「でもさ、どうやって、そこまでいくの? まさか一気にプロになれるわけもないし」
 実はそれには抜け道があったりする。私はちょっとだけ得意げに言う。
全国大学間対抗戦インターカレッジの決勝を抜けた先、エキシビジョンマッチ、とか」
「そっか、そんな手があったか! 結構それも厳しい道だけどね。でも向こうに行ったらまずはチームメイトを探さないと」
「それがねー、難しいんだよねぇ……」
 あのチームの解散は、漣達の責任だけではないのだと思う。私達にも問題はあったのだ。いくらかの自覚もあったりする。だから二人して苦く笑ってしまう。
 いるのだろうか。どこかに、私達と同じ戦場を共にしてくれる人が。
 いてくれればと良いなと思う。かつての姉を支えてくれた人達のように、私にもそんな人がいれば、と。




 量子の海、人の創り上げた仮想の現実、世界で最も不毛な戦場。
 私には、そこで会いたい人がいる。

                                プロローグ、了



       

表紙

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