トラックの後ろで揺られているうちに、俺はいつの間にか眠っていた。起きたのは爆音がしたからだ。
 まあ、結論から言うと丙武大佐代行の機動部隊は、さっきのオークの集団に奇襲を受けちまったんだ。待ち伏せしていたんだろう。ただ、向うは兵器の扱いに慣れてなかったせいで、こちらに大した被害を与えることはできなかった。これがゲオルクとかの軍団ならまた違っていただろうな……幸い、丙武軍団は兵の練度も高く、奇襲にも落ち着いて対処していた。こちらの自走砲が、敵の車両に命中した。乗っていたオークたちが吹き飛ぶのが、俺の乗っていた車両からも見えた。
 オークは人間よりも力に優れているし、頑丈な種族だ。人間が銃による集団戦法を発展させるまで、オークたちの兵にすら、人間は苦戦した。ただ、オークには統率とか自制とかが欠けていた。もちろん、それはエルフが指揮することで補っていたが、この地獄には亜人をまとめて統率するエルフもいなかった。ヴォルガーたちは何となく集まって、略奪とかを楽しんでいたんだろうな。その程度の奴らだから、奇襲という絶好のチャンスにも関わらず、失敗してしまった。ただ、それでもオークの意地があった。それだけでまだ背中を見せずに踏ん張っていた。やつらは近代兵器の銃弾の雨の中を、こちらに向けて進んできやがった。奴らが奪った車両を盾にしてだ。中には外れた軍用車両の扉を盾にしてるやつもいた。また、なけなしのプレーリードラゴンに乗って突撃してくる奴らもいた。きっとこれまではチョロイ獲物を狩っていたから、今回も同じようにイケると思ったんだろう。オークの士気はまだ旺盛だし、人間の銃を手に入れたことで、奴らも調子に乗っていた。
 だが、それも丙武自身の武器、ハンドキャノンが火を噴くまでだった。乗っていた軍用車両の上部に乗り出した大佐代行は、そのバカでかい専用銃を構えると次々に死を吐き出していった。オーク共の頭がパンパン弾け飛んだ。指揮官自身がバンバン殺していくんだから、部下も負けていられない。それで、士気も盛り返した。
 それから後は、ただ狼の群れが牧場の家畜を殺していくようなもんだった。オークたちはある町の近くに逃げ込んだ。ただ、町もこんな状況だから、すでに城門を閉めていた。せっかく禁術の被害を受けなかったのに、その後の混乱で打撃を受けたらかなわないと思ったんだろう。オークたちは町の住民にも見放されて、完全に丙武軍団に包囲された。俺たちの軍団は、周囲でエンジンをふかしまくって爆音を立て、残ったオークを威嚇した。
 もう、すでにオークがあれだけ奪った車両は数も少なくなっていた。残っているのも大半は銃弾に食い荒らされてボロボロになっていて、辛うじて走っているだけって感じだった。
 こうなったら、後は降伏しかない。
 ただ、降伏というのも難しい。いきなり奇襲を仕掛けて、負けたから「はい、降参、助けてね」なんて都合よくいかない。しかもあいつらは今まで甲国兵たちをたくさん殺してきているに違いないのは明らかだった。恐らく、亜人たちにも略奪しているんじゃないだろうか。実際に他種族国家なんて、こんなものかもしれない。
 ただ、ヴォルガーたちは野蛮人でも、そこら辺は機転が利いた。今まで出会った甲国兵のうち、使えそうな奴や健康そうな奴は、殺さずに捕虜にしていた。扱いはずい分雑だったみたいだが。恐らく、こうして捕らえた人間を後に人身売買で売りさばく予定だったんじゃないかと思う。SHWにはそんな商売が、裏ではあるって噂だ。亜国とは言え、同じ裏社会同士、何らかのつながりがあったんじゃねえかな。
 まあ、そんなこんなで、丙武大佐代行とヴォルガーらしきでっかいオークが話し合ったが、最終的に同意したようだった。詳しくどんな話をしているかは、本人とその側近たちしか分からない。俺も遠巻きで見守る多くの一般兵でしかなかったからな。
 ただ、合意によってヴォルガー一味は何とか見逃してもらい、代わりに全ての捕虜は解放された。全部で2,30人程度だったかな。兵士を救い出せたのはとりあえずの成果だと思ったが、なぜヴォルガー一味を逃がしたのかが疑問だった。ヴォルガーは亜国裏社会の凶悪な支配者だ。そんなやつらを逃がせば、また略奪に走るんじゃないか……そう思ったが、多分さっきの話し合いでその辺りは約束を取り交わしているんだろう。きっと丙武も苦慮したに違いない。目の前の人間を助けるか、それともこいつらを殺して、禍根を絶つか。
 俺が思うに、この状況で生き延びた人間はすごく少ない。しかも禁術発動からもう一週間以上もたっている。生存者なんて絶望的な中、数十人の生き残りを救出できるなら、そっちを選ぶのも無理もない選択だろう。それに、あの戦闘でも結果的に負傷者はあったものの、こちらの死者はなかったことも大きかった。奇跡的と言っていい。俺はとりあえず、この人に大佐代行の任務を譲って良かったと思った。ここまでの、優秀な若手将校としての顔だけ見れば、だが……


 俺たちは捕虜だった人間に食糧と水を渡していった。その中に、驚いたことにソノマンがいた。俺はチラッと見ると、なるべく見つからないように、そそくさとソノマンから見えないところに隠れた。
 やつは結局、逃げ切れなかったんだ。逆に、俺たちがあのジープに乗っていたら、ソノマンの立場になっていたかもしれない。きっと35号なんてオークたちに役立たずとして殺されていただろう。ジョニーもどうなったか分からない。35号のあの能力があったとしても、ジープに乗っていれば隠し切れなかったかもしれない。それにあの旅路がなければ、俺たちの信用も生まれなかったかもしれない。
 そうこうしているうちに、丙武大佐代行が拡声器を取り出して、捕虜だった救出者に言った。最初は今までの艱難辛苦を耐え忍んだことに対する敬意を述べた。それから、彼らを助けるために協力してくれた主神への感謝を述べた。
――ところで諸君、わが軍の救急車両で後方に送り返すのが通常だと思うが、どうだろうか。それとも、復讐を果たす勇気は残っているか? あれを見ろ!
 戦闘車両の上から大佐代行の指した先には、町の城壁があった。
――あれは亜人の町だ。俺たちを酷い目にあわせた、凶悪な亜人共の町だ。戦う意志があり、戦える者には武器を用意しよう。どうだ、諸君。捕虜だけじゃない。俺の部下にもきこう。今こそ復讐を、果たす時ではないのか!
 最初は小さな足音だった。それは段々と大きくなっていった。
 ダン! ダン! ダン! ダン! ダン……だんだんと早く、大きくなっていく。
 丙武大佐代行が69口径を高らかに掲げると、兵士たちの中から歓声が上がった。
――よろしい、希望する元捕虜には武器を与える。しかし、もし闘争に疲れた者があれば、遠慮なく申し出て欲しい。後方へ送還しよう。
 今から思うと、上手い演出だった。周囲の兵士のやる気を見せつけることで、元捕虜たちもそれに感化されるし、集団圧力になる。実際、元捕虜たちは俺が見る限りでは全て、町の攻略を支持して武器を受け取った。あの若い将校は一瞬で、捕虜の屈辱を兵士の怒りに変えさせたんだ。
――諸君、今から準備と休息のために時間を与える。それが終わったら、あの町をこの地上から消し去るんだ。俺たち骨の兄弟を痛めつけた、亜人共がこもる悪の町を! あの町があり、そこが亜人共の拠点になっているかぎり、我々の救出活動を邪魔しに来るだろう。滅ぼさねばならない! 
 ウォォオォォオオオ!!
 兵士たちが賛同の雄叫びをあげた。兵士たちの中でも、きっと鬱憤が溜まっていたんだろう。雄叫びの中、何か別の声がした。
 ふと見下ろすと、車に置いてきたジョニーがいつの間にか俺の足元にいて、吠えていた。見てみると、明らかに怯えていた。無理もない。これだけの人数の兵士が集まって、叫び声をあげているのだから。ジョニーの声はほとんどかき消されていた。だが、それでも俺にはジョニーの声がかすかに聞こえた。ジョニーは夢の中と同じことを言っていた……
――それでは、諸君らと一緒に戦えて光栄に思う。諸君らに主神の栄光を! 我らは敵の血と骨によって、我ら自身の肉を贖う。諸君らの健闘を祈る!
 ワァァァァァーーーーー!!
 俺はジョニーを抱きかかえた。震えていたが、俺が抱くと少しその震えも収まったような気がした。それから、その暗黒の熱狂からそっと立ち去った……俺は嫌な予感がしていた。この時から、前よりも遥かに強く。
 それから、町の包囲が始まった。町の四つの城門のうち、三つからは門をぶち破って侵入する。四つ目だが、そこからは侵入しない。あえて全部を包囲せずに、そこからは町の住民が逃げられるようにしておくんだ。といっても、逃がすつもりは大佐代行には全くなかった。そこは付近の川が城壁に近づいている場所だった。町から逃げ出てきた亜人を、川を利用して囲い込むつもりだったようだ。
 とにかく、それは後の話だ。今始まったのは、包囲戦という名のよくある虐殺だった。兵士の熱気は止めようもなかったし、丙武もそれを爆発させた、いや、爆発させようとしていた。俺はこんなのおかしいと思った。だって、町の中にいるのはほとんど民間人だ。何とか丙武大佐代行を思いとどまらせようと、直接大佐代行のいる戦闘車両へ向かった。車両に近づいたとき、俺の肩を、後ろから誰かが掴んだ。振り返ると、ソノマンだった。
 しばらくもみ合いになったと思う。ソノマンは、俺が丙武を止めるつもりだと分かると、また臆病者と俺を罵った。俺はこんな奴に臆病者呼ばわりされたくなかった。
「てめえこそ、甲国を裏切ったんだろ? ジープで逃げきれねえわけがない!」
「仕方なかったんだよ! 燃料がなくなって、立ち往生さ! お前らは食糧や水は詰んだが、肝心の燃料が入ってなかった! お前ら間抜けのせいで、俺は臭い豚野郎どもの捕虜になっちまったんだ!」
 ここにまで俺たちのせいにするとは、呆れた奴だった。俺たちが水も食糧も無くて、どれだけ大変だったか、全く知りもしないくせに。
 とにかく、こんな奴の相手をしている場合ではなかった。俺は丙武の軍用車両の扉に手をかけた。運転手に頼んで、何とか中に入れてもらおうと思った。そこを、ソノマンが掴みかかってきた。俺たちはしばらくもみくちゃになったがすぐに援軍がきた。
「バウバウ!」
 車内に残してきたジョニーが、いつの間にかソノマンのブーツに喰らいついていた。
「まだいたのか、このクソ犬が!」
 ソノマンの蹴りがジョニーに命中した。ジョニーが吹っ飛んで地面を転がっていくのを見たとき、俺の中の何かが爆発した。気が付いたら、ソノマンを殴り飛ばしていた。二人とも、息が上がっていた。
「上官を殴っていいのかよ……?」
 ソノマンが口から垂れる血を拭きながら言った。
「ああ、オークのケツ吹き係なんて、俺の上官じゃねえよ」
 ソノマンは不敵な笑みを浮かべると、何も言わずにその場を立ち去った。
 俺は本来の目的も忘れて、ジョニーの元に駆けよった。幸い、大した怪我はしてなかった。ジョニーはすぐに立ち上がると、2,3回軽く吠えた。
 もう大丈夫。
 そう言っているように聞こえた。俺がようやく丙武への用を思い出した時、戦闘車両にエンジンがかかり、動き出した。同時に、周囲の軍用車も一斉にエンジンをふかして、城壁近くへ移動を開始した。俺はジョニーを抱きかかえながら、その後を何とか追いかけた。
 ある程度城壁へ軍団が近づいたのを見て、丙武は軍用車両から、例の拡声器で呼びかけた。
――町の中の住民へ告ぐ。すぐに町を明け渡せ。城門をあけるなら、甲国の協力者とみなし、手は出さない。我々には救出活動のために、拠点が必要だ。しばし町を貸してくれるだけでいい。
 この最後通牒が嘘か本心か、分からない。町からは最初はなんの返事もなかった。やがて、町の城壁の上に、何やら人影が動くのが見えた。人間か亜人か。遠いのでそこまでは分からないが、町の守備隊か何かだろう。城壁の上から、何かが飛んできた。
 矢だった。
 矢は軍団の遥か手前に落ちた。兵士たちの間から、笑い声が漏れてきた。
――もしその自慢の弓でどうにかできると思っているのなら、考え直した方が身のためだぞ? もう一度だけチャンスを与えよう。
 今度もしばらくの間沈黙があった。俺はもう、町の人間が抵抗しないことを祈った。不吉なことはこれでたくさんだった。だが、矢はまたしても飛んできた。そして、今度の自慢の弓は、手前ではなく、丙武へ向かって真っすぐ飛んできた。
 矢は確実に丙武を捉えたと思った。しかし、丙武は平然と突っ立っていた。左手で払いのけるような動作をしただけだ。それで矢をはじき返したのか? このときはタネを理解できなかったが、丙武はとにかく無事だった。それにしても、あの距離の矢を撃てるのは、エルフだけだろう。この町にはまだエルフがいて、亜人たちを率いて抵抗を試みている。並みの甲国指揮官なら、今の一撃で仕留められただろうが、丙武は違った。とにかくこれで兵士たちの中からも怒号が沸き起こった。クラクションとエンジン音の大合唱。地獄の番犬たちの聖歌隊。意味は明らかだ。
「殺せ! 殺せ!」
 丙武は引っ込む前に、自走榴弾砲に火炎弾の発射を命じた。
 砲角が上がり、大砲の暗い眼窩が城壁の上を見た。
 ズドーーーン!
 砲弾が見事城壁の上へ着弾した。同時に、ドラグノイドの青白い火炎が幽霊の手のように広がり、城壁の上にいた亜人たちを包み込んだ。しばらくすると、人影が青い炎に包まれながら、次々と城壁から落下していった。
――見事だ! 最初の戦果だ、後で一杯おごってやる! 次は炸裂弾を城門に撃ちこめ! このクソ淫売の股を開かせるんだ。
 命令は即座に実行された。少し砲が動いた。
 ズドーーーーン!!
 見事に城門に着弾した。城門と言っても、この町は大都市じゃないから規模も小さいものだった。たった一発で、城門は瓦礫と化した。
――よーし、見事だ! 砲手にはもう一杯おごってやろう! あと2,3発撃ち込んで、瓦礫も吹き飛ばしてやれ。通りやすくするためにな!
 ズドーーーン! ズドーーーン!
 城門どころか、周囲の城壁も一部崩れて吹っ飛んでいた。
――よくやった! さぁ、みんな、あの我慢汁垂らしてクッパリ開いた穴へ突っ込んでいけ! 最初に町に入った奴は勲一等で昇進させてやる! 突入したら、手あたり次第殺りまくれ! この町の住民は、今見た通り、全員敵だからな!
 丙武がそう言い終わった瞬間、一台の車両が爆走して城門へ突撃していった。多分、あれはソノマンの乗った奴だと思う。何となくだが、俺たちからジープを奪って立ち去った時の運転と似ているような気がしたからだ。奴だとするなら、きっとこの戦いで捕虜の汚名を雪ぎたかったのだろうか。とにかく、一台が突進すると、負けてなるものかと他の車両も爆音をあげて突進していった。
 取り残された俺は、とにかくジョニーを抱上げて、そのままテクテクと軍団の後を追いかけた。町の城壁が近づいてくると、そこでしばらく立ちすくんだ。周囲には、さっきの城壁から燃えて落っこちたと思しき焼死体が、車輪に蹂躙されて挽肉になっていた。道路で車に引かれた猫、あれに近い状態だった。
 戻ろうと思ったが、戻った先に何かあるわけでもない。俺はただ、見なければならないような気がした。町の最期を、看取ってやらねばならないような気がした。
 町に入ると、すでに地獄の炎の渦と化していた。丙武は、ついでに町を焼き払うらしい。そこら中から青色と赤色の炎があがっていた。最初は青い炎も、木材に燃え移っていくと赤くなっていく。町のそこら中に、死体があった。みんな残らず銃弾や車輪で蹂躙され、血肉が散らばっていた。血は川を形成し、下水へ流れ込んでいった。ブーツの底に血肉がへばりついて、取れなかった。
 町の中央大通りらしき場所に行くと、甲国兵たちが略奪していた。ある者は老婆から指輪をもぎ取ろうとしていたが、なかなか外れないので、結局は指ごと切り落とした。老婆は痛みに声をあげた。周囲は騒乱で、実際に音はここまで届かなかったが、俺はその音を確かに聞いた。
 老婆の指の切断面から、赤い血がドクドクと噴き出していた……炎のような。用が済んだ甲国兵は、老婆を燃え盛る建物の中へ蹴り飛ばした。老婆はあっという間に炎に包まれて、飲み込まれていった……
 そこは最悪の地獄が展開された。他の二方面の城門からの軍も、ここに合流したからだ。
 彼らは手あたり次第、殺しまくって燃やしまくった。彼らの通った後には、町の死骸が燃えて転がっているだけだった。町の中を通り抜けるとき、俺はこの光景こそ夢なんじゃないかって思った。女子供も、何もかも死んでいた。家畜の動物も、全部死んでいた。そして金目のものと食糧は奪える限り、奪っていった。
 さっき話した、わざと開けてある城門の方へ、軍団は進んで行ったようだった。俺はようやくのことでその門を抜けた。逃げ延びた住民たちが、追いつめられた羊みたいに集められて、川べりに包囲されていた。
 最初から、これが目当てだった。住民も川くらい泳いで逃げればいいのかもしれないが、川は例の如く、禁術でまだ黒い濁流だった。仮にこの流れを泳いでいけたとしても、近くの橋の上にも甲国兵はいる。彼らの銃弾にまともにさらされることになる。
 車両は遠巻きに町の住民を囲い込んでから、エンジンをふかして爆音で脅かしていた。住民の中の子供が泣き叫んでいた。あの声を聞くとダメだった……子供の死体は町中でたくさん見たが、声を聞くとどうしても自分の子供を思い出してしまってダメだった。
 丙武はその爆音の中、戦闘車両のドアを開けて、地面に降り立った。その様子は、まるでアレスの地上降臨を思わせるものだった。アレスと違うのは、丙武の使う力が闇や絶望の類だということだ。
 エンジンの爆音が止んだ。俺は、そっとジョニーを下ろすと、近くの茂みに隠れているように言った。ジョニーは一応、分かったような顔はしていた。
 俺は、これから丙武を止めるつもりだった。武器は全部あの車両に置いてきたので丸腰だが、それでもしがみついて止めれば何とかなるかもしれない。周囲の兵士だって、一回冷静になればもう十分だって分かるはずだ。それに、今回の行為を、全員が全員、賛成しているわけでもないだろう……少なくとも、俺はそう信じた。
 丙武が群衆の元へと歩み寄っていく。群衆は後ずさる。本能で察知していた。この男こそが、今回の仕打ちを町にもたらしたのだと。群衆の顔は様々だった。ドワーフや兎人、猫人、犬人、鼠人、羊人、オーク。でもみんな同じ表情だった。それを町から燃えあがる赤い炎が照らしていた。
 丙武が群衆の前で止まった。他の兵士たちも、エンジンを止め、車から降りて丙武を見守った。これから何をなすのか。指揮官の命令は何なのか。丙武は静かになったのを見計らって、群衆に語りかけた。
「君たちの指揮官は誰だね? この町の長でもいい」
 群衆は誰も、何も答えなかった。相変わらず、怯えた瞳で丙武を見つめていた。だが、その目にはただの怯え以外の何かがあった。
「もう一度言う、この町の指揮官がいるはずだ。多分、俺に向かって矢を放った奴……おそらくエルフの長官だ。いるなら早く出てきた方が身のためだぞ?」
 またしても沈黙があったが、いきなり群衆が左右に分かれた。そしてその先には、弓を構えたエルフがいた。どうやったのか知らないが、ずっと黒い川の中に潜んでいたんだ。そして機会を待っていた。群衆もそれに期待していた。
 だが、今回の矢も、丙武は手のひらで受け止めた。そのときに、ガチン! と金属のぶつかり合う音がした。そう、奴の腕は義腕だったんだ。
「ミスリル超鋼の特注義手だ……お前らエルフの剛弓でも貫けんよ。その分、かなり高かったけどな」
 丙武は薄ら笑いを浮かべながら、手袋を外して見せつけた。そして性能を確かめるように、手を閉じたり開いたりした。じゃんけんする前の小学生みたいな、無邪気な表情を浮かべながら……
「俺は寛大だ……特別にチャンスを与えてやってもいい。お前がおとなしく死ぬなら、ここの生き残った群衆は見逃してやる。俺たちは手を出さない。幸運を生かすか殺すか……君次第というわけだな」
 エルフはしばらく動かなかった。ヒゲから黒い水がポタポタ落ちていた。俺は何か答えると思ったが、エルフは素早く矢をつがえたところで――けたたましい炸裂音と共に、銃弾がエルフに降り注いだ。橋の上の甲国兵からだった。矢は手から滑り落ちて黒い水の中に消えた。
「まあ、そういうことなら仕方ないか」
 丙武はズンズンと群衆の中へ割って入り、エルフのところまで進んだ。エルフの戦士は、完全に水の中で伸びているように見えた。しかし、それも演技だった。確かに体中が銃創で穴だらけになってはいたが、まだ一撃の力は残っていた。剣撃は丙武の足を切り裂く予定だった。きっと、そのまま足の無くした大佐代行にしがみついて、黒い水の底に道連れにする予定だったのだろう。だが、剣は足の表面で止まっていた。
「すまんな、実は足もなんだ」
「この化け物め……」
 丙武はその言葉を満足そうに聞くと、刃を素手、といっても義手なんだが、それで掴んで、エルフから引っぺがした。それから、柄の部分を掴みなおして、まじまじと剣を見た。
「純ミスリルを魔造鍛錬したものか……美しいな……生きているみたいだ」
 純粋なミスリルだけが放つ、七色の輝き……特殊な魔術による鍛錬によって鍛え上げられた証拠だった。俺も初めて見た。あれを見るってことは、エルフと戦うってことで、要するにそんなことした奴は死んでいるだろうからな。
 丙武はずい分長い間、剣を眺めているように思ったが、実際はそんな長い時間じゃなかったように思う。ただ、一瞬だけ、剣の持つ光が黒く濁ったような気がした。持ち主に共鳴したのかもしれない。
 とにかく、剣を持ったまま、もう片方の手で瀕死のエルフを黒い川から引きずり出した。そして、またしても群衆の前へ戻って来た。兵士たちの前へ、投げ出されるエルフの戦士。地面に転がったまま、息も絶え絶えだった。さすがにいくら超常的な生命力と回復力を持っていると言えど、あれだけの銃弾を喰らっては生きているだけで精一杯なんだろう。それから丙武は、エルフの戦士の背中を足で押さえつけると、エルフの肩に剣を突き刺した。エルフの絶叫が虚しい世界にこだました。丙武は、思いっきり腕を引っ張り上げた。エルフの腕の関節が伸びて、信じられない長さになった。手はおそらくエルフの意志とは無関係に、勝手に閉じたり開いたりしていた。剣を突き刺した部分から、血が吹き上がった。丙武の眼鏡が、赤く染まった。さらに力をこめると――俺は正直、そこで見るのを止めた。目をそらしたんだ。何が起こったのかは、その次に起こったエルフのさらなる絶叫と、兵士たちの湧き上がる歓声で予想がついた。そこでようやく目をあげると、エルフから引きちぎった腕を高らかに掲げる丙武の姿があった。
 歓声が収まると、エルフの腕をそこら辺に投げ捨てて、またもう一本、もう一本と同じように手足を切り取っていった。引きちぎるたびに、兵士の間から歓声が沸き起こった。
 それでもエルフの戦士はまだ生きていた。エルフの強靭な生命力が、まだ死に抵抗していたんだ。
 丙武は最後に切り取った腕を投げ捨てると、近くの兵士の兵士に何か命じた。兵士は例の拡声器を持ってきた。そして群衆を指さして丙武は言った。
――諸君らに問う! 彼らの処遇は何がいいか!
 兵士が口々に声をあげた。
 火刑! 縛り首! 轢殺! 斬首! 磔刑! 串刺し! 撲殺!
 様々な残虐な刑罰が並んだが、しばらくするとネタが尽きて、兵士も静かになった。
――かつて耳長どもが骨の大陸を支配していたときに行われた、最上級の刑罰がある。車裂きだ!
 ウォォォォオオオ!!
 兵士が歓声をあげた。
――当時は大型の魔獣を使って行ったそうだが、我々には鉄の獣がいる!
 その鉄の獣は、丙武に呼応してエンジンのうなりをあげた。
 ブオォォォォオオオオオオンンンン……
 まるで古代に絶滅した竜があげる、雄叫びような……
 俺はそのとき、はっと我に返った。早く丙武を止めないと……だが、足が恐怖で動かなかった……俺に本当の勇気なんて、最後まで発揮できなかったんだ……(甲、ここで頭を抱えて数分の沈黙)
 すまない、ここまできたんだ、最後まで語らないとな……胸糞悪い話だが、それももうすぐ終わる。
 丙武は、群衆から一人の婦人を選び出した。彼女は胸に赤ん坊を抱えていた。ちょうど俺が一時帰還したときに抱いたのと同じような赤ん坊だった……よくあることだが、俺の息子と重ねてしまった。
 エルフの戦士はしきりにやめろ! と叫んだ。最初はそれも丙武にとっては心地いい音楽に聞こえたのだろうが、いくら心地いい音楽でもずっと聞いていると飽きてくる。丙武は、エルフのわき腹を蹴り飛ばして音楽を止めた。
「お前には、そこで一人ずつ死んでいく様をよく眺めてるんだな。お前が守れなかった者は、たくさんいる……」
 例の母親は止めてくれるように懇願した。群衆の中から長老らしき老羊人が歩み出て、何とか慈悲を乞い求めた。
 ズトーーーン!!
 丙武はそんな長老の足に69口径を撃ちこんだ。ハンドキャノンは、名前の通り凄まじい威力だった。たった一撃で右足は吹っ飛んで、老羊人はバランスを崩して地面に崩れ落ちた。周囲の亜人たちも、怖くて手を貸すことすらできずに、その様を傍観するしかなかった。
「お前らが、ケツを拭くにも役に立たねえクソッタレな慈悲を求めるたびに、今みたいに銃弾を一発ずつ撃ちこんでいく。分かったかな? 先生に質問があれば、遠慮なく手をあげてくれていいぞ」
 亜人たちは沈黙という了承をするしかなかった。
 そうこうしているうちに、先の母親の手足に鎖が繋がれた。片手と片足、一本ずつだった。鎖の先は、バカでかい戦闘車両に続いていた。最大で3000馬力あるエンジンが、唸りをあげた。すごい爆音で、それだけで母親も群衆も、涙ぐんでいた。
――諸君らが求めるものはなんだ!
 血と骨! 天上への贖い! 血の返命!
――それでは、主神に! そして甲国に! 捧げようではないか! 
 そして上げた拳を振り下ろした。次の瞬間、エンジンが最高のうなりをあげて、タイヤが地面をえぐった。瞬く間だった……子供が虫けらの肢を引きちぎるようにあっけなかった……兵士がまた歓声をあげた。
 母親は、自分の作った血だまりの中で気絶していた。丙武は、自分が提案したものの、あまりにあっけなかったので何か面白いことを考えていたのだろう。今度はさっきの赤ん坊をもって来させた。それをある地点に置く。
 要するに、レースだった。赤ん坊の先にはエンジンブレーキのかかった車があり、ゆっくりと進んで行く。手足のもげた母親は、赤ん坊がタイヤの染みになる前に、愛する我が子を救出できるか、そういうレースだった。
 丙武は母親を蹴飛ばして目を覚まさせた。母親も、自分の子供が泣いているからか、何とか意識を取り戻した。丙武が耳元で何やらルール説明しているが、多分、痛みでそれどこじゃなかったはずだ。しかし母親は、本能で内容を察知した。すぐに手足をばたつかせて、息をぜいぜい吐きながら、それでもなんとか前へ進んで行った。這った跡に、血がべっとりと残った。
――さぁ、どっちだ! はたしてどうなってしまうのか?! まさに命をかけたレースがスタートしております!
 兵士たちの間で、早速賭けが行われているようだった。
 おら、とっとと根性出せや! 俺は出来ない方に賭けるね! 親子の絆を見せてくれよ! 
 その間も、赤ん坊はひたすら泣き続けていた。母親は、凄まじい形相で地面を這っていた。血と汗で濡れた髪が、顔にへばりついていても気にしない。もう、恨みとかそういう次元じゃなかった。ただの意地だった……俺はその表情を長く見ることはできなかった。だが、無情にも車は近づいていく。ゆっくりと、確実に……
――おいおい! もっと根性見せてくれないと、このままじゃ死んじゃうよ?! 俺だって両手足を失ったけど、こうして戦場に復帰できたんだ! やれる、君ならやれるよ!
 兵士たちの間からも、謎の声援なのか呪詛なのか分からないかけ声が漏れ出した。やがてそれは段々と一つにまとまっていった……
 ボーン! ボーン! ボーン! ボーン! ボーン!…………
 赤ん坊が泣き叫んでいた。それを見ていると、俺の息子であるかのように見えてきた。実際、俺の子供と大した違いなんてなかった……
 それでもダメだった……俺は動けなかった……目の前にいるのは、感情的には俺の子供でも、理性ではやっぱり違った……
 もし、この場で飛び出して赤ん坊を助けたら、今度は俺がそこを這うことになるだろう。丙武が俺のために何本の手足を残しておいてくれるだろうか。考えただけで寒気がした。それに、俺の息子は遠い大陸にいる。その息子のためにも、俺は生きなければならない。だから仕方ない、仕方ないんだ……俺は必死にそう言い聞かせた。それしか自分を守る方法がなかった。
 母親が近づいていく。ゆっくりと、ナメクジが這うように。
 だが、同時に車も近づいてくる。ゆっくりと、鉄の無慈悲な象のように。
 タイヤの影が赤ん坊を踏んだとき、何か黒い影が、俺の横を走り抜けた。それは兵士の群れを抜けて、赤ん坊のところへ駆けていった。
 ジョニーだった! 俺も最初はわけが分からなかったが、周囲の兵士たちも、何が起こったのか判別しかねているようだった。これもひょっとしたら丙武大佐代行の演出なのか? そんな感じだった。
 だが、これで俺の決心はついた。俺も丙武の演出に毒されかかっていた。それがジョニーのおかげで、完全に醒めた。俺は最後に、人間の国に留まることができた。化け物の領域に入らなくて済んだ。だからジョニー、君は王だ。俺の心の国にいる、王なんだ……俺はあの日、一日だけ人間でいられた。だから俺は今でも人間でいられる。ジョニー、君が愛と慈悲の王国に入れますように……俺の魂を捧げよう……