それからさらに数日後、ついにホロヴィズの演説の日がやってきた。正確には部隊の割り振りと、出陣式である。このときになっても、まだ部隊の割り振りの素振りすらなく、丙武もさすがに不安を感じていた。
 楽観的な乙文は「そのうちどうにかなるさ」と言って励ましてくれたが、こいつの励ましが全く根拠も関心もない口だけのことだというのは、丙武には分かっていた。
 そもそも、部隊が決まっていないということは、演説をどこで聞けばいいのかすら分からないということだが、幸いそれについてはすぐに解決した。
 まさかの、壇上だったからだ。それも乙文と並んで。
 二人とも新兵代表という名目だったが、本当は長年の対立関係にある乙家と丙家が、仲良く戦争しているところをアピールするのが狙いだろう。
 大まかに言って、丙家は対外拡張派、乙家は穏健派だ。ずっと国民の支持によって政権を失ったり得たりしていた。
 最近はそうでもないが、いっときは暗殺合戦など行われたりしていた時期もあった。骨肉相食む争いを繰り広げてきた乙丙両家だったが、ここで挙国一致してアルフヘイム攻略に乗り出している姿勢を、形だけでも演出したいのだろう。
 さすがの楽観的な乙文も、壇上に並ぶそうそうたる面々を見て、少し緊張しているようだった。話しかけて緊張をほぐしてやろうとも思ったが、顔が完全に青ざめている。ハーピーの串刺しにした死体を見たときより、酷い表情かもしれない。
 丙武は諦めて――どうせ原稿を読むだけだし、うまくいくだろう――列席者を一人ずつ眺めていった。
 まずはホロヴィズ。伝令ガラスをあしらった仮面を常に顔に張り付けている、丙家の現・最高指導者であり、将軍兼陸軍大臣でもある。
 横にいる少女とも見えるのは、娘にも見えるが実は護衛だ。アルペジオという名前で、特に乙文のような人間から圧倒的支持を得ているらしい。かよわい少女に見えるが、おそらく魔法による身体強化がなされているのだろう。変異誘発剤は疑似的に人間を魔法生物にしてくれるが、体質に合わないと死ぬか、死んだ方がマシだと思えるような傷跡を残す。
 ホロヴィズも政界という魑魅魍魎の戦場で長年生き延びてきた古強者だが、それゆえにこのような護衛を置くことにしたのだろう。
 丙武はあの仮面の中身を、同じ丙家だというのに全く知らない。噂では「もうすでに本物は死んでいて中身は影武者」とも「機械化しているのでは?」とも言われているが、真相は明らかではない。
 さらにその横がカルヴィン・カルヴァリー侯爵。ゴルゴダ火山付近にある鉱床を全て所有する、骨大陸屈指の大富豪であり、この戦争では希少なミスリルの供給と、燃料のドラグノイドの供給を一手に引き受けていた。侯爵の協力がなければ戦争の継続は困難だろう。
 本人は父親から受け継いだコンツェルンを、さらに巨大なものにしようとしているが、そのためにSHWと裏で接触しているのではないか、という黒い噂も流れている。確かに金持ちは汚いものだが、まあ、得てして金の集まるところにはデマも飛び交うものだ。天上界のことなど丙武に知る由もないが、やはり可能性は低いと思った。というのも、もし仮に物資を横流ししていたとして、それがバレれば肝心の甲国という巨大な顧客を失うわけで、損得勘定がシビアな商人なればこそ、ますますあり得ないように思えた。
 とにかく、こんな財界の大物まで来ているとは、本気の式典のようだ。
 その横は商人つながりで、SHWのオフィス・ワークが座っていた。SHWには四つの大商家がある。その中の一つがワーク家で、主に重・鉱工業、軍事産業を担っていた。オフィスには息子のデスクがおり、おそらくアルフヘイムにはその息子が送り込まれていることだろう。中立という点を生かして、両方に取引して儲けるというそろばん勘定のほかに、どちらが勝っても、どちらにもパイプ作りができるという策略だろう。人の好さそうなオッサンの笑顔が張り付いているが、眼は笑ってなかった。
 あとは軍の高官がズラッと並んでいた。准将のウルフェンシュタット子爵。代々、北辺の遺灰の地近くの不毛の荒野を切り拓いてきた一族で、荒野で動物を狩って得た毛皮の儲けが、今の一族繁栄の基礎となっている。家紋は三つ目の狼。かつて存在したと言われる、ミシュガルド大陸に棲むという魔狼をモデルにしているらしい。ご苦労なことに、まだまだクソ暑いというのに毛皮をあしらった軍服を着こんでいる。精悍な軍人を周囲にアピールするためだろうが、何より丙武が驚いたのは、全く汗一つかいてない、涼しい顔をしていることだ。仮にウルフェンシュタット子爵が、体を完全に機械していたことが判明しても、驚くつもりはなかった。
 変わり種としてレイバン・ブラックモア魔導機甲師団長の姿も見えた。鬱陶しいサングラスをカッコいいと思いながらかけているのだろうか。胸をはだけた、これまた変わった意匠の軍服を着ていた。勲章のようなものをジャラジャラぶら下げているが、実際にもらった勲章は一つもない。魔法使いの家系は、残念ながら甲国では冷遇されていた。最近では魔法と科学の融合が特に重要視され、それも徐々に緩和されつつあるが。特にミスリルの魔造鍛錬においては、魔法の力は不可欠だった。この気まぐれな特性を持つ金属を、思い通りの性質につくり変える魔造鍛錬は、科学分野に取り込まれ、兵器に応用されようとしている。
 他にも、薬草や向精神薬など、医学の側面からも兵士のサポートに役立つとあって、新たに独自の軍団が編成された。それが魔導師団である。
 レイバン師団長は主に洗脳魔術の専門家として有名だ。実際に、先のエルフの人獣を一匹だけ洗脳することに成功している。それが今、机の上にいる、人面犬だ。この人面犬も、サングラスをかけている。いや、かけさせられているのか。それより、エルフはなぜこんな人面犬なんていう何の役にも立ちそうにないものを生み出したのか、野蛮人の感性というものは理解に苦しむものだ。
 レイバン師団長が頑張っても、せいぜい靴舐め用の人面犬を洗脳できたに過ぎない。もっと高位の洗脳魔法を使うには、触媒が必要だ。これより賢い魔獣を何匹も洗脳できるエルフと人間との、決定的な差でもある。
 他にはグル・グリップ大佐、ライバック中佐など、緒戦の活躍著しい諸将たちが居並んでいる。新聞でのみ伝え聞いていた功績だが、こうして間近に見ると、それがようやく現実であることの重さを実感できた。興奮と同時に、彼らの期待に応えられる活躍ができるかどうかという重圧が、丙武にも徐々にのしかかってくる……
 そして乙家外交官、オツベルグ・レイズナー。乙家のクソッタレ外交官にして、ションベンタレのアイドルでもある。未だに白馬の王子さまを夢見るブス女と、IQの低い主婦層からは圧倒的な人気を獲得している。年も若いが、要するに乙家からはもし勝ったときに便乗できるような保険と、戦場の監視の目的を兼ねて送られたのだろう。まあ、いてもいなくてもどうでもいい奴だと丙武は思った。
 最後に、ホロヴィズ将軍が締めくくりの演説を行った。
 「戦友にして市民諸君、私は君たちと戦えることを誇りに思う。君たちもこの戦いに参加できることに誇りを持ってほしい。第一陣は、すでに緒戦でアルフヘイムの軍勢を打ち破り、これからさらに深い体内へ食い込んでいく。君たち第二陣の軍勢が、さらに戦果を挙げて甲国の栄光を築き上げてくれることを期待している。
 我々の住む地域は骨の大陸と呼ばれている。不毛な土地が多く、作物が実らないから、エルフがそう名付けたのだ。
 かつてエルフは、この世界の全ての大陸を支配していた。骨も、アルフヘイムも、SHWのカンパニーア大陸も。人間も亜人も、全てエルフの支配下に置かれていた。その中から、我々人類だけが、エルフの傲慢な支配に立ち上がり、骨の大陸に独自の生存権を打ち立てることに成功したのだ。これは人類だけの偉業であり、他の亜人が成し遂げたことは一度たりともない。
 人類の力によって、骨の意味が変わったのだ。不毛という意味から、不屈の闘志、くじけぬ忍耐力という風に。我々人類は自らを守るために、科学を発展させ、様々な兵器を開発してきた。だが、一番の武器は“骨”だ。諸君らの中にある、高貴な精神ということを忘れないでほしい。それはすでにある。
 そしてその力によって、史上初めてアルフヘイムという肉に喰らいつくことに成功した。あとはこのまま肉を喰いつくすだけだ。そして骨と肉はあわさり、人類にふさわしい生存圏が完成するだろう。
 我々は祖先の骨を乗り越えて、ここまでやってきた。
 骨は朽ちぬ。遺灰から、また新たな栄光が芽吹く。
 骨は朽ちぬ!」
 骨は朽ちぬ、とは、甲国皇帝家、甲家の銘である。丙家の銘は『不屈、不撓、不動』だ。
 「ボーン、ホロヴィズ!」
 兵士たちの海から、歓声があがった。
 「ボーン、ダヴ!」
 それから、兵士たちは各々の崇拝する将軍の名前を讃えていった。その歓声は何度も繰り返された。
 ズドーン! ズドーン!
 その歓声に呼応するかのように、上空に浮かぶゼット伯爵の飛空船が祝砲をあげた。
 同時に、その音に驚いた極彩色の鳥たちが、周囲からバサバサと飛び上がっていった。
 鳴りやまない拍手の渦。鳥たちですら、俺たちの出陣を祝福してくれている――丙武はこの時はまだ、そう思っていた。