元・甲国軍兵士の証言

ママラッチ(以下、マ):それでは、今からインタビューしていきたいと思います。

元甲国軍兵士(以下、甲):そんなに緊張しなくていいぜ。なに、あったことを話すだけだ。ほんの30分ほどで終わることさ。

マ:お気遣い、ありがとうございます。それでは早速なんですけど――

甲:その前にひとつだけ頼みがあるんだ。

マ:なんでしょうか?

甲:俺の名前は伏せておいてくれ。女房にも、誰にも話したことがないんだ。話すのはこれっきり、これ一回だけ。それでいいなら、話してもいい。

マ:ええ、もちろん、構いません。むしろ、ご協力感謝します。さて、早速なんですが、他の方の話では、あなたは例の亜国の禁術発動時に近くにいたにも関わらず、無事に生還した兵士だということですが、禁術発動時はどんな様子でしたか?

甲:発動した瞬間は見てないから何とも言えないな。なんせ、その時は懲罰兵として、塹壕堀りをやらされていた。俺はたった一つだけ、自慢があるんだ。それは、一回も人を殺していないということだ。

マ:それは亜人も含めて、ということですよね?

甲:もちろんさ。亜国じゃ亜人の方が多い。小人に獣人、エルフ。みんなそうだ。人間だって、あっちからみれば亜人なのかもな。とにかく、俺は上官の命令に反して銃を撃たなかった。いや、撃つのは撃ったんだが、わざと外したんだ……

マ:まずは、そのときの様子を詳しく話してもらってもいいですか?

甲:ああ。俺たちはその時、ライバック大佐(※)指揮下の軍勢にいて、前線からやや後方に離れた場所にいた。俺たちの部隊は、ある村を調査する任務に当たっていた。要するに、情報を元に怪しそうなやつを調べて、テロリストだったらしょっ引くような任務だ。実際、花畑の決戦以降は、亜国側は大規模な決戦をしてこなかった。あの決戦での大敗北で、亜国側にはもう決戦する気がなくなってたんだろうな。そのかわり、ゲリラ活動で応戦してきた。
 情報を元に、ある民家の中に分け入った。入ったら、戸棚も全部倒してシッチャカメッチャカさ。やってる俺でも、空き巣よりひでえと思ったよ。そしたら見つけたんだ。隊の中で勘の鋭い奴がいて、大抵そいつが銃なんかの武器の隠し場所を発見しちまう……
 (※戦争開始時はライバック中佐だった。フローリア付近で行われた“花畑の決戦”での活躍が認められ、大戦中に大佐に昇進した。)

マ:亜国に銃があるんですか?

甲:あるさ。SHWのやつらが横流ししてるんだろうな。あいつらも、自分は無実ですって顔してるが、むしろ当事者より腹黒いと思うね。中立をいいことに、両国の物資を横流ししあって儲けまくってた。あ、もちろん、アンタに言ってるわけじゃないからな。気にしないでくれ。SHWにも、アンタみたいないい人間もいるっていうのは分かってるつもりだ。

マ:いえ、大丈夫ですよ。

甲:ああ、良かったよ。それより、さっきの続きだな。あとはお決まりのパターンさ。その猫の亜人は、やってない、自分たちは無関係だって涙ながらに言い張る。俺たちはそれを無視して奴らを捕まえて、しょっ引く。大抵は村の広場に連れていくんだ。そこで公開処刑にする。本当に、動物でも殺すみたいにな……
 俺はまた、いつも通りの作業にウンザリを通り越して吐きそうになっていた。ところが、今回だけはやり方が違った。いつもは亜人にズタ袋をかけて、隊員全員で一斉射撃するんだ。それがその時だけは違った。
 まず、ズタ袋を使わなかった。そして、一斉じゃなくて、隊員一人ずつに撃たせたんだ。
 なお悪いことに、そのテロリスト家族は四人で、俺は四番目だった。
 端の隊員から、順番に発砲していった。
 ズドン! バタッ!
 ズドン! バタッ!
 ズドン! バタッ!
 そして俺の番が来た。銃を持つ手が震えるのを、抑えられなかった。俺はこれから本当に人を殺すんだってことだけで頭が一杯になった。しかも、最後に残ったのは女の子だった。まだ大人の男なら撃てたかもしれない。だって撃たなきゃ、いつかこいつが俺たちを殺すかもしれないんだから。でも、目の前の女の子に何ができる? そう思っているうちに、その少女と眼が合った。獣人は人間以下なのかもしれない。本当のところは誰も何も分からないさ。でも、そいつの眼は獣の眼に思えなかった。人間の眼だった……俺の子供と同じような……
(うつむいたあと、しばらくの沈黙)
 そう思った途端に、吐き気が猛烈にこみ上げてきた。上官のソノマン伍長が言った。
「早く撃てよ」
 俺は少女から目をそらした。そうしなかったら、多分みっともなくそこで吐いていただろうな。
 ソノマン伍長がまた言った。
「早く撃てよ。それともあいつが老衰で死ぬまでずっとそうしているつもりか?」
 本当に嫌な上官だと思ったよ。代わりにこいつを撃てたら少しは気分がよくなりそうなんだが、そういうわけにもいかなかった。
 吐き気が少し収まったから、また顔を上げて、銃の照準を合わせた。それで精一杯だった。
 それからまた視線を下にそらしてから、俺は一発だけ撃った。完全に命中したと思った。俺もついにやっちまったんだ、もう後には引き返せないんだってな。
 だから顔を上げたときに、まだ少女が突っ立っていたのを見て、俺は安堵した。ああ、俺もまだやり直せるんだって。きっといつか戦争が終わって故郷に帰ったら、普通に暮らせるんだって。少なくとも、その可能性はまだあるって風に。俺は完全に俺の義務が終わったと思っていた。
 少女の方も、自分がまだ生きていることを不思議がっていた。俺と少女の眼が、またしてもあった。何となく、二人とも分かっていたと思う。俺に殺意がないってことを。
「まだマガジンには弾が残っているだろ?」
 ソノマン伍長の言う通りだった。19発残っていた。
 俺はもう、何も考えられなくなっていた。19発、全部フルオートで撃った。撃ち終わった後も、何度も引き金を引いた。カチカチという撃鉄の空振る音だけが虚しく響いているのに気づいた。同時に、ソノマン伍長の拳が俺の顔面に飛んできた。俺は地面に倒れた。
「もういい。お前が殺したのは、お前の兄弟だ」
 ソノマン伍長の声が、天の声みたいに聞こえた。ちなみに軍隊では、身内のことは兄弟って呼ぶ。つまり、お前はテロリストを殺せない臆病者で、そのせいで軍隊に犠牲がでるんだってことを言いたかったんだろうな。
 その時の俺は泣いていた。悔しかったのか、少女がまだ変わらず生きていたことが嬉しかったのか分からない。俺の撃った弾は19発、全部少女の上を飛んで行った。それでも結果的には数十秒、生きながらえさせただけで意味なんてなかったのにな。
 ソノマン伍長がすぐに命令を出すと、次の奴が銃を構え、引き金を引いた。少女の額に穴が開くと、そこから猛烈な勢いで血が噴き出した。そのまま、少女は後ろに倒れた。血の噴水は、だんだんと低くなっていって、少女の痙攣も止まった。
 それと同時に俺は吐いたよ。しこたま吐いた……あんなに吐いたのは初めてだった。顔が反吐と涙と鼻水でグシャグシャになっていただろうな……

マ:それで、塹壕掘りに回されたというわけですね……?

甲:そうだよ。どうやって宿営地に帰ったのかも、よく覚えてない。ただ、ときどき輸送車両の隅の方から「あいつはもう使い物にならねえな」とかいう陰口が聞こえてきたのは覚えている。
 今度は兄弟を裏切ったっていう後悔が襲ってきた。もう、あの時の俺はこの世が終わったかのような表情だったに違いない。本当に終わるのはまだ先だったのによ……
 まあ、塹壕なんて、ぶっちゃけ掘っても意味ねえんだ。向こうが魔道砲なんて使ってくるのは、もうこの頃には滅多になくなっていた。こっちの戦車や自走砲の方が、射程、威力、機動力で勝っていた。
 だから、向うが塹壕を掘ることはあっても、こっちはそんなもん要らないのさ。
 そう、これは完全に懲罰。子供の時にさ、よく親に怒られて庭の草むしりとかやらされただろ? あれみたいなもんさ。とはいっても、アンタは頭が良さそうだし、そんなことはなかっただろうけどな。

マ:いえ、私も似たようなものですよ。あまり勉強せず、大学も留年寸前でした。今の会社に入れたのも、運が良かっただけですし……

甲:でも立派な職につけたじゃねえか。キッチリ親孝行してやりなよ。

マ:ええ……

甲:ああ、それから、禁術の話だったな……塹壕掘りに集められたのは、大体俺と同じような奴らさ。要するに、サボり魔の兄弟殺しってわけさ。
 その日は、朝からずっと塹壕を掘っていた。ようやくひと段落して、昼くらいになったときに、急に空が暗くなった。何だと思ってみんな一斉に顔を上げたさ。そしたら、今度は暗くなった空が急に真っ赤に染まった。俺の横にいた奴が、塹壕から地上に上がって言った。
「おい、空にも生理現象ってあるんだな! 実は、空は巨大なマンコだったんだーーー!!」
 そいつは戦争で少し、いや、今思うとだいぶ頭がおかしくなっていた。でも、俺たち塹壕組は、その日会ったばかりだというのに、何となくみんな意気投合していたんだ。塹壕掘りという気の滅入る作業でも、そいつは意味もなくはしゃぎまくっていた。それを見た俺を含む奴らは、だから自分こそしっかりしなきゃって思っていた。結果的にはそれで、みんなも落ち込むところまで落ち込まなくて済んだ。
 とにかく、それから何回も空は暗くなったり、赤くなったりを繰り返した。その頻度はドンドン早くなっていって、やがて爆音――いや、何て言ったらいいのか……この世が割れる音っていうのは、間違いなくああいう音だと思ったね。
 俺は怖くて塹壕の中にいた。他の懲罰兵は、みんな好奇心で塹壕の上へ出ていった。だから俺は、空の異常の後にやってきた衝撃波を生き延びた。それもほぼ無傷でな。中で丸まっていたから、何が起きたのか、最初は本当に分からなかった。
 しばらく、世界から音が消えた。そのうちようやく、俺の聴覚も徐々に戻ってきた。
 ゴウ、ゴウ、ゴウ……
 爆発後に生じた、砂嵐の音がグルグル頭の中で回っていた。
 俺はゆっくり顔を上げた。そしたら、塹壕の中はどうなってたと思う?

マ:(記者、答えられず)

甲:もつ鍋パーティーさ。黒焦げで見分けにくかったが、人もいた。亜人もいた。みんなの体がゴチャゴチャになって吹っ飛ばされて、この即席の塹壕に落ちてきたんだな。黒焦げになってみると、みんな同じだった。同じ肉の塊だった。そこだけ、人も亜人も無くなっていた。全ての境界線が意味をなくして、あの世とこの世が一緒くたになった。
 そんなわけで夢と現実の境界を失くした俺は、また塹壕にうずくまった。そうすればいつか夢から覚めるって感じで、現実逃避していた。どれくらい時間が経ったのか、自分でもよく分からない。ただ、外の砂嵐が収まってきたのと、もしかしたら生存者がいるかもしれない、だったら助けないといけないっていう義務感にだけ突き動かされて、俺は恐る恐る顔を上げた。死体には、いつの間にか白い灰が積もっていた。俺にも積もっていた。雪のように見えたが、そこら辺の灰を一つ摘みあげてみると、それは絹のような感触がして、サラサラと崩れていった。それはどんな雪よりも冷たく感じた……
 俺は泣いた。故郷は雪国だから、ついついそれを思い出してしまったんだ。亜国に来て、もう何年も雪を見てなかった。早く帰りたかった……亜国に来るまでは、雪なんて鬱陶しいだけのもんだって思っていたのにな……
 ただ、ここで帰ったら俺は本当の臆病者になってしまう。きっと生存者がいるって、信じていた。実際に、後で振り返ると俺のやったことは正しかった。それに、塹壕に上がっていった例の兵士も気になった。あいつは35号。懲罰兵は名前を剥奪され、番号で呼ばれる。ちなみに俺は69号だった。嫌な番号だよな。
 とにかく、決意を固めると、俺は塹壕から恐る恐る顔を出した。
 今度の空は紫色だった。静脈とか、青あざみたいな色さ……奇妙に生物的で、気持ち悪かったのを覚えている。遠くの爆心地らしき方を見ると、精霊樹の残骸があった。まるで火刑の後に残った骸骨みたいだったよ。地獄の畑に立っている案山子みたいな感じ……その瞬間、俺は悟った。俺たちは虫けらなんだ。地獄の畑の地べたをはいずり回って、今死ぬか、そのうち死ぬかの違いしかない、ただの虫けらなんだって……
 しばらく呆然としていたが、すぐにやらなければならないことを思い出した。
 生存者の救出だ。
 いるとは思えなかったが、よく考えると俺たちと同じように塹壕掘りをやらされている兵士は、他にもいた。何人かのグループに分かれて、少し離れた場所で掘っていたはず……必死にその考えにしがみついた。それだけが希望だった。
 周囲は降りしきる灰で、視界が悪かったが、それでも少し向こうで影が動いた。すぐに走って近づいていった。
 確かに生存者がいたが、それは人間ではなく、犬だった。
 でも、この死の世界の中で生きている者に会えたことだけで、俺も犬もどっちも大喜びだった。死の雪の舞う中、俺たちはしばらく小躍りしてその喜びを噛みしめていた……
 それからすぐにまた他の生存者を探しに行った。アテは何もなかったが、ただのヤマ勘でもとにかく動きまくるしかなかった。
 まずは宿舎に行った。生存者がいそうだし、うまくいけば食糧や水、武器もまだ残っているかもしれない。

マ:でも、あなたは人を撃たないんじゃなかったんですか?

甲:別に命中させる必要はないさ。ただ適当に撃っとけば威嚇になるし、向うがよほどの勇敢バカでもない限り、それで退散していく。この混乱のさなかだ、自分の身だけでなく、生存者の身を守るのにも必要かもしれないんだから、武器は貴重な資源だよ。食糧と同じくらいね。
 とにかく、宿舎についたが、そこには瓦礫の山しかなかった。とてもじゃないけど、生きている人間なんていないだろうと思ったんだ。そしたら、例の犬がキャンキャン吠えたと思うと走り去った。俺は追いかけたよ。そこはゴミ捨て場だった。そこにあの35号が埋まっていたんだ。最初は死んでいるだろうと思った。あの状況だと、衝撃波をまともに受けたはずだ……でも35号は生きていた。しかもほとんど軽傷で。きっとゴミ置き場に吹っ飛んだおかげで、ゴミがちょうどいいクッションになったんだろう。
 二人いれば、何らかの知恵は出てくるもんだな。ただの狂人になったと思っていた35号だったが、この付近に山の斜面をくり抜いて作られた格納庫があることを思い出してくれた。少し離れ場所にあるが、多分無事だろう。それに、他の生存者にも会えるかもしれない。
 行って見ると、やはり無事だった。格納庫の電気をつけてみると、まっさらのジープが置いてあった。すぐに携帯用食料と水を積み込んで、さあ、出発ってときだ。背後から声がした。
 そこには、待ち望んだ生存者がいた。しかしそいつはなんと、あのソノマン伍長だった。なぜかハンドガンの銃口を俺の方に向けていた。
 「失せろ」
 ソノマンはそれだけ言いやがった。最初は何を言っているのかわけが分からなかった。幸運にも生き残った兄弟同士なのに、どうして銃を向けられるのか……ソノマンは繰り返し言った。
 「お前ら、落ちこぼれのクズのクソ野郎のくせに、うまいこと生き延びやがって……さっさと失せやがれ!」
 ソノマンの眼は明らかに正気を失っていた。俺たちの方だって相当だったが、ソノマンは本当にボロボロの血まみれになっていた。でもソノマン自身は意外と軽傷だった。多分、兄弟の返り血だったんだろう。なぜ分かるかっていうと、後で丙武大佐代行の救援軍にちゃっかり合流していたのを見たからだ。新品の服に身を包んで、ピンピンしてたぜ。
 まあ、とにかく、ソノマンは俺たちのジープ、食糧、生きる希望、その他諸々をまとめてかっさらって行っちまった。
 本当にどうしたらいいか、全く分からなかったよ。他の格納庫も調べたが、全部出払っていた。あれが最後の一台だったんだ。
 とりあえず、俺たちはもう一度生存者を探しに行った。全然いなかったよ。全部瓦礫の中で押しつぶされているか、焼け死んでいた。そうやって生存者を探しているうちに、猛烈なにわか雨が襲ってきた。恐ろしく冷たくて、どす黒い雨が……俺たちは生存者探しを切り上げた。
 その日、惨めな69号と35号と、ジョニーと名づけた犬の3人は、とりあえず格納庫の中で一夜を明かすことにした。ここならまだ風や寒さをある程度防げたし、食糧もまだ少し残っていた。
 空の色がおかしかったのもあったが、精霊樹がぼんやりと光っていたのと、空に毒々しいオーロラが乱舞していたのもあって、今が本当に夜かどうかも分からなかった。夜だとしても、明日に朝が来るのかどうかも……
 その日、俺たちは身を寄せ合って何とか暖を取りながら眠った。こんな酷い災難の日に、眠れるかと思ったが、実際はすぐに寝ちまったよ……疲れ切っていた。
 その日、夢を見た。今日の大爆発と、塹壕の中の様子を、何度も……だが、最後に見た夢は少し違った。途中までは同じなんだが、俺とソノマンが逆の立場なんだ。
 俺は格納庫に行く途中で銃を見つける。死の雪の中に半ば埋もれていた。俺は銃にはそれほど興味はないんだが、いつもとは違って、夢の中の雪から拾い上げた銃はものすごく綺麗に見えた……俺に拾われて喜んでいるような……その銃だけ、夢の中でやたらとリアルだった。銃を抱えてそのまま格納庫に行くと、ソノマンの姿があった。俺はとっさに銃を向けた。夢の中のソノマンも、全く怯えることがなかった。
 「お前みたいな子猫も撃てねえボンクラに俺が撃てるもんかよ! 銃の撃ち方、忘れてるなら教えてやろうか、え? だいたい、弾が入っているか、確認したのかよ。確認は大事って何度も教えたよな!」
 「うるせえんだよ、このクソ野郎。何だったら試してみてもいいんだぜ」
 俺は現実ならとうてい言えないような、強気なことを言えるのにビックリした。だがそれでも引き金は重かった。ここでソノマンを撃てば、ジープも食糧も手に入る……そうすれば、家族の元に帰れる……家族という単語が出たときに、俺は殺すことを初めて決意した。
 軍人としては情けないことだが、この夢の中だけが、人を殺す覚悟を持てた瞬間だった。
 俺は銃口をしっかり向け直すと、ソノマンの眼を見た。人間の眼じゃなかった。獣の眼だった。引き金にかかる指に、力が入った。
 そのとき、後ろから音がした。ジョニーが吠えていた。ジョニーは怯えるでもなく、ソノマンに威嚇するでもなく、必死に俺に何か伝えようとしていた。そのときの俺は何だか分からなかった。でも後で気づいたよ。
 「そいつを撃つな!」
 そう言っていたんだ。でも、夢の中にいる時の俺には、まだ分からなかった。ソノマンの方をもう一度見た。もうソノマンは完全に人間でなくなっていた。禁術後に降った黒い雨をそのまま濃縮したような、黒い塊と化していた。その塊から触手のようなものが伸びていた。段々と俺に近づいてくる。
 俺はビビっちまっていた。
 ジョニーが吠える。
 「撃つな! 撃つな!」
 やつが近づいてくる……
 ジョニーがまた吠える。
 「撃つな! 撃つな!」
 俺はやけくそになって眼をギュッと閉じると、銃をそいつに向かって思いっきり投げつけた。