Neetel Inside ニートノベル
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 *
 伯爵の飛行隊は海岸近くに仮設した前線航空基地に着陸しようとしていた。
 そのすぐ横で、陸軍部隊がまさに集結しつつある敵に攻撃を掛けるため出発しようとしていた。飛行隊の戦闘飛行船が空中で斜面を下るように地面近くまで降下して行き無事に着陸、それを牽引して係留する為に空軍地上要員が駆け寄る。
 そして何隻かの飛行船が地上に降り立ったころ、近くに広がる森から轟音が響いた。一瞬真っ赤に輝く火の玉が舞い上がったかと思うと、真っ直ぐ基地の周辺に突っ込んで爆発する。爆風で陸軍兵が空中に吹っ飛ぶのが見えた。魔法による攻撃、恐らく火属性を付与された攻城弩だった。初弾の命中に続いて、続けざまに火の玉が舞い上がった。伯爵は全飛行隊に空中に退避するよう命じる。地上の空軍兵も轟音を立てて降り注ぐ火の矢から逃れようとてんでばらばらに走った。だが陸兵達は逃げようとしない。攻撃で乱れた隊列を立て直し、なおも前進する。
 伯爵はそれを見て旗旒信号で空中の飛行隊に攻撃開始、我に続けを指示し、森の中の発射地点に向かう。だが、そこに魔導防壁が展開される。すでに内陸から防壁魔導師が進出して来ているらしかった。
「防壁魔導を艦砲に瞬殺される水際に置かなくなっただけエルフ共も知恵を付けたな」
 伯爵はそう嘯くと、搭乗している飛行船に地上に対する最大火力が発揮できる体勢を取らせ、全火器の発射を命じる。飛行隊の各飛行船もそれに続くはずだった。急造の魔導防壁なら飛行船の速射砲でも破壊できる可能がある。途端に空中を弾丸の唸りと閃光が覆う。
 そしておよそ一分が経過…ほとんどの飛行船で火器が過熱と弾薬不足で沈黙する。
 目測でも空間波動検知器でも破壊の兆候なし…予想外に強力だ…伯爵は思わず顔をしかめる。すると森の中から再び火の玉が舞い上がる。高仰角で上空の飛行船を狙っているのは確かだった。
 伯爵は攻撃の失敗に怒りを覚えつつ飛行隊に反転退避を命じる。基地への帰り際、尚も前進する陸軍部隊の上空を通りかかる。伯爵は苛立たしげに紙に文書をしたためると、目印の布を付けた通信筒にそれを入れて投下した。地上の指揮官がそれを拾い上げて手紙を読む。それにはこう書かれているはずだった。
 敵は強力な魔導防壁を展開中!速射砲による航空攻撃は効果なし!攻撃を即刻中止し艦砲または爆撃による支援を待たれたし!
 ゴーグルを付けた伯爵の目の端で、地上の指揮官が鼻で笑って手紙を破り捨てるのが見えたように思えた。伯爵が振り返って再び地上を見ると、陸軍部隊は前進を再開していた。

 伯爵が帰還した時、敵の魔法のミサイルはなおも航空基地に降り注いでいた。甲皇国軍の攻撃でいくらか照準が乱れたらしく着弾はまばらになっていたが、飛行隊はその間をぬって着陸し、補給・整備を行わざるを得なかった。炎魔法の爆発で地面が抉られ、所々で草が燃え広がっている。
自らも荷車を押して爆弾の積み込みを手伝いつつ、伯爵は五月雨式に再出撃の準備を終えた飛行船を発進させた。
「畜生め」
再び戦場の上空を訪れた伯爵は思わず誰にともなく罵声を吐いた。
突撃した陸軍部隊は魔導防壁に前進を阻まれた所を弓矢の集中射撃を浴びていた。地面をまばらに甲皇国兵の死体とまだ息のある負傷者が覆い、その数は森に近づくほど多くなっていた。生き残った皇国兵も地面に穴を掘って矢を避け、さらに戦闘工兵が塹壕を掘り進めて魔導防壁の下を抜けようとするが、地下に隠れた味方兵に対して、敵ドワーフ族の兵達がツルハシに似たマトックや、トマホークなどの戦斧を構えて突撃して逆襲しようとしてくる。さらに、照準を調整したマジックミサイルがなおも皇国軍戦列に落下し始めていた。
逆襲して来る敵兵に対し、飛行隊の飛行船は速射砲の掃射を浴びせ、魔導防壁に対してはそれとともに舷側から重量にして数キロもある爆弾を手で投げ落として破壊を試みていたが、敵の反撃は止まらない。
伯爵はそれを見て、戦闘続行の旗を掲げながら、搭乗する飛行船を海に向けて回頭させて叫んだ。
「艦砲無しでは陸兵は全滅する!海軍の旗艦につける!」

旗艦上の艦隊司令部では物資の積み下ろし作業と、周辺海域の人魚族からの襲撃への対応に追われていた。
その上空を巨大な影が覆う。空軍の飛行船がマストの羽ばたき翼によって風や重力の影響を打ち消し、旗艦の上空に静止した。そしてそのゴンドラから縄梯子が下ろされ、一人の小柄な人影がそれを伝って降りてくる。
思いがけない来訪者に対して反射的に砲を向けていた砲手がその人影に気付き、報告する。
「ゼット伯爵接近!」
 驚異的な集中力を保つ艦隊司令部の要員達がちらと上空を見上げる。
「私が対処しましょう。」
 一人の参謀が提督に対して行っていた人魚族迎撃の予備案の説明を切り上げ、甲板に降り立った伯爵に近づく。
 それを見るなり伯爵が言った。
「参謀殿、今こそ海軍の力が必要な時ですぞ!」
 伯爵の空軍式敬礼に参謀が海軍式敬礼で答える。
「ペリソンと申します。ゼット伯爵。失礼ながら手短にお願いします。時間も海軍の力も無限ではありませぬので。」
「ペリソン参謀。攻撃に向かった陸軍部隊が魔導防壁に篭った敵に釘付けになっております。艦砲射撃が必要です。ここで地上の敵魔導防壁を破壊しなければ攻撃の頓挫、ひいては陸兵の全滅につながります。詳細な座標はここに…」
「攻撃?陸軍が本格的な攻撃に出るなどとは聞いておりません。威力偵察程度のものではないのですか?」
「そうだとしても、敵の猛反撃を受けようと、手で地面を掘ってでも進むよう指導されているようです。実際にそうしている所を上空から見ました。」
「伯爵…申し上げにくいのですが、現在の艦隊への命令に、先行した陸軍部隊に対する攻撃支援は含まれておりません。陸軍主力とその必要物資の揚陸が最優先です。主力を待たず独断で攻撃を強行して部隊が全滅するのは陸軍の指揮官の責任です。その部隊の指揮官には攻撃の中止を打診なさらなかったのですか?」
「私もとめようとはしたのですが…」
「そうでしょうとも、伯爵。おかしな言い方ですが、ことここに至っては、戦争は開戦当初のようなあなたの個人的な冒険ではないのです。臆病者にしろ、血気にはやる者にしろ、またあなたのような貴族でも、私のような平民でも…作戦全体の調和を乱す者は見捨てられてしかるべきです。従った兵達には気の毒ですが…」
 参謀が生来の真面目さと冷静さでそう言い終えた時、上空に炸裂音が連続して響いた。艦隊の対空砲火。
 艦隊から離れて空の監視を行う対空ピケット任務の艦隊からの手旗信号を読み上げる声が響く。
「空襲!」「アルフヘイム空軍兵!その数およそ50!向かってくる!」
 艦隊の直掩に当たっていた飛行船が向かうが、その数は少ない。大部分は人魚族の迎撃に向かい、また他の一部は伯爵の飛行隊と同様、海岸の仮設基地で補給と整備を受けている所だった。
 それに気付いた伯爵はこう言い捨てるや踵を返して縄梯子に飛びついた。
「ペリソン参謀。どうやら私は個人的な冒険をせずにはおれぬことになっているようです。」
「ゼット伯爵!」
伯爵はさっと縄梯子をよじ登ると、飛行船に水上の旗艦を離れさせ、プロペラを回して対空砲火の飛び交う方向へと直進する。
 参謀はふと飛行船から甲板上に縄梯子が下ろされていた箇所を見下ろす。
「なるほど。敵空軍と我が艦隊の間に身を挺すことで貸しを作ったつもりか。」
 そこには甲皇国陸軍部隊とアルフヘイムの地上魔導防壁の座標が書かれた地図が落ちていた。
 ペリソン参謀はそれを拾い上げて一瞥すると、提督の所へ赴き、頭の中で陸上への長射程の艦砲射撃が実施できる状態の戦列艦を見繕いながらこう進言した。
「提督。バカ共の個人的な冒険に報いてやる必要があります。無論この空襲を乗り切った後の事ですが。」




       

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