Neetel Inside ニートノベル
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なんとか動いた原付に乗って家に帰ると、俺はベッドに倒れ込んだ。
「女になってしまった。一瞬で」
 もう何も認めたくない。世界は滅びろ、人類は死ね。
(もともと可愛らしい外見してたんですから大丈夫ですよ。それに見た目、胸以外はあんまり変わってないですよ)
「黙れ」
 何も考えたくはなかった。ちなみに微乳すぎて、胸も大して見た目変わらない。くそが。
(そんなに大切だったんですか。あそこ)
当たり前だ。女にわかるか。俺も今では女だがな!
パンツの中に手を入れて確かめてみる。やはり股間に穴が一つ増えている。これはもうあそこが取れたどころの話ではない。俺は完全に女になったのだ。
頭の中で響く声の主、和泉ありすは今の状況に全く動じていないようだ。命を助けたのだから後はどうでもいいといったところだろうか。
(私、幽霊になってから誰かと話すの初めてなんです。ちょっと感動しちゃいました)
 しばらく、本気で泣いていた俺はとりあえず、自分の体が汚れていることに気付いた。考えてみれば当たり前だ。事故ったのだから。俺は風呂に入って寝ることにした。ありすとか言う幽霊の相手をするのも嫌だし、寝たら案外治るかもしれない。
(いやあ、猫にとりついて遊んでいたら、バイクにひかれそうになって、また死んだのかと思いましたよ。あはは)
 もはや、憎しみが沸くレベルである。全てこいつのせいだ。俺は自分の過失を棚に上げることにする。
湯を沸かすのは勿体無いので、シャワーだけで済まそう。そして服を脱ごうとして。
そういえば、俺女だ。鏡に映る自分の姿はありすとかいう奴の言う通り、大して変わりはないような気はした。しかし、明らかに俺は女になっていて、そして一応だが胸があった。
少し、胸を見ることにためらいがあったが、俺のものだ。気にすることもないだろう。俺がするりと男もののシャツを脱ぐと、頭の中で絶叫が聞こえた。
(ああ! この胸私のです! ほくろの位置と形が一緒です! 可愛いハート型です! 見ないでください! 見ないでください!)
「うるさい! 今は俺のだろう」
(いやあああああ!)
こいつ、頭がおかしいんじゃないだろうか。あんまりうるさいので、さすがに鏡でほくろの形が本当にハート型なのかは、観察するのは止めにして、さっさと服を脱いで浴室に入った。
(見られてしまった……もうお嫁に行けない)
「幽霊になっても結婚する気があるのか」
(そういう無神経なことよく言えますね)
「お前に言われたくねえよ」
身体を洗っていてはっきりとしたが、この身体は元の俺の肉体とこの女の肉体を混ぜ合わせたような構造になっているようだ。つまり、女性特有のものはありすとかいう女の生前の肉体をトレースしている。逆に言うとそれ以外は、俺のものがベースだ。顔とかな。
しかし、顔が前のままでもしっかり女に見えるあたり、残念というか幸いというか。
(いやああああああ! そんなところ洗わないでください、この変態!)
「うるさい! 今は俺の身体なんだ! 黙って見てろ!」
(ううううう……)
 しくしくと泣くありすを尻目にしっかりと身体を洗うと、浴室を出てバスタオルで身体を拭いた。ついでに裸で歯も磨く。これは前からの俺の癖だ。
(この変態。変態。変態。変態!)
「うるさい! 殺すぞ!」
(もう死んでます!)
俺はボクサーパンツを履くと、ジャージを着てベッドに潜り込んだ。本気で意味の解らない一日だった。寝て醒めたら、もしかしたら俺の身体は元に戻っているかもしれない。
「俺は今から寝る。話しかけるなよ」
(えええ。もっと話しましょうよ。あなたの名前はなんていうんですか)
そういえばこいつに名前を教えてなかった。
「……中野桐緒だ」
(中野君かあ。中野君は学生です?)
「大学生」
 こんなことを聞いてくるということは、もしかしなくても、俺の思考を読めるわけではないようだ。つまり、俺の発した言葉でしかコミュニケーションが取れない。
(わたし、高校生だった・・・・・・はずです。あんまり生きてた時の記憶ないんですけどね)
「何も覚えていないのか」
(名前と年齢くらいです。十七歳でした。ところで何で一人暮らしなんです? ご両親は?)
「海外旅行中。この一年は一人暮らしだ」
(へえ。偉いですね)
「別に、偉くはないよ」
(中野君には好きな人はいないんですか?)
「いないよ」
(そっか。じゃあ、女の子になってもまだセーフですね)
「黙れ」




朝、俺は窓から差し込む朝日に目を覚ました。外から鳥の鳴き声がちゅんちゅんと聞こえて、爽やかな朝を演出してくれている。
「う……ううん」
無意識に出た声は、いつも通り低かった。あれ、治っている? 男に戻ったのか? 俺は手を股間にあてて、確かめようとして――俺には実体がなく、横に俺の肉体が寝ている事に気付いた。どうなっているんだ・・・・・・?
「うーん」
俺の意思とは別に俺の身体が伸びをした。
(おい! ありす! おい! お前なのか!)
 俺は不安に駆られて、昨日頭の中で騒いでいた女を呼んだ。
「ん、何? ここにいますよ」
やはり今俺の身体を動かしているのは、ありすだった。
(お前! 俺の身体を乗っ取ったのか!)
「ええ!? そんなことしてないですよ!」
 ええい。黙れこの悪霊め! 
「ってあれ? 私に身体がある?」
ありすは手を股間に当てた。
「でも、あれがついてる……ってことは、私。男になったの? あ、変なもの触っちゃった。ばっちい」
(お前……そんな事言ってる場合か……)
「確かに。うーん、どうしようかな。まあ、また元に戻れますよ! そんな気がします」
 物凄いむかつくが、そういうことにしておくことにする。というか、思わないと不安過ぎて身体が持たない。
「私がこの体使っていると、幽体の中野君は見えないんですね」
 ちなみに俺はありすから半径二mほどまでしか移動できなかった。首輪を付けられている気分だ。
(とりあえず、着替えて俺の代わりに学校に行ってくれ……)
「はーい」
ありすはもぞもぞとジャージを脱ぐとパンツ一枚になって、トイレに入って、叫んだ。
「ぎゃあああああああああああああああああああああ」
(いいよ! もう! その反応解ってたから! 俺のもの見て一々反応するんじゃねえ!)
「まだ、寝ぼけていました……まあ、慣れれば可愛いもんだって、誰かが言ってたし。大丈夫」
(いいからさっさとしろ! 観察するな!)
この痴女が!
しかし、どうやったら再び俺に身体の所有権が戻ってくるのかが解らない。こいつが眠れば再び俺に移るのか。しかし、とりあえずの問題は時間が迫っている学校だった。単位がやばいのだ。今日はバンドの練習もあるし。
「……触ってたら気持ち良くなってきました」
(さっさと手を離して学校に行け。……この変態)
「変態!? 違うもん! 少し触っただけです!」
(いいからさっさと、学校に行け!)
「わかりましたよ!」
 家の中のどこに何があるか解らないありすに逐一指示を飛ばしながら、俺は、これから先の不安に胸が押しつぶされそうになるのだった。




 以上がこれまでの経緯である。要はあの事故の所為でこんなことになったわけだ。俺は今自分が置かれている状況を思い出して、むかつきのあまり発狂しそうになった。――電車で痴漢にあっているのだ。この俺の体が……!




「――ゃん……!」
(いい加減にしろよ……! この痴女! 反抗しろ!)
 俺はこの事態に対してどうすればいいのか解らず手のうちようがなかった。どうして。どうして、男の身体の状態で痴漢にあうのだ。
 ジーパン越しに、尻を触られて、ありすは身体をよじらせた。そして、指が少しずつ前に伸びていき、本来女ならあるはずの穴を探し始め――。
 その瞬間痴漢親父の手が何者かによって弾かれた。
「……え?」
(誰だ!?)
ありすが少し視線を後ろに回すと、親父はいかにも何も無かったと言わんばかりに、身体の向きを逆にした。親父とありすとの間には一人の女性が割り込んでいた。どうやらこの女性が助けてくれたようだ。
女性はゴシックロリータと呼ばれる衣装を着ていた。コスプレか何かだろうか。
「大丈夫だった? 中野が可愛いから男なのに痴漢されるんだよっ」
女は俺の名前を呼んだ。しかし、俺にはこの女の記憶がない。高校生というか、中学生と言っても通用するような顔をしているが、世間一般で言うと美少女だ。こんな知り合いがいたらそうそう忘れるもんでもないと思うが。その時案の定ありすが小声で尋ねてきた。
「……ねえねえ。知り合い?」
(いいや、会ったことない)
「忘れているとかじゃなくて?」
(しつこい! こんな女、俺は知らん!)
その時、女は怪訝な顔でこちらを覗いていた。
「どうしたの、ぶつぶつ言って」
「え、あの僕、あなたと会ったことありましたっけ。申し訳ないんだけど、君の事覚えてないみたいで」
「うん、私、別にあなたと会ったことないよ! でも、中野君は少し有名人だし。スカーミッシャーのナカノってね」
「え。あはは。そうだったんですか。いや、まあ、それほどでも、あはは」
 そして、小声で続けてきた。
「そうだったの!? 中野君!」
(ああ、まあ、最近俺らのバンド人気出てきたとこだな。今のところインストしかやってないけど)
「淫スト? 何ですか。そのいやらしそうな名前」
(黙れ! この変態女! インストってのはインストルメンタルの略! 器楽曲つって、ボーカルなしの曲をやってるんだよ!)
「ああ、なるほど、納得しました」
 つくづく馬鹿な奴。
「私の名前は二階堂理美っていうの。スカルナイトっていうビジュアルバンドでボーカルをやってる。まだ、できたばっかりのバンドだけどね。今度、中野君の大学の学園祭ライブに出るつもり。スカーミッシャーも出るんでしょう? あのライブの後には人気投票もあるし負けないよ!」
 ありすが小声で尋ねてくる。
「どうなの!? 中野君!」
(出る予定だったよ! こんな身体になる前はな!)
 これからスカミはどうなるのだろう。俺はいつ身体の支配権を得られるか解らないし。正人と杏子に迷惑をかけてしまう。俺はこの時、出演を辞退しようかとも考えた。
 その時ありすが勢い良く言った。
「出ます! 当然!」
 おい! 勝手に何を言っている!
「理美ちゃんには負けないよ」
 ありすは理美の目をじっとみつめていた。
「いきなり下の名前でちゃん付けかぁ。うん、まあ悪くないね!」
 理美は顔を赤くしながらぷいと顔を逸らした。
「あたし、ここで降りるね」
いつの間にか、長い二十分が終わったようだ。電車は徐々にスピードを落としていくと、停止し、客を吐き出した。
「じゃね。中野君。会場で! 今日はなかなかいいものとらせてもらったよ!」
 とらせてもらった? 何をだ? といぶかしんでいる内に、二階堂は電車から出て行った。
「ねえねえ、中野君! 私をそのライブに出させてください! 今思い出せたんだけど、ライブで歌を歌うのが夢だったんです。。それが叶ったら、成仏できる気がします」
 面倒くさいが良くある条件だなと、俺は顔をしかめた。まあそれくらいで元に戻れるなら安いものか。とりあえず、状況打開のための目標ができたのは救いだった。
(それができたら、俺の中から出て行くんだな?)
「多分! そんな気がします」
そして、因みに俺の身体を弄っていた親父も、そそくさと人ごみの中に消えていた。
(それにしても、男だったって、後ろから聞こえてただろうな! 女じゃなくて、残念だったな! くそじじい!)
「多分残念だとは思ってないような……」
(なんか言ったか変態女!)
「いえいえ! 何も!」
 そして地下鉄に乗って俺たちは大学へと向かうのだった。

       

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