Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

うちの大学は結構歴史のある私立大学で、開放的な校風が特徴的な良いところだ。俺は経済学部に所属しているが、経済学部の建物は比較的新しく、綺麗で、過ごしやすい。
ありすは初めて受ける大学の授業に大興奮で意味は解らずとも、しっかりノートを取っていた。
(わかんねえくせに)
「な! 失礼な! 確かに解らないことも多いですけど、案外解る内容も多いですよ! というか、想像以上の易しさにちょっと驚いてます」
(まあな、特にうちは経済学部だからな。高校の公民と大差はない)
「言われてみればそうですね」
今日は二時間目からのスタートで五時間目までの流れだった。
そして、とうとうここにきて、俺の身体の支配権を取り戻す方法が判明する事件が起きた。
ありすは昼休みに学食を堪能した後、三時間目を受け始めていた。暖かな五月の日差しが教室に差し込み、少し室温が高い。これは俺なら寝てしまうな、とか考えていると、ありすがうつらうつらと体を揺らし始めた。
(おい! 寝るなよ!)
「ごめんなさい……私もう眠くて」
(な! 馬鹿! 起きろ!)
 ゴツンという音と共に、ありすは机にデコをつけて眠り始めた。
 俺はなんとなくだが、こいつが眠れば再び俺に支配権が回ってくるんじゃないかと思っていた。しかし、いつまで待っても、何も変わりは無かった。しかも、俺は眠れない。覚醒した意識の中、俺はつまらない授業をBGMにこれからの事を考えた。
 ああ。こんな身体になってしまって、どうしたものか。元に戻れる方法は今のところはっきりしている。バンドでありすを出して歌うことが出来れば成仏できるとありすは言っていた。しかし、歌うのはいいとしても、ドラムも同時に演奏してもらう必要がある。
 さしあたっての問題は、スカミのメンバーにこの事をどう打ち明けるか、という事と、この馬鹿にどうやって、いまからドラムを教え込むかということだった。歌を歌うにしたって、うちのバンドではドラムが俺なので、両方する必要があった。
 さすがに家にはドラムは無いので、スタジオに行かせて教えるか――そんな事を考えていると、突然ありすの様子がおかしくなった。
「……だ、だめだよ……」
 息が荒くなって、何かおかしな事を呟いている。
(ま、まさかお前! こんなところで……!)
「……だめです……もう……」
そしていきなり、ありすはぱちりと目を開いた。
「――――あっ」
その瞬間俺の意識はぐるりと回転するようにありすの肉体へと引き込まれていったのだった。




「……くそったれ! なんてことをしてくれたんだ」
 股間が濡れている。俺は少し悩んでから女子トイレに駆け込むと個室に入ってパンツを脱いで股間を拭いた。
 無事に、支配権を取り戻す事には成功したようだ。しかし、いきなり身体が女になったせいで、胸周りとか色々問題が出てきてしまった。男ものの薄いシャツを着ていたのだ。いくら小さくても何かと目立つ。ジーンズの方はまあ、いいとしてもこれでは外を歩けたもんではない。まるで痴女だ。
(・・・・・・うう……うあああう……ごめんなさい)
ありすは本気で号泣していた。
「まあ、いい! 眠っていたんだから仕方が無いと言えば仕方が無い」
 まさか、射精がチェンジの鍵とは……。それで、どうせ俺が再び眠ればこいつに支配権が移るのだろう。
(うあああああ! あんなに汚らわしい事してしまうなんて! あたしもう自分が汚れてしまった気がして生きるのが辛いです)
「安心しろ。お前はもう死んでいる」
(いやあああ)
 まあ、あの快感は背徳感満点だからな。気持ちは解らんでもない。
 しくしくと泣いているありすを尻目に、どうするか考える事にする。
 とりあえず、パンツが欲しい。あんまりにもスースーする上にごつごつとしたジーパンが気持ち悪い。とりあえず、トイレから出るか。
「そろそろ泣き止め。うざい」
(うう……そんなこと言ったって)
 最後に股間をウォシュレットで洗ってペーパーで拭くと、ジーパンを履いて、個室を出た。
 すると横から声がした。
「な! 桐緒!?」
 声がした方を見るとそこには、ベースを背負った紅杏子がいた。
(ねえねえ、中野君この人だれ?)
 予想外の展開に俺は眩暈がしそうだった。




「はい、これ。パンツと、大きめのシャツ。ぷぷっ」
「なんだよ! 笑うな! くそが! 他人事だと思いやがって」
「声もしっかり高くなってるのが尚更おもしろいわ。まあ、元々高い方だったけどね」
「はいはい!」
 受け取りながらさっさと履く。
 ここは大学近くのカラオケの個室。
 結局変質者を見る目でこちらを睨む杏子に、俺は全て白状した。まあ、いずれバンドをやる以上、説明しなければいけなかったことだろう。結局杏子にコンビニでパンツとシャツを買ってきてもらった。
「それにしても、その。とってもファンタジーな事になってるのに、チェンジの方法が些か下品ね」
「全くだ」
夢も希望もない。
「それで? 次の授業が終ったらバンド練習だけど。来る?」
「当然行くに決まってるだろ。学園祭のライブが近いんだ。こんなことに構ってられるか」
「ふむふむ。今の話の流れだと、あんたがボーカルをやってくれるわけね。まともなバンドっぽくなってきたじゃない」
「実際にやるのは俺じゃなくてありすになるわけだがな」
(ええ! そうなんですか!?)
 ありすが素っ頓狂な声を上げる。当たり前だ! お前が歌わなきゃ意味ねえだろうが。しかし、杏子はからかうように俺の考えを打ち消した。
「バーカ、桐緒。あんたも出るのよ。あんたが出ないと面白くないわ」
「はあ? ありすが歌わないと成仏できねえだろうが」
「馬鹿ねえ。なんであたしたちがそんな慈善活動しなくちゃいけないのよ。あんた達が両方出れば、一人で女性の曲と、男性の曲両方カバーできるのよ。そこを見込んでるんだから、期待を裏切らないでよ」
 この狐め・・・・・・!
「どうやって、途中でチェンジする気だ! 明らかに無理だろう!」
すると杏子はイタズラな笑みを浮かべて、俺に顔を近づけて来て囁くように言った。
「私が――あげようか?」
しかし、うわああああああああああああああああ! それはだめですうううう! というありすの絶叫に阻めれて、その答えは聞こえなかった。
「いま、なんて――」
 その時、ギターの正人がやって来た。杏子が呼んだのだ。
 正人は俺の顔をみて、開口一番言った。
「桐緒! 女になったんだって? 俺の嫁になるか」
「黙れ! 便所に頭突っ込んで死ね!」
「ヒャッハー! 本当に女の声だ! おい、胸あるなら触らせてくれよ!」
(いやああああ! 誰ですかこの変態男! だめです触らせたら!)
ありすが恐ろしく怯えた声で叫んでいる。もともと触らせるつもりはないから安心しろ、馬鹿。杏子が電話で事情を説明したようだが、それにしてもこの飲み込みの速さはなんだ・・・・・・!? 馬鹿なのだろうか。この木下正人は、ちゃらちゃらした格好と言動が無ければ、良いギタリストなのだが。俺と同じ学部で知り合った、友達で、オンラインゲームの仲間である。
「正人いいから少し黙って。はい、桐緒! マイク。せっかくカラオケにいるんだし、歌ってよ」
 俺は渋々マイクを受け取った。苦手なのだ。歌は。
(わあ。中野君、何歌うんですか? 楽しみです!)
「本当に歌うのか。俺が下手糞なのは知っているだろう。聴いてもいいことは何もないぞ」
「いいから歌いなさいよ」
「おっぱい!」
「うるせえ、だまれ正人、お前のあそこも消してやろうか!」
「ごめんなさい」
 正人はあそこを抑えて謝った。
 一息つくと、最近流行の曲を入れて歌った。
 音がはずれまくりで、高いところでは声が擦れた。
 ボックス全体に残念なオーラが漂って、俺は泣きたくなってきた。
(中野君・・・・・・下手糞すぎです)
 うるさい! ほっとけ!
だから俺は歌いたくなかったんだ!

       

表紙
Tweet

Neetsha