Neetel Inside 文芸新都
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STARLESS
Fallen Angel

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アパートまでの道はよく通るのですぐに着いた。途中、誰かの視線を感じたような気がしたが、おれの心が落ち着かないせいだろうと思って、すぐに忘れた。



ゆっくり階段を上り、二人が住んでいる部屋の前に立つ。ふと思い出す、そういえば、秋田が来てからこの部屋に入ったことはなかったな。・・・二人が付き合うようになってすぐに、秋田が由美の部屋に転がり込んできた。それまではおれもちょくちょくこの部屋に邪魔したことがあったが(もちろん、力仕事を手伝ったり、相談に乗ったりしただけだ)、二人が同棲を始めた後はこの部屋には訪れていない。とめどない想念が頭をよぎる。・・・おれは気を取り直して、インターフォンを押した。



しばらくして、足音が近づいてきた。扉の前で止まる。

「どちらさま・・・ですか?」

聞き知った声がした。どこか心細さをにじませている。

「おれだよ」
「宮部くん?・・・和樹(秋田の名前だ)も一緒?」
「いや、おれ一人だ。・・・秋田から話は聞いたよ」
「そう・・・宮部くん、和樹から頼まれたんでしょ?」
「ああ・・・半分、な。心配なのもあるしさ。・・・もう開けてくれないか? あと、名前でいいだろ、かしこまった仲じゃないし」
「あ・・・ごめんね、透。ちょっとおかしかったね。今、開けるね・・・」



部屋の空気は暖かくて、寒い中歩いてきたおれは少しほっとした。しかし、その部屋の様子は、以前とくらべて随分と様変わりしていた。たしか、ぬいぐるみや香水を集めるのが由美は好きだったはずだが、そんなものはもうなくて、よくわからない宗教的な祭具のようなものが飾ってあったり、本、これも何についての本なのかおれにはわからない類の書物が部屋の隅に積んであったりする。そのせいで、なんだか窮屈な印象になったものだ。それと、これは秋田の影響だろう、ギターがケースに入った状態で何種類か置かれていた。

暖かいと感じた空気も、なんだか生暖かく感じられてきた。見ると、机の上には赤いろうそくが立っている。

「それ? 魔除けのためのキャンドルだよ。よく効くらしいの」

おれの視線を読んで由美が言う。

「へえ。・・・秋田の趣味?」
「・・・違うよ。わたしが置いたの」

由美は静かにつぶやいた。なにかその様子に違和感を感じた。それ以上つっこむのはよした。



由美が茶を持ってきた。赤いキャンドルを中心に二人で向かい合って座る。

「ずいぶん変わったでしょ。驚いた?」
「何が?」
「いろいろと」
「べつに。・・・わからないな」
「・・・そうだよね。透ならそう言うと思った」
「・・・調子はどうだ?」
「・・・仕事やめたの。知ってるでしょ?」
「いや、知らなかった。・・・しばらく会ってないし」
「そう・・・今は和樹が頑張って働いてくれてる。ゆっくり休めって・・・言ってくれるんだけど・・・本当はもっと一緒にいてほしい・・・透は何してるの?」
「おれは楽器屋で働いてる。・・・相変わらず、ベースもやってるよ」
「そっか。透は好きだもんね、音楽が。和樹もたまにギターをいじってるよ。でも弾いてる曲みんなわたしにはよくわからない。たしかプログ・・・?」
「プログレッシブ・ロックだな。そうか、秋田もまだやってるのか。・・・まあ、あんまり由美には合わないかもな。おれたちの趣味は」
「そうだね・・・でも、あの学園祭のライブ、かっこよかったよ。特に最後の曲・・・」
「ああ、あれか。なつかしいな・・・あのときは確か・・・『STARLESS』を最後にやったんだっけ。キング・クリムゾンのな。でも、終盤で誰かが間違えて、空中分解したんだよな・・・いや、今となっては笑い話だけど、あの頃は結構落ち込んだんだぜ」
「そうだったね・・・バンドのみんな、すごく落ち込んでた・・・だけど、それでもかっこいいと思ったよ? ああいう終わり方の曲なのかなって」
「そうそう、最後は、やけくそで、バンドが滅茶苦茶に演奏したんだよな。『21世紀の精神異常者』の終わりみたいに。まあ、応急処置としては、悪くなかったかな」

由美が小さく笑った。

「どうした?」
「だって、音楽の話をしてるときの透、すごく楽しそうなんだもん。そんなに楽しそうな顔、見たことなかったから」
「懐かしかったから、つい、な・・・また一緒にやってみたいよ。リベンジだ」
「そうだね。できるといいね・・・」

由美はなぜか寂しそうに言う。

「ところで・・・本題だけど」

おれは息を深く吸い込んでから、言った。

「秋田と何があったんだ?」



部屋に沈黙が訪れた。



       

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