Neetel Inside ニートノベル
表紙

ミシュガルド冒険譚・カレー味
黒騎士

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 町に着いたら、ルーラは宿屋の前に飛竜のクスちゃんを繋ぎとめて、部屋にあがって行った。届ける荷物は小さい箱に入っているものだけ。中身は壊れやすいので、慎重に扱わなければならない。この荷物がきちんと届くかどうかで、このエルカイダ組織の将来は決まると言っていい。
 ようやく目的の部屋の前まで来ると、ルーラはドアをノックした。
 ドアを開けると、そこにいるのは漆黒の鎧をまとった騎士だった。
 別にこんな町中でそんな目立つ鎧着んでも……と思ったが、それ以上に異様な光景は、その黒騎士が熱心にDSをやっていたことだろうか。
 何も鎧着たままゲームせんでもええやん……そうは思ったが、これにはわけがあった。
 この黒騎士は先の亜骨大戦中、『深淵より招来されし黒き雷を纏った閃光の騎士』という、ちょっと光り過ぎな感じのキラキラネームを自称していたのだが、長すぎて誰もそんな名前で呼べないので、単純に『黒騎士』とあだ名されることになった。しかし、裏ではみんな『ダークピカチュウ』と呼んでいた。それは、黒騎士が大のポケモン好きだからで、その中に出てくるピカチュウがこれまた大好きで嫁ポケ(嫁のポケモンの略)にしていたからだ。
 当然、そんなボウフラ野郎が本来戦争で活躍できるわけがないのだが、アルフヘイムは剣と魔法のファンタジーが基本なので、伝説の武器とか防具とかが存在する。しかもそれを装備できるのが、この黒騎士の血統だけという、ファイアーエムブレム聖戦の系譜もビックリな超絶血統社会だから大変だった。素のステータスは遥かに高い凡人より、伝説の装備をつけたボウフラの方が強いのだから、他の真面目なエルフとか亜人はまともに努力する気を失くして、これがアルフヘイム軍全体の士気低下につながったりもした。
 ファイアーエムブレムで例えるなら、紋章の謎のアストリアやジョルジュが専用武器でメチャクチャ強くなったら、オグマとかゴードン君はどうしたらいいの、というわけである。いくら精神の強靭なエムブレマーでも育成する気を失うというものだ。聖戦の系譜のシャナンでも数々のエムブレマーからは「本体はバルムンク」などと揶揄されているのに、この黒騎士自体の強さはジョルジュより下かもしれないのだ。裏ではそのことを揶揄して「大陸一(笑)」と言われたりもしていた。
 本人は「血統も実力のうち」などとのたまっていたが、実際は装備の強さがなければ何もできないことは知っていた。だからこうしてゲームをするときも、片時も離さずに鎧と剣を身につけているのというわけだ。
「お、頼んでたやつ、終わったって?」
 黒騎士が言った。
「ええ、なんか徹夜してようやく終わったとか言うてました」
「はぁ~、ゆとりだなぁ。ポケモンマスターの道に近道はないよ。どれだけの夜を嫁ポケと一緒に過ごせるか……ただそれだけなんだ……」
 うわ、さむっ! とルーラは思ってちょっと鳥肌が立ったが、なるべく気づかれないようにしながら、箱を渡した。
「今の名言だなぁ、またアナサス君に会ったら伝えといてね」
 ていうかそれくらい自分で言えや……とルーラは強く強く思った。
「さてさて、成果は……うおっ!!」
 なんだか見ていて悲しくなってきた。だって大の大人が本来自分のやるべき任務をまだ子供と言っていいアナサスに任せて、こうして安全地帯でポケモンにいそしんでいるのだから……しかも、これがエルカイダの精神的指導者なのだから、先が思いやられた。
 実は実質的指導者になるとか黒騎士が言い出した時、みんな必死で止めようとしたのだが、いい理由が思いつかなかった。そこでシャム爺がなんとか頑張って「精神的指導者とかどうじゃ? 裏の黒幕の方が、黒騎士っぽいじゃろ?」みたいなことを言ってくれたので、周囲のみんなは「よし、ナイス、ボケジジイ! たまにはいいこと言うじゃん!」と思ったに違いないし、ルーラもそう思っていた。そして周囲のススメもあって、黒騎士は精神的指導者に落ち着き、そのおかげで余計な横やりを気にせずに、エルカイダは今まで着々と様々な任務(テロ)を成功させてきたのだった。
「え、全ステマックス個体値一匹いるじゃん……! さすがアナサス君、引きがいいねえ! さらに5Sが5匹に4Sが17匹か……上々の成果だよ!! 今回の個体値選別任務は大成功だね!」
 まあ、何の話かルーラにはよく分からなかったが、こうして機嫌がよくなったからいいことなんだろう。
「さぁて、これから忙しくなるな……嫁ポケのガチパ(ガチパーティーの略)作るために育成しないと……」
 そういうと、黒騎士はもう一台DSを取り出し器用に操作して、嫁たちを自分のDSに転送した。
「あ、そうだ、せっかくだし俺の育てた二軍ポケモンのドーピング作業も頼もっと」
 ドーピング作業がどういうものかルーラは知らなかったが、どうせ徹夜するかなんかしてひたすらリセットを繰り返す作業なのであろうことは、何となく分かった。
「じゃ、またこれ、会ったらよろしく☆」
 と言って黒騎士はDSを渡した。
 うるせえよ、なにが「☆」やねん……とルーラは思ったが、正直こういう役割なので仕方なかった。他のエルカイダ構成員も我慢してるんやし、ウチも我慢せんと……なんとか報復する手段とかないかなぁ、そういえば、鎧の隙間からマヨネーズ注入するっていう作戦はどうやろうか、と考えて鎧をまじまじと眺めたが、そんな隙間なんてどこにもなさそうだった。う~ん、醤油くらいしか通らんかな……と思ったけど、醤油ごときでは到底この荒んだ心を癒せそうになかった。工業用排水とかどうやろ、と思ったが、あまり汚いものを持ってくるのも嫌やな……とか考えているうちに、部屋から出て、宿屋からも出ていた。後はいつも通り、表の仕事の運送業を終わらせるだけだった。
 空を見上げると、空はそんなちっぽけな人間の悩みなど知らないかのように真っ青だった。
 「さて、はよ仕事終わらせて、あの子らのところに向かわんと……」
 クスちゃんがそれに答えるように「ぎょえぇぇ~~~!」と雄叫びをあげた。
 「そうかそうか、お前もあの子らに会いたいんやな……よしよし」
 と頭をなでてやると、またしてもクスちゃんはブリブリとそれに答えた。
 「うわっ、お前本当に今日は何やねん! いきなりそんなウンチばっかしやがって! さっきしたやろが!」
 そうは言っても、生理現象だから仕方ない。クスちゃんの目は、何やら少し悲しそうにそれを訴えかけていた。
 「まぁええわ、早く仕事終わらしてくるから、大人しくまっとくんやで?」
 配達する荷物をまとめていると、ふとあのナノコのことが思い出された。そういえば、あの子、お腹の調子悪そうやったけど、大丈夫なんかな……? 野グソとかできそうになさそうな子やけど、あのままやったら……
 自分でもなぜ、そんなことが気になるのか分からない。しかし、この時は無性に気になってしまった。自分がちょっと気分を抑えていけば、あの子は今頃この宿屋のトイレでスッキリできたはず。それを自分の復讐心が拒んだのだ。そのせいで、あの子は慣れない野グソを強いられようとしている……
 急に罪悪感が芽生えてきたルーラは、荷物をまたしまうと、そのままクスちゃんにまたがった。
 自分が落としていった、本当の荷物。これを回収せねばならない。
 二人の運送屋は、青い空高く飛び立った。

       

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