Neetel Inside ニートノベル
表紙

ミシュガルド冒険譚・カレー味
一里グソ

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「はぁ~~、あったけぇ……」
 姉のラリったような目に移る青白い炎。それはウンチが放つ炎だった。
「お前もこっちに来て、早く温まろうぜ!」
「嫌だよ、そんなの……」
 発端は、ニニがウンチの話をしていたときだった。確か、遊牧民かなんかが、乾燥させたウンチを家の壁にしたり、燃料にしたりしている、という話をしていた。
「じゃあ、もしまたウンチ見つけたら燃やしてみようぜ!」
 と姉は嬉しそうに言ったが、
「まあ、乾燥してないウンチに火が着くとは思えないですけどねぇ」
 ともっともなことをニニは答えた。しかしさにあらず、実際に火を点けてみると、ウンチは予想に反して煌々と燃え盛った。
「この青白い炎……多分ドラゴンのウンチでしょうね」
 今や一行のウンチ奉行と化したリオバンが、教えてくれた。
 ナノコはそんなウンチの話なんて心底どうでもよかった。そんなことより、この森から出して欲しい。
「え、じゃあ、これが伝説の“ドラゴンズ・ウンチ”だったのか……?!」
「いや、伝説のドラゴンがここにいるとは、到底思えませんね」とリオバンが応えた。「おそらく、何か飛竜とかのウンチなんじゃないですかね?」
「そういや、さっきのルーラ・ルイーズとかいう奴の乗ってた飛竜……きっとあれだ! てことはさ、このウンチをたどっていけば、本当に町にたどり着けるってことじゃん!」
 あ~、なるほど、そういうことか。姉にしてはいいところに気づくじゃん。
 二人は、珍しい燃え盛るウンチを前に、ウンチの話題を爆裂させていた(これ、火力発電で使えるんじゃね? とか、車の燃料になるかもしれないとか)。あと、ルーラに対する罵詈雑言(なんかダサイ方言話すクソ眼鏡で、後で会ったら眼鏡にウンチを擦り付けて火をつけよう、ついでに家にも放火してやるとかなんとか)も。
しかし、ナノコにはそれより大事なことがあった。
「あの、もうウンチが燃えるのはいいから、早く町に行こうよ……」
 リオバンの回復魔法も、永遠ではない。すでにナノコの腹の中の悪魔は、蠢動し始めているのだから……
「ええ~~~、だって、燃えるウンチだぜ?!」
「だからもう十分見たよね?」
「せめて燃え尽きるまで見届けようぜ!」
「その前に私のダムが決壊しそうだよ……」
「だったら、全部出しちゃえばいいじゃん!」
 もう姉とこれ以上話しても仕方なかった。
「じゃあ、お姉ちゃんはそこでウンチが燃え尽きるまで、好きなだけ眺めているといいよ。私は先に町に行って待ってるから。さ、行きましょ、リオバンさん」
 と話を振ってみたものの、リオバンは「え…ええ……」とかなんとも頼りない返事しかしないばかりか、何となくそこを動きたくないようだった。
 何だよこいつら……そんなにウンチが好きなのか……ナノコは心底あきれ返った。ナキシはまだいい。精神的に小学生だから。
 大人のはずのリオバンまでどうしてなんだよ! そんなにウンチが大切か! 普段は温厚なナノコも、さすがにこの時ばかりは思わず声に出そうになった。なったけど、相手は刃物を持っていたり、悪魔を使役したりしているキチガイなので、あまり強く言えない。
「いやいや、そんなにまでウンチ見たいの?!」くらいでとどめておいた。
「だって、これはかなり珍しいですよ。しかも、こうやって燃えるウンチの灰は、万病を治す薬になると言われているのです」
「やはり、ウンチは神だ……」ナキシがウンチの放つ青い炎に手をかざしながら、恍惚とした表情で言った。
「そんな汚いもので病気が治るように思えないけど……」
「もちろん、ただのウンチでは無理ですよ。そのためには、特別なエサを与えて出た、特別なウンチを、長時間かけて燃やすのです。すると残った灰には、炎によって細菌や余分な毒物が分解され、薬効のある成分だけが残る、という寸法ですよ」
 ナノコはぞっとした。いくらなんでも、それはあんまりだろう……天が落ちて来そうな、そんな今までの常識を覆すような出来事に、ただただ呆然とするしかなかった。ミシュガルドに来てから、何かの法則が乱れているような、そんな気分だ。なにか、とても大切な法則が……
「せっかくだし、この灰も持って帰ろうぜ!」姉が意気揚々と言った。正直、もう好きにすれば、という気持ちが湧いて来た。姉がこんな人間だったなんて……亜骨戦争の最後に、エルフたちが放った禁術と同じくらいショックだった。これが姉流の禁術か……しかも、この禁術にはリオバンという悪魔の支援者までいる。
 しかし、さすがのリオバンも、この姉の言葉には難色を示した。
「私はあまりお勧めしませんね」
「え、どうしてだよ?」
「ウンチとは、所詮は毒なのです。毒だから、体外に排出される」
 当たり前の話が、ナノコにはすごく珍しいことのように聞こえた。
「それを薬にするには、知識を持った専門家が、キッチリことに当たる必要があります。生半可な知識や好奇心で、むやみにウンチを取り扱うのは危険ですよ。それに野グソは汚いですし」
 少々の突っ込みどころはあったが、それを除けば、まあ同意できる。
「やっぱり、運鎮術は難しいのか……」
 姉がまた何かよく分からない単語を口走ったが、今はそれどころではない。
「とりあえずさ、早く町に行こうよ……」
 そして、トイレに行かなくては……
 ナノコの努力によって、ようやくウンチから離れて町に行くことが決定されようとした瞬間、またしても新たな訪れ人が現れた。まるでウンチの火に引き寄せられる、羽虫のように……

       

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