Neetel Inside ニートノベル
表紙

ミシュガルド冒険譚・カレー味
二人の運送屋

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 ナノコは暗い空間の中にいた。ここがどこなのか、分からない。ただ、あれほど出なかった便秘が嘘のように、今は強烈な便意が来ていた。とりあえずトイレを探さなくてはならない。
 向こうに明かりが見えた。きっと誰かいるはずだ。
 走って明かりに近づくと、奇妙な影が見えた。何かの生物だろうか、でも、それならかなり変な形の生物だな……そんなことを思っていると、その生物が話しかけてきた。
 「僕はウンチダス……今、君の脳内に直接話しかけている……今から言うことを、絶対に守って欲しいんだ」
 いきなり何だろう。ナノコは便意を抑えてソワソワしながら、ウンチダスなる者の次の発言を待った。終わり次第、即トイレに駆け込んで、貯まった物を放出しないと……
 「絶対にウンチを出してはいけない!」
 どうして? やっと巡って来たチャンスなのに……?! ナノコの疑問を察知したのか、ウンチダスは話を続けた。
 「詳しいことを話すと長くなるから、要点だけ話すよ。君がここでウンチを出すと、邪神ベンピデスが復活してしまう。それだけは防がねばならない! もしやつが復活したら、このミシュガルドだけでなく、ニーテリア全ても混沌に還ることになるだろう……」
 でも、どうやって……? いつかウンチは出てしまう。そう、人は愛がなくても70まで生きられるが、ウンチをしなければ一週間で死んでしまうのだ。そう考えると、地球を救うのは愛ではなく、ウンチなのかもしれない。
 「そこは大丈夫だよ」
 ウンチダスなる生き物が、ナノコの心を読んだのだろうか、またしても語りかけてきた。
 「やつが復活するのは、“邪神の祭壇”が効力を及ぼす場所に、“無垢なる者より出でし暗黒物質”(少女のウンチ)が捧げられたときなんだ……つまり、君はウンチを出す前に!」
 ここでウンチダスなる者はさらに力を込めて言った。
 「この森を抜け出さなければならない!!!」
 「おいおい、そこら辺にしてやれよ」
 今度は別の声が響き渡る。
 「なっ……お前は……もう嗅ぎつけてきたのか……?!」
 「全く、こんなかわいいお嬢ちゃんにそんな残酷なこと言うなんて、信じらんねえぜ」
 「黙れ、ベンピデス! だいたい、お前がこの子を巻き込んだんじゃないか!」
 突如、便意が強くなったような気がした。やばい、このままだと……ナノコは嫌な予感に身を震わせた。
 「君、早く逃げるんだ! ここは僕が時間を稼ぐから!」
 走ったが、ダメだった。いつもなら大丈夫だが、便意が強くなり過ぎていた。走った時の衝撃だけで、出そうになって、身をよじらせなければならなかった。
 「大丈夫だよ、お嬢ちゃん。嬢ちゃんの思いのままに、出しちゃっていいんだぜ?」
 「やめろ! この子は関係ない!」
 ナノコの意識が暗転した――


 「ウィンターラッパー♪ ウィンターラッパ~~~♪」
 ナキシの変な鼻歌で目が覚めた。
 う~ん、何か嫌な夢を見ていたような……
 ナノコはそう思ったが、具体的に何があったのか、もう思い出せないでいた。きっとどうでもいい夢なんだろう。
 「お、やっと目が覚めたか。いや~~それにしても無事で良かったぜ!」
 姉は全てが解決したような、スッキリした笑顔だった。具体的な情景は想像したくないが、姉の膀胱の問題は解決したのだから、それはそれでいいか、とナノコは思った。
 「とりあえずさ、さっさとこんな森出て、基地に帰ろうぜ!」
 それには大いに賛成だった。
 この森は普通とは違っていた。傍らに巨大な精霊樹の残骸が寂しく突っ立っていた。その周囲に広がる樹も枯れているか、枯れていなくても節くれだって奇妙にねじ曲がった不気味な木ばかりだったのだ。昼間でも十分不気味な場所だが、もし夜もこのままここで過ごさなくていけないとしたら……ナノコはぞくっと震えた。
 「え、何? ビビってんのかよ? 三日もウンチ出てないクセに!?」
 「いや、便秘は関係ないんじゃ……」
 「いいや、関係あるね!」
 どうしてそんなに断言できるんだろう。その自信は一体どこからくるのか……
 「だって一週間もウンチでなかったら、普通は死ぬじゃん。そう考えるとさ、ナノコはもう半分くらい死に近づいてるんだぜ? そっちの方がよっぽど怖いじゃん」
 そう考えると、どことなく勇気が湧いてきた。もう自分には何も怖いものはないような気がした。
 だが、そこで最悪の悪魔が、ナノコに牙を剥いた。
 「グッ……?!」腹を抑えてうずくまるナノコ。
 「おい、どうしたんだ? まさか……?!」
 「やばい……出そう……!」
 「いや~でも良かったじゃん。そこら辺でやってこいよ!」
 ナキシは無邪気な笑顔でそう言った。本当に妹の便秘が解決して良かったというような表情だった。ナノコも、もう別にいいか、という思いも芽生えた。しかし――
 「お姉ちゃん、紙持ってるの?」
 「持ってるわけねえじゃん」
 「じゃあどうやって拭くの?!」
 「葉っぱで拭けばいいんじゃね?」
 「嫌だよ、そんなの……」
 「もう緊急事態だし、しょうがないだろ。神様もきっと許してくれるさ。それに、お前が野グソしたなんて誰にも言わないからさ、大丈夫だって」
 こいつ、絶対言うつもりだな……意地とプライド、人間としての尊厳をかけて、ここでナキシに屈するわけにはいかなかった。こんなところでクソッタレに成り下がるつもりは無かった。
 「あ、そうだ! 墜落した飛空艇、アレに紙とかあるんじゃ……」
 「お前アホだな~~。飛空艇なら墜落して大爆発したじゃないか。何も残ってないと思うぜ。幸いみんな脱出したから、犠牲者はいないと思うけど」
 そうだった。忘れていた。だったら、やはりこの森を突っ切るしかない……
 「お前が寝てる間にさ、そこの精霊樹に登って周囲を見てみたんだけど、向うから煙が立ち上っていたから、きっとそっちの方に行けば民家くらいはあるだろ」
 姉にしてはかなりよくやった。今はその希望にすがって、進んで行くしかない。
 一体、いつまで持つのか、果たして希望はあるのか……
 姉妹の脱出行が始まろうとしていた。
 「いや~、それにしても、ウンチなんてものすら文明のチカラに頼らないとできない人間って、一体なんなんだろうなぁ……俺たちは、ひょっとしたら文明のチカラに頼り過ぎて、大事なものを失ってしまったのかもしれねえなぁ……」
 ぐぎゅるるるるる……姉の独り言に返事するかのように、腹の奥底から地鳴りのような音がした。
 ナノコの腹の中の悪魔が、早く出してくれと中で暴れているかのような腹痛を感じた。もう少し、もう少しだけ我慢すれば……
 今はとにかく我慢して歩くしかなかった。

     

「♪そうさ~、100%ベンキ~、もう出し切るし~かないさ~~♪」
 ナキシがまた変な歌を歌っていた。よくこんな場所でそんなしょうもない替え歌を思いつくものだとナノコはある意味で感心した。しかも内容が確実に狙ってきてやがる……
「♪この体~~じゅうのウンチ~、抱きし~めなが~ら~♪」
「もう、ちょっと静かにしてよ!」
 思わず強く言ってしまった。声の衝撃だけで腹の中のトグロが爆破しそうな気がした。
「なんだよ~、せっかくかわいそうな妹を元気づけようと作詞したのに……」
「どう見てもただの替え歌じゃん。しかも内容もウンチだし」
「勇気とかけてウンチと解く」
「う~ん……湧いてくるもの……?」
「ぶぶー! 正解は、出したいときになかなか出ない!」
 今までに見たことのないドヤ顔で姉が言った。
 うん、すごいね、もう負けたよ。君のくれた勇気とウンチを、全ミシュは忘れないと思うよ。
「そうだろうな。これだけの文才があるなんて、自分で自分が恐ろしくなってきたな……あ、それはそうと、もう便意もちょっと収まってきたんじゃねえの?」
「あ、本当だ」
 下らない話に集中していたおかげだろう。便意というものには波がある。きっと、停滞期に入ったのだろう。だが、安心はできなかった。波が収まったということは、いつかまた波が押し寄せてくるということだ。今のうちに距離を稼いでおきたいところだ……おとなしくなったお腹をさすりながら、ナノコはそう思った。
「♪俺た~ちの~、クソはマキグソ~、えいえ~んに! 止まら~な~い~~ぜ~~! ブリ! ブリ! ブリ!」
 驚くほど低い姉の精神年齢が、嘆かわしくなってきた。しかも最後の擬音に合わせて、斧の金属部分を爪でカチカチ叩いてリズムまで取っていた。一体、ウンチの何がこんな時に姉の心を捕らえたのだろうか。ウンチが出ないのも病気だが、ウンチが止まらないのも下痢で病気じゃないのか。でもナノコは、そんな疑問は敢えて口に出さないでおいた。他のことを考えていれば、気も紛れるから。
「今の、部隊のオープニングソングにしようかな。クソおもしれぇな、ハハッ!」
 そんな部隊は嫌だし、姉に付き合わされる部隊員も大概かわいそうだなぁ、とナノコは思った。だいたい、部隊のオープニングとは何なのか。じゃあエンディングはどこにあるというのか。まあ、確かにそんな歌を歌いながら突撃してくれば、敵も怖くなって逃げると思う、ある意味で。自分なら絶対近づきたくない。きっと戦場のウンチとして、後に名を残すだろう。どんな敵も近寄れない、無敵のウンチとして。
「そうだな、鼓笛隊にはエレキとツーバスドラムを入れて、ウンチの重量感と悲壮感を表現させよう!」
「なんかミシュラックに消されそうだけど……」
「んなもんが怖くて戦争なんてできるかよ! ハハハハハ! かかって来いよ、ミシュラック、そんな下らねぇ著作権なんて捨ててよ! ハハハッハハハ!」
 ひょっとして飛空艇から落ちたときに頭をぶつけて、元々少なかった脳細胞が傷ついたのかもしれない。普段から頭はよくないけど、この状況でここまで意味不明なことを言うのは、少しっていうかメチャクチャおかしいことじゃ……暗い森に斧を持ったキチガイと二人っきりで閉じ込められるなど、ホラーでしかない。ミザリーみたいにウンチが出るまで山荘に監禁されるのだろうか……
 ヒュウッ!
「ん? 何だ、今のは?!」
「何か影が上空を横切ったような……」
 二人とも顔を上げた。飛竜が、上空から舞い降りてきた。一瞬、捕食しにきたのかと思って身構えた。
 飛竜には女性のエルフが乗っていた。
 どうやら、下から声が聞こえてきたので、遭難者と思って降りてきたらしかった。ナノコが姉に代わって事情を説明すると、
「なんや、それやったらウチの後ろに乗っていきーや! すぐに近くの町まで送ったるで?」
 と言われたので、飛竜に一緒にのせてもらうことになった。飛竜の眼がすごい猟奇的というか、狂気的というか、ぶっちゃけラリッてるようにしか見えなかったので、そこだけが不安だったけど、まあ、このルーラ・ルイーズって人はいい人そうだし多分大丈夫だろうと、この時のナノコは思っていた。こちらは時限爆弾を抱えている身だ。飛竜ですぐに町まで運んでもらえるならとてもありがたい。
 飛竜がふわっと飛び上がった。見る見るうちに小さくなっていく森の木々。しかし精霊樹の残骸だけはそんな程度では小さくならないほど大きかった。
「あれ、町ってこっちの方なんですか? あっちだと思ってました!」
 ナキシが言った。
「ああ、あっちは何もないよ。向こうの山を越えたら、フューリー荒野しかあれへんがな。昔は鉱山とかの開発が行われとったんやけど、落盤事故とかで責任者が次々死んでいって、結局工事も途中で止まってるらしいで。今じゃ、悪いモンスターの住処になっとって、悪霊とかもウヨウヨおるって噂らしいやん」
「ん~、でもなんか煙みたいなのが見えたんだけどな……」
「多分アレちゃうん、砂が風で舞い上げられて、それがうまいこと煙に見えました、みたいなやつちゃうん?」
「ま、そうかもね~~」
「ところで、ルイーズさんはどうしてこんなところを飛んでたんですか?」
 ナノコが尋ねた。
「あ~、アレやん、アレ。まあアレなんやけどな」
 あー、この人、アレを多用する、アレな人なんだなぁ、と思った。
「まあ、運送関係やん?」
 やん? と言われても……
「あ~、大変な仕事ですよね~。例えば、こういうときにウンチがしたくなっても、そんなすぐに出せない感じですよね~」
 もう、姉にはいい加減にして欲しかった。こんな大人の前でまでウンチを連発するなんて……普段の姉も上品とは言えないが、こんな下品じゃなかったはずだった。
「すいません、姉が下らないこと言って……ちょっと今日はおかしいんです……」
「いや、かまへんから。ていうか、実際そういうので大変な思いしたことあるし。運輸業者ってけっこうトイレの位置を把握しとくの、大事なんやで?」
「な、言った通りだろ?」
「うんうん、そうだね……」
 ナノコは適当にあいづちを打っておいた。このまま何となく過ごせば、一時間くらいで町に着くだろう。この飛竜は、荷物に加え女とはいえ3人も載せているのに、けっこう速かった。もう町の尖塔が、小さくだが見えてきたくらいだ。おかげで命拾いした。このルーラ・ルイーズは命の恩人として、一生記憶に残るだろう。いつか、どこかで恩返しできるといいな……ナノコは無邪気にそう考えていた。
「あ、モナカあるじゃん! ねえ、食べていいですか?! 安心したらお腹空いちゃって!」
 勝手にゴソゴソ荷駄を漁る姉。
「ちょっとお姉ちゃん、いくらなんでも図々し過ぎるよ……すいません、ルイーズさん、姉も悪気はないんですが……」
「ああ、ええよええよ、それくらい。いくらでも食べーや。遭難してお腹空いてたんやろ?なんぼでもあるからな!」
「ありがとうございます……すごくよくしてくれて……」
「なんやったらアンタも食べてええんやで?」
「あ、いえ、私は……遠慮しておきます。今、お腹の調子がアレなんで……」
「あ~~、それやったら仕方ないな」
 ナキシがモナカを二個くらい一気に、それも一口で食べていた。よく考えたら、姉は起きてから何も食べてなかった。すごい食欲なわけである。
「このドラゴン、何か名前とかあるんですか?」ナキシがアンコを噛みしめながら言った。
「うん、あるよ。リンクス・ドラゴンっていう種類でな、クスちゃんっていうねん」
「ということは、ひょっとして初代はリンちゃんで、今は二代目ってことですか?!」
「まあ、そういうことやね」
 なんて安易なネーミングセンスなんだろう。ウンチダスより酷い……え、ウンチダス……?! なんでそんな名前が? ナノコは一瞬頭の痛みを感じたような気がしたが、あまりにすぐに消えてしまったので、多分気のせいだろうと思った。
「なんだか、いろんなことがあったんですね。甲国軍で飼ってた軍馬っていうか、軍トカゲのプレーリードラゴンも、けっこうすぐに死んじゃって……でも、そんな死を乗り越えて人は絆を求めて生きていくんですよね~~」
 姉の言っていることがすでにメチャクチャにありつつあった。モナカに集中していて、会話を脊髄反射で適当に行っているからだろう。
「え? アンタら、甲国軍の関係者なん?」
「ま、関係者っていうか、部隊長っていうか、まあアレなんですけど、そこそこエライ部隊長くらいですかね、エッヘン!」
 姉はモナカのアンコがフローリア産であることには気づけたかもしれないが、ルーラ・ルイーズの雰囲気がおかしくなってきたことには全く気付いていなかった。
 鈍感な姉はべらべらとお喋りを続けた。
「だから、甲国軍に頼んで、それ相応の謝礼はしますんで、安心してください! ルーラさん、あなたはきっと甲国軍から顕彰されますよ。だって、甲国軍でも一二を争う猛将であるこのナキシ=オークトンと、ついでに不肖の妹を助けてくれたんですからね!」
「降りろ」
「え?!」
 ルーラがこっちに振り向いた。目が犯罪者でも見るような目つきに変わっていた。
「ええから、早よ降りろや」
「え、いや、でも、なんでいきなり……どうしたんですか? まずは冷静に話し合いましょうよ。ね?!」
「それもそうやな!」
 ルーラはニコッと笑いを浮かべたが、表情筋が笑顔を作っていただけで、眼は「死ね」と言っていた。
「リンちゃんを殺したのは甲国軍やし、ウチらの仲間を殺したのも甲国軍やねん」
 やってしまった、と思っても遅かった。
 ルーラ・ルイーズは、ゆっくりと腕を上げてこちらに手を向けた。握手ではない。手に魔力波の輝きが宿っていた。どう見ても攻撃魔法みたいだった。
「だから、今すぐここから降りるか、ウチの爆殺魔法で体内から粉々になって森の肥料になるか、好きな方を5秒以内に選んでや」
 さらに濃縮された魔力派が、キュイィィィン! とうなりをあげた。眼鏡の奥に本物の殺意が宿っていた。
「あーーーー!! 実は私たち、アレなんです、そうだよな、ナノコ?!」
「う、うん、アレなんです!」
「甲国軍のフリをしてただけっていうか、ここら辺じゃ甲国軍が出張ってるから、そういうフリしとけばいいかなって思っちゃって、それだけなんですよね~……」
「う、うん、そうです!」
 こんなチャチな言い訳が――
「3,2……」
 やっぱり通るわけがなかった。
「よし、逃げるぞ、ナノコ!」
 でもどうやって――そう言う暇もないうちに、ナキシはナノコを抱きかかえて、ドラゴンの背から飛び降りた。
 落ちているとき、真上から爆発音が響いた。
 やっぱり、あの人、本気だったんだ……
 少し悲しくなりながらも、ドンドンと落ちていく二人の姉妹。やがて衝撃が襲いかかり、視界が暗転した……

       

表紙

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Neetsha