Neetel Inside ニートノベル
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  ■

 楽勝、楽勝と言っていたのが一〇分前の俺。
 そして、心折れそうになっているのが、今の俺である。
 周囲は女、女、女……。
「ねえねえ、有希さんはどこの学校に通ってたの?」
「その髪の毛、くせっ毛? セット? かわいいねー」
「彼氏とかいるの?」
 自己紹介とホームルームが終わった途端、周囲に女子が集まってきて、囲まれて、質問攻めにあっていた。
「えーと、あの、そのー」
 こんなに女子が近距離まで接近してきた事などない。去年まで男子しかいない場所に通っていたのだ。こんな楽園、いきなりショックがでかすぎる。餓死寸前の人に肉を与えると胃が壊れるというが、今の俺は、まさにそんな感じだった。
「ご、ごめん。ちょっと、トイレに」
 そう言って、俺はその場から逃げ出した。
 逃げ出す口実ではあるが、胃がキリキリ痛むのも事実。腹を押さえながら、ため息を吐き、廊下を歩く。
「……で、誰だチミは」
 そんな俺の後ろについてくる、ポニテにサイズの大きな丸メガネをした少女がいた。ついてくるくらいなら、トイレに行こうとしてんだろうな、くらいに思うが、何故かその少女は白衣を着ていたので、思わずきになってしまった。
 身長、でけえな。女子になっても俺の身長は男の時と同じで、一七一センチ。それと同じくらいなので、女子にしては大きめだろう。
 スタイルはスレンダー系で、ほっそりしている上に鼻も高く、切れ長の目をしているので、モデルが白衣を着て撮影に挑んでいるようだと思った。
「同じクラスの、神宮学子じんぐうたかこ
「同じクラス、ってのは知ってっけどよぉ……」
 教壇から自己紹介した時、白衣一人しかいねえから、すげえ目立ったもん。
「へえ? ……それがキミの、素の口調ってわけか」
 慌てて口を押さえるが、しかし、それで吐いた言葉が戻ってくるわけもない。俺はまた、ため息を吐いて、諦めた。できれば普通の女子として、女子校に溶け込み、男子の心を持ちながら女子校に入っているという罪悪感めいた気持ちをごまかしたかったが、仕方ない。
「まあ、これが俺の素だけどよ。――んで? 神宮サンはいったい何の用なわけさ」
「転校生に話かけるのに、用事があるわけないだろう。純粋な興味だよ。――ああ、ぼくのことは、学子でいいよ」
「そ、そうかい」
 女子のことを名前で呼ぶなんて、妹しか経験ないし、ちょっと二の足を踏んでしまう。
 なので、お試しで呼ぶ前に、トイレに行くのを再開した。
 ――夜璃子との女子になりきる特訓で、女子トイレに入る苦手意識を特訓したと思うんだが、まさかいきなり女子と連れションするハメになるとは。
 ……しかし、さすがに女子でも連れションの最中、壁を挟んで会話ってことにはならず、トイレの中で会話したのは、並んで手を洗っている時が最初だった。
「キミ、女の子と触れ合う機会、少なかったんじゃないか?」
 いきなりそんなことを言われて、俺は正直焦った。
「なっ、何でそんなことを?」
「見ればわかるさ。だって、キミは女子と話す際、目を合わせようしないし、口調がこう……毒されてないっていうか」
「毒ぅ?」
 俺達はハンカチで手を拭いてから、トイレを出る。正直教室に戻るのは辛いが、他に行く宛なんて無いしなぁ。
「口調が男っぽいっていうのは、女子よりも男子と話してきたっていう、証拠さ」
 まあ、男だし、男子校だったから女子とは縁遠い。その推理は、当たらずしも遠からずって感じだ。
「まあ、実はそうなんだよ。前の高校は男女比率がめちゃくちゃでさ。俺の女らしさが圧倒的に足りないってことで、親父に危惧されて、転校してきたんだよ」
「へえ。なんとまぁ、面白い事情で転校してきたもんだ」
『本当は、もっと面白い事情で転校してきてるけどな』
 俺の頭の上で、結が笑った。
 人と一緒に居る時声をあげないでほしい、という意味合いを込めて、俺は頭の上で、ハエでも払うみたい手を振った。しかし、幽霊なので、当然触れる事なんてできない。
「……どうした?」
「いんや。なんでも」
 俺の上で、「くっくっく」と喉の奥で笑う結を無視。
 教室に帰るのがちょっと辛い、とか思ってる段階で、俺に女子を幸せにする、とかできるんだろうか。――心配になってきた。
「お姉ちゃーん」
「お?」
 心配事をしていたら、廊下の向こうから小走りで夜璃子がやってきた。
「やっぱりね。休み時間しょっぱな、教室から抜けだしてると思ったよ」
 呆れたように、眉間にシワをよせて、腰に手を置く夜璃子。
 なんでそんな顔をされるのか、さっぱりわからない。
「いい、男よりも人間関係に敏感なのが女の子だよ。一回でもあぶれたら、やりなおすのは相当難しいんだからね」
「大丈夫だって。俺ってば逆境に強いからよぉ」
「……そうやってギリギリまで余裕な顔して、結局「ダメだぁ―」ってなるのを、何回も見てきたんだけど」
 今回だってそうじゃん、と、ため息まで吐かれて、俺は夜璃子から目を逸らした。そういえば、今回も「俺なら女子校に馴染めるっしょ」とかまったく根拠のない自信で、楽勝とか言ってたな。
 でも、俺はこういう無根拠な自信を持てる自分が、結構好きだ。
「――で、お姉ちゃん。ちょっとい?」
「あん? なんだよ」
 夜璃子は、学子に頭を下げてから、俺に手招きをする。
 近寄ると、何故か夜璃子は俺の肩に手を回し、耳に唇を寄せた。
「なに考えてんのお兄ちゃん! あれ、神宮先輩じゃん!」
「あれ、知り合い?」
「知り合いっていうか……。この学校で関わっちゃいけない女トップだよ。通称クレイジー科学」
「なにそれ。くっそ面白いアダ名じゃん。呼べねえよ」
「そりゃ、呼ばないもん。陰で噂する時とかに使うやつだしさ」
「――だがよぅ。あいつ良い奴だと思うぞ」
「だとしても、理科室で毒ガス撒き散らすような人と仲良くするのはやめたほうがいいと思うけど」
「え、なんで捕まってないのあの人」
「それはね、死人を出してないからだよ」
 俺と夜璃子の間に割り込んで、笑顔のダブルピースを決める学子さん。
「死人出してねえつったって、限度あるだろ……」
「後処理は完璧にやったんで、勘弁してもらえたんだ。いやあ、僕もまさか、毒ガスが出るとは思わなかったんだ。あやうく死にかけたよ」
 確かに、クレイジーと言われても仕方ないレベルの失態だよなぁ……。
 前の男子校だと、授業中イヤホンして、スマホでAV見てたヤツが、イヤホンスッポ抜けて、見てたAVの音声が漏れ出すという事態が起こり、見ていたモノが全員にバレて、『トロ』ってアダ名ついたやついたけど、それとどっちがマシなんだろう……。

       

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