Neetel Inside ニートノベル
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ハローレディ!
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 と、そんなクレイジー科学こと、神宮学子さんが友達になってくれたので――それは結構一方的な「僕は友達いないんだ! 君もまだいないよね? なろうよ!」という、思わず「下手くそか」なんてストレートすぎるツッコミが出てしまうモノだったが――。
それでも、俺は学校一の天才でありネジをたくさん落っことした人と、お友達になった。
 これで俺はどんなやつとでも友達になれるんだな! なんて、自信を持っていたけれど、俺はどうも厄介者を背負い込んだだけみたいで、教室に戻った俺を待っていたのは、「うっわっ……遊馬さん、神宮さんと一緒にいる……」「これじゃ話し掛けられないね……」という、結構心がえぐれる現実だった。

「お前マジか。マジで友達いないんだな」
「逆に訊くけど、理科室で毒ガス作り出して平気な顔で登校してる女と、友達になりたいかい?」
「それ言うのおせえ」
 俺はため息を吐いて、学子に手を差し出した。一瞬、何のことかわからなかったみたいだけど、わかったら驚いたような顔をして、俺を見た。
「キミ、度胸あるねえ。教室で僕と握手したら、今後の学校生活を棒に振るったも同義だよ?」
 俺と学子は、すでに教室の窓際に居て、コソコソ話をしているという塩梅だったのだが、俺が手を差し伸べた所為で、みんなが見ていた。おおよそ、よく学子を知らない転校生が毒牙にかかろうとしている、ってところか。
 だが、俺はそういうのに流されない俺がかっこいいし素敵だと思うので、ニヒルに笑って言った。
「俺はお前がそんなわりぃヤツだとは、思えねえしな。お前の所為で死んだら縁切るよ」
 彼女は、また目を見開いて、意外そうに俺を見て、さらには、なぜか外野のクラスメイト達が先ほどよりも目立ってざわつきはじめた。
 ――いっけね。男言葉使っちった。
『ここ数日間で、わかったことがあるんだがのぅ』
 俺の頭の上で、結が呟く。
 心の中で、「なにが」と返した。どうも、こういう心の中での会話だと、かかる時間はホントに一瞬らしくて、目の前は時間が止まってるような錯覚にさえなる。
 知覚が加速とか、してるんだろうか?
『お前、すっごい馬鹿』
『あぁ!?』
『お前が男言葉を使ったから、というのは要因の一つにすぎんぞ』
 その瞬間、時が動き出した。
「それは、僕がトラブルに巻き込まない内は、一生友達で居てくれるということでいいのかな?」
「ん? まあそうだな」
 またザワついた。さっきからなんだ、うるせえな。
『ほんっとに気づいてないんだのぅ……。私は一応、お前さんが使命を果たそうとする限りは味方でいるから、言ってやるが、そういうちょっと大仰な物言いはやめたほうがいいぞ。大袈裟な言葉というのは、あらゆる価値観を許容する。言葉の懐は狭いほうがいい』
 結の言っていることはよくわからなかったが、よくわからないなりにまとめてみた。
『つまり、はっきり言えってことだな!』
『ん? ――んー、まあ、そうじゃの。それでいい』
 よっしゃ。結からもらったアドバイスを胸に、俺はもう一度、ずずいっと手を差し出した。
「学子。今日から俺とダチだ!」
 今度こそ、驚きは最高潮になった。もうみんな、学子を腫れ物扱いしていることを隠そうともしないようで、大声でいろいろ言っているが、元々聡い学子がそんなことに気づいていないわけもなく、そして俺も、先ほど夜璃子に聞いてその状況は知っていた。
 頭の上で、結が言う。
『いいのか? この女と友情を育めば、試練がより厳しくなるぞ?』
『いいんだよ。俺は結構、学子とは仲良くなれそうな気がしてるんだ』
 と、そんなわけで。
 俺は学子と握手を交わし、めでたく友達第一号を手に入れたわけだった。
『ちなみに、これで学子が幸せになった、とか……』
『ないな。さすがにそんな簡単ではないぞ』
『だよなぁ……』
 友達ができる以上の幸せ。それって、この世にはそんなに多くないんじゃないか?
 基準ができたことで、俺はなんだか少しだけ、現状の厳しさをより理解したような気になって、げんなりした。けどまぁ、友達ができたのは俺も同じだし、それはそれでいいかなって思えた。
「ちなみに、学子?」
「なんだい、有希」
「次の時間ってなに?」
「体育だね」
 右上を見て、頭の中で思い出した時間割を確認したらしい学子。俺は、学子との握手を解いて、一人「体育かぁ……」と呟く。
『ん? どうした』
「体育、苦手なのかい?」
 結と学子が、同時にそう言ったので、俺も二人に対する返事として、言った。
「苦手じゃねえけど、あんま好きじゃねえんだよな」
 俺は頭を乱暴に掻いて、そう言った。あまりにも要点を得ない言い方だったので学子にも伝わらなかったらしく、彼女は首を傾げて俺を見ていた。んー、そこら辺は実際に見てもらうしかない、よなぁ。


  ■


 俺は学子に案内されて、更衣室へ向かう。新品の赤いジャージからは、なんとも素材のプラスチック? 石油? よくわかんないけどそういう匂いがしていた。
「なんか、ほんとに緊張した面持ちしているねえ? どうした。そんなに体育は苦手かい?」
「だから、苦手じゃねえっての」
 俺は廊下を歩く学子と、体操着袋を抱えたまま、並んで歩きながら、更衣室までの時間を他愛無い話で潰していた。
「いや、今は体育の事っつーかよぉ」
 俺は思わず、学子の胸を見た。そう。体操着に、着替えなくてはならないのだ。
 更衣室で、着替えなくては! ならないのだ!!
 い、いいのかなぁ!? 俺にこんな、合法的に更衣室覗けるチャンスが訪れるなんて!
 やっぱ日頃の行いって大事だぜ!
『その理屈で行くと、女にされたお前は、相当悪いことばかりしてきたことになるぞ』
 だまらっしゃい。
 俺はすべてを楽しむ男。あぁ、でも緊張してきた。いきなり男に戻って変質者呼ばわりとか、されないかしら。
 まあ戻ってくれたら、それはそれでいいんだけどさ。学子なら怒らない気がするし。
「ついたよ。ここが更衣室だ」
 そう言って、学子は校舎一階の端っこにある鉄製のドアを開く。そこには、市民プールの更衣室みたいな、緑の床にすのこ。無骨なスチール製のロッカーが、無数に並んでいた。
 ここには服を突っ込むだけだし、鍵はないようだ。まあ、貴重品はそもそも、教室前のロッカーに入れてあるからね。
 ――それよりも。それよりも、ですよ。
 目の前には下着姿の、桃園学園の美少女達がいる!
 ……いる、んだけど……。
「あ、あれぇ……?」
 なんだ、この、いつもと変わらない光景っていう気持ち。
 そう、目の間で男友達が着替えているような感じ。まったく、なんにも、感じない!
 晩飯でカレーが出てきた翌日は、やっぱりカレーでしたみたいな、わかりきった気持ちさえある!
 俺、不能になっちまったのか!? あ、そもそも今はないんだから、不能もクソもないか。でも、心は男のはずだよな!? 心にチンコはあるんだよな!?
『男は心にそんなもん生やしてるんかい?』
『当たり前だ。それが男のスケベ心というやつだもの』
『やれやれ。それは遊郭で働いていた時に聞きたかったが、女子が『女は心におっぱいがある』って言い出したらどうだ?』
『俺もう二度と心にチンコとは言わないよ』
 うん、立場が違うと、物の感じ方も違うもんだな。
「どうした有希? 更衣室に入った途端、落ち着いた顔になって」
 俺の顔を覗き込む学子。いけね、ボッとしすぎたか。
「――いや、なんでもねえ。俺は女なんだな、って思っただけさ」
「どこからどう見ても、女だろう」
 うん、まったく。
 俺と学子は、互いに隣り合ったロッカーを見つけて、着替え、校庭に出た。
 今日はどうやら、一〇〇メートル走らしい。


  ■


 俺は風を切って走った。地面を足で押し、体を前方へ何度も何度も突き出していくようなイメージ。
 そこまで速くはないんだろうけど、 まるで景色が線になって溶けていくような感覚になって、目の前には、ゴールの白線しか見えない。
 そのゴールをまたいで、俺は徐々にスピードを落とし、止まった。
「じゅ、一〇秒三八……」
 タイム計測係の子が、そう言って驚いた顔で、俺とストップウォッチを見比べていた。
 ……むぅ、男の時代だったら一〇秒ジャストだったんだが。ちょっと遅くなったか?
「驚いたねえ。高校生の男子記録に迫るくらい健脚じゃないか」
 そう言って、なんだかバウンドするみたいな走り方で駆け寄ってくる学子。なんてフォームが悪いんだ。
「まあ、昔っから運動は得意なんだ」
「得意ってレベルじゃないと思うんだけどな。何か部活に入ってたとか?」
「帰宅部だよ。団体で部活やるの、好きじゃないんだ」
 余計な気を使わなくっちゃあならないし、な。
 と、そんな俺の話は、ほとんど耳に入っていなかったらしい周囲の生徒達は、「えっ、あんなに足速いのに、部活入ってないの!?」と、一気に詰め寄ってきた。
「うおっ」その勢いに驚いてしまい、俺は一歩退いてしまった。
「もったいないよ! 有希くん!」
「くん!?」いや、確かに中学までは女子からくん付けで呼ばれてたけど、今は俺も女子なんですけど!?
「そうだよぉ。そんなに運動できるんなら、どこか部活入ったほうがいいよぉ」
「い、いや、俺はどうも部活ってのが苦手で……」
「えぇー! ウチの陸上部弱小だから入ってよぉ!」
「そんな事言うなら、ウチのバレー部だって!」
「はぁ!? この間県大会でベストエイト入ってたくせに!」
 男の時に女子から詰め寄られたかったが、その迫力は男よりも怖い。男には慣れてるからかな?
「はい、ストップストップ。有希が引いてるよ」
 俺と女子の間に入って、仲裁をしてくれる学子。おお、なんて友達甲斐のある。
「クレイジー科学は黙っててよ!」
「そうだよ! マネージャーじゃあるまいし!」
 という、なんともごもっともな意見で口撃される学子。おおぉ、ついに目前で言ったぞこいつら。
「君たち……。僕をあんまり怒らせると、今度は教室で毒ガス撒くよ?」
 その一言に、顔が青くなるクラスメイト達。そして、すすっと、黙って俺達から離れていった。
 ある意味卑怯な技を叩き込んだ、クレイジー科学こと、学子は振り返って、ピースサイン。
「どうだい? 僕の交渉術」
「それが交渉だって言うなら殴りかかるのも交渉になっちゃうからな」
 っていうか、こいつ全然反省してねえ。それだけはよくわかった。

       

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