Neetel Inside ニートノベル
表紙

力に憑かれた彼の場合は
第六話 共感の歓喜、轢殺の怨念

見開き   最大化      

「ふーん、じゃ同い年か」
 翌日。由音と少年は学校が終わったあとに事前に打ち合わせてあった公園で落ち合った。
 あの場では時間も時間だったし、お互い(特に由音が)したい話も多くありそうだったということもあって、あの時はその場で解散となった。
 そうして、今由音は初めて会った同じ異能力者との会話に夢中になっていた。
 どうやら少年は、自分と同じ中学二年生で、この付近の違う中学に通っているとのことだった。
「しかしまあ、こんな身近に能力者がいたとはなあ。なんとなーく、そんな気配を感じてはいたけども」
「気配なんてあるのか?」
「ん?んー、そうだな。同じような空気っていうか雰囲気っていうか。そういうの持ってたよ、お前は。だから昨日もぶつかったときにおや?とは思った」
「へえ」
 由音は、自分が死霊に命を狙われているということすら忘れ掛けて、その少年との会話を楽しんでいた。
 初めて会えた、同じ異質な力を持つ者同士だったから。
 それに、話してみてわかったことがある。
 やっぱり、この少年も。
「大変だよなあ、おかしな能力持たされて。俺も最初は便利だなーと思ったけど、感情とかに連動して勝手に出ちまうこともあってさ。体育の時とかも必死に押さえ込んでたわ」
「ああ、わかる。おれも同じだ。だからクラスメイトとかともあんまり打ち解けられなくて…」
「それよな。表面上は仲良くやってるつもりだけど、やっぱりなんか壁っつーかそういうのを感じちゃってなあ…」
「な!こればっかりはどうしようもねえなって思うけどさっ」
 少年も、同じだった。
 望まぬ力を持たされて、振り回されて悩んでいた。
 他人の不幸を喜ぶわけではないが、由音はそれを聞けてとても嬉しかった。
 絶対に共感されないであろうと思っていた自分と同じ悩みを持って生きている人がいたことが、その弱みを遠慮なく吐露できる相手が出来たことが。
 由音は何よりも嬉しかった。
 知らず、その声音は弾んでいた。
「…」
「ん、どうした?」
 そんな由音を、いつの間にか少年がじっと見ていた。由音はその弾んだ声のまま首を傾げて見せる。
「いや、最初見た時はちょっと陰気なやつかなって思ってたけど、話してみると結構明るいんだな、って。会話してみないとわかんないもんだよな、人ってのは」
 そう言ってははっと笑う少年に、由音は笑みを引っ込めて俯いた。
 あまりに楽しみ過ぎて、少し舞い上がっていたらしい。恥ずかしい。
「ご、ごめん」
「なんで謝るんだ?そっちが素なんだろ、それでいいじゃん」
 今度は少年が首を傾げた。
「陰気より陽気が良いに決まってる。別に恥ずかしいことでもないだろ」
「……あんまり感情を表に出し過ぎると、異能が…さ」
「あー…」
 たった今話していた内容に触れることでもあった。
 元来由音は明るい人間だ。もっと喋りたい、もっと大声で笑いたい、もっと色んな人と関わりたい。
 それが東雲由音という人間の人格だった。産まれ付き、由音は社交的というかアウトドア派というか、ともかく内より外。対人にも積極的な人柄の持ち主だった。
 だが、それを異能という枷が制限した。
 “再生”にしても悪霊のことにしても、由音は喜怒哀楽全ての感情に敏感に反応する異能の暴走を極度に怖がっていた。一度の失敗で、全てが台無しになる。友人関係も、学校生活そのものも。
「そんなにキツいんなら、俺が教えてやろうか?異能の抑え方」
 だから、そんな何気ない少年の発言に由音は俯けていた顔をばっと勢いよく上げて反応した。
「そっ、そんな方法あんのか!?」
「方法っていうか、コツみたいなの?俺も苦労したけどさ、同じ異能って括りならある程度は性質が違っても同じ感じで抑えられるかもしれねえし」
 既に互いの異能は明かしてあった。少年の力は“倍加”。それを使って身体能力を飛躍的に高めることが出来るらしい。
 由音も自身の“再生”については説明してあったが…やはり、どうしても悪霊のことだけは話せなかった。唯一打ち明けられるであろう相手であるにも関わらず、由音は躊躇ってしまう。
 この不気味で気持ち悪い悪霊なんてモノが宿った身の話なんてしたら、この少年に嫌われてしまうかもしれない、離れていってしまうかもしれない。
 それが一番怖かったから。
「教えてくれよ!それが出来たらもっとおれも…!」
「うん、そうだな。とりあえずー…死霊の一件を片づけて、それからゆっくりやっていこうか。たぶんかなり難しいと思うからさ」
「おっ、おう!」
 今起きている死霊の件を終わらせてからも、まだ一緒に話が出来る。
 その事実が嬉しくて、由音は自分が隠している悪霊という秘密を抱えたままでも口を開けて高らかに笑うことが出来た。



     -----
「お前さ、最近この辺で起きてる事件の話知ってる?」
 その日、昨夜と同じような時間帯に由音と少年は会っていた。
「事件って?知らない」
「いや事件かどうかは俺も知らないんだけどな、心臓麻痺で亡くなる人がここ数週間でやたら多発してるってやつ」
 新聞やニュースをあまり見ない由音は、少年の話を黙って聞く。
「へえ…あ、でも学校行く途中の道の家もこないだ葬式やってたな」
「あまりにも同じ地域で同じ死因の人が出てるから、なんかの事件なんじゃないかって話がうちの学校で流れてたんだよ」
 今立っているここは、由音の家からはかなり遠出した、街の外れ。
 無人の廃墟、廃ビルが乱立する立ち入り禁止区域。
 今夜もまた性懲りも無く来るだろうと少年が予想した上で選んだ戦場。
 確かにここなら誰かが来ることも無いだろう。管理する人間もいないのか、一切手を付けられていない廃ビルはいつ倒壊してもおかしくないと思えるほど朽ちている。
「うん。で、それがどうした?」
「死霊はな、人の魂を喰うんだ。だから死んだ人間に外傷とかは残らない。魂が抜けたように死ぬ、つまりはショック死みたいな」
「…心臓麻痺」
 すぐに気付いた。というかこの説明で気付けない方がおかしい。
「あの野郎の仕業だったんだろうな、全然気付かなかったけど」
 少年はさして興味もないように言って、しかし手に力を込めているのを由音は見逃さなかった。
「ちょうどいいからここで引導をくれてやる。クソ野郎が」
(…良いやつなんだなあ)
 口では不本意ながら嫌々やっているという風を装っておきながら、その実かなり頭にきているのは、由音にもなんとなくわかった。
 見ず知らずの他人でも、その死を悼みその元凶を憎む。この少年はそういうことを出来る人間なのだ。
 凄いことだと、由音は素直に思う。自分ではきっと、元凶の正体を知っていたところで怖くて恐ろしくて、とても手を出そうだなんて思えないだろうから。
 そんな風に、なれたらいい。なりたい。
 人とは違う、異質な力を持った同じ人だから。見習いたい。この力を、自分自身と赤の他人からすら忌み嫌われるこの力を持ってして、誰かの為に使いたい。
 密かに由音はそう思った。
「ところで」
 ふと思ったことを、口にする。
「本当に来るのかな、死霊?昨日お前がぶん殴ったし、もうおれらの前に出てこないんじゃね?」
「や、来るな。絶対来る」
「ほう、その心は?」
「俺らはな、最高に美味い餌なんだよ。人外からすれば、そういうものらしい」
 少年が言うには、自分達異能を持つ者というのは人喰いの人外からすると凄まじく美味であるらしい。だからあの死霊も絶対また襲いに来るという。喰らう為に。
「怖っ…。でもお前がいるから大丈夫そうだな!返り討ちだ」
「……そこなんだけどな、お前に二つ言っておきたいことがある」
 楽勝だと確信していた由音へ、神妙な顔つきになった少年が二本指を立てる。
「一つ、昨夜のようにはいかない。…ちなみにお前、戦える?」
「たっ、戦う!?ってあの死霊と?無理に決まってんだろ!」
「だよなあ…」
 がりがりと頭を掻いて少年は苦く笑う。
「ともかく、俺は苦戦する。それは間違いないから戦闘が始まったらお前は物陰に隠れてろ」
「なんで苦戦するんだ?昨日はあんな簡単にぶん殴ったじゃねえか」
「ありゃ、『俺』じゃなかったからな…」
「?」
 言っていることがよくわからない。あれが少年でなくてなんだというのか。確かに纏っている雰囲気というか、そういうものが少し違うような気はしたが…。
「まあいいや、そういうことだから。んで、二つ目」
 ロクな説明もないままに少年は話を続ける。
「死霊ってのはな、ある特性があるんだ」
「特性?」
「ああ。まず死霊なんだが、コイツは強い無念や怨念を残した死人から発生する負の具現化だ。つまりよっぽど辛い死に方や殺され方をすると死霊になりやすい」
 死んでもなお、意思を現世に残すほどの強烈な死に方。納得のいかない理不尽な死。それを認めない、憎悪の思念。それが死霊。
「…じゃ、あの死霊も…」
「うん。それなりの壮絶な死に方か残虐な殺され方をしたか、そのどっちかだろ」
 ごくりと唾を飲んだ由音とは対照的に、少年は慣れたような薄い反応で淡々と続ける。
「で、死霊の特性の話になるんだが。死霊ってのは、自分の死んだ原因を操ることが出来るんだ」
「?…死んだ、原因?」
「そう、死霊は自身の“死因”を操る能力を持ってる。出来るだけ俺の方に引き付けるつもりではあるけど、お前もこれだけは気を付けとけ」
 気を付けろ、と言われてもいまいち危機感が湧かない。何をどう気を付ければいいのだろうか。そんな心の声を表情から察したのか、呆れたように少年は由音を指差した。
「お前、昨夜も身をもって喰らっただろ。あれだよあれ」
「あ」
 言われてわかった。
 あれだ。あの不可視の衝撃。凄まじい勢いで、まるで見えないトラックが突っ込んできたかのような圧迫。
 …………あれが、死因?
 となれば、それは、もしや。
「ってことは!アイツは…っ!」
「避けろッ!!」
 身をもって体験したからこそわかる、あの死霊の大元である男が死んだ原因。それを口にしようとした瞬間、弾かれたように顔をあらぬ方向へ向けた少年が片手で由音を突き飛ばす。片手で押されただけとは思えぬ衝撃を胸に受けて、むせながらも後方へゴロゴロ転がる。
 回る視界の中で、由音を突き飛ばしたのとは逆の手を顔面に持ってきた少年の体が突如として吹き飛んだのが見えた。
「こほっごほ!ちょ…おい!」
 あの吹き飛び方は不味い。何度か普通の人間なら即死しているであろう攻撃を受けている経験上、あれがかなり重い一撃だと見抜けたからこそ由音は冷や汗が噴き出す。吹き飛んだ少年の行方を目で追う。
「いってえ…!なるほどな、この死に方は確かに辛いわ」
 無事だった。持ち前の“倍加”で強化したのか、直撃を受けた腕は赤黒く腫れてはいるものの、折れるまではいっていないようだ。
「下がってろ!巻き込まれるぞ!」
「両方死ぬのにその気遣いは必要なのか?」
 由音の返事より先に割り込んできた男の声に舌打ちし、少年が跳ぶ。不可視の衝撃は少年の立っていた地面を粉々にして抉り、さらに少年を追撃する。
「三十倍っ」
 ガガ、ギンッ!!
 少年が素手で空気を弾く。由音には見えないが、少年はあの不可視の衝撃を打ち落としているらしい。
 難なく両足で着地し、少年は片手を振って由音へ遠ざかるようにジェスチャーを送る。
 自分に出来ることはない。せいぜいが少年の邪魔にならないようにすることくらいだ。おとなしく指示に従い走って離れる。
 走る背中から、妙にぼやけた耳障りな中年男性の声が少年と交わす言葉が聞こえた。

『よう。餌に釣られて出てきやがったな死霊』
『まあ、誘われてしまえば来るしかない。自覚してないようだが、凶悪なまでに美味そうな匂いを放っているんだぞ、お前らは』
『んでノコノコと、馬鹿だなお前。そんなんだから事故るんだよ』
『…ッ!何か、言ったか…!?』
『もしかして相手も故意だったのか?轢き殺したいほど恨まれてたのかよお前。引くな』
『黙れ…』
『トラックで轢き殺されたんだろ?なあ、お可哀想な“轢殺れきさつ”の死霊』
『黙れ、黙れェッ!!!』
『テメエが黙れ。二度目の死なら怖くはないだろ?無念も怨念も抱えたまま三途に沈め』

 轟音が、深夜の空に響き渡る。

       

表紙
Tweet

Neetsha