Neetel Inside ニートノベル
表紙

従者にとって英雄は居ない
従者と魔術師

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 魔法なるもの、超常なるものがこの世界で発見されたのは、今からほんの百年ほど前のこと。
 超常との接触は、多少の混乱を孕みながらも、人類の多くに進歩と平和をもたらした。
 その結果、かつては緊張の耐えなかったこの国境付近も、今ではただの片田舎と同義であり、起こる事件といえば落し物や迷い牛くらいのもの。
 駐屯兵も形だけで、ずいぶんとのんびりしたところになっている。
「な、なんじゃと!」
 そんな牧歌的な農村の空気は、奇しくも先程まで村の来歴を語っていた村長の、頓狂な声で破られてしまった。
 若い旅人には、こんな農村の成り立ちなど聞かされても眠くなるだけだろうと、旅人の出身に話題を移したことがきっかけであった。
「するとあんた、東国の?」
「それが……何か問題でも?」
「何でそれを早く言わんかね!?」
 二ールと名乗ったその若い旅人は、東国ネイの名を出すなり詰め寄ってきた村長の勢いに飲まれ、まともな問答も無いまま、村の宿屋へと連れて行かれてしまった。
「分かった。何だか知らないが、俺が悪かったよ。村に着くなり平和なところだとかあんたが言うもんだから、てっきり余所者にも寛大かと思ったんだ。俺のことが気に入らないなら、さっさと出てくから手荒なことはよしてくれ」
「何を言っとるか!」
「は?」
 村長はニールの手を取り、鍵を一つ手渡すと、彼を出迎えたときと同じ、豪快な笑顔を見せた。
「近く東国から一人こちらへ来ると聞いていたが、まさかあんただったとは。大したもてなしもできんが、宿くらいは用意させてもらうよ。その部屋なら日当たりも良かろう」
「いや、ちょっと待てよ。あんた何か勘違いしてるんじゃ……」
「何が勘違いなものかね。あんた、ネイから来たって言ってただろ。その若さでたいしたもんだ。ひとまず、ワシはこれで失礼するよ。自由にくつろいでくれ。長旅で疲れてるだろう」
 半ば押し込むような形で宿の一室へニールを通した村長は、上機嫌に笑いながらどこぞへと去っていった。
 一方のニールは、唐突な村長の親切らしきものに頭の処理が追いつかず、呆然とその背を目で追うばかりで、今の我が身について考えが至ったのは、それからしばらく経ってからのことだった。
「一体何が悪くてこうなったんだ?」
 最初宿に連れて行かれたときこそ、こうぞんざいに扱われる謂れは無いと憤ったものだったが、逆にこんなもてなしを受ける覚えも彼には無いのである。
 そもそも、説明の機会が無いせいで、村長の方は誤解をしたままだったが、ニールはネイの出身ですらない。
 彼がネイの名前を出したのは、国境付近というこの村の土地柄、誰でも知っている国の名前をひとまず挙げて、だいたいその方角から来ました、という程度の説明をするためであって、彼自身は現地の人間でなければ名前も知らないような小国の出身である。
 そもそもと言えば、ニールがこの村を訪ねることが、あらかじめ決まっていたかのような村長の物言いも、彼には良く分からなかった。
 最終的な目的地こそ決めていたものの、彼の旅路は基本的には気ままなものであり、今日この村を訪ねたのも、大きな風車が偶然目に止まったからという、ただそれだけの理由である。
 ひょっとすると、この村を通るネイのお大臣か何かが居て、自分はそれと間違われたのではなかろうか。
 一連の不可解な出来事をニールはそう結論付けようとしたが、部屋に備え付けられた姿見には、どう贔屓目に見ても貴族や大臣とは見間違えようの無い、彼の旅装が写りこんでいた。
「どうしたもんかな……」
 しばらくの間、身に覚えの無い幸運に戸惑っていたニールだったが、その頭の霧は、再び聞こえてきた村長の頓狂な声で晴らされることとなった。

       

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