Neetel Inside ニートノベル
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 男達は、その全身を黒のフードに包み、完全に夜の闇に溶け込んでいた。
 一人を先頭にして形作られた彼らの紡錘陣は、とても徒歩とは思えない速度で野を裂いていく。
 松明はおろか、およそ光と呼べるものは僅かな月明かりすら避け、それでいてその足取りは、些かも滞ることはない。
 一言も発することなく、完璧な統制を保ち進む彼らの姿は、集団というよりは寧ろ単一生物の手足に近かった。
 村の南方、小高い丘の上に生えている巨木の陰に集った彼らは、目論見の成就を予見すると、その口の端をゆがませた。
 集団の先頭に立つ男は、暫くの間木陰から村の様子を伺っていたが、やがて満足そうに頷き、その口を開いた。
「かつては緊張の耐えない国境地帯と聞いていたが、随分と平和ボケしたものだな。今ならば、結界を破ることも容易い」
 男が掌を掲げると、木陰に潜んでいた集団は一斉に気配を殺すのを止め、殺気を孕んだ構えを見せた。
「……奪え」
 男が掌を下ろすが早いか、控えていた集団は木陰から飛び出し、放たれた矢のように村へと駆け出した。
「そこまでです」
「……!」
 瞬間、男の放った漆黒の矢は、その全てが不可解な突風に吹き返されていた。
「魔術師、か……」
 吹き飛ばされた同胞が、縛り付けられたかのように地面に倒れ伏しているのを確認すると、男はその鋭い眼光を風上へと向けた。
「近づいてくる者には目を光らせていたはずなのだがな……すでに丘の近くに潜んでいたのか?」
「動かないで下さい」
 男の問いには答えず、イルゼは右手を男に向けてかざした。
「この時間にその装束……ただの旅人ではないようですね。それに先程、結界を破ると聞こえましたが」
 男の動きを警戒してか、イルゼの右手には既に風が集まっており、時折鋭い風切り音が辺りに響いている。
 男は、自分の脇を掠めていく風の束には全く頓着せず、じっとイルゼの目を見つめていた。
「やはり潜んでいたようだな。事前に情報が漏れていたのか……」
「あなた達は一体何者ですか? 返答次第では、このまま拘束することになります」
「何者? 我々が来るのを待ち構えていたにしては、随分と間の抜けた質問だな」
「早く答えなさい! さもなければこのまま……!」
「やはり間抜けだ」
「なっ……!?」
 集めた風に舞い上げられた雑草がイルゼの瞼を掠めた一瞬、男はその瞬きに合わせて、イルゼの懐へと一足飛びで飛び込んだ。
「……っ!」
 気付いたイルゼが身体を風に乗せて距離を取るのと、男が腰に忍ばせていた剣を抜き打ちに振り払うのとは、殆ど同時であった。
「浅い……が、妙な手ごたえだな」
 男が興味深げに自分の剣を眺め、薄い笑みを浮かべる。
 外套ごと、自身を覆うように仕込んでいた風の層を裂かれたイルゼは、先程より半歩広く間合いをとって、再び右手に風を集めた。
「……」
 魔力こそ感じないものの、男の見せた身のこなしと、風の鎧を裂いた膂力は人間のそれを遥かに凌駕している。
「……超常」
 人間離れした男の戦力について考えを巡らす内、イルゼの頭に浮かんだのはニールが口にしていた単語であった。
「……仕方ありませんね」
 イルゼが右手に力をこめると、彼女の周囲に響いていた風切り音が、鈍い轟音へと姿を変えた。
「あなたが何者かは知りませんが、無傷での無力化は不可能だと判断しました」
「ほう……!」
 男は見開いた目にささやかな驚嘆と好奇の光を宿らせ、初めてイルゼに対し身構えた。

       

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