Neetel Inside ニートノベル
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 風瀑墜。
 中空へ吹き上げた対象を、自由落下の数倍の加速をつけて叩き落す破壊術。
 単に吹き飛ばすだけの風の魔道に比べ、制御が難しく消耗も大きいが、この術には一度宙に持ち上げてしまえば、地上生物をほぼ無力化できる利点がある。
 大地を奪ってしまえば、男の強靭な脚力も文字通りその基盤を失う。
 敵の長所を殺ぎ、確実な打撃を可能とするイルゼの奥の手である。
「激突の瞬間、手足も風で封じました。受身は不可能……もう聞こえてはいませんね」
 周囲を見回し、残敵の居ないことを確認して、イルゼが風の鎧を解くと、解き放たれた風の流れが、丘の草花を撫ぜた。
「それにしても、彼らは結局何者だったのか……」
 イルゼの視線が、地面に倒れ付す男達の上を滑る。
 男達の左手には小さな白い杭が握られており、そこには解呪の印が記されていた。
「結界を破ると言うのは本気だったようですね。しかし、一体何の目的で……」
「知れたこと。この地を主に捧げる」
「え……?」
 男達の素性について考えを巡らしていたイルゼの耳に、あり得ない声が聞こえてきた。
「……っ!?」
 同時に、イルゼの背を破壊音が叩く。
「この音……まさか村に!?」
「万一に備えて伏せていた予備兵力だ。まさか使うことになるとは思わなかったが……」
 音に取られかけた意識を引き戻し、イルゼが再び周囲に風を纏う。
 その手が向けられているのは、目の前に出来ているクレーターの中心。
 そこでは、地面に叩きつけられ、沈黙したはずの男が、静かに身を起こしていた。
「東国と北国の停戦協定から数年……この地から兵が引き払われて随分久しいが、この肥沃な土地の持つ価値そのものは何も変わらない」
「な、その姿……っ!?」
「貴様ら人間の都合とは関わりなく……な」
 男の姿に、思わずイルゼの体が硬直する。
 外套が破れ、外に晒された皮膚の殆どは深い体毛に覆われており、歪んだ口の端からは牙のように鋭い歯が覗いている。
 そして何より目を引くのは、首筋に光る象形文字を思わせる文様である。
 常人離れした身体能力を誇る剣士。
 首筋の印を中心に発せられる、男の魔力を目の当たりにして、イルゼは己の戦力分析に大きな誤りがあったことに気付いた。
「魔力など用いずとも、一介の術士程度なら抑えられる自信が合ったが、我ながら少し遊びが過ぎたな」
「くっ……」
「これが本来の魔狼の力だ……!」
 男が発した魔力の波に飲まれ、イルゼの足が硬直する。
 少ない余力を身体操作の補助に回したとしても、最早体を持ち上げ、自在に操るほどの風を作ることは、イルゼには適わない。
 今の男の力ならば、担いだ剣を振り下ろすだけで全てが決着するだろう。
 薄く張った風の鎧など、何の気休めにもなるまい。
 背後から、今一度の破壊音。
「最早村も我らが手に落ちた! 貴様の血肉、この地と共に主へ捧げる!」
「……っ!」
「……取り込み中のとこ、悪いな」
「……え?」
 迫る刃と、覚悟を決めたイルゼの首筋との間に、両刃の剣が滑り込む。
「腹減ったから迎えに来た。とっくに五分過ぎてるぞ」
「……あなたは……」
 放心と共にイルゼの魔力が尽き、纏っていた風が四散する。
 イルゼの力の余韻を受けて、ニールの外套が大きくはためいた。

       

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