Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 天空浮遊城アルドバラン。臓器を思わせる複雑でグロテスクな機械がむき出しの外観を持つこの城は、上層部の帝城と下層部の浮遊大陸から構成されている。帝城の中は普通の城郭とさして変わらない内装をしていた。もとから備え付けてあったのか、このたび取り付けられたのか、式典会場を高い天井から大きなシャンデリアが照らす。
 獣神帝ニコラウスは同盟の調印に雁首そろえた列席者を睥睨へいげいした。髑髏の面で顔を隠しているが、匂いで分かる。この男こそ甲皇国ミシュガルド派遣軍のトップ、ホロヴィズと。影武者ではないはずだ。
 向かってホロヴィズの右に座るピンク三つ編みのメガネが秘書官シュエン、左に座る緑のポニーテール少女が護衛のアルペジオ。傭兵らしきエルフ三人、探検服片眼鏡の女学者、黒ニーソの一般人とその従者などペペムムの情報になかったイレギュラーがちらほらいる。有象無象がいくらいようが、ホロヴィズの首をあげれば済むことだとニコラウスはほくそ笑んだ。
 髑髏メットで顔を隠した料理人が料理を運んできた。まずニコラウスの右隣のエルナティの前にローストビーフの皿を、その隣のペペムムの前にチーズタルトの皿を置く。左隣のディオゴ、その隣のロスマルトの前にはサラダの盛り合わせなどが並べられていく。ジョニーはニコラウスの前にマンボウの串焼きの大皿置くと、マン・ボウの腹に手を突っ込んだ。柳葉包丁を一息に引き抜いた勢いのまま、ニコラウスに突き立てた。
 どんなに強かろうが、心臓を一突きにされて生きていられる生物はいない。しかしニコラウスの体は強靭だった。包丁の刃先が折れ、致命傷には至らない。ジョニーは開いた傷口に腕ごと突き入れ刺した。
 心臓をそれたとはいえ重傷のはずが、ニコラウスは詠唱なしで黒の雷の魔法を放つ。ジョニーの体は痙攣して動けなくなった。全身を激痛と熱が突き抜けていく。
「何が夢の島だよ。俺のちっぽけな夢も叶えられねえのかよ」
 ジョニーは崩れ落ちた。それでも柳葉包丁を放さず、さらにえぐりこむように深々と差しこんだ。ついにニコラウスの背中を突き破り、ひしゃげた刃先が突き出る。そのままジョニーは息絶えていた。
 ニコラウスはやおら大剣を抜き、一刀でジョニーの腕を切り離した。そして怒りに任せてミンチになるまでの遺体を切り刻んだ。エルナティは席を蹴って立ち上がる。
「交渉決裂ね。ニコちゃん、そいつもう死んでる」
 ニコラウスは薄ら笑いを浮かべながら、突き刺さったままの包丁からの腕を取り外して捨てた。


「バカな」
 全員が呆然とする中、メゼツはニコラウスの眼前に詰める。そしてニコラウスの腹にマン・ボウの串焼きを突き刺さした。返り血のついたマン・ボウに豪快にかじりつき、メゼツは挑発する。
「どうした。食わねえのか。なかなかうめ~ぞ♪ 」
 イーノの体を借りるメゼツの姿はペンシルズのメンバーを驚かせた。
「イーノちゃん!! 無事だったのか」
「いっけ~!!! 」
 肉体改造を施したメゼツのかつての体ほどではないが、人間よりも比較的丈夫なエルフの体は獣神帝にも十分渡り合える。ニコラウスは息もつかせぬ金串の猛攻をしのぐ。
「なんで召喚士のイーノちゃんが前衛で戦えているんだ」
「先輩、これってイーノが押してますよね。もしかして勝てるんじゃ……」
 ラビットの希望的観測をクルトガは冷静に否定する。
「いや。反撃の隙を与えないように手数で圧倒しているが、いずれ限界がくる」
 エルフの体でもメゼツの剣技にはついていけず、金串の突き終りの一瞬をニコラウスが狙う。
「アナタはオレより弱いですよ」
 ニコラウスの大剣がメゼツの胸甲を砕き、弾き飛ばされ背中を床面に叩きつけられた。メゼツの闘志はいささかも衰えず、起き上がりざまにまた突きまくる。


 見惚れていたロスマルトが我に返り、ニコラウスに加勢しようとする。間に体を入れて止める者があった。
「ディオゴ、なぜ邪魔する」
「言ったろ。同盟を結んでいるのはあんたらだけじゃないんでね。好待遇の甲皇国に鞍替えさせてもらう」
「ふん、コウモリ男め。いいだろう、再戦だ」
 ロスマルトは楽しそうに斧を振り回す。身軽にかわすディオゴも勃起し先走りがほとばしるほど高揚していた。
「エルナティ、あなたはロスマルトに加勢しなさい」
「いやよ。ニコちゃんに加勢する」
 ペペムムのせっかくの采配も、犬猿の仲の二人に引き裂かれた。獣神将たちは反目して連携を取れない。


「しぶとい。いい加減しつこいですよ」
 起き上がりこぼしのように何度も立ち上がるタフなメゼツに、さすがのニコラウスも疲弊の色を隠せない。メゼツは馬鹿の一つ覚えで、金串で喉元を突きまくる。その剣筋の一つがニコラウスを貫き通した。
 首から血煙を上げながらニコラウスは膝をつき、前のめりに倒れた。
「イーノ!!! 」
 仲間たちがメゼツに駆け寄る。長いことウンチダスの体に慣れすぎて、メゼツは自分が呼ばれていることにようやく気が付いた。イーノのしゃべり方をあまり覚えていないメゼツは適当な女言葉でしゃべる。
「オホホッ、あたしにかかればこんなものよ~ん」
「イーノちゃん、ホントにいったいどうしたんだ。オカマっぽいしゃベり方だし」
「誰がオカマだ! 」
「きっと死線をくぐったことによって、秘められた力が解放されたのよ。この雷撃の姫君のように」
「そう、それ。文字通り生まれ変わったとか、そんな感じだ」
 クルトガたちは本物のイーノが死んだことを知らない。イーノの無事をみんな喜んでくれたが、メゼツは後ろめたい気持ちでいっぱいになった。


「待って。まだ、終わってない」
 ニコラウスの体が霧のように消え、本来の禍々しい姿を見せる。人を丸呑みににできそうな大きな口、不均一な並びの三つの目。顔半分を覆う黒いブチの白い狼の化け物が吠える。
「クッ、まさか正体をさらすことになるほど消耗するとは」
 動物学者のズゥはニコラウスの姿に既視感を感じていた。ヌルヌットと呼ばれる食肉目イヌ科の生物に似ている。ズゥはかつてヌルヌットの研究論文まで書いていた。ヌルヌットが古代ミシュガルドの家畜であったという説を提唱もしている。
 何か役に立つかもしれない。ズゥはヌルヌットとニコラウスの特徴の共通性を考えた。ヌルヌットと同じ頭部前面上方についた三つの目は、立体視で上向きの視界を持っているに違いない。
 メゼツは飛び上がってニコラウスを突くが、難なくかわされてしまう。
「イーノさん、そいつの死角は真下です」
 ズゥのアドバイスでメゼツは姿勢を低く構える。ニコラウスの顎の下に滑り込み、下から喉を突く。返り血がメゼツを染めていく。発見した弱点のおかげでメゼツがやや優勢に。ズゥは高い雇用費用分を上回る貢献を果たした。
 追い詰められたニコラウスは当然の戦術として、唯一まともに戦えそうなメゼツを黒の雷で狙う。
「みんな、低いところに逃げろ。雷なら高いところに落ちるはず」
 メゼツは率先して身をかがめる。しかし天井のシャンデリアに雷光が走り、経由して黒い雷は真下にいたメゼツの金串を通り体を貫いた。
「ミャハハッ、バカじゃないの。雷は高いところに落ちるなんて迷信をドブジンルイはいまだに信じているのね。雷は金属やとがった先端に落ちるのに」
「イーノちゃん!! 」
 メゼツはぴくりともしない。ニコラウスはメゼツに念入りに黒の雷を浴びせた。
「ふざけるんじゃない。この程度の輩で獣神帝を弑逆しいぎゃくしようとは、甘く見られたものですね。報いをうけなさい」
 血の使い魔がホロヴィズに襲いかかる。刺突剣レイピアを持たないアルペジオは自分の身を挺してホロヴィズを守ろうとする。
「まったく。僕はこれが苦手だから、秘書になったっていうのに」
 アルペジオにかみついた使い魔を引きはがし、シュエンは素手で縊り殺した。秘書になる前、暗殺者として育成されてきた経験が活きた。適性がなかったために一線を退いていたが、それでも暗殺術は一通り心得ている。アルペジオもシュエンに習い素手で使い魔を殴りつけるが、武器なしではいずれ押し切られてしまうだろう。
「ホロヴィズ将軍。暗殺が失敗した以上、宝玉で脱出を」
「だめだ。まだメゼツが戻っていない」
「メゼツの体はウンチダスなのでしょう。いざとなればテレポートできます。もしかしたら、すでに脱出しているかも」
 シュエンの助言によりホロヴィズは意を決し、甲皇国の出席者を一ヶ所に集めると宝玉を使って脱出した。
「うそ、私たちだけとり残された」
 使い魔たちの矛先が残されたクルトガたちペンシルズに向かう。本能のおもむくままに殺到する使い魔が一瞬で凍り付く。
「フロスト! 魔法を使ったのか」
「もう3特なんて知ったこっちゃないわ。獣神帝は人類共通の敵よ」
 フロストはニコラウスに氷の魔法を放つが、詠唱のタイムラグの間に素早くかわされてしまう。まぐれで当たっても、ニコラウスは霧のように消えて追撃を許さない。ただでさえすばしっこいのに、霧の魔法で姿を消せる。黒の雷まで操り、絶望的な状況だ。
「悪いのは弱い人間だよ? 」
 エルナティは言う。
「まったくネズミ族がこんなドブジンルイの残飯を漁ってきたなんて恥だわ。皆殺しにしましょう。あっ、でも、このチーズタルト焼いたジンルイは許す」
 ペペムムはチーズタルトをかじりながら言う。
「チーズタルトぉぉぉぉー」
 もはや誰もがあきらめかけていた。メゼツが立ち上がるまでは。床に突き刺した金串を杖にメゼツが立ち上がっている。
「確かに使う機会あったぜ」
 ボロボロの鎧の下からは溶けかけたノビルスーツが見えている。
「黒の雷を耐えたしかけはゴム製のインナーですか。用意周到ですね。ですが、次の一撃、耐えられますか? 」
 ニコラウスは魔素マナを溜め、黒の雷を撃つ態勢に入る。ラビットが阻止するために、ニコラウスに組み付く。
「武器がなくても、半人前でも、動きを止めるくらい」
 ニコラウスが巨大な体で振り払うが、ラビットは懸命にしがみつく。クルトガ、ズゥ、ルー、シャルロットまでもが加わり、一時的にニコラウスの動きが止まる。
 エルナティが手裏剣を投げ、ニコラウス救出を図る。
「邪魔はさせないわ。フリーズ」
 フロストが氷結魔法で妨害。
 全員の意志が一つになっている。今ならばいけるかもしれない。メゼツはふらつく体を押して、金串で突いた。瞬間、ニコラウスが霧となって消える。
 霧の魔法で姿を隠したニコラウスは、クルトガとラビットの間をすり抜けいく。ニコラウスの攻撃に一切の遊びがなくなり、姿を消したまま黒の雷を撃つために魔素マナを溜め始めた。
 メゼツは金串を捨てたが、それでも黒の雷を耐えきれないだろう。
「イーノ、なぜ魔法を使わないの。あなたは私のタリスマンを破壊するほどの魔法の才能を秘めているのよ」
「魔法を使えったって、マンボウを出すぐらいしか。いや、もう一つ使える魔法があったぜ。それもとっておきのヤツが」
 メゼツは魔法の入門書を読んで覚えた、物をとがらせる魔法を思い出した。ペペムムによれば雷は金属やとがった先端に落ちるらしい。どこで使うのかと思っていた魔法にこんな使い道が。メゼツは呪文の詠唱を始めた。
「この針は、おぼ針、すす針、貧針、うる針」
 黒の雷が放たれた。メゼツの魔法が発動したのはほぼ同時。ニコラウスに突き刺さっていた柳葉包丁の刃先がとがり、黒の雷が直撃する。
「自分の雷で自分が燃え尽きちまえ!! 」
「……守りきれず……我が……主……」
 最期にニコラウスの脳裏に写ったのは平和だったころのミシュガルドだった。それは幸せだった時間の記憶。霧の魔法が解け、ニコラウスの姿がさらけだされる。体を貫く包丁に高圧電流がかけられ、傷口からは白煙が伸びている。
「ニコちゃん!! いやああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ」
 エルナティがニコラウスの遺体に泣きすがる。
「ダメ。私たちの役目はまだ」
 ペペムムは泣きじゃくるエルナティを引き離し、宝玉を使って落ち伸びていった。メゼツたちは見逃すほかない。死闘の後で余力を残しているものなどいないのだから。


「さて、そろそろ消化試合を終わらせようか」
 ディオゴは上着に隠したホルスターから引き抜いて、2丁の拳銃を至近距離でぶっ放した。
「卑怯な」
 ロスマルトの言葉を遮るように間断なく弾丸を撃ち尽くす。死亡を確認し、仕事を完遂させたディオゴは宝玉を使って脱出した。


 メゼツはくたくただったが、ニコラウスの遺体を探って宝玉を見つけ出した。一見すると透明な石のようだが、見る角度によってさまざまに輝きを変える。新たに手に入れた宝玉により、メゼツ一行はようやく大交易所に帰還することができた。
 雇用契約期間が満了となりズゥと別れ、ペンシルズとの共同戦線も終了となる。メゼツはアルフヘイムのアーミーキャンプへ帰るクルトガたちを見送ろうと、門の外に立つ。
「何やってんの、イーノちゃん。いっしょに帰るんでしょ」
 メゼツはまた、イーノの体であることを忘れていた。このままペンシルズと行動を共にして良いのだろうか。任務を忘れアルフヘイム人イーノとして生きていくのか。それともスパイを続け、嘘をつきながら生きていくのか。どうすれば良いのかわからず、メゼツは逃げ出すことしかできなかった。誰も本当の自分を分かってくれない。
 門の中に飛び込むと知った顔の二人連れの少女にぶつかった。黒猫を思わせるシャルロット黄色い瞳がメゼツを見つめている。
「口調どころか、顔つきまであのウンチダスに似てきてるのよね。あっ、分かった。一度死んだあなたはウンチダスの魂を生贄にして転生したに違いないわ」
 それはいつものシャルロットの妄想に過ぎなかったはずだ。それでもこの一言にメゼツは救われた気がした。


 放置された遺体、天井までこびりつく赤黒い液体、アルドバランの式典会場は生々しい傷跡を残す。激戦冷めあらぬ余韻を楽しむように、いつからいたのか妖艶な紫衣の女人がたたずんでいる。羽飾りに金の腕輪。輝く装飾は、どこかキンバエやシデムシを連想させる。
「氷室に器がなかったからガセかと思ったけど、ここにいっぱいあるじゃない」
 芝居がかったしぐさでニツェシーア・ラギュリは遺体に語りかける。気がふれたように、誰に言うでもなく。
「よりどりみどり。この器、なんて美しい筋肉なのかしら。でも、おつむはいらない」
 ニツェシーアがロスマルトの首をなでると、まるで熟した果実が落ちるように、ひとりでに首がもげた。
「こっちは火傷がひどいわね。私が整形して・ア・ゲ・ル☆ 」
 ニコラウスの首を落とし、ずだ袋に詰め込む。死臭を胸いっぱいに吸い込み、うっとりとした表情で解体を済ませる。ロスマルトの体、ニコラウスの首、ジョニーの右腕。収穫物とともにニツェシーアはいずこかに消えた。

       

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