Neetel Inside ニートノベル
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「そろそろ目ぇ覚ませよ兄ちゃん」
 メゼツは兄ちゃんという言葉に反応した。だがすぐに話しかけてきたのがメルタではないと気づく。メルタはこんなにドスのきいた声ではないし、第一兄ちゃんとは呼ばない。最愛の妹の安否を皇帝に聞き損じたことを悔やみながら、メゼツは目を開いた。目の前にいた甲殻類のようななりの女戦士が気安く話しかけてくる。
「悪いが、あんたが寝ている間に勝手に出航させてもらった」
「魔物がしゃべった!!! 」
「あんたに言われたくないね」
「そうだった。俺は今魔物の体になっていたんだっけか」
 メゼツはそっと自分の手を見た。そもそも手がない。あるのは白濁の体だけだった。シンプルな目と口。ずんぐりとした単色の体。間違いない。メゼツの体は魔獣ウンチダスになっていた。テレポートするぐらいしか能のない、最弱の魔物だ。
「マジか。これで戦えってのか」
 純白の体に赤みが差す。
 女戦士が口を挟む。
「おい兄ちゃん、あんまなめた口きくなよ。私はな、魔物じゃなくて蟹の亜人だぜ。ガザミってんだ」
「けっ、アルフヘイム人かよ」
「あんた、ウンチダスのくせに亜人差別すんのかよ。今はSHWで船を護衛する任務をまかされてんだ。今更捨てた故郷のこと、とやかく言うな」
 メゼツは今自分がいるのがどうやらSHWの客船であることに気づいた。甲皇国の軍艦でミシュガルドに乗り込んだら、すぐに甲皇国の人間だと割れてしまうからだろう。手の込んだことだとメゼツは思った。
 船上で特にすることもないので、メゼツは乗客に話しかけてみることにした。情報収集は勇者としてもスパイとしても基本だろう。
 手始めに船長と思しき身なりの、若いながらも歴戦の傷のある男に声をかけた。
「船長のセレブハートだ。俺はなんといってもミシュガルドの第一発見者だからな。なんでも知っている。何か分からないことがあれば聞いてくれたまえ。」

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┃                ┃
┃>ミシュガルドの謎について聞く ┃
┃                ┃
┃ この船の現在地を聞く     ┃   
┃                ┃
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「ミシュガルドの謎……? ……知って……る……ぜ……? ああ、正式名称セレブハート島のことだな」
「いやミシュガルド大陸のことだ」
「ミシュガルド? ああ、セレブハート島のことだな。後の」
 こいつも無限ループの類か。とりあえず他の質問をしてみようとメゼツは思った。

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┃                ┃
┃ ミシュガルドの謎について聞く ┃
┃                ┃
┃>この船の現在地を聞く     ┃   
┃                ┃
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「今この船は黒い海を大胆に迂回して、中央公海を北に向かっている」
「そのまま北に進むと何がある? 」
「ミシュガルド大陸南端の大交易所。その外港に船を着ける予定だ」
「そのまた北に進むと何がある? 」
「森だな。冒険者が好き勝手に地名を命名してるから、いろいろな呼び方があるが、俺はタルタル樹海と呼んでいる」
「そのまた北に進むと? 」
「しつこいな。まあ、大陸でもいつかは海に出るだろうな」
「そのまた北は? 」
「知らねーよ。船乗りどもが、海の水が滝のように落ちて裏側に折り返してるとかウワサしてたけど」
「お前、ホントは何も知らね~だろ~」
 無意味な無限ループの応酬に飽きて、メゼツは会話を打ち切った。
 次にメゼツは、顔と手足をさらしのようにメジャーで巻いた妙齢の女性に話しかけた。
「私は特級測量士のメルカトル・モーメントだ。私に測れないものはない」
 メゼツはセレブハートと同じ流れに若干の不安を感じた。
「じゃあ聞くが、ミシュガルド大陸の大きさとかも測れるのか」
「愚問だな。すべては私の図盤の上だ」
 メルカトルは自分の技術を見せつけるように、両腕から勢いよくメジャーを射出した。両腕を前に突き出したまま、しばらく静止したままの状態が続く。メゼツがその静寂を破った。
「おい、まだ測れねぇのか」
 メルカトルの右耳についている振り子ピアスが大きく振れた。
「む、むむむ。どういうことだ? メジャーがずっと計測状態のままだ」
「はあ? そりゃこっちが聞きたいぜ。要は測れないんだな」
 メゼツの心無い一言にプライドを傷つけられたメルカトルは、このときミシュガルド大陸全土をを徒歩で測量することを決心した。
 結局大した情報も得られず、メゼツは最後にまったく期待できそうにないモブ兵士に話を聞いた。
「僕の名前はモブナルド・モブランジェロ。島の調査が終わったら、故郷へ帰って結婚するんだ」
「お前、それ死亡フラグだぞ。魔物に気を付けるんだな♪ 」
 死亡フラグとは惑星ニーテリアに古くから伝わるジンクスで、今までパッとしなかった奴が活躍したり、厳しかった上官が急に優しくなったり、しきりに人生設計を語っていたりすると死んでしまうという予兆のことである。
「ハハハ。こんなところに魔物なんて出るわけないだろう? 」
 そのとき望楼で見張りをしていた水夫の叫びが聞こえてきた。
「面舵方向から鳥人、飛来」
「で、出たーーーーーーーーーー! 」
 一見すると肩まで髪を伸ばして羽衣を着た少女のようだが、羽毛で覆われた鉤爪は鳥そのものである。頭には自身の卵の殻をかぶり、眼光は猛禽のように鋭い。
「あれはウッディ・マッドペッカー。刷り込みでミシュガルド大陸を母親だと思い込んでいる厄介な奴だ。ミシュガルドに上陸する者は必ず奴の洗礼を受ける」
 セレブハートが警戒するよう呼びかけた。
「KUEEEEEEEEEE」
 魔物は詠唱することなく魔法を放った。風が巻き起こり、帆がはためく。
「風の祝福。初歩的な風の魔法だな。だが、やはり鳥頭だ。その程度の風ではこの船は沈まん。ガザミ! 」
「言われなくても! 」
 セレブハートの指揮より早く、ガザミはマッドペッカーに肉薄していた。一気に間合いを詰めて、右手のハサミで唐竹割り。振り抜くつもりがマッドペッカーに軽くいなされる。余裕のマッドペッカーは風の魔法を船の帆に放った。帆は大きく風にあおられて、マストが傾く。船は取り取舵方向に流されはじめた。
 傷ついた獲物に群がるピラニアのように、野生の魔物が便乗して船に侵入してくる。
「2の4の6の……ざっと見て30匹ぐらいだな。なんで陸生の魚のマン・ボウや森で暮らす粘菌のゲスライムがこんなところにいるのか分かんねぇけど、雑魚だし楽勝」
 メゼツは剣を抜こうと構え、宙をつかんだ。そこには手も剣もない。肉体改造を施した体も、ワンオフの大剣も、すべては禁断魔法によって失われていた。あるのはウンチダスの体だけだ。楽勝どころか、今のメゼツではマン・ボウ一匹でも差し違えるレベルである。メゼツは今まで大して使ってこなかった頭をフル回転させて、自分でも倒せそうな敵を探すしかなかった。
「ウァァァァァァァァァァ」
 右往左往しているモブナルドを横目に見ながら、メゼツは卑怯と罵られようと、負けるよりは良いと自分に言い聞かせた。そして茶色いスライムに対峙する。そのスライムは長さ3ウンチ――惑星ニーテリアの長さの単位。1ウンチは約2.54センチ。以下単位は現実世界の表記に統一する――重さ21グラムの細長い体をしていた。
「いや、ホントにスライムか! お前!! 」
 形がどう見てもアレだし、さっきから変な臭いがしている。しかしメゼツは母親から人を見た目で差別してはいけない(ただし亜人以外)と言われていたことを思い出し、きっと突然変異のスライムだろうと思うことにした。
「私はスライムではない。うんちだ」
「うんちだったよ!!! 本人が言ってんだから!! 」
「懐かしいその声、純白の体。あなたはもしかして母さん!」
 うんちは衝撃の真実を告白した。
「……か、か、か、かかってこい! 来いよマン・ボウ!武器なんて捨ててかかってこい! 」
 メゼツは混乱している。
「私を嫡出児として認知しないつもりですか」
 うんちは責任とってよと言わんばかりに詰め寄った。
「お前なんて知らね~よ。最近ご無沙汰だよ!! 」
 ウンチダスという名前のわりにメゼツは便秘が続いていた。
「てゆ~か、なんでうんちがしゃべってるんだよ!!! 」
「私は自分の外見と臭いのせいで多くの人に不快感を与えてきた。だから原因を究明するためにSHWの学校に入り、多くのことを学んだ。これからの時代、魔物も学がなくてはな」
 そう言うとうんちはメゼツめがけて突進した。
 轟音。衝撃。粉塵。
 メゼツの足元の舟板が突き破られている。
「あっぶねぇ~、とっさに体をひねってかわしてなきゃヤバかったぜぇ~。うわお前固っ!! 3日野ざらしにした大福みてぇ! 」
「魔法で体表を固くしてるのさ」
 舟板の穴からうんちがはい出てきた。
「いいのかぁ~。ペラペラと種明かししちまって」
 会話している間に、メゼツはうんちを倒す方法をはじき出した。うんちの突進はスライムのような弾力性を利用している。ならば魔法をかけているのは衝突の瞬間だけのはず。スキが生じるとすれば、次の突進のために魔法を解いたときだ。そこに攻撃を叩き込めば。ここまで考えて、メゼツは絶対にうんちに勝てないことに気が付いた。
 うんちを攻撃するということはすなわち、うんちに触るということだ。例え倒したとして、待っているのは社会的な死。メゼツは助けを求め、周りを見渡した。
「ヒィィィィィィィィィィ」
 モブナルドは相変わらず甲板上を逃げ回っていた。
 ガザミはマン・ボウをかたっぱしから切り刻んでいた。
 メルカトルは船が黒い海まで流されていることに真っ先に気付き、セレブハートに報告した。と、その時だった。船底をこする様な振動があり、船が大きく揺れた。巨大な魚影が船の真下を通過する。サイレンのように不安を想起させる鳴き声が響く。
「リヴァイアサンだ。黒い海に棲むという海の悪魔。マッドペッカーめ、まさかこれが狙いか。この海域より離脱するぞ」
 セレブハートは焦燥しながらも操舵手に命令した。しかし、すでに操舵手はマッドペッカーの鉤爪に切り裂かれている。操る者のいなくなった客船は川に落ちた木の葉のようにゆらゆらと、リヴァイアサンの起こす大渦潮に引き寄せられていく。
 足を取られて仰向けに倒れたガザミにマン・ボウが馬乗りになった。
「ガザミ装備ゲット♪ 」
 マン・ボウがガザミの胸甲をはぎとった。下着があらわになり、女戦士らしい露出度の高い格好になる。
「ガザミ! 俺に手があれば、剣があれば……クソ!! 」
「人の心配か。なめるな!! 」
 うんちが弾丸のように突進する。絶体絶命。
 その瞬間、不思議なことが起こった。

       

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Neetsha