「メゼツ、ミカエルを殺せ!!」
「ニフィル、迷うな。禁断魔法を撃てー!!!」
怒鳴り声が飛び交う中、メゼツはミカエル4世に見向きもせず、エルフを見境なく狩る火焔を止めに入る。
ニフィルはミカエル4世に詰め寄られ、取り返しのつかない選択をした。
禁断魔法の火が再び世界に産み落とされる。ニフィルの手を離れた青く光る飛翔体は明滅を繰り返しながらアーミーキャンプ全体に広がっていく。万物は境界を失って混沌へと回帰する。
その時、熱風がウンチダスの体を吹き抜けていった。
空が見える。紫一色のよどんだ空。確かアーミーキャンプの中にいたはずだがとメゼツは思った。赤く朽ちて精霊樹の城は崩れ落ち、肉片が飛び散っている。
冬空からは黒い塊が降り注ぐ。灰かススだと思っていたが、熱を持った顔に当たると解けて黒い水になった。黒い雪が焼け焦げた遺骸を冷やしながら降りしきる。炭になった死骸隠してしまおうと降り積もる。
こんなことは戦中で慣れていたはずだった。禁断魔法だって初めてではない。それでもメゼツは平静でいられなかった。
忘れていただけだった。ショックが大きすぎて記憶にフタをしていただけだ。体は強化できても、心は違う。同じ人間の大量死を受け入れられるほど、人間の心は頑丈にはできていない。
倒れ伏しながらも、まだ息のあったエルフ兵を黒い雪が容赦なく覆いつくす。仲間のエルフが涙をこらえながら掘り出すが、雪を払って出てきたエルフ兵の顔はすでに土気色に変わっていた。
「助からない。放っておけ」
別のエルフがかけた言葉に強い憤りを感じる。なぜ化け物と忌み嫌っていたエルフに対して、メゼツは深い悲しみを感じてしまっているのか。
エルフは人間に劣る亜人で抹殺すべしといかに思想を植え付けられたとしても、心は亜人も人間も変わらないと認めてしまっているからだ。
それがメゼツの見た最後の光景となった。