Neetel Inside ニートノベル
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 アーミーキャンプを失陥したアルフヘイム軍は、再起をかけて馬頭平野に結集していた。
 馬頭平野はアーミーキャンプから森に隔てられて南にある東西に開いた平野で、南は海に面している。ほうほうのていで脱出したミカエル4世らは丘陵地帯から沢伝いに南下し、平野の北部から出て、東側に着陣していた亜人戦車部隊と合流した。
 逃げるだけでせいいっぱいだったため、司令部用の大天幕は用意できず、作戦会議は野外で開かれた。
 臨時とはいえ、簡易トイレの天幕の前に置かれたみじめな玉座にミカエル4世が座る。軍幹部たちが続々と集まり始め、ねぎらいの言葉がかけられた。
「フェアよ。よくぞこれだけの戦車を用意した。礼を言う」
 制帽の下の長い髪を黒いリボンで二つに結い、ブラウンの瞳に枯草色一色で統一された制服。手にはシンプルな黒いステッキ、エルフ耳をしているがアルフヘイム人ではない。フェア・ノートはSHWから魔力タンクの共同開発のために出向。自ら戦車部隊を率いるべくはせ参じた。ミカエル4世はSHWにも援軍を要請している。
 この場にふさわしくない甲殻類のようななりの亜人女戦士が、見知った顔をみつけてはしゃいでいる。
「おっさん、おっさんじゃないか」
「ガザミか」
 無精ひげの苦み走った顔のエルフ、亜人歩兵部隊を総括するキルク・ムゥシカが破顔する。キルクは戦時中ガザミを部下にしていたこともあり、その後もさまざまな戦場を共にした。
「おい、貴様。ゲオルクはどうした」
 ミカエル4世が二人の邂逅に水を差す。
「傭兵王ならこないぜ。アルフヘイムに手を貸すのはこりごりだとよ。でも他の国民は各々自分で決めろって言われてるから、アタシは戦うぜ」
 かんしゃくを起したミカエル4世を黒騎士がなだめる。
「ならば、傭兵どもは貴様にまかせる」
 黒騎士の指揮する亜人騎兵部隊にハイランド騎兵は組み込まれることになった。
 キルクは黒騎士を注意深く観察する。黒騎士は本名バニシュド・ムゥシカ、キルクの実の息子だった。過去形である。キルクは黒騎士が本当に息子か疑っている。禁断魔法に巻き込まれた後からか、ハチミツがどうとか「うんぼくわかった」だとか脈絡のないことを言い出し始めた。そもそも爆心地にいたはずなのに無傷で帰還している。アレは本当に息子なのか?
 さまざまな思惑が交錯する中、作戦会議が始まる。
 ミカエル4世は戦車部隊による中央突破を主張した。黒騎士、キルクは決戦を避け森に逃げ込み、小部隊に分かれての遊撃を主張。ミカエル4世は飛行船によるじゅうたん爆撃によって森を焼かれて、各個撃破されると意見した。
「すべての森を焼くのにじゅうたん爆撃では非効率。さらに資源を求める甲皇国が精霊樹を損傷する恐れがある方法をとるか」
 キルクの反論に対しミカエル4世は反駁する。
「しかし、森への転進をやすやすとゆるす甲皇国ではあるまい」
「私に良い考えがあります。コラウド、アレをやるぞ」
 黒騎士は傍らに控えていた縮れ毛の頭に赤いベレー帽を載せた男に声をかけた。無表情なその顔は見る人が見ればゲリラ戦の英雄に見えないこともない。
「うんぼくわかった」
 コラウドは簡易トイレの天幕の前に進み出るとおもむろに上着を脱ぎだした。腹にある同心円状の魔紋があらわとなる。
「ミカエル陛下。コラウドの姿を見てきっと驚かれることでしょう」
 一糸まとわぬ姿になったコラウドは尻の溝にタバコを挟みトイレに入っていった。
「驚くとはあの姿のことか」
 ミカエル4世は呆れている。
「いや、あれはコラウドが全裸になんないとトイレできないからで。でもトイレをするわけじゃなくて、あれも尻にタバコを挟むのも準備動作みたいなもので」
 支離滅裂に黒騎士は慌てて言葉を発する。
 尻丸出しにコラウドはトイレでハッスル。
(ここの鏡もぼくが映らない)
 銃声とガラスが割れたような音が響く。
「ご心配なく。あれはコラウドが鏡を割っているのです」
 ミカエル4世はだんだん頭が痛くなってきた。トイレから出てきたコラウドを見ると頭痛は収まった。恐怖のほうが勝ったがゆえに。なぜならばコラウドの姿は死んだ英雄そのものだったのだから。
「許してたもれ。許してたも」
 ミカエル4世は椅子から転げ落ちた。
(この取り乱しよう、やはりクラウス・サンティ暗殺の黒幕は……)
「うんぼくわかった」
「落ち着かれよ、我が君。コラウドは変装の達人です」
 クラウスの正体が変装したコラウドということを聞かされる。ミカエル4世は今更取り繕うが、腰が抜けてしまって立てない。
「陛下が本物と思い込むくらいですから、クラウスに戦場で辛酸を舐めさせられた甲皇国人どもはおびえて積極性を欠くでしょう。その間に森へ逃げ込むのです」
 結局、ミカエル4世は黒騎士の策を半分だけ採用した。すなわちクラウスに変装したコラウドによる中央突破。
(森へ逃げ込まないなら、クラウスに変装する意味はない。くそっ、これじゃ片手落ちだ)
 黒騎士は歯がみするしかなかった。
 陣容も決まり、軍幹部たちは部隊を率いて平野東部に着陣した。右翼を黒騎士率いる騎兵部隊、中央をコラウド(実際はフェア)率いる戦車部隊、右翼をキルク率いる歩兵部隊。
 敵の平野西部侵入を物見が報告する。
 敵は左翼に戦車部隊、右翼にゲル大佐率いる歩兵連隊。敵戦車部隊は突出し、亜人戦車部隊と先端を開く。
 一式竜戦車600機が上空から、魔力タンク700両に襲い来る。戦車という名前であるが、外見も中身も戦闘機のほうに近い。戦闘機と違うのは動力に生きた飛龍を使用していることだろう。
「総員、昼飯時の角度のまま前進!!」
 フェアは最大規模の戦車戦なのにまったく高揚感が沸かなかった。この戦いは必ず負ける。戦車はただでさえ上空からの攻撃に弱い。それなのに魔力タンクには上面装甲というものがなかった。フェアはなぜアルフヘイムにもSHWにも甲皇国程の科学力がないのかと悔やんだ。
 しかし客将の身分である以上、負けると分かっていても戦うしかない。フェアは戦車上面に防御魔法を展開するよう指示した。
 竜戦車が吐く炎に亜人戦車部隊は焼かれたが、距離が離れていたことと防御魔法により無効化された。
「よし、こらえた。対空射撃、撃てー!!!」
 魔力タンクの回転砲塔には後装式魔導砲が一門装備されているが、戦車砲と同じで上空に向けて撃つことができない。そこで戦車跨乗タンクデサント兵が上空に向けて一斉に矢を放つ。魔力タンクは操縦1名、砲手1名の他に戦車跨乗タンクデサント兵が3名同乗しているので、全部で2100本の矢が空を埋め尽くしたことになる。
 竜戦車はこれを避けて、上空に逃げる。そして射程外から懲りずに炎を浴びせた。やはり炎は防御魔法に阻まれたが、魔力タンクの足が止まる。
「どうした」
無限軌道キャタピラが、炎に狙い撃ちされています」
 唯一地面と接地している無限軌道キャタピラは防御魔法の外に露出している。そこから熱が伝わり故障の原因となっていた。
「バカな、無限軌道キャタピラだけを狙撃できるなんて。」
 敵の増援で軍用トラック1000両が到着し、随伴歩兵の機械兵0参型が続々と降車する。無機質な機械の兵士が動かなくなった魔力タンクに群がる。戦車跨乗タンクデサント兵が魔力タンクの上から矛を振るって奮戦するも、敵せず。あとは戦争とはいえず、一方的な虐殺となった。芋虫が蟻に解体されていくように、次々と魔力タンクが破壊されていく。残りはわずか5両のみ。そのどれもが無限軌道キャタピラをやられ、立ち往生している。勝負は決した。
 フェアの乗る魔力タンクにも機械兵がまとわりつく。無表情の機械兵が襲い掛かる。機械以上に表情のない男が背負った大剣まさよしを抜き、振り払った。同乗していたコラウドにフェアは礼を言う。コラウドは何も言わない。ただ黙って天を指さす。隊長機とおぼしき双発機が2人を狙っていた。

       

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