Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 陽気が心地よく、南風が大交易所に潮の匂いを運んでくる。一見すると平和な街並みだが、不穏な影は潜んでいた。
「迷子のお知らせです。10歳ぐらいの男の子、リッター・エコロ君が迷子です。緑色の髪と目、長袖の白い服に白い半ズボン……」
 合同調査報告所から繰り返し放送が流れているが、気に留める者は誰ひとりいない。皆自分のことだけでせいいっぱいなのだろう。
 人気はあるのに開拓者たちの家は閉ざされ、ヒソヒソ声だけが聞こえる。
「甲皇国の入植地ガイシでまた爆弾テロだってよ。獣神帝は倒されたんじゃなかったのかよ。こっちに飛び火しなきゃいいが」
「アルフヘイムのテロ組織、エルカイダの仕業じゃないの。なんだって、オツベルグ邸のトイレや、カール邸のキッチンなんかを爆破したのか謎だが」
 通りかかると、息を潜め居留守を決め込む。フリオには面白くない。遊び相手を探して、うろうろしたが仲間はいっこうに集まらない。フリオは待ち切れず提案する。
「骨亜大聖戦ごっこしようぜ。オレ、傭兵王やる」
 戦争の影響がこんなところにも。それとも戦争ごっこができるほど平和になったということだろうか。
「じゃあ、俺がダンディ・ハーシェルで、ドワールはシャムね。三剣士の誓いだ」
 負けじとシャルロットが参戦する。
「では、私は雷撃の姫君役だな」
「そんな奴出て来ねーよ。あと、アルフヘイム側ばっかじゃん。ケーゴは甲皇国のメゼツ役してよ」
 自分の名前とアルフヘイムの英雄たちの名前が並べられて、高鳴るメゼツの鼓動。
「えー、やだよー。カッコわりーよ。アイツ片乳首出てんじゃん」
「いや、メゼツもカッコいいと思うぞ」
 嫌がるケーゴを諭すメゼツ。何が悲しくて自分のフォローをせにゃならんのか。子供は残酷である。
「そんなに、いうんだったら自分がやれよ。乳首出せや、オラ」
「上等だ。やってやらぁ」
 服をはだけるメゼツを、シャルロットは止めもせずワクワクしながら見届けている。赤面するケイゴ。イーノの体をストリップの危機から救ったのは、2人の闖入者だった。
「待ちなさい、マセガキ。今日という今日は許さないんだから」
「そんなぁ。母乳を飲ませてって言っただけなのに」
 白い帽子の子供を大の大人の女性が追い回している。左手は帽子が飛ばないように押さえながら、右手には杖を握っている。白魔導士見習いといったいでたちだ。
 追いかけ回している女戦士は露出度の高いビキニアーマーに両刃斧、エロ担当といった格好だ。名前が似ているシャルロットが、ハイランドの騎士シャーロットだと教えてくれた。
「ホワイト・ハット、こっちだ。秘密基地に逃げ込むぞ」
 ホワイト・ハットと呼ばれた青髪の子供もフリオの遊び友達だったようで、宿敵のシャーロットからいっしょになって逃げる。
「うわー、トロルがくるぞー」
 鬼の形相で迫りくるシャーロット。
「コロス。誰がトロルよ。私は人間だー」
 コの字型のクランクを曲がりまこうとするも、大人を振り切れるはずもない。入り組んだ路地も、ついに行き止まりとなった。ケーゴが慣れた手つきでマンホールのふたを外す。フリオが迷わず飛び込み、手招きする。
 秘密基地とはどうやら、この中のことらしい。なるほど地下組織とはそういうことかと納得して、メゼツはハシゴを降りた。中は大人なら頭をぶつけるほど天井の低い下水道で、マンホールの隙間から漏れる外光しか見えない闇の世界だ。ケーゴはカンテラの代わりに電子妖精ピクシーを取り出した。目に優しくない光が、半径5メートルばかりを照らす。
 こいつら、親はどうしたんだ。孤児? ストリートチルドレン? メゼツは煩悶する。
 無明無音の空間だからか、5メートル先からの足音がやけにはっきりと聞こえる。メゼツは近づいてきた何者かに向かって構えた。電子妖精ピクシーがすぐに分析する。
「足音から歩幅を解析。子供です。心音の不安定なリズムから、プロの迷子リッターと予測します」
 はたして不安げな緑色の瞳で、リッターが顔を現した。
 フリオが下水道の中で留守番していた最後の仲間を紹介する。 
「こいつはリッター。迷子になってたから、仲間に入れてあげたんだ」
「いや、家に帰してやれよ」
 メゼツのまともな指摘は流される。
「今度は冒険ゴッコしようぜ。新しい遊び場を見つけたんだ」
「へい、へい」
 レンガ造りの下水道の中を電子妖精ピクシーが先導し、下水道のことを知り尽くしているフリオが案内する。地下迷宮を探検する冒険者の気持ちなのだろう。メゼツも年甲斐もなくワクワクしていた。何歳になろうが、男って奴は変わらない。シャルロットもノリノリで冒険者役に興じ、ルーが相手している。リッターだけが心細そうに、メゼツのマントを引く。
 別の光源が影を何重にも映し出していた。遠くで何故か猫の鳴き声まで聞こえてくる。子供たちはだんだん気味が悪くなって、口数も少ない。リッターもマントをギュッとつかんで離さない。
 遠くのほうに光を見つける。電子妖精ピクシーの光とは違う自然な光。夜の虫のように子供たちは光に引き寄せられていく。よく考えれば、子供たち以外に下水道の中に人がいるはずもない。それでも闇から逃れようと近づく、怪しい光に導かれるままに。
 天井が急に高くなる。外光を取り入れるためかクリスタルでできているようだった。光の中に特徴的な耳をした影が見える。近くに来ると大勢の人間の息づかいが感じられた。
 そこから壁の様子が様変わりして、レンガ造りから切り出した石をパズルのように敷き詰めた壁になっている。明らかに2種類の壁は造った民族、文化が違うといえそうだ。
 石造りの遺構は半ば土砂に埋もれており、もろ肌脱ぎになった労働者たちによって表土がかき出されている。
「クリスタルの天井のこことここも崩落している。まったく価値のわからぬSHWのバカのせいで」
 鍛え抜かれがっしりした体格のおじさんが、イライラしている学者風の女エルフをなだめた。
「アルステーデ・アズール先生。遺跡の名前は何とします?」
 アルステーデはクリスタルの天井越しに見える空に目を細める。
「決めた。青空地下室遺跡と名付けよう」
 おじさんたちが鋤のような道具で表面の土を薄くはいでいくと、土の下に隠れていた赤く染みついた跡が浮かび上がる。縦に長い楕円の上に5つの小円。メルカトルが測定してみると、25メータープール程の面積はある。あまりに大きいために足跡のような形と理解するまでには時間を要した。
「メルカトル、あんたミシュガルド計測の旅にでかけたんじゃなかったか」
 懐かしい顔に会い、メゼツはつい話しかけた。しかし、メルカトルのほうはウンチダスじゃないメゼツに会うのは初めてである。
「誰だか知らんが、いろいろあったんだよ。いろいろね」
 メルカトルはメゼツの心無い言葉によってミシュガルドを歩測して回ったが、距離が伸びたり縮んだりする現象によりさらに自信を失っていった。その後は謎のボールを探したり、遺跡発掘のバイトをしたりしているらしい。
「これこれ、君たち入ってはいけないよ」
 アルステーデが通せんぼする。
「ここを通らないと新しい遊び場にいけないんだ。通してよ」
 フリオは待ち切れず足踏みする。
「悪いが発掘されるまで、ここは通行止めだよ」
「そんな。どれくらいかかるの」
「そうだな。完掘まで2か月といったとこだね」
 ケーゴが気落ちしたフリオを慰めた。
「ま、今回は諦めようぜ、リーダー」
 フリオがうつむいていた顔を上げると、満面の笑み。
「俺たち冒険はまだこれからだ。さっき猫の鳴き声がしたとこを調べてみようぜ」


 リーダーに振り回され、ブラックホールのメンバーたちは下水道の探検ごっこを続行した。鳴き声は聞こえないがこんどはガラガラヘビの警戒音のような気味の悪い音が聞こえる。
「ホントに行くの?」
「ダイジョーブ! ヘーキ! ヘーキ! きっと猫か何かだよ」
 子供たちの予想を裏切り、暗がりから出てきたのはキメラだった。頭はライオン、体はヤギ、尾は蛇の魔獣である。
「ほらな、ネコだったじゃん」
 フリオがキメラの頭だけを見て判断する。
「ホントに猫か、これ」
 ゴーグルで表情はわからないが、電子妖精ピクシーのディスプレイには(´・ω・)の顔文字。

       

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