Neetel Inside ニートノベル
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「……モローおなかすいてるのかな? エサは何がいいのかな?」
 ドワールがキメラを抱きながら言う。子供たちはキメラにモローという名前をつけて可愛がり、モローのほうも子供たちに懐いていた。
「猫なんだから肉とかだろ」
 それぞれ荷物から食べれそうなものを探す。フリオは拾ったナイフしか持っていない。ケーゴのカバンはポケット鑑定事典とかいうポケットに収まりきれそうもない分厚い書物しか入っていなかったが、ポケットに干し肉が入っていた。ドワールはスケッチブックと水彩絵の具など画材のみ。ホワイト・ハットの水筒はからっぽだった。
 フリオはナイフで干し肉を細切れにしてキメラに与えてみた。
「食べない。そうだ、体はヤギだから紙なら食べるかも」
 ドワールは大切なスケッチブックを惜しげもなく1枚破り、キメラの前に差し出した。が、キメラは顔をそむけるばかり。
「あれ? そういやリッターは?」
 遠巻きに見ていたメゼツがマントの違和感にようやく気付く。
電子妖精ピクシー!!」
 ケーゴが電子妖精ピクシーに捜索させるが、いつのまにか1キロ以上離れてしまったようで見つけることはできなかった。
「何ボサッとしてんのよ! さっきの大人の人に助けてもらおう、急いで!」
「は、はいッ!」
 ドワールにせかされて、ブラックホールは走って発掘現場まで戻った。


「いない」
「くそっ、いなくていいときはいるくせに」
 大人たちの姿は影も形もない。日が傾き、今日の作業は終了してしまったのだろう。青空地下室遺跡は夕焼け地下室遺跡に変わっていた。
「そうだ、これで新しい遊び場にいけるじゃん」
「ダメだよ。リッター君を探さなきゃ」
「でも、新しい遊び場のほうに大人もいるかも」


 発掘現場を通り抜けると、またすぐ景色が変わる。今度は天井に大きな穴が開いて吹き抜けになっていて、そこからガイシの城壁を見上げることができた。その下が円形の人工池になっていて、それを覆うようにたらい型の格納容器が包んでいる。マトリョシカのような構造だ。人工池からは四方八方へ放射状に溝が延びている。溝はたらい型の格納容器のアーチから外に出て、タコ足のように張り巡らされた水路に続いている。甲皇国の魚人奴隷たちが水車と堰によって管理しているが、大雨や洪水のときなど水があふれ浸水しそうだ。
 敷石技術から見て古代ミシュガルド文明のものと推定される。ガイシはこの遺跡の上に作られた町だ。というのもこの地下貯水場をそのまま利用していた。
「ね、ここすごいだろ」
「下水道よりはキレイでいいけど」
 心配顔なドワールが生返事で返した。
 手分けして大人を探すが、今度はケーゴが脱線する。ねっとりとした粘液のまとわりついた大きな卵をどこからか見つけて拾ってきた。きっと異世界を含めたとしても、一番大きそうな卵だ。ダチョウのタマゴよりも大きなそれを、ケーゴはモローの前に差し出した。しっぽが蛇なのだから食べるかも知れないと思ったのだが、やはり食べない。大きすぎる得体の知れない卵を警戒している。
「ニャー、メー、シャー」


 甲皇国とアルフヘイムは獣神帝暗殺の共同作戦以後、急速に接近した。だが誰もが融和政策を望むわけもない。アルフヘイムとの協調路線では丙家の存在意義はなくなる。焦った丙家は自国入植地ガイシに対する自作自演のテロで、世論を欺こうとしていた。
 まるでピエロだ。目の周りのメイクのことを言っているのではない。髪を逆立て、ケバい羽毛と肋骨服をまとった男が自分の役割を自嘲した。いつだって自分は汚れ役だ。丙家の傍流でひとり魔法を研究する人間に、理解者がいるはずもない。だから、あえて風変りな格好をして、人を寄せ付けなかった。手柄を上げて、自分を認めさせる。そのためならテロだろうが自作自演だろうが、なんだってやってやる。


 貯水池で遊びたいために「大人がいる」と適当なことを言ったフリオは、水路に手を突っ込んでいる見るからに怪しい風体の大人を見つけた。
「ほんとにいた」
「なんだガキか。脅かしやがって」
「リッターっていう緑色の髪の男の子知らない、おじさん」
「おじ……まあいいや。うーん、知らないなー。それより、喉が渇いているんじゃないかな」
 おじさんは急に慇懃な態度に豹変し、集まって来たブラックホールの子供たちに瓶入りのジュースを配り始めた。
「よせ。飲むな」
「そっか。知らないおじさんから物をもらっちゃダメだよね」
「そうじゃねー。聞いたことがある。同じ丙家にウルフバード・フォビアとかいう水を爆発させる魔法使いがいると」
「そうだよ。なんだ、知ってたのか。知らなきゃ、痛いと感じる間もなく弾けられたのに。残念だなあ」
 ウルフバードは少しおどけて、恐ろしい事実を肯定した。
「いいだろう。おれが相手になってやる」
 即座に臨戦体制に入るメゼツを見て、ウルフバードは確信した。オレのことも知ってるみたいだしこいつが一番ヤバそうだ。惜しみなく切り札を切る。
「ボーイイーター!!!」
 水路が波立ち、イルカのように飛び跳ねた魚人がメゼツの首筋にかみつく。
「なんだ、こいつは。伏兵?」
 不意をつかれたメゼツはウルフバードから目を放してしまった。十分な準備の時間を得たウルフバードは、水路から水球をつかみだしてメゼツに向かって投げつける。爆発音が反響し、水路が沸騰したかのような水柱が立つ。
 爆風が晴れると、そこには弾き飛ばされぼろきれのようになったメゼツの姿があった。
 頼りにしていたメゼツが瞬殺され、シャルロットは動揺する。もう子供たちしかいない。年長者の自分がしっかりしなければと思うが、体は硬直して動かない。
「あぁああああああ!! がぁ!!! うがあああああ!! あああああああ!!!!」
 子供たちを見て言葉にならない声を上げながら、ボーイイーターが狂喜して襲い掛かる。
「怖い、こっち来ないで」
 ボーイイーターはそれ以上近づけなかった。素直にいうことを聞いたわけでなく、モローが頭突きでそれを阻んだから。ウルフバードが次の目標をモローに定め、水球をつかみ出した。
「今だ。くらえ!!」
「なに?」
 ずっとスキをうかがっていたケーゴの宝剣から炎が放たれる。ウルフバードは防ぐ術がなく、持っていた水球に誘爆し水柱が立った。
「やったか」


 魔法に対して偏見のある甲皇国では、当然ウルフバードを正しく理解している人間は少ない。すべての水を爆破できると、よく誤解された。そんなことができるなら、甲皇国はおろか世界一の魔法使いになっている。人間は70パーセントの水分により構成されているのだから。
 ウルフバードはエルフたちの魔法理論を理解しているわけではなかった。そもそも魔法理論は学者によって説がまちまちである。魔法は魔素マナと呼ばれる素粒子によって引き起こされるという説と魔力と呼ばれる波動によって引き起こされる説が主流らしい。精霊を媒体とする点では共通していて、使いたい魔法属性の精霊に魔素マナを送り込むことによって発動する。精霊は不安定を嫌い、受けた魔素マナを魔法の形で放出して安定しようとする。おおざっぱに言えば、これが魔法理論である。
 ウルフバードは見たこともない精霊など信じられず、独学で魔法体系を再構築した。それによると水には爆発しやすい部分とそうでない部分があり、爆発しやすい部分を濃縮することこそがウルフバードの魔法の神髄だった。


 ウルフバードは持っていた水球に誘爆する直前、とっさに水球を散らすことによって直撃を免れていた。とは言え爆風で羽毛が飛び散り、全身にかすり傷を負っている。
「へえ、その宝剣。中距離戦もできるんだ」
「そんな、外した」
 ケーゴは構わず続けざまに宝剣の炎を放った。ウルフバードは水球を水路に叩きつけ、水柱で壁を作ることによってすべて防ぎきる。ブラックホールを包む絶望感を変えようと、リーダーが口を開いた。
「こいつらはオレが止める。そのスキにみんなをつれて逃げろ、ケーゴ」
「フリオ、無茶だよ」
「む……無茶じゃない。オレはリーダーだからな」
 ドワールが咳払いをひとつ、場を鎮める。
「ごほん。お絵かき最高評議会委員長として命じます! フリオ君、あなたは誰よりもこの地下迷宮を知り尽くしてるよね。脱出して助けを呼んで来て。私たちはフリオ君を待つ」
「分かった。絶対に助けに行く」
 フリオは自分の使命を自覚し、もと来た道を走り出す。わき目も振らずひた走る。
「結構肝座ってんなあ」
 ケーゴはドワールの意外な一面を見た気がした。
「それは……こんな時代だからね」
 そう言って微笑むドワールはケーゴの目にどこか悲しく映った。


( ;∀;)

       

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