Neetel Inside ニートノベル
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ミシュガルドを救う22の方法
1章 魔術師還る

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 合同調査報告所。本来は冒険者たちが発見したアーティファクト、遺跡、新種の生物などの情報を集積し、3大国で共有するための施設である。3大国の閣僚たちが話し合うための施設はミシュガルドにはまだない。そのため軍縮条約の批准後、一年ごとに開かれようになった国際閣僚級会議は、ここ合同調査報告所の会議室で行われるのが通例となっていた。
 アルフヘイムの難民問題、甲皇国の未帰還兵問題が議題に挙がり、遅々として進まない軍縮に至って話し合いは大詰めを迎えている。
 会議室の床にはスクリーンほどの広さの世界地図が描かれ、3大国に合わせて三つの長机がそれぞれ置かれている。一般用出入り口から見て正面にアルフヘイムの代表者たちが座り、左側にSHWの代表者が座っていた。
「で、なんで俺がここに呼ばれたワケ? 」
 右側の五つの席のうち一番入り口に近い椅子に座っている男は、右目の周りにヘビメタのようなメイクを施し、情報将校の黒い軍服を着崩している。場違いなカールは隣のククイに不満を漏らす。ククイだけは椅子ではなく車いすに座っていた。長くつやのある黒髪、黒い瞳、黒い礼服と黒一色で、ワンポイントに髑髏を模したヘッドドレスをつけている。
「見なさい。アルフヘイム側はエンジェルエルフ族族長のミハイル4世、ノースエルフ族族長ダート・スタンを出してきているわ」
 ククイが顎で指す。ミハイル4世は胸まで伸びる白髪からとがった耳を突き出し、エンジェルエルフ族の礼服である白い長衣を着ている。幼女のように見えるが、ウン百年生きる化け物である。ダート・スタンは一見すると和服を着た小さいおじいちゃんだが、隙あらばセクハラするなかなかの変態だ。茶色い帽子とサングラスがより変態っぽさを引き立てている。二人とも貴族の長であり、部族会議に参加する資格を有す。ククイはアルフヘイム側の人材と釣り合いをとるために、文官の長である八省卿が4人も主席したと言いたいのだろう。
「孝部卿(防衛大臣に相当)の丙武、義部卿(法務大臣に相当)のカデンツァ、礼部卿(経済産業大臣に相当)のククイはまだ分かる。智部卿(宮内庁長官に相当)の俺はまったく関係ないだろ。」
「この際、役職はどうでもいいのよ。文官に実権などないのだから。ミシュガルドにいた八省卿が私たちだけだった、ただそれだけだわ」
 文官の実務は事務次官以下が担当していて、八省卿は名誉職でしかない。皇族や人気のある軍人などの中から皇帝が任命する。実際に八省卿が実権を握ったのは、長い甲皇国の歴史上、皇帝の座が空位であったときだけだった。
「まあ普段、皇帝の命令書を事務次官に渡すか、事務次官から上がってきた経過報告書に判を押すぐらいしか仕事がないんだから、たまには働きますか」
 カールはしぶしぶ了解した。楽しみはこの後開かれるであろう3国友好のためのパーティーに、どんな料理が出るかぐらいしかない。
「それに、あの連中には任せておけない」
 ククイは振り返って3人を見る。
 外交官のオツベルク・レイズナーを丙武とカデンツァが焚き付けていた。
 丙武はジャラジャラと勲章の付いた軍服を着て、特注の鉄製の無骨な椅子に座っている。口元はニヤついているが、眼鏡の奥の目は笑っていない。
「弱腰外交してんじゃねーぞ、てめー。これだから乙家は。乙家おつ」
 カデンツァも女だてらに軍服に身を包み、長い黒髪をたなびかせている。皇帝の孫という威光を放ち、目は怒りに燃えるように赤い。
「シャキッとせんか。我が国が軍縮しているのに、アルフヘイムの方が軍縮が進んでいないことを問いただせ」
 オツベルグは育ちの良い端正な顔、金髪碧眼、赤いマントと王子を連想させるいでたちだが、皇族ではない。ククイと同じハト派の名門貴族乙家の子弟で、外交官である。甲皇国は外交を軽視する傾向があり、皇国大使館ミシュガルド支局は信部省(総務省に相当)の外局に過ぎない。オツベルグが二人の意見を鵜呑みにして、アルフヘイム側に詰め寄る。
「我がエンパイアは軍縮をドゥーしているのに、アルフヘイムの方はスローリー。ユーたちも軍縮をドゥーしなさい」
 ミハエル4世がキレイな顔を醜くくずし、ルビーのような目を見開いて言い返す。
「アルフヘイムは魔法監察庁から特定魔法取締監察官を派遣し、強力な魔法の使用に制限をかけている。軍縮が進んでいないのは甲皇国の方では。甲皇国の新兵器が密かにミシュガルドに上陸しているという情報、我々が知らないとでも」
「OH、素晴らしいです。アルフヘイムも軍縮をドゥーしてたんですネ。我がエンパイアも見習って新兵器の丙式乙女……もごもごもご」
 丙武がオツベルグの口を押さえる。
「俺たちだって、禁断魔法の使い手ニフィル・ルル・ニフィーがアルフヘイムに上陸していることをつかんでいるんだぜ」


 カールは自分と同じようにまったくやる気のなさそうなSHWの席の男を見た。ダボダボの青い普段着の冴えない30代半ばの男を。カールのつかんだ情報によれば、彼こそがSHWの元首、常勝の魔術師と名高い大社長ヤー・ウィリーのはずだ。しかし、軍人でもないのに常勝、魔法も使えないのに魔術師とはどういうことだろう。誇大広告じゃないのかとカールは疑っている。会議の収拾がつかないとみたのか、終始黙っていたヤー・ウィリーは静かに退席した。
 

       

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