Neetel Inside ニートノベル
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 ロンドはまだ授業に不慣れなようで、太陽が一番高いところに昇ると子供たちの集中力が途切れた。
「ということで、気圧や温度でものは伸び縮みするんです。天井や壁が急に軋んだ音を立てることがある鳴家やなりも、そのせいだから無闇に怖がらないように」
 ロンドは授業をそう締めくくると、生徒たちを家に送った。ユイとルドルフはここぞとばかりに下校中の生徒たちを勧誘するも、立ち止まって話を聞いてすらもらえない。ただひとり銀色髪の男の子がじっとメゼツを見ている。メゼツと目が合い男の子は目をそらした。
「なんだよ」
「わっ」
 急に話しかけられ返答に困っていると、チャンスとばかりにユイとルドルフが割って入った。
「探検部に入りたいんだよね」
「そうだよね」
 ユイとルドルフが銀色髪の男の子をはさんで交互に話しかける。2人の圧に負けてついに言わされる。
「はい! 探検部に入れてください。僕、アインっていいます」
 すっかり仲良くなったイナオにも探検部の勧誘をかける。イナオは「アマリ様もいっしょに行っていいなら」と条件を付けてOKしてくれた。
「なんだお前。親もついてくんのか」
 少し呆れ気味に毒づいたメゼツの前に、妖しい色香を漂わせながらオトナの女性が近寄って来る。今度はメゼツがどきりとする番だった。うっすらと茂った眉に、目元涼やかな薄化粧、ユイと同じくらい大きな獣耳。なんの亜人か分からないが、そのフカフカの耳からはキツネを連想させる。それより何より目を引くのは、帯で強調された大きな胸である。エドマチの着物では本来、体のラインを消してしまう。その着物の上からでさえはっきりと存在感を示しているそれにメゼツは釘づけになる。
わらわがアマリじゃ。よろしく頼むぞ。親ではなく、師じゃな。イナオの保護者ではあるがの」
「僕は子供じゃないってば! アマリ様のバカ!」
「保護者がイヤなら夫婦が良いかえ」
 イナオとじゃれあうアマリ。教育上よろしくない人物のようだが、子供たちだけよりも大人がいた方が良いだろう。メゼツはアマリの同伴を許すことにした。けして誘惑にまけたわけではないと自分に言い訳しながら。
 まずは森に面している北門を目指す。大交易所は最近また再開発が始まり、道路などのインフラの整備が進んでいる。SHWはその財源を貴族からの寄付でまかなっていた。施設や道路の命名権は寄付した貴族にあり、例えばこのクノッヘン通りならば甲皇国皇帝クノッヘンの寄付によって造られたとすぐに分かる仕組みになっている。
 クノッヘン通り周辺はとりわけ乙家の私邸や別荘が多い。乙家はアルフヘイムとの融和路線を目指すハト派なので、自然とアルフヘイム人も住まうようになった。治安も良く、5年前まで両国が戦争していたとは思えぬほど、平和な空気が流れている。
「あの子の服かわいいなあ」
 兎耳の帽子をかぶった幼女にイナオの目が留まる。赤いマフラーに淡い青に染められた毛織物、もしかしたら手編みかもしれない。あの服なら自分が着ても女装とは思われないかも、などとついついイナオは考えてしまう。
 他の子供たちの目は幼女が連れている熊のような大きさの動物に集中している。
「いいなあ、犬飼いたいなあ」
 物おじせずに犬に近づくユイとは対照的にメゼツは遠巻きから疑いの目で見ている。
「本当にこれ犬か?」
「ペピトは犬だよ」
 ペピト。それがこの熊のように大きな黒い犬の名前らしい。
 子供同士すぐに打ち解けあい、北門に向かって話しながらあるいているうちに、兎耳帽子の少女ペピタも探検について来てくれることになった。
 北門を出ればもう森が迫っている。大交易所の南は海に面し、北には山岳と森が広がる。ミシュガルドの景観が凝縮された箱庭のようで、大交易所は観光地としても人気がある。
 しかし危険の多い森を巡る観光客はまれで、子供だけなんてもってのほかだ。
 森は薄暗く、瘴気のような霧がかかっている。探検というよりも肝試しのつもりなのだろう。ユイが声に抑揚をつけて怪談を話し始めた。
「ねぇ知ってる。ミシュガルドで死んじゃうとヒュームスになっちゃうんだって」
「ヒュームス?」
「幽霊みたいに青白く透き通ってて、よく分からないことを語りかけてくるんだって。それでね秘宝を守ってる手だけのヒュームスは秘宝を取ろうした人の体の中に手をつっこんで殺しちゃうんだって」
 ルドルフがブルブルと身震いする。それをめざとくみつけたメゼツがからかう。
「何、お前ビビってんのか?」
「びびび……ビビってなんかないですよ!」
 そこはルドルフも男の子、必死に虚勢を張っている。
 追い打ちをかけるように、負けじとペピタも怪談話を披露した。
「私もこんな話聞いたことあるよー。妖怪帰りたいおじさんっていうの」

       

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