Neetel Inside ニートノベル
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 霧が晴れ、探検部らが見たものは木々生い茂る隠れ里。紫色の花が咲く低木からは芳しいお香のような匂い立つ。ペピトが鼻をクンクンと嗅ぎ分け知らす、沈丁花。メゼツはなぜか死んだとき味わった気分を思い出す。
 寺社楼閣が隙間なく迷路のように立ち並び、立体交差した橋が建物どうしを繋いでいる。一番大きな橋の先、最奥に社が鎮座する。うち捨てられた里なのか、人の気配がまるでない。
 探検しようということになって、社に近づくと遮るように突風が。
「痛いよ、痛い」
 ルドルフがひざを抱えてうずくまる。血は出ていないが、ぱっくりとひざに小さな傷がある。
「今、ルドルフのひざ小僧切った何かを僕は見た。イタチのようななりをした奴がギュルルとぶつかって、鋭いしっぽが触れたんだ」
「怖がらせたってダメだよう。私まだまだ帰らない」
 アインの言葉をユイたちは怪談の続きと受け取った。アインの他にはみな誰も、イタチのような生き物を見てないのだからしょうがない。暑くもないのにびっしょりと、アインは汗をかいていた。
 また風が吹き、幽谷を滑りはざまを通り抜け、樹冠を走り、軒下の洗濯物を跳ね飛ばす。錫杖が鳴り、風がやむ。音の鳴るほう振り向けば、赤毛の子供が立っている。褐色肌にエドマチの行者のような格好だ。人の気配はさっきまでなかったはずだ。いつのまに背中をとられていたのだろう。
 錫杖を向け、にらみつけ「帰れ!」と一喝。
 親切で言っているのに子供らは聞かずにわがまま言っている。
「来たばかりなのに、帰れってなにさ。探検するんだい!」
「帰れなくなる。現世と地続きのうちに帰らんと」
 赤毛は空を仰ぎ見て、雲のゆくえを追っている。雲があんなに速いから上空はきっと嵐だろう。赤毛は飛ぶのを諦めて、嵐のように去っていく。一陣の風。
 子供らはあっけにとられて、その姿が小さくなるのを見送った。
 探検部の面々は渋面作り忠告を聞かずに、奥へと分け入った。目の前にあるこの秘境、探検せずにいられない。さっそく手近な家見つけ、あつかましくも上がりこむ。
 瓦で葺いた黒い屋根。漆喰塗りの白い壁、瓦を張ったナマコ壁。木造平屋の軒下にすだれのように干し柿が風に吹かれて揺れている。人の住んでいる痕跡があるのに、何故か人がいない。しかし手入れが行き届き、障子の破れひとつない。廃村というわけじゃない。
 ひときわ大きなお屋敷の障子戸に、ふと映る影。人がいるんだ。そう思い、戸を引き、入る家の中。
 ぎいっと天井踏み鳴らす。大きな音が鳴り響き、こわごわそちらを向いたれば、逆さに張り付く何がしか。目が合いとたんに逃げていく。
「皆さん、あれを見てください」
 アインの指さす方向に、すでに何かの影はなし。
「何もいないよ。ビビりすぎ。今度は何を見たんだよ」
 アインもよくは見ていない。小さな子供だった気がするが説明しようがない。
「聞こえないですか。この声が」
 欄間の陰からこちら見て、さっきの何かが笑ってる。
「怖い怖いと思ってちゃ幻覚だって見えてくる。大方ロンド先生が言っていた鳴家やなりと言う奴だ」
 さっそくロンド先生の授業が役に立っていた。アインを安心させようと、メゼツはにこりと微笑んだ。エルフ幼女の微笑みにアインの心は千々乱れ、顔を赤らめ押し黙る。アインは自分の体から、水という水が消えてって、息をするのもつらくなる。
「幻覚でない。本物じゃ。わらわもこの目でしかと見た」
 アマリの口調は今までのおちゃらけたものと違ってた。
「怖がらせてもダメだよう。この里探検するまでは、お家になんかに帰らない」
 探検部部長の宣言に、アマリはたしなめるように強い口調で注意した。
「よく分からぬが、逆さまに張り付いていたのはあやかしの類なのかも知れぬのじゃ」
 以前住んでたエドマチで目にした小鬼に似ていたと、説明するが子供らはいまいち危険に疎すぎる。
「逆さになっていたのなら私の仲間のコウモリの亜人の種族じゃないかしら」
 仲間に会いたい一心でユイはつぶさに見て回る。コウモリ亜人の声はおろか人っ子ひとり見つからない。
 探検部の面々は家の探検諦めて、社を目指し歩き出す。社の橋を渡ろうと。
 傾きかけた太陽が子供らの影引き延ばす。
「アマリ様もう帰りましょう」
 あんなに警戒してたのに、アマリはとろける表情で里をすっかり気にいった。どうしようもなく懐かしさがこみあげるのを止められない。かつて住んでたエドマチに雰囲気が似ているからだろうか。それとももっと奥底の記憶よるものだろうか。
「ここはいいところじゃのう……もう、ここで一生暮さぬか? ふふふ」
「いいね。お嬢さんとなら、こんな危ない村だって我慢できるし住めるなあ」
 誰もいなかったはずの橋、ボーイッシュな少女が欄干に腰掛け話しに割って入り込む。
「いいね。お嬢さんとなら、こんなアブノーマルだって我慢汁? は? すぺるま? お主、何をゆうておる」
「お前も何をいってんだ」
 子供たちは構わずに橋を渡り切っていた。
「興味本位ただそれだけで、聖域荒らしていいのかな。行きはよいよい、帰りは……ね」
 一瞥されただけなのに、アインはその場にうずくまる。腹の中から響いてくる。何かが暴れている音が。苦しむアインの背中をメゼツがさする。
「吐いちまえ」
 ついに耐えきれなくなって、堰を切って流れ出た。それはよどんだ川の水。
「同期がすでに始まって、君は川を司るあやかしだからミシュガルドの川の汚染できついだろ」
アインあやかし? ふざけんな。あやかしなんて、そんなもの見えないんだからいないだろ」
アインを介抱しながらも、メゼツは少女に居丈高。アインは吐いて楽になる。だが、頭からにょきにょきと珊瑚のように美しいとがった角が生えてきた。メゼツはそれでも信じない。
「風、音、心。見えないがと確かに存在するものだ」
 メゼツは少女の言うことに耳を傾けることもなく、大きな鳥居をくぐりぬけ奥の社の荘厳なしめ縄くぐり、境内の闇の中へと踏み込んだ。
 拝殿に入ると、ご神体とおぼしき鏡が鎮座する。鏡の前にお供えの大福餅が3つある。朝からなにも食べてないメゼツはひとつ手に取って、食べるかどうか思案した。
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