Neetel Inside ニートノベル
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 メゼツに任務を与えた前皇帝は倒れ、父も無役となった。メゼツは任務から解放され、もはやスパイの真似事をする必要はない。うんちに自分が甲皇国のメゼツであることを明かした。うんちはそのことを知っていたが、メゼツが自分から話してくれたのがよほどうれしかったらしい。対等な関係になるために、ヤーの大社長の頼みでメゼツを監視していたことを正直に話した。メゼツは気にも留めず、今まで通り今日も酒場へと繰り出す。
 明るく振る舞っているが、突然命を与えられ、突然自由を与えられ、メゼツは持て余している。ミーリスの酒場に入りびたり、電子妖精ピクシーをから再生されるヤーの音声を聞いているうんちにくだを巻く。
 カウンターにもはや何杯目か知れないジョッキが置かれる。
「これで最後にしときよ」
 ミーリスが親身になって言う。
「いーだろー。金はあるんだから、なあ」
 メゼツは右隣に座るうんちに同意を求めるが、ミーリスと同じことを言われてしまった。
 ミーリスは金については心配していなかった。ただメゼツの飲み方がいつもと違い、どこか危うく感じていた。危ういと言えばメゼツの左隣の客もそうとう酔っている。
「俺はよー、海の男なんだ。なーにが悲しくてこんなクエストをやらなきゃいけねーんだよ、チャイ!」
 チャイと呼ばれたのはさらに左に座ってミルクを飲んでいた少年だった。青い髪に小麦色の肌の少年が慰める。
「まあ、まあ。客船をボロボロにしちゃったんだから、クエストで稼ぎましょう、セレブハート船長! 船を買うためにも、仲間を解放するためにも」
 セレブハートとメゼツは以前会ったことがある。隣り合って座っているのに、両者とも泥酔していて互いに気付かない。
 メゼツは木製ジョッキに満たされた黄金色に輝く酒を喉をならし飲み干す。
「なーに、まじめぶってんだー。ぎゃはは」
「メゼツさん、邪魔しないでくださいよ」
 電子妖精ピクシーから再生されるヤー社長の音声メモは東ミシュガルド鉄道の敷設権を取得しただとか、保険に線路の幅を甲皇国の線路と変えているといったメゼツにとって退屈な内容だった。
「そう言えばミシュ鉄の総裁から面白い話を聞いたよ」
 ヤーの音声は続ける。
 1つの路線では10人の保線夫が作業している。
 別路線ではふたりの保線夫が作業している。
 ふたつの路線は分岐器のところでひとつの路線に合流し東側に長く伸びている。
 今東側から暴走列車が迫ってきている。このままではひかれてしまう。
 他の保線夫たちはまったく気づかず、気づいたのは分岐器のところで作業しているあなただけ。
 分岐器は10人の保線夫がいる路線に切り替わっている。あなたなら分岐器をふたりの保線夫の路線に切り替えますか?
 といった話だった。
 うんちは悩んでいたが、答えを出せずにいた。メゼツは考えているのかいないのか、ジョッキの中の泡をただ眺めている。
 ヤーはそんな状況を見越していたのか、フォローを入れた。
「この問題に正解はないんだよ。迷うことは悪いことじゃない。だから大いに悩んでほしい。考える時間があるうちに」
 ヤーは問題に新たな切り口を与えるためにふたつ例を出した。
「例えばこの問題、もともとふたりの保線夫側に分岐器が切り替わっていたら、分岐器をわざわざ変えたりしないだろう。実質的には同じことなのに、行動は変わってしまう。例えば路線夫の代わりにマニフィック・フルール(食紅としても使われる食用の花)が置いてあったらどうだろう。きっとマニフィック・フルールがふたつの路線にためらわず分岐器を切り替えることができるだろう。合理的な判断をする権力者は国民の顔がマニフィック・フルールに見えているんだろうね」
 SHWの大社長の言葉とは思えなかった。ヤーはまるで大きすぎる権力に戸惑っているかのようだ。
 ヤーの話の余韻を破り、酒場に似つかしくない軍靴の音が鳴り響く。酒場の入り口は丙武軍団に固められ、兵たちがささつつする花道を大柄な幹部が歩いてくる。一歩一歩踏みしめるたびに、ジョッキの酒が揺れる。揺れは次第に大きくなり、ついにはこぼれた。
「英雄のなりそこないが。あわれだな」
「俺に構うな、丙武!」
 丙武は大げさに腕を広げて、多くの勲章をつった軍服を見せつける。
「今の俺はミシュガルド派遣軍すべてに号令できる立場だ。お前に命令する。海軍を任せられる人材を探して連れてこい」
 丙武は全軍に号令できる立場と言ったが、すべてを掌握しているわけではなかった。それは、ペリソン提督に袖にされたため、海軍の人材を欲したことからもうかがえる。
「丙武の兄貴よー。俺の役割はもう終わったんだ。別の奴をあたりな」
 まさか従軍時に良くしてやったメゼツからも断られるとは思ってもみなかった丙武は、射抜くような視線で睨む。
 メゼツは気にもとめず酒を飲み続けている。
 丙武がメゼツの椅子を蹴り飛ばすと、あれほど騒がしかった酒場が静まり返る。
 ミーリスは店に来る荒くれものの扱いに慣れていて「ケンカなら外でやりな」と啖呵を切った。メゼツは立ち上がりミーリスのいるカウンターの前に多めに代金を置く。
「ちょっと」
 ミーリスが困るのも気にかけず、丙武軍団がたむろする酒場の入り口へ。
「いいんですか?」
 うんちが後を追う。
 丙武が指をならすと、入り口をふさいでいた丙武軍団は道を開けた。入り口から機械人形が兵隊に引かれてくる。広い肩幅は入り口を通り切らず、無理やり通って入り口を破壊してしまった。
 修羅場を幾たびも潜り抜けてきたミーリスもこれには青ざめる。
 ずんぐりとした機械人形の中には少女の顔が見える。
 メゼツの義妹、メルタだった。
「どうだ? 凝った趣向だろ。気に入ってくれたか? 俺に協力しといた方がいいんじゃないのかー、メゼツぅー」
 丙武のおどしにメゼツは一気に酔いが醒めた。
「お兄様? ホントにお兄様ですの?」
 ウンチダスに憑依しているメゼツのことを、丙武はメルタに話していた。しかし丙武が新皇帝を傀儡とし、父ホロヴィズを失脚させたことは知らせていない。
 メルタは無邪気に義兄との再会に興奮し、周りの兵士を振り回している。
「大丈夫です、メゼツさん。人質に取られてる妹さんの方がどう見ても強そうです」
 メゼツはうんちの献策が耳に入らないほどうろたえていた。
「ああぁあ、どうしよう。メルタがー!! 早く海軍の人材を探さなきゃー!!!」
 酒場の重い空気をぶち破る、空気の読めないひとりの酔っぱらいの叫び声。
「おれはミシュガルドの発見者なんだぞ!! なんでこんなみじめな仕事しなきゃいけねーんだよ」
 チャイがあわててセレブハートの口を塞いだ。
「いたーーー!!!!」
 メゼツはぐでんぐでんに泥酔しているセレブハートに指をさした。
「メゼツぅー、テキトーこいてんじゃねーぞー」
「いやマジだって。こいつの戦い方をまぢかに見たから間違いねーって」
 本人の了承抜きで勝手に海軍の人材として登用されそうになっている。セレブハートはろれつの回らぬ口調で一言いってやった。
「俺を雇いたきゃなー、皇国貴族の地位を約束しろよバカヤロー」
「そんなものでよければくれてやろう」
 丙武は気前よく酔っぱらいの戯言に首肯する。
「セレブハートさん、しっかりしてください。これはチャンスですよ」
 耳打ちするチャイの言葉で、セレブハートは思い出したように条件を付け加えた。
「あと、今やってるクエスト手伝ってー」
「そっちじゃない!」
 チャイは酔いの醒めないセレブハート足を思い切りふんずけてやった。
「いだっ、分かったよ、もー。甲皇国が抑留している船乗り仲間を解放してやってくれ。それが条件だ」
「それと」
 さらに条件を重ねようとするセレブハートに、メゼツは呆れていた。
「まだあるのかよ。存外欲深だな」
「それと、ミシュガルド半分よこしやがれ!!!」
 メゼツとチャイはせっかくまとまった交渉がお釈迦になると心配したが、無用だった。
「ハッハッハ、男子たるものそうでなくっちゃなあ。気に入った。貴様が海軍を率いろ」
 丙武はセレブハートのおとぎ話のような提案に対して、おとぎ話のように応えた。切り取り次第にせよと。
 

       

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