Neetel Inside ニートノベル
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 港から交易所までは道なりにあるいていけばすぐ着くが、メゼツ(外見はウンチダス)は大金をもっていることで気が大きくなっている。馬車に乗っていくことに決めた。しかし、メゼツもただ出費をするわけではない。馬車の御者は情報通であることが多いとうんちに聞いたので、さっそく乗り合い馬車の御者に話しかけた。
「乗せてくれ」
 御者は一瞥するとつれない答えを返した。
「悪いんだが今観光ツアーで貸し切っててね。他を当たってくれ」
「お前、ウンチダスとうんちだからって乗車拒否すんな」
 傘を持ったポニーテールの猫耳セーラー服少女が「空いてるし、ケチケチせずに乗せてあげれば」と一言声をかけてくれたおかげで、乗せてもらえることになった。
 座席は左右の側面に固定された一続きの簡素な板で、左右二列の席は向かい合わせになっている。猫耳少女の対面にツアコンの女性、その左隣にOL風の女性が座っていた。船から宝箱などの荷物を運んで来てくれたメルカトルが猫耳少女の右隣に座る。その右隣にメゼツ、メゼツの対面にうんちが座った。
 馬車が動き出すと席の上で体が左右に滑るほど揺れた。ツアコンが無謀にも、その中で立ち上がり何事かしゃべっている。
「皆さん、この度はミシュガルド大好きっ子ツアーにご参加いただき、ありがとうございます。わたくしツアーコンダクターの天城院るるぶと申します」
 メゼツの席は御者から一番遠く、話しかけづらい。仕方なく猫耳少女に話しかけた。
「おい、猫耳。禁断魔法をつかうエルフについて何か知らないか」
「猫耳って。伊予国えひめ、えひめって呼んで。情報はタダでは教えられないよ。こう見えてもあたし、情報屋なんだから」
 メゼツは何故情報屋が観光してるのかと思ったが、とりあえず1万VIP払ってみた。
「まいどありー。調査には2週間ほどかかるよ」
「は? 今教えろよ」
「知っているとは一言もいってないけど」
 だまされたと思ったメゼツはメルカトルにえひめの強さを測るように指示した。弱ければ腕にものを言わせるつもりだった。
「出ました。78ウンチダスだ」
 自分の78倍の強さである。メゼツは泣き寝入りするしかなかった。
「そうだ。情報だったら、新聞を読んでみてはいかがかな。私の荷物の中にあるはずだ」
 うんちの提案にメゼツは乗ってみることにした。どうせ馬車の中では暇を持て余してしまうから。メゼツは器用に足を使って荷物の中から新聞を取り出した。
「どれどれ。クラーケン新聞ね~」
「見出しを見て読みたい記事がなければ、社説から読むことをお勧めする。新聞社ごとの個性が分かるのさ」
 社説には大見出しで『創刊5周年特別企画――戦後5年を考える――英雄クラウス・サンティの功罪』と書かれている。メゼツは初めて新聞というものを読んだが、なかなかどうして面白い。クラウスは味方の武器を破壊し、矢や食料を無駄遣いした。クラウスは軍資金を敵に渡した。クラウスは商船を攻撃させた。クラウスは農奴たちに農地をやると出来もしない約束を勝手にした。罪ばかりが書きたてられ、恨み節が続いていく。さくさく読み進めていたが、中ほどまで読んだところで何故かメゼツの名前が出てきた。
『かたや甲皇国に良将は多かれど、英雄と呼ばれるものはいない。強いて上げるならばタカ派丙家の当主でミシュガルド調査兵団総司令官ホロヴィズ将軍の子、故メゼツ氏がふさわしいのではないだろうか。以下メゼツ氏について、甲皇国の八省卿に試みたインタビュー内容を載せる。

孝部卿(防衛大臣に相当)丙武氏
 ああ、メゼツ君ね。俺のことを兄貴、兄貴と慕ってましたよ。憧れていたんだろうね。でもエルフの捕虜を強姦しなかったのには驚いたよ。ああ、そっちかってね。あの時は貞操の危機を感じたよ。

忠部卿(文部科学大臣に相当)乙文氏
 素体エルフを捕獲した件で受勲したらしいけど、あれはその素体から新兵器を作り出した科学者に与えられるべきだよ。おっと今のはオフレコで。

智部卿(宮内庁長官に相当)カール氏
 誰? 』
 
「人が死んでる間に好き勝手言いやがって! 」
 メゼツは新聞を踏みつけると、馬車の外に捨ててしまった。
「おお、私の新聞が」
 目の前に城壁が見えてくる。交易所はもう近い。


「ようこそミシュガルドへ」
 交易所の城門の前に立つエルフの町娘があいさつをした。
「ようこそミシュガルドへ」
 御者が通行許可書を門番に見せている間、その言葉しか教わっていない九官鳥のようにエルフの町娘はずっと同じ言葉を繰り返し続けた。
「ようこそミシュガルドへ」
 御者も門番も慣れているのか、まったく気にも留めない。
「ようこそミシュガルドへ」
 メゼツも戦争でああなった人間をたくさん見てきたから、特に気にしなかった。きっと戦争においてまともな精神状態でいられる人間の方が、よっぽど異常なのだろう。
 馬車は城門をくぐり、城壁の内側へと入った。交易所とはひとつの建物のことではない。市場ごとに建物が割り当てられ、その周りにはそれに付随する宿泊施設や小売店があり、ひとつの町と言って過言ではないだろう。町の四方が城壁で取り囲まれているのはゲリラ攻撃を仕掛けてくる獣神帝の勢力に備えてのものだろう。
「左手をご覧ください。中央に見えます一番高い建物が合同調査報告所になります」
 ツアコンの女性が四つの旗をはためかせる塔のように高い建物を指さし、馬車ガイドする。
「右手をご覧ください中央に見えます一番高いのが中指でございます」
 笑っているのは伊予国えひめとOL風の女性だけ。メゼツはまったく笑えず、異世界的ギャグだなと思った。
「それって山田邦子の往年のネタですよね」
「はあ? 私のオリジナルですけど」
 伊予国えひめにいちゃもんをつけられたと思ったツアコンは、営業スマイルをひくつかせながら否定する。OL風の女性は現実世界から異世界に飛ばされて来た自分と同じものを伊予国えひめに感じていた。
 突如馬車が止まる。
 御者が手綱を引き絞り、馬が二本足で立ち上がりいななく。馬車が揺れ、体の小さいメゼツとうんちは外に投げ出された。馬車の前を横断幕を掲げる行列が通りすぎていく。どうやら馬車を止めたのは大通りを不法占拠するこのデモ隊のようだ。
「いって~な~。なんだこいつら」
 デモ隊の中には怪しげな黒いフードをかぶった集団や、走り回る謎な生物も交じってはいたが、おおむね普通の人たちが参加していた。合同調査報告所に向かってシュプレヒコールを上げている。
「甲皇国は軍縮を進めろ」
「アルフヘイムも軍縮を進めろ」
「協力して難民問題を解決しろ」
 逆に軍縮反対のデモをしている食い詰めた傭兵や、便乗して説法をしている機械教団まで集合し、一種異様な光景が広がっている。明日にでも世界が崩壊するんじゃないか、楽観的な人間ですら不安を感じるような終末的風景。
 黒山の人だかりからうんちが知った顔を見つけかけよる。
「ヤー大社長!! こんなところで一体何を」
「うんちじゃないか。急に学校に来なくなって心配していたんだぞ。僕はお忍びで閣僚級会議に出席したんだが、軍縮が進まなかったからデモに訴えているのさ」
「デモなんて効果があるのか? 」
 メゼツが話に割り込んだ。
「彼は? 」
「母さんです」
「誤解を生むようなことを言うな。俺はメゼ……ウンチダスだ」
 魔導二輪ラナンシーを並べてデモ隊を威圧している甲皇国の憲兵たちをヤーが指さす。
「二人とも見てごらん、憲兵が何人か逮捕しているだろ。あれは見せしめだね。甲皇国が躍起になって取り締まるということは、デモの効果を恐れてのことじゃないだろうか」
 甲皇国を悪く言われた気がしたメゼツはくってかかった。
「でもよ、獣神帝とかいうのが襲い掛かってくるんだから、軍縮しないほうが良くね~か」
「僕はそうは思わない。軍隊で獣神帝を討伐できるなら、すでにやっているはずだね。それができないのは獣神帝が神出鬼没で少数精鋭だからさ。巨象が蟻を踏みつぶせないのと同じだよ。それよりかは3大国が協力し、獣神帝の居場所を探したほうが良い。そのとき初めて獣神帝を話し合いの場に引きずり出すことができる」
 承服しかねるメゼツの肩を御者が後ろから叩く。
「旦那、乗り逃げはいけねえな」
「っせ~な~。ちゃんと払うって。メルカトル! 」
 メルカトルが宝箱の中からVIP金貨を取り出す。
「旦那、そいつはここでは使えませんぜ。カンパニーア銀行でガルダに両替しなきゃ」
 メゼツはミシュガルドの通貨がガルダと呼ばれる黒い硬貨であることを初めて知る。御者にカンパニーア銀行の前に馬車をつけて貰い、両替するまで待たせた。


 メゼツたちを待つ間、ヤーはうんちに密命を与え、伝令手段として人工電子妖精ピクシーを手渡した。
「あのウンチダスを監視して欲しい。彼は甲皇国のスパイだ」
「そ、そんな。証拠は、証拠はあるんですか」
「あの大量のVIP金貨だよ。個人の持ち物としては多すぎる。アルフヘイムは貨幣の鋳造技術がなかったから、SHWを通じて甲皇国の通貨VIPを輸入し、長年使ってきた。だがミシュガルド発見後はいち早くガルダに切り替えている。あえて敵国の貨幣を使う必要がなくなったからね。つまり今現在VIPを使っている国は甲皇国とSHWしかないんだ。SHWの商人がガルダに両替することを知らないなんてありえない。そこから導き出されるのは、彼が甲皇国が雇った魔物ということだ」
 うんちにとってヤーは恩人だ。SHWの学校に入れたのはヤーの鶴の一声のおかげだった。うんちの心がきゅうきゅうと締め付けられる。
「母さんを監視するなんてできません。拒否します」
「信頼しているんだね。これは命令じゃない、お願いだ。だから聞かなくてもいい。ウンチダスの不利になりそうなことは話さなくていいし、他愛ない日常のことだけでもいいから報告してくれないだろうか。」
「それで良いのなら」
 心のつかえが取れたうんちは承諾することにした。大社長は強制できる立場なのにそれをせず、自分のような小さなものの心さえ推し量ってくれる。うんちは改めてヤーを尊敬した。
「常勝の魔術師。やはりあなたは英雄だ」
 ヤーはあまり嬉しくなさそうに、困った顔をして頭をかいた。
「僕は英雄として死ぬより、人間として生きたいのさ」
 そう言い残し、ヤーはSHW本国へと帰っていった。

       

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