Neetel Inside ニートノベル
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「チキチキ魚人肉クッキング対決!!」
 会場の天井からつり下げられたネオンきらめく大看板。
 会場を一望できるもっとも高い位置に特別展望席が設けられた。展望席の中央に珍しく皇帝のマントで正装しているカールが座っている。
 カールの横に座らされているククイが呆れ顔で聞く。
「あなたは、何をやっているのかしら?」
「何って、料理大会の審査委員兼司会だけど」
「料理大会の司会やる皇帝なんて聞いたことないわよ!!」
 ククイはカールの食道楽に多少は目をつぶってきたが、ここまでするとは予想の斜め上だった。
「平和な新時代の到来を国民に示すためにこれが最善の方法なんだよ」
「本国のユリウスに権力を移譲して、丙武をけん制することには成功したけど。依然丙武の勢力は健在よ。浮かれ過ぎじゃないかしら」
 小声で忠告するククイにカールも小声で答える。
「丙武軍団はエルカイダとの戦闘で死傷者を出し、大幅に勢力を落としている。あとは自滅を待つばかりだよ」
 カールは会場として、地下闘技場を選んだ。熱気が充満し、娯楽に飢えた観客が集まり、立ち見もでるほどの大盛況だ。
 左手に拡声器マイクを握りしめ、カールは隣の席に右手を差し出す。
「まずは審査委員兼解説者を紹介しましょう。最近流行のカルファ(コーヒーに似た飲み物)でお馴染み、エーコの喫茶店のマスター、エーコさんにお越しいただきました」
「ど、どうも。大任ですが、精一杯はたします」
 一見するとあか抜けたところのない田舎娘のように見えるが、ブラウンの髪から飛び出た獣耳が犬の亜人であることを示している。
「審査委員長は今隠れ家的な人気を集めている焼肉店、炭火火竜サラマンドル店長トーチ」
「おい、カール。これはどういうことだ?」
「こういうイベントはいい宣伝になる。炭火火竜サラマンドルの知名度を上げるためにも一肌脱いでくれよ」
 竜人サラマンドル族特有の大きな体を小さくさせて、トーチはつぶやく。
「審査委員長なんて柄じゃないんだがなあ」
 カールは審査委員を手早く紹介すると、料理人たちを呼び込んだ。
「それではお待たせいたしました。アイアンシェフの入場です!」
 噴き出した炭ガスが晴れると2組の料理人が特設の調理場に登場する。ド派手な電飾で飾り付けられた会場はさらにヒートアップ。甲皇国の科学力をいかんなく発揮した演出だ。
 司会者から見て右の調理場には白い調理服に身を包んだ黒髪ツインテの美少女。ぴっちりとした調理服が浮き出た腹筋をより強調している。
「アサモちゃああああああああああああああああああん」
 熱狂的なファンが観客席を右に左に動きながら応援している。
 司会者から見て左の調理場にはヒスイの連れてきた二人の助っ人とメゼツ一行が入った。やはりみな調理服を着ていたが、メゼツだけはエプロンに三角巾だ。
「勝利した側に裏クエストの賞金30万VIPが支払われます。なお副賞としまして皇帝になる権利が譲渡されます。ただしメゼツチームが負けた場合ペナルティとして元の牢獄に戻っていただきます。制限時間は1時間。それでは、マン・ボウ料理勝負はじめ!!」
 リップサービスではなくカールの本心であることにいち早く気付いたククイは止めようするが、カールの意志は固い。
「料理を制する者は世界を制すという言葉がある。この大会の勝利者こそ皇帝にふさわしい」
「初めて耳にする言葉だわ。誰の言葉かしら?」
「現甲皇国皇帝の言葉だよ」


 アサモは手早くマン・ボウを解体し、使用する部位だけを取り出す。マン・ボウの魚肉を一口大の大きさにさばいていく。
「おーっとアサモシェフ、続いてマン・ボウの魚卵の黄身と白身を分け始めた! これはどう思われますか、エーコさん」
「マン・ボウの魚卵は鶏卵に近く、薄い塩味が特徴です。白身を泡立ててメレンゲを作るのかも」
「なるほど。マン・ボウの魚卵は殻の代わりに薄い皮膜で覆われてかなりグロい。ですが出る生ゴミの量が少なく、甲皇国の加工食品用の鶏卵はほとんどマン・ボウの魚卵で代用されているぐらいですからね」
 アサモはハンドミキサーのようなスピードでボウルの白身を泡立てる。
「わたたっ……私の泡立て器が啼いておる!」
 すぐに角がたったメレンゲが出来上がった。


 メゼツたちも調理場に用意された食材を手に取る。黄糖岩、カーネ・ヴァル印のバター、ラッカセイのラードと調味料ばかりで、肝心の魚人肉がない。
「カール! 魚人の肉が用意されてねーんだが」
 メゼツは審査員席まで届く大声で自分たちの不利を訴えるが、カールに一蹴される。
「何を言ってるのかな、メゼツ君は? 料理人として食材を自分で用意するのは基本中の基本だよ」
 カールは最初からメゼツたちを勝たせる気がなかった。
 メゼツがこの困難をどうやって切り抜けるのか。そして、どんな料理を作るのかということのみにカールの興味は注がれていた。
 すでに10分が経過し、アサモは下ごしらえを終え、次のステップに進んでいる。
 このままでは何もできないまま不戦敗だ。
 どんな勝負でも負けるのがイヤなメゼツは、恥を忍んでアサモに頼み込んだ。
「この通りだ。魚人肉を分けてくれないか」
 アサモは黄身を加えてさらに撹拌していた手を止める。
 頭を下げるメゼツに肉と魚卵を使い切った無残なマン・ボウを手渡した。
 アサモからしてみれば本来自分が受け取るはずのクエスト報酬を受け取れず、イチャモンをつけられ料理勝負をさせられているのである。つい辛辣な言葉が出てしまう。
「こんな生ゴミで良ければ、どうぞ」
 逆上するメゼツを遮り、うんちが優しく諭す。
「マン・ボウの七つ道具という言葉があります。肉、肝、水袋(胃)、ぬの(卵巣)、えら、とも(胸びれ、尾びれ)、皮、全部食べられます。マン・ボウには捨てるところなんて、ない。メゼツさん、まだあきらめてはいけません」
 メゼツはうんちの進言をしぶしぶ受け入れ、生ゴミを受け取った。
 すぐさまセレブハートとチャイが肉のそぎ落とされたマン・ボウの解体にかかる。
「あんた、料理できんのか?」
「俺は海の男だぜ。できるのは魚人をさばくところまでだ」
 自分がやるしかないと思っているところに、ヒスイが自分の手柄を誇るように言う。
「こんな時こそ、私の連れてきた助っ人の出番ね!」
「いや、お前の連れてきた助っ人、お前に負けず劣らず役立たずじゃん」
 ヒスイの連れてきた塩おむすび職人人は黙々と塩おむすびを作り続けている。
「文句、いうな。これ、食え」
 塩おむすび職人人は自身たっぷりにおむすびをメゼツに手渡す。
 海苔すら巻いていないベーシックな塩おむすびをほおばる。
「うまい! うまいよ、でも。マン・ボウ料理じゃねーと意味ねーだろーがあああああ!!」
「おさえてください、メゼツさん。この塩おむすびに焼いたマン・ボウの皮を具にして入れてみては」
 うんちの建設的な意見も、塩おむすび職人人はよしとしない。
「具、入れる、邪道。シンプル、イズ、ベスト。米の味わかる」
「知らねーよ、お前のこだわりとかよおおおおおお!!!」
 職人人はひとつのアイテムを作ることのみに執着するミシュガルド現地人の種族である。
 メゼツに何を言われようとも、塩おむすびを作り続けるだけだった。
「コックスズキなら、コックスズキならきっと何とかしてくれるはず。彼の作るウルトラ玉子かけごはんは絶品なんだから」
 ヒスイは自分が連れてきたもうひとり助っ人に望みを託した。
 目はなく歯ぐきが見えるほど大きな口だけの顔、ずうたいに比べて小さなコック帽。
 あまり繊細な料理ができるようには思えない。
「マン・ボウの魚卵は全部アサモに取られてるから、玉子かけごはん作れねーだろが。塩おむすびとか玉子かけごはんとか、飯はもう沢山だ」
 メゼツはやはり自分がやるしかないと、セレブハートが切り分けたマン・ボウの皮を強火で焼き始めた。もう時間がない。
「料理は火力パワーだぜえええ!!!」


「メゼツチームがバカなことをやっている間に、アサモシェフは最後の仕上げに入りました」
 アサモは腕を広げた長さよりもずっと長い、丸太のようなものを持ち出した。とても食材には見えない。
 その丸太を節にそって切り分けると、泡を吹いて中から樹液が染み出してきた。
「あれはムシカゴという植物です。中に甘い蜜が詰まっているので、錬成してスィートソースを作るつもりでは」
 エーコの予想通り、アサモは蜜を片手鍋に搾りだし、余分な水分を飛ばすために煮詰めソースを作る。
 氷を入れたボウルに鍋ごとつけて粗熱を取り、平皿中央に盛り付けられたクリーム色の塊に、砂糖を焦がしたような匂いのスィートソースがかけられる。
「完成です!! なんとアサモシェフ、残り時間を20分も残しての余裕の早さです。当然この早さも審査に加味されます」
 アサモは完成した3皿を手ずから審査委員席に並べていった。
「さあ、ご賞味あれ!」
 カールは待ってましたと言わんばかりに、すぐにスプーンを取った。
 スプーンでつついてみると、そのクリーム色の物体はぷるんと悩ましげに揺れている。
 エーコもスプーンで一口分すくう。まずはスィートソースをつけずに食べてみた。
「初めて食べる触感です。中に細かい気泡が入っていてふんわりとしている」
 弾力があるが口の中で自然に崩れていく。ムースともまた違った食感だ。
 味は食材そのものの出汁と塩味のみ。中にある歯ごたえのある塊はマン・ボウの肉だろうか。
 エーコはてっきりスィーツを作っていたものだと思っていたが、違う。これはまったく新しい創作料理なのかもしれない。
 目を閉じて吟味していたトーチが目を見開く。
「そうだ。この味、エドマチで食べたことがある。確かチャワンムシという料理だ! 茶碗に入っていないといった違いはあるが、このふんわりとした食感は本場を超えたと言っても過言ではない!!」
「チャワンムシこそ王者の料理よ! メゼツチームの料理を食べるまでもなく勝者が決定しそうだ!!」
 俄然テンションを上げるカールにアサモが水を差す。
「あの、それチャワンムシじゃなくてプリンなんですけど。私シェフじゃなくてパティシエですから」
 会場は一時、水を打ったように静まり返る。
 エーコはトーチと顔を見合わせ、ひそひそ話をしている。
「プリンってプリンムシの玉子から作る、あの甘くておいしいスィーツですよね?」
「うむ。プリンとしては減点だが、チャワンムシだったら満点なんだよなあ。どうしよう?」
「おーっとー、これは審議だー!! 審査委員が審議に入りましたー!!!」


 時間は刻一刻と過ぎていく。
 ヒスイは小切りにしたローパーを金串に刺し、黄糖岩を溶かして作った甘ダレを塗る。
 ローパーは揮発性の油脂やアルコール成分が多く、引火しないように弱火であぶる。
「なに、ローパー焼いてんだよ! マン・ボウ焼けよ!!」
「大丈夫! マン・ボウはコックスズキさんが料理してるから!!」
「料理って、あのスプラッターな現場のことか?」
 どたんと中華包丁が振り下ろされる。びちゃびちゃと飛沫が飛び散り、ブツ切りにした内臓を血の色で満たされた鍋の中に放り込んでいく。
 コックスズキはそれをかき回し、小皿にとって味見する。
 料理というよりは魔女がかき混ぜる鍋の中身といったグロテクスさだ。
 コックスズキは小皿にとって、無言でメゼツに突き出した。
 メゼツは恐る恐る赤いスープを指につけて舐めてみる。
「うまい! 見た目はアレだが、バツグンにうまい!!」
 これならいけるかもしれない。メゼツの頭に勝利の方程式が浮かぶ。


 時間いっぱいとなり、3人の審査委員の前にコックスズキの作った闇鍋が運ばれてくる。
「では、審査に入ります」
「まだだ! まだ俺のターンは終了していないぜ!! これに塩おむすび職人人が作った塩おむすび、マン・ボウの皮の串焼き、ローパーのかば焼きを加えれば、マン・ボウ定食出来上がりだぜ!!!」
「なんとー! メゼツシュフ土壇場で間に合わせたー!! しかし問題は味のほうです!!!」
 エーコはまず塩おむすびに手をつける。
「ほのかな塩味とお米本来の甘味。米粒が立ち、固く握らず空気を含んでいて軽い」
 カールは果敢に闇鍋のほうにも手をつけた。赤い汁に浮かぶ黄色い肝。触感はホクホクとして、味は濃厚。胃は弾力があり、エラは肉厚で歯ごたえがある。胸びれ、尾びれから出汁をとったあっさりスープに、様々な食感を楽しめる具材。
 トーチは平皿から皮の串焼きを手に取り口に運んだ。
「表面はカリッと中はゼラチン質のもっちりとした食感、味付けは塩だけとシンプルだ」
 続いて塩おむすびをほおばる。薄い塩味の味付けがおかずの濃い味を邪魔せず、食が進む。
 今度はローパーのかば焼きを手にする。手が止まらない。
「審査員長トーチ、次々とたいらげていく。串焼き、塩おむすび、かば焼き、塩おむすび、闇鍋、これは三角食べだー!!!!」
「健康的ですね」
 3人の審査委員は余すところなくマン・ボウを味わった。


「それでは、審査委員長。総評をお願いします!」
「その前にアサモシェフに聞きたい。このチャワンムシをあくまでプリンと言い張りますか?」
「私はパティシエです。プリンのつもりで作ったのだから、絶対にプリンです」
 ドラムロールが鳴りやみ、一呼吸おいてトーチが告げる。
「勝者メゼツチーム!!! アサモシェフは惜しかった。プリンじゃなければ勝敗は違っていた」
「ふぇ~ん! そんなの学校で習ってないよぉ!」
「では賞品の授与に移ります。さあ、メゼツ君。皇帝になる権利を受けたまえ。早く早くぅ!!」
 カールは皇帝のマントをメゼツの肩にかけた。
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┃>断る      ┃→17章へすすめ
┃         ┃
┃ 皇帝に即位する ┃→19章へすすめ
┃         ┃
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