Neetel Inside ニートノベル
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ミシュガルドを救う22の方法
14章 節制の終わり

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 人の手が入らないはずの原生林から亜人と人間達のいさかいが聞こえる。
「話し合うじゃと!! 正気か」
 黒騎士率いるアルフヘイム騎兵隊と一時的にでも協力することに、ダートは強く反発した。
「あんたも黒騎士も同じアルフヘイム人だろ。なんで反対するんだ?」
「こやつをアルフヘイム人とは呼べぬ。アルフヘイムを隠れ蓑にする薄汚いテロリストじゃ」
 ダートの敵意丸出しの態度に、黒騎士は狂ったように笑った。
「はっはっは、アルフヘイムなんて国がどこにある? そんなものはとうに滅んださ。老人どもの膿のたまった目にはありもしない幻が映るとみえる。国という垣根が戦争を生むということも知らぬ愚物どもめ。その点我が組織エルカイダは国籍を一切問わない。エルカイダは種族の垣根さえ取り払う。だから君たちの共同戦線を張るのもやぶさかではない。」
 黒騎士ほど露骨ではないにせよ、甲皇国の版図となった森の中では取り残された者どうしが手を取り合うほか仕方がなかった。
 しかし70年も不仲だった種族どうしがすぐに打ち解けられるわけもなく、些細なことでも火種になる。
「あなたいい加減にリャーから降りなさい!」
 スズカがプレーリードラゴンからガザミを引きずり降ろそうとしている。
「リャーってプレーリードラゴンの名前か? もしかしてリャーリャー鳴くからリャーなのか? 甲皇国って安直だなあ」
「うっさいわね! プレーリードラゴンにプレーリドラゴンって名前つけるほうがよっぽど安直じゃない!!」
 深い森の中に2人の声が飲み込まれていく。
 リャーはかつての飼い主と今の飼い主、2人の飼い主が言い争うのを悲しい顔で見ている。
 いがみ合う飼い主に愛想を尽かせてしまったのかぷいと顔を背けると、森の奥へと走り去ってしまった。
 せっかく再会できた愛竜に追いていかれたスズカは血相変えてリャーを追う。ガザミも競うように追いかけた。
 勝手な単独行動は森の中で命とりになりかねない。メゼツと黒騎士は2人を追うということに関しては意見が一致した。
 獣道を切り開きながら、メゼツ一行は慎重に森を進む。
 積もる落ち葉が深くなり、目の見えないメゼツは足をとられることが多くなった。しかし一ヶ所に留まることは危険だ。メゼツたちは山がちな道を強行軍で通り抜けた。
 バネシダの新芽が拳を持ち上げている。甲皇国本国では化石か古い絵画の中でしか見ることができない植物だ。自分たちが危険な未開地の中で孤立していることを感じずにはいられなかった。
 よほど奥地に来てしまったのだろう。目の前に岩山がそびえたっている。上からスズカとガザミの声がやまびこに乗って響く。
「やった。あたしが一番最初に見つけたー」
「違うわ。この子リャーじゃない」
「って、ちょっと待て。ここ、プレーリードラゴンだらけじゃないか」
 2人の声をたどり、行きついた先は別天地だった。
 山が浮かび上がったのかと錯覚するほど巨大な竜が蒼空を遊弋ゆうよくしている。巨大な体に比して羽も手足も小さく、背の上の光輪で浮いているようだ。
「あの巨竜はハイドロエンドスター。アルフヘイムで見かけなくなったから絶滅したのかと思っていたけど、ミシュガルドに渡っていたのか」
 ひび割れた大地を流れる清流をプレーリードラゴンの群れが喉を鳴らし飲んでいる。
「どうして竜たちがこのあたりに集住してるのかしら」
 スズカの口をついて出た問に通りがかりの親切な竜人の少女が答えてくれた。
「それはね、未開の土地で不安だから自然に寄り添って暮らしてるのよ」
「竜たちの隠れ里ってわけだな」
 メゼツの声に青い髪の竜人少女は嫌悪感示す。
「男が話かけないで」
 声だけでウンチダスの体のメゼツを男と見抜いてしまったようだ。よほどの男嫌いらしい。
 男嫌いの竜人少女はメゼツを無視してスズカとばかり話している。
「あの竜人の女の子は何をしてるのかしら」
「あの娘はイココちゃん。リンクスドラゴンの雛と飛ぶ練習をしているの」
 竜たちの楽園を楽しんでいたスズカは見逃せない相手を発見して大声を上げた。
 岩を草枕にし、屈強な体を横たえる赤い竜人。
「小娘、俺の眠りをさまたげたのは貴様か」
「こいつは……」
 スズカはかつて自分に不覚をとらせた相手を見て、古傷の下で血液がふつふつと湧きかえるのを感じた。突き刺すような殺気を肌で感じたメゼツはスズカを止める。
「よせよ、何怒ってんのかしんねえけど」
 本来ならば真っ先に飛び出していきそうなメゼツに諭され、スズカは少しだけ冷静さを取り戻す。もしもメゼツが視力を失っていなかったら、妹の体を不具にしたレドフィンとすぐさま殺し合いになっていたことだろう。
「あなたこそ、なんで怒らないのよ。目の前に仇のレドフ……」
はばたきによる風圧が頭上から近づいていて来て、スズカの声をかき消す。やがて強風は止み、目の前から女の子の声が聞こえてきた。
「あーっ、お兄ちゃん、またケンカしてる!!」
 メゼツはスズカの話の続きよりも突然割って入った女の子の声に反応した。メルタよりも年上のしっかりとした声だが、確かにお兄ちゃんと聞こえた気がする。
「アーリナズか。ちっ、うるさいのが来たな」
 レドフィンを止めている女の子の言葉から兄妹であることがうかがえる。人の要素が少ない兄に比べ、アーリナズは年相応の女の子にしか見えない。ただ背から生えた翼としっぽ、両腕は赤い鱗に覆われて、竜の血が色濃く表れている。特に左手は肥大化して竜の頭部のような形状になっていた。手のようには使えないだろうが口を開くときらりと光る牙のようなものまで見えている。
 竜の隠れ里に驚き、赤き暴火竜におののき。一同が翻弄されているときに黒騎士はまったく別のことを考えていた。後ろから迫っているであろう追撃部隊のことについてだ。
 キャタピラの動かなくなった魔力タンク途中で遺棄するなど、すでに打てる手はすべて打っていた。それでもあと一手たりない。メゼツとの共同戦線もそこまで信用はしてはいない。もしここでレドフィンを仲間に引き入れることができれば、それは最後の一手になりうる。
 黒騎士は鎧のふところからオツベルグのサイン入りのタンバリンを取り出し、じいっと見つめる。
 オツベルグはアルフヘイムの敵国の人間だったが黒騎士は尊敬していた。オツベルグの博愛主義こそがをいまやエルカイダの支柱となっている。であればこそ、甲皇国出身のドン・たかし3世を仲間に引き入れることができた。国を超え人種を超えエルカイダは深い絆で結びついているのである。黒騎士には自信があった。いや、これはもう確信といって良い。レドフィンの手綱を握れるのは自分しかいないと。
 レドフィンが息を整えて少しは話を聞く体勢に入ったのを見越して、黒騎士が満を持して説得を試みる。
「聞け、偉大なる竜人族の末裔よ。我が名は黒騎士。今後のミシュガルドの命運を握る戦いに貴殿の力を貸せ」
 レドフィンはいまいましげに吐息を吐くと、ちろちろと牙の隙間から炎を漏らしながら傲然と否定した。
「答えは否だ。断じて否。エルフや他の亜人の都合で戦争するなんて、もうまっぴらだ。竜人族は竜人族のためだけに戦う。そのために今は隠れ里で静養する。万全の状態でなければあの男には勝てぬからな」
「なぜだ。亜骨大聖戦において貴殿はクラウス・サンティや傭兵王ゲオルク、ディオゴ・J・コルレオーネの求めには応じたじゃないか」
「黒騎士とか、言ったか。貴様のような人間がクラウスらと同列に扱ってもらおうなどと、笑止千万。ゲオルクは器のどでかい男だった。仲間たちを使命に駆り立てるまさに王の器だった。ディオゴは悲しみを湛えた男だった。闇と光の間を行き来する危うさがあったが、奴なりのルールを曲げたことは一度もなかった。敵ではあったが、あの男ユリウスも誇り高い一流の男だった。クラウスは……奴が死んで世界はもっとつまらなくなった。我を仲間にしたければ貴様らのような小粒ぞろいではダメだ。強い奴を……強い奴を連れてこい」
「強い奴ならここにいるぜ!」
 そう言い切る威勢のいい声は白くて小さいウンチダスの体から発せられていた。聞き違いかと落胆したレドフィンの顔めがけ、メゼツは頭突きのごあいさつ。
「小兵だが、その意気やよし」
「いちち、この石頭め」
 岩のような鱗に激突したメゼツの頭のほうが割れるように痛んだ。それでもメゼツは攻撃の手を緩めない。どこかに弱点がないか探るように足の指一本一本を丹念に蹴っていく。
 レドフィンはそれがこそばゆいのか、鋼鉄で補強されたしっぽを一振りする。たった一撃で跳ね飛ばされたメゼツは壊れたおもちゃのように動かなくなった。
「なんだ貴様。弱いではないか」
 座興にもならないとレドフィンは興味を失い、再び横たわった。
「俺は強い!」
 メゼツが立ち上がっている。
(ぬぅ、何だこいつは。弱いのにその自信はなんだ)
 レドフィンは少しお灸を据えてやろうと二本足で立って、炎の息をメゼツに向かって吹き下ろした。
 メゼツは炎を吸い込まないように息を止め、身を低くして炎が通り過ぎるまで耐え凌いだ。
(また立ち上がった! 弱いが耐久力だけはそれなりにあるのか?)
「貴様、強いのか弱いのかはっきりしろ」
 レドフィンはムキになって少し強めに爪を突き出した。メゼツは体をひねりかわしながら、レドフィンの右腕に飛び移った。叩き潰そうと左の爪を突き立てると、メゼツはコツをつかんだのかこれをかわす。勢いそのままにレドフィンの左の爪で右腕が引き裂かれる。レドフィンの力を利用したとはいえメゼツはようやく一矢報いることができた。
 弱いくせに強いと言い張るメゼツにレドフィンは困惑していた。そしてレドフィンなりの答えを考え付いていた。つまりこのウンチダスは今は弱いが、生物というのは成長する。こいつはいずれ本当に強くなるのかもしれない。
「そういうことなのか?」
「そういうことだ(俺は強い)」
「ならばあの弱っちい妹も、強くなる余地はあるのか」
 メゼツはこの竜人とは気があいそうな気がした。妹思いの奴に悪い奴はいない。
「信じろよ。お前の妹なんだろ」
「だが俺はあまり気が長いほうじゃない。貴様はすぐさま強くなれ」
 レドフィンは自分のトレーニングのアドバイザーでもあるラプソディを呼んだ。
 ラプソディは竜人ではあるが外見は人の血のほうが色濃くでていた。それでも竜の体に負けないほどの筋肉質な体を見せつけるように、上半身を強調するモストマスキュラーのポージングをしている。
 そしてメゼツに怪しげな白い粉を手渡した。
「HAHAHA、これを飲めば君もperfectbody!」
「これってもしかして」
「そうだね、プロテインだね」
 メゼツはプロテインを粉のまま直飲みして、むせながらレドフィンに啖呵を切った。
「ちょっと待ってろよ。今もっと強くなるからよ~」
「ふん。気が変わった。貴様について行ってやる。ただし手を貸すかどうかは貴様たちの行いを見て決める」

       

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