Neetel Inside ニートノベル
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 甲皇国勢力圏内に逃げ込んだ黒騎士たちアルフヘイム騎兵部隊を追うべく、ヤーヒム・モツェピは戦車部隊を後方の補給拠点に結集していた。
 敵は満足に補給も受けられないが、自分たちは自陣で好きなだけ物資を得られる。そう思っていたが、あてが外れた。ヤーヒムは怒鳴らずにはいられなかった。
「補給は受けられないだと!」
 補給基地司令は悪びれもせず言う。
「あなたたちが追っていたアルフヘイムの豚どもが、糧食弾薬に火を放っていったらしくてな。悪いが自分たちの食い扶持ぐらい自分たちで確保してくれ」
「馬鹿な! 警備の者は何を見ていたんだ」
「馬鹿は貴様らだ。ここは後方で、絶対安全と聞いてきたんだぞ。それが貴様らが取り逃がしたせいで我が補給基地は甚大な被害を被った」
「戦場に絶対安全な場所なんてあるものか! 常在戦場という言葉を知らんのか!!」
「貴様がアルフヘイムの者を手引きしたんじゃないのか。アルフヘイムを裏切ったお前が今、また甲皇国を裏切らないとは限るまい」
 そういうことか。ヤーヒムは何かを悟り引き下がった。そもそもヤーヒムの部隊は竜戦車の搭乗員以外はほとんどが機械兵。誰もエルフの下には付きたくなかったからだ。補給基地司令の耳にもそういった類の讒言ざんげんがあったのだろう。
 今に始まったことじゃない。このようなことは覚悟していたはずだ。
 補給基地司令はヤーヒムたちが基地の周りで野営することすら許さず、けんもほろろに追い返した。
 補給が受けられない以上は早急にアルフヘイム騎兵隊を捕捉殲滅して甲皇国駐屯地に凱旋するほかない。ヤーヒムは遅れを取り戻すべく、斥候が逐一もたらす情報を頼りに黒騎士の足取りを追った。


 ミシュガルド各地の映像を映し出すモニタが敷き詰められた秘密の地下室で、トクサは思い出したようにヤーヒムの映るモニタを注視した。
 ヤーヒムの竜戦車部隊を遮るように往来の中央に魔力タンクが遺棄されている。竜戦車は生きた竜が動力なので飛んで素通りできるが、随伴する軍用トラックはそうはいかない。中をくまなく調べ、罠でないことが判明する。またもや無駄な時間をとられたことに歯がみしながら、ヤーヒムの部隊は遺棄された魔力タンクの横をすり抜けて行った。
「と、まあ、甲皇国内の差別に苦しんでいるようね。あなたがヤーヒムに二心なしと証言しているのに」
 別のモニタに映し出されたのは乙家を示す青い軍服を着たあどけない少女だった。サイドテールの邪魔にならないように軍帽を横にかぶっている。どう見てもローティーンにしか見えないが若さを保つ魔法をかけているだけで、ホロヴィズや現皇帝を小僧扱いするほどの年齢である。協力者である乙家の令嬢ミル・ミルリス・ハミルトンが丙家監視部隊のトクサに報告する。トクサの読心術の能力だけでも情報収集は十分なのだが、人間の立場や利益によってバイアスのかかった二次情報も時には必要になる。そんなときトクサは信頼のおける乙家の協力者に連絡を取った。
「信頼しているあなただから言うがヤーヒム・モツェピの真意はアルフヘイムの再生にあるのです」
「! それは甲皇国を欺いているということかしら」
「ハミルトン嬢、違うのです。ヤーヒムは甲皇国の力を借りて腐りきったアルフヘイム首脳部を取り払おうとしているのです」
「やだなあ、他人行儀すぎます。ミルミルと呼んでくださる? それはともかく、もはや外圧による外科手術でしかアルフヘイムの病巣は完治できないと。」
「うむ。ミルミル? 一つ頼まれてくれないだろうか。私には使命があってこの場を動けないが、あなただけでもヤーヒムに加勢していただけないだろうか」
「いいけど、それは丙家打倒のための布石?」
「いや、ただの気まぐれですよ。裏切り者にだってひとりぐらい味方がいてもいいじゃないか」


 ヤーヒムは困惑していた。再び魔力タンクが遺棄されていたからである。しかも今度は4台も。向こうも追いつかれまいとあせっているのか、道の真ん中ではなく両脇に2台ずつ放置されている。
「ふん、また時間稼ぎか。芸のない連中だ」
 ヤーヒムはわずかな斥候を調査のため留め、すぐさま黒騎士を追った。
 エルフの下に付かされていることにただでさえ不満な斥候たちは、ヤーヒムの後ろ姿がみえなくなるとすぐにサボりはじめる。
「おい、新入り。マジメにやるこたぁねー、機械兵にでもやらせておけよ」
 年季の入った軍装の古参兵が水筒のふたを開けながら、魔力タンクを背に腰を下ろす。
 初年兵はやる気がから回りぎみで、魔力タンクの中に乗り込み丁寧に物色している。ふと見ると、操縦席のシートの上に食べかけのアルフヘイムのパンが置き去りになっていた。
 後方拠点では何も食べさせてもらえないまま追い出された。初年兵は一度手に取ってしまった以上それを手放すことができない。きょろきょろと周りを確認すると、素早くほおばった。
 甲皇国軍支給品の固く毒々しいパンと違い、ふわふわとした焼きたてのような柔らかさ。亜人の奴らはこんなうまいものをなぜ無造作に置き捨てていったのか。亜人に対する怒りがこみ上げてくる。食べ物の恨みは恐ろしい。
 食べかけで放置したのなら、まだ近くにいるのでは。そこまで考えたところで、このパンが最後の晩餐となった。
 初年兵ののどに弓の弦が食い込んでいる。くぐもった声を上げると動かなくなった。
「おい、どうした!」
 異変に気が付いた古参兵は初年兵とは反対方向へと走る。休ませていた馬に飛び乗り、本隊に合流すべく駆けていく。
「まずい。逃がすな!」
 魔力タンクの中に隠れていたアルフヘイム兵がわらわらと飛び出し、投げ縄を打つ。背中に背負っていた銃に引っかかり、古参兵は絡め取られて落馬した。
 

 満足に補給も受けられないヤーヒムの竜戦車部隊の疲労はピークに達していた。敵も同じ境遇のはずと根比べしてきたが、もともと士気の低かった部下たちには限界だった。
 物見に出していた先遣隊がそんなヤーヒムたちに吉報をもたらす。戻って来た先遣隊の兵の顔は自然と緩み、話す前から良い情報だということが分かる。
「この先の峠に団子屋を発見しました」
 ヤーヒムは先遣隊が幻覚を見るほど疲労困憊なのかと思った。が、峠を登りきると確かに団子屋はそこにあった。
 藁ぶき屋根の東屋で、「狐屋」「創作団子」とか書かれたのぼりが立っている。こんな人気のないところで商売になるのだろうか。まるで狐につままれたような気分だ。
 あまりにもご都合主義的なタイミングで飲食店を見つける。怪し過ぎるが、ここで休憩しなければ反乱が起きかねない。ヤーヒムは隊列を整え、点呼を始めた。
「番号!」
「1」
「2」
「3」
「4」
……
「総員599名! 機械兵982名! 異常なし!!」
「斥候は魔力タンクの遺棄地点から戻っていないのか。よし、しばらく休憩とする。別命あるまでその場で待機せよ」


 ヤーヒムが代表となり団子屋ののれんをくぐると地味な藍染の着物の村娘が愛想よく挨拶した。
「いらっしゃいませー。一串300Vipだべ」
 一人で切り盛りしているところを見ると、この狐色の髪の村娘が店主らしい。胸のネームプレートにも狐屋店主カワイ・イノウと書かれている。ヤーヒムはイノウと交渉に入った。
「兵たちが腹を空かせている。団子を作れるだけ作ってくれないか。運ぶのは我々も手伝うから」
 イノウは快くうなずいて、赤い餅、青い餅、黄色の餅、黒い餅を千切っては丸め四つずつ串に刺していく。次々と団子はこしらえられていったが、それでも一人で599人分も作れるはずもなく、兵たちは一本の四色団子を串から外して4人で分け合って食べた。
 ヤーヒムの前に運ばれてきたのはソランの肥大した茎のように大きな緑色した団子だった。一口食べてみると蒸留酒のような強いアルコール臭が鼻から抜けていく。ただでさえ酒が嫌いなヤーヒムにはきつく、まどろみが襲ってきた。疲れているだけかと思ったがそうではない。体が重くなるほどに、むしろ頭は研ぎ澄まされていく。
 目の前に懐かしい森が広がっていく。ミシュガルドではない。故郷のアルフヘイムの森。次の瞬間森は焼け野原に変わる。ヤーヒムはかつて起こった禁断魔法を追体験していた。
 これは幻覚なのか。幻覚にしてはやけに生々しい。ここで場面が切り替わる。サブリミナルな手法で一瞬得体の知れないモノが解き放たれるイメージが頭の中に流れた。
 今度はミシュガルドのアルフヘイムアーミーキャンプが映っている。内部に侵入したウンチダスが跳ね橋を渡し、機甲兵が殺到する。ミハエル4世を玉座まで追い詰めると、再び禁断魔法は放たれた。戦争、禁断魔法、廃墟。まるで亜骨大聖戦を繰り返しているようだ。
(そうだったのか! 戦争後にミシュガルドが発見されたのは偶然ではない。禁断魔法がその引き金になっていたとしたら)
 目に映る像が次々ザッピングされていく。共通しているのはどの世界もすべてミシュガルドが滅ぶ未来という一点だけ。隕石で滅びることもあれば、精霊に憑かれた男によって滅ぼされる未来も見える。怪物によって広がる黒い海と押し寄せる黒い魔物たちによって大陸が洗い流されてしまうこともあった。像がぼやけていく。どこかで見たことがあるサングラスの男が「今立っているこの場所は一つの解釈に過ぎない」と世界はあらゆる可能性が並立していると説いている。
(バレンタイン譚? ダピカちゃん? いったい俺は何を見せられているんだ……)
 この団子屋のある峠一帯が戦場となり、ヤーヒムは光の十字架に押しつぶされて自分が死ぬところまで幻視したところで我に返った。
 追撃戦なぞしている場合ではない。さっき見たものが脳裏に焼き付いている。幻覚ですますことのできない説得力があった。ミシュガルドは、この世界は今滅びようとしている。
 しかし、自分が気づいたことには意味があるはずだ。皇国国にも、アルフヘイムにもコネがある自分になら滅びの道は回避できるかもしれない。
 ヤーヒムは自分の考えを部下たちだけには打ち明けようと、休憩中の兵に号令をかけた。
「点呼をとれ」
「番号」
「1」
「2」
「ウホッ!」
「4」
「5」
「ウホッ!」
「7」
「8」
「ウホッ!」
「10」
「11」
「ウホッ!」
「ウホッ!」
……
「男性兵士149名、女性兵士150名、フタナリ89名、ゴリラ211名、異常なし!」
「これはどういうことだ……団子か。あの団子に何か入っていたのか」
 ヤーヒムが団子屋の調理場に乗り込むと、イノウは運ぶのを手伝っていた部下に言い寄られていた。狐耳を垂らしながら弱り切っているイノウの手を部下が引っぱっている。まずいところを見られたと部下は青ざめた。ヤーヒムならば乱暴狼藉を許すまい。
「よし、そのまま押さえておけよ」
「ヤーヒム隊長、あんた話が分かるじゃないか。さぁ、嬢ちゃんこっちに来て俺たちに酌してくれよ。あっ」
「どうした。なぜ手を放す」
「こいつちんちんついてますよ」
 イノウはわざとらしくとぼけて見せる。
「団子じゃと思ったら男根だったけ」
 すっかり萎えてしまった部下は調理場からしょんぼりと去っていった。
 ヤーヒムは気を取り直して問い詰める。
「この団子は何だ。私が見たものは一体何なんだ」
「そっただこと言っても団子は団子だけど」
「あくまでシラを切る気か。それならば、今作っている団子を自分で食べてみるがいい」
「オ、オラ団子よりも大福のほうが好きだなー、なんて」
 ヤーヒムの険しい顔を見て言い逃れできないと悟ったイノウは、一転して白状し始めた。
「この四色団子は赤い団子を食べると女の子、青い団子を食べると男の子、黄色の団子を食べるとフタナリ、黒い団子を食べるとおいしくて強くなる(ゴリラ化)。あんさんが食べたほうの団子は未来予知ができるようになる団子。だども悪気はなかったずら。ただ新作団子を試してみたかったんだべ」
 未来予知という言葉を聞いてヤーヒムはこんなことをしている場合ではないことを思い出し、イノウを離してやった。
「一つだけ忠告しておいてやろう。ここはもうすぐ戦場になる。店をたたんで逃げたほうがいい」
「それじゃ、オラも一つ忠告しとくべ。あんさんの未来予知はだれも信じちゃくれないずら」

       

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