ダートは甲皇国駐屯所へと向かい、メゼツはダートの後を追う。
もうしばらくで森を抜ける。ガイシから駐屯所までは汽車に乗ればすぐに着く。ここまで無事にこれたことを考えると護衛は本当に不要だったのかも知れない。
ガイシに近づくにつれて朝もやは消え、大樹は姿を消し、藪や低木が多くなる。
メゼツは身を隠すには少し心細い、
つい気が緩んでいたのだろう。首筋に冷たいワイヤーが当てられるまでは背後の気配にまったく気付かなかった。
後ろの闇から恐ろしい殺気と視線を感じる。なぜこれほどまでの殺気に気づかなかったのか。それよりも少し手を引き絞るだけでメゼツの呼吸は止まるであろう。
「簡単に尾行を成功させるコツ知ってますか。尾行している人間を尾行すればいいのです」
後ろから聞こえてきたのはくたびれた男の声。ちょうど戦中を知っていそうな年齢の声だ。
生唾を飲み込み、のどぼとけがワイヤーの下を動く。生きたここちがしない。
「セキーネ様、少しおふざけが過ぎるかと」
次に後ろから聞こえてきたのは若い女の声。メゼツはこの声には聞き覚えがあった。
「何で来たんだよラビット!」
メゼツは息をついて振り返り、メガネのエルフに話しかけた。
「私はセキーネ様といっしょにダート様を護衛するために来たんです。甲皇国のあなたのほうがなぜ来たんですか」
ラビットが紹介したセキーネのほうを見やった。顔は白兎族の特徴である兎面、黒兎族よりもより兎の要素が強く、兎がそのまま2足歩行しているかのような印象を受ける。
この男をメゼツは大交易所で何回か目撃していたが、年がら年中女の尻を追っかけまわしてるような男だった。とても先ほどのような殺気の主とは思えない。
「たまたま甲皇国駐屯所に用があるだけだ」
「なんですか。その中学生が好きな子と下校したくて、たまたま家の方角が同じだけだからって言うみたいないいわけは。男のツンデレに需要はありませんよ」
セキーネは飄々とメゼツをからかう。あの殺気は気のせいだったのか。
「まあ、旅は道連れ世は情け。いっしょにダートと合流するか」
ガイシの街の中央に位置する駅に、時間通りに汽車が到着した。汽車は大きなひとつの生き物のように白い息を吐いて、体を休めている。
駅舎から汽車に乗り込む人の波は、人間の顔を塗りつぶす。誰も自分以外のことは気にせず、停車している汽車の中になだれ込んだ。
ガイシの開放政策が功をそうしているのか人間以外の乗客も多い。これは良いカモフラージュになりそうだ。
行商人が商魂たくましく風呂敷を広げて、汽車の中でもお構いなしに商売している。
「えーくすりーくすりー、お弁当ー、お飲み物ー、くすりはいかーっすかー」
「ロイカ、それじゃー売り子だよ」
「あんたら! ワシのシマでなにしてけつかんねん!!」
「君だってもとはエドマチ出身地だろー」
薬屋たちが喧々諤々していて、乗客の目はそちらに向いている。合流したダートとともにメゼツ一行はその隙に機関車に乗り込む。
「まったく護衛は不要じゃと、あれほど言ったのに。誰もワシの言うことを聞かん」
一番奥の窓側の席に陣取ったダートは言葉に反し終始機嫌がいい。
「しょーがねーだろー、来ちまったもんはー」
ひとり席に座らず立っているメゼツもそれが分かっているのか軽口で返す。
「ラビットちゃんもワシのこと心配して来てくれたのぉ」
右隣に座っているラビットの肩を抱き寄せ、ねっとりとした声でダートがささやく。
左に偏ったラビットの体をその隣に座っているセキーネが右に傾ける。
「心配はしてましたけど、ラビットは私のです」
3人掛けの席の真ん中に座らされているラビットはふたりの痴漢者の尻をつねって一言。
「私は誰のものでもありません!」
汽笛をならし、汽車が発車する。このまま何もなければ汽車は3時間程で甲皇国駐屯所へ到着するだろう。何もなければ。
汽車は視界の悪い森のトンネルに入る。これでは刺客が近づいて来ても分からない。とはいえ今現在最速の乗り物である汽車に攻撃をしかけてくるなんて魔法でも使わない限り無理だろう。
ミシュガルドは他国に比べ湿気が多い。空いていた車窓から湿った空気と行き場のない煙が侵入する。ダートは慌てて窓を閉めた。
メゼツは通路に立って警戒していたが、思わぬ危険が前から歩いてきた。
「鉄道警察だ。抜き打ちの臨検をする。乗客は乗車券と手荷物を出して待つように」
居丈高な役人たちは警棒を振りながら前の席から順に見て回っている。
ダートも乗車券と手荷物、わいろの入った紙袋を用意した。
手荷物の下に紙袋を隠して待つダートをメゼツは手で制し、ひそひそ話する。
「あのクソ真面目そうな奴らの顔を見てみろよ。それは今回は使わない方がいい。クソ真面目な副官と長い付き合いで、あの手合いの扱いは慣れてる。ここは俺に任せておけ」
メゼツは役人の前に進み、軽く会釈して毅然と申し出た。
「こちらはエルフと白兎人の捕虜の護送任務中だ。極秘任務中につき詳細は申しかねるが、不信ならば、メゼツ少尉の名前で大本営に確認されたし」
役人は生真面目に最敬礼を返し、確認するために電信室に駆け込んでいった。
「な、俺がいて良かっただろ」