Neetel Inside ニートノベル
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 無事森のトンネルを通り過ぎ深く息をつく機関車の運転手は、前方の線路上に人影を見つけ警笛を鳴らす。
 人影が少し大きくなる。警笛に反応を示さないどころか、こちらに近づいてさえいる。
 運転手はギリギリのところで一般人かテロリストか見極めようと、スピードを落としブレーキに手を置いた。
 すると影は飛び上がり、煙を飛び越えて車両の屋根に着地した。等間隔で車両の上を走る足音が聞こえる。
 運転手はテロリストと判断し、振り落とすべく加速した。


 ダートは車窓から変わり映えしない景色を見ていた。しかし何か違和感を感じる。上から何か青い糸のようなものが垂れ下がっていることに気づく。それがエルフの髪だと気づくより早く、丙式乙女が車両の上からさかさまに窓を覗き込み、ダートと目が合う。
「姉さん!?」
 ダートの悲鳴よりもラビットの驚きの声のほうが大きい。
 青いショートヘア、短めのエルフ耳、薄い眉に白い肌。丙式乙女伊一〇六型逸江の姿は瞳の色が青から赤に変わり、体や口もとが痛いたしく機械に置き換わっていることをのぞけば、ラビットの姉イツエにそっくりだった。それも戦争中捕虜になって生き別れたそのままの姿で、今目の前にいるのである。姉にとって7年の歳月はなかったかのようで、妹のラビットのほうが年上に見えるほどだった。
 さかさまに車窓に張り付いた逸江は聞き取れぬほどの小声で何かしゃべっている。声は口からではなくのどに埋め込まれた緑色のクリスタル製発振装置から直接聞こえてくる。単調な電子音のようだ。
「物理魔法『強撃』」
 呪文の詠唱であることに気づいたセキーネはラビットとダートを両脇に抱えて席から飛びのいた。瞬間、車窓が粉砕。
 車窓よりも大きく開いた穴から逸江が侵入する。
 悲鳴と足音。パニックに陥った乗客にダートとセキーネは押し流される。ぼやけた赤い光がダートを追って動く。その光をメゼツが遮ぎるように立っている。
「エルフってのはよ~、顔が似てて見分けがつきにくいんだがよー。ひょっとしたらお前、俺が捕虜にしたエルフじゃねえか。お前も機械歩兵の素体にされてたのか」
 ラビットは短い眉を吊り上げて、メゼツに杖を向ける。
「そうでしたか。あなたのせいで姉さんが」
「ちょっと待て、敵はあっちだぞ」
「敵はあなたです」


 セキーネはダートを連れて逃げているが、車内では自慢の跳躍力を活かしきれず車両の奥に追い詰められている。とは言え甲皇国の兵器ならば乗客に人間もいる以上、もう魔法は撃ってこないだろう。
「どうやらあなたは機械歩兵には珍しく魔法を使うようですが、この狭い車内では活かせないようですね」
 セキーネの言葉をあざ笑うかのように逸江は無表情のまま魔法を放った。
「物理魔法『乱打』」
 悲鳴はいっそう大きくなり、巻き込まれた乗客が頭を押さえて倒れ込む。無差別に放たれた魔法によって、人々は石を撃たれた鳥のようにバタバタと倒れていく。
 セキーネはダートを守るためにあえて2、3発肩に受けた。『乱打』はヒット数は多いものの一発一発の威力は低い。一線を退いたとはいえ、かつては特殊部隊十六夜を率いたセキーネにとっては無傷に等しかった。
「ヒャッヒャッヒャ、乗客が死のうと関係ないのである」
 逸江のほうから妙にテンションの高い男の声がする。逸江が手に持つ杖の先についたドクロの口が声に合わせてカタカタ開く。
「杖がしゃべるのか?」
「杖と思って馬鹿にしちゃいかん。吾輩にはクーゲルシュライバーっちゅう名前があるのである」
 セキーネは会話しつつ、逸江に接近する方法を考えていた。車両の床にはうめき声を上げながら倒れている人間たちがいて、足が止まってしまいそうだ。目をゆっくりと上げ、セキーネは何かを思いついた。
 セキーネは逸江に背を向けると、奥へと走った。目の前に壁が迫る。
「そっちは行き止まりなのである」
 セキーネは壁を蹴った勢いのままさかさまに天井を走り、きれいな弧を描いてムーンサルト。逸江の真後に着地すると同時にワイヤーを首に巻き付けた。
「列車の中での戦闘は私に一日の長があった、といったとこでしょうかね」
 セキーネは両腕を引き絞り、ピンと張ったワイヤーで逸江の首をきゅうきゅうと絞め上げてゆく。機械歩兵に絞殺が有効かは分からない。ダメならばのどのクリスタルを割り、ワイヤーで首を切断するまでだ。すぐに行動に移るセキーネをラビットが留めた。
「その人は姉さんなの、殺さないで! 助けて!!」
 かつて妹を殺され、人生を狂わした男の顔がセキーネの脳裏にちらつく。
「私は貴女の姉ではありません」
 逸江にはラビットの姉だったころの感情はまったく残っていないのか。無表情に否定するのみだった。
「逸江のアネゴ、今である」
「クー君。出力を上げますよ」
「吾輩、物理魔法は得意ではないのである」
 ラビットには可哀そうだが、詠唱される前にやるしかない。セキーネは一旦は緩めたワイヤーの輪を閉じた。
「排除します。精霊魔法『天中殺』」
 逸江が杖を振った先に白い粉が飛散する。
 至近距離にいたセキーネはまともに吸い込み、せき込んだ。
 左腕が自由を失い、蠢く。左手がかってに動き、ふところから取り出したナイフを逆手に持って自分自身に突き立てる。セキーネは自分の左手を右手でつかんで止めるのがやっとだった。
「さっきの魔法はまさか……」
「今頃気づいたか。即効性のある病原体を含んだ粉をばらまく魔法である」
 杖が逸江に代わり答えた。
 セキーネはようやくおのれの左手からナイフを取り上げたが、その隙に逸江がセキーネのワイヤーから逃れる。
 セキーネは左手の肉球のどまんなかにナイフを突き刺し、甲まで貫通させて壁に釘づけした。
 指が別の生き物のようにもぞもぞとうごめくが、ナイフは抜けない。
「させるかー!」
 再び精霊魔法を唱えようとする逸江にセキーネは右手だけを使ってワイヤーをかけようとするが、するりとかわされうまくいかない。
「片手ではワイヤーをしめることはできないのであ……」
 言い切る前に、杖はワイヤーで絡め取られセキーネの右手に収まった。
「あなたは先ほど物理魔法が苦手とおっしゃっいました。つまり、逸江が魔法を撃つためにはあなたが必要不可欠ということでしょう」
 セキーネの推測通り、逸江は魔法を使えなくなり、メゼツとセキーネで取り押さえることに成功した。


 甲皇国駐屯所謁見の間。居並ぶ精兵たちは皆、甲皇国式の銃礼し列をなしている。その一番奥に骨盤のような形の椅子に腰かけ、ホロヴィズが白々しくダートの長旅の労をねぎらう。
「部下がとんだあいさつをしたようじゃのー」
 ホロヴィズは椅子の左に立つゲルををかえりみた。
 やるならば確実に殺せ。ホロヴィズの目はゲルをなじるように冷たく光っている。
 ダートは進み出て片膝をつくエルフ式の敬礼をしながら考えていた。
 本来ならば甲皇国本国にいる皇帝と直接交渉したかったが、まずホロヴィズに渡りをつけなければ皇帝はおろか本国へ上陸することさえままならない。
 だがダートはホロヴィズを交渉のテーブルにつけるための手土産に自信があった。
 ダートは単刀直入に言う。
「互いに腹芸はなしにしよう。こちらには和平を受け入れてくれるならば、精霊樹の情報を渡す用意がある」
 この場にラビットがいれば猛反対していただろう。
 ダートの出した好条件にホロヴィズは目を細める。
「よろしいので」
 右隣に立つシュエンがホロヴィズの答えを促す。
「ダートよ、ワシはお主のことを誤解しておったようじゃ。この和平必ず成功させようぞ」

 
 交渉の間、ドクター・グリップにセキーネを治療してもらえることになった。破格の待遇は交渉がうまく言っている証だろう。
 セキーネの病状は駐屯所につくまでに悪化。会話できるほど意識ははっきりしていたものの、食べ物を与えていないと暴れだすので始末が悪かった。
 その姿を見たドクター・グリップは開口一番、セキーネの顔を触診する。
「なぜここまで病状が進行するまでほっておいたんだ! この兎面はアゲポヨ病の末期症状じゃないか!!」
 アゲポヨ病はアゲポヨ菌によって引き起こされる伝染病で、見た目をウサギに変えてしまう奇病である。
「失敬な! はぁ……はぁ……私は、もともと、兎面の、白兎人族だ!!」
 セキーネはかろうじて残る自我で答えた。
 ドクター・グリップは患者を診る医者というよりは実験動物を扱う生物学者の目でセキーネから採血する。
 顕微鏡で調べるとそこに映るのは綿毛のように浮かぶ兎面のアゲポヨ菌でも、やる気のない見た目に反して3本の鞭毛で活発に泳ぐサゲポヨ菌でもなく、緑色の菌糸と胞子をばらまいて無限に増殖する白い子実体だった。
「カビだね」
「カビぃ? そんなもんで病気になるのか?」
「これはボロールとかシュヴァルツヴァルドとか呼ばれる凶悪なカビで、感染者を脱水、分解。死んだ感染者すら操り、犠牲を増やす厄介なヤツさ。有り体に言うと感染すればゾンビのようになる。けどおかしいな。逸江は細菌を操る精霊魔法『天中殺』は使えなかったはずだが」
「どういうことだ。天中殺とかいう魔法が不発だったなら、いつ感染したってんだ」
「ボロールは体液や血液から感染します。セキーネさん、何か心当たりはありませんか」
「ああ、そう言えば最近死姦にも挑戦したくて、ゾンビのアイリちゃんとモフモフしたからそのときにうつったのかも」
「念のために聞いておくが、モフモフっていうのは?」
「セックスのことです。言わせんな恥ずかしい」
 病人を殴るのはさすがに止め、メゼツは同じ病室で修理されている逸江のほうを見た。
 アゴヒゲを薄くはやした男が険しい顔でパーツをすべて取り替えている真っ最中だ。腕まくりから見える古傷と堅そうな筋がアルベルト・アドラーの前歴が戦闘工兵だったこと物語っている。
「まったく、なんで研究職の俺がこんなのこと。俺は便利屋じゃねえっつってんだろ!」
 付き添いのラビットがせかす。
「まだ治らないんですか」
「壊すのは一瞬、直すのは時間がかかる」
「どんなに時間がかかってもかまわない。姉さんをもとのエルフの体に戻して!」
「めんどくせえ……そういうのは開発者の一人にでも聞いてくれ」
 アルベルトはドクター・グリップへ不機嫌な目を向けた。
「もとに戻す方法なんて考えてなかったよおおおおおおおおおおおおお。戻せるんなら戻してみたら?」
 ドクター・グリップから承諾を得たアルベルトは修理した逸江の武装をできる限り外してやった。


 和平は滞りなく進み、条件であった精霊樹の情報をダートが引き渡す。それは二重スパイである情報屋のミーアの頭の中にある。ホロヴィズの前に大商人ジャフ・マラーが手を引いてミーアを連れてきた。
 マラーは顔の半分をターバンで、もう半分を蓄えた白いヒゲで隠したSHWの謎の富豪だ。
 ダートは魔法によって封印されているミーアの記憶の鍵を外した。
 ホロヴィズもミーアの頭に埋め込まれた機械のコードを解除する。ところがロックがかかったままミーアは何もしゃべらない。
 代わりにしゃべったのはマラーだった。
「商人の行動は常に損得なのー。ボクが両国の和平に協力してきたのも、アルフヘイムと甲皇国がミーアの記憶のロックを解除させるためなのー。これで残るはSHWのロックだけだなのー」
 マラーはタネ明かしで注意を引きつつ、ホロヴィズにペットボトルを放った。ペットボトルはモンスターを閉じ込めておくことができるマジックアイテムだ。
 ホロヴィズは雷撃魔法の込められた魔封水晶マウグでペットボトルを割ると、中からフキダシというアザラシによく似た魔獣が出現した。
「まずい、こいつは人の声を真似て虚言を言う……」
 ホロヴィズの声はまったく同じ声に遮られる。
「皆の者SHWのマラーに手出ししてはならぬ!」
 マラーはを悠々と駐屯所から逃げおおせた。
「SHWめ、本性を現しおったな。ダート殿、急ぎ共同で追討部隊を差し向けようぞ」


 SHWよりも先に精霊樹を手に入れるため、両国は追討部隊を編成するための義勇兵を募った。甲皇国とアルフヘイムの初めての共同作業となる。
 やっと細かいことを気にせずに戦えると、メゼツは喜び勇んで参加。ラビットは姉のそばにいたいと今回の参加を見送る。セキーネは病床から立ち直り参加してくれることとなった。いまだに両国には深い溝があり、たった二人だけの追討部隊になってしまった。


 甲皇国の情報網とアルフヘイムの追跡魔法により、マラーが向かった場所が特定された。それは北緯65度21分2098秒東経10度05分0044秒。
 追討部隊はその場所で黒い霧の向こう側に見た。
 天に向かって枝を広げる巨木。樹冠は青みがかり空のなかに溶けていくようで、肉眼では見えないがもっと上まで続いている。
 これは紛れもない樹齢千年の精霊樹、千年樹だ。
 あまりにあっけなさすぎて呆然とたたずむメゼツ、敵の罠をうかがうセキーネ。
 確かに先に到着しているハズのSHWの手の者は見当たらない。
 精霊樹の根と地面の間にぽっかりと空いた洞穴がある。
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┃>無視して精霊樹をゲット ┃→最終章 世界を救う12の方法 へすすめ
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┃ 洞穴を調査する     ┃→最終章 世界を救う13の方法 へすすめ
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