Neetel Inside ニートノベル
表紙

ミシュガルドを救う22の方法
2章 真の勇者

見開き   最大化      

「さっすがミシュガルド。ヘンな奴ばっかだな」
 大交易所はSHWの管轄ということもあり、人間と亜人が混在する国際都市の様相を呈している。甲皇国の水を飲んで育ったメゼツには、この野放図で開放的な空気は毒だった。
 手作りのマントを巻いた人間の子供と犬面の亜人の子供たちがイタズラな笑みを浮かべ走り回り、スタイルのいい女戦士が大人げなく本気で追いかけ回している。兎面の亜人はOL風の女性を「お嬢さん、私とモフモフしませんか」と口説いているようだ。お腹に魔物のような口がある少女は木陰で昼寝をしている。
 メゼツはうんちを仲間にしなかった代わりに、ガザミのつてで傭兵を雇った。赤い髪と目の熱血漢で、とりあえず荷物持ちをやらせている。胸当てと膝当てのみの軽装だから、素早い身のこなしで槍を振るって活躍するだろう。ハイランド騎士を自称しているジョワン・ヒザーニヤという男だ。
 ハイランドというのは東方大陸の中央、ハイランド高地に位置する小国家である。東方大陸は山が海にせり出し、農耕可能な平地が少ない。ハイランドも軍用馬の輸出と国を挙げての傭兵家業で国民の口を賄う他なかった。ハイランド騎士団などと言うが傭兵ギルドと言ったほうが内実を表すだろう。
 あと3人程強い奴を雇って、森で獣神帝の奴らを捜索する。それと俺自身も戦えるように魔法でも覚えるかな。メゼツは魔法タバコをくわえ、思案しながら歩いた。
 魔法タバコはエルフが作り出した魔道具だが、魔法の素養がない人間でも吸うことができる。エルフや亜人は大っ嫌いだが、戦争中に覚えたコレだけはやめられなかった。
 アレク書店という本屋を見つけて、くわえタバコのままで魔導書でも売ってないかと中をのぞいてみる。
「兄さん?! 」
 最愛の妹メルタの声とは違った落ち着いた女性の声。そもそもメルタは兄さんとは呼ばない。メルタとは違うと知りつつも、悲しいかなメゼツの体は声のするほうに向いていた。
 カウンターの店員の女性は銀色の髪を後ろに束ね、着ている服よりも白い肌をしている。茶色いエプロンには名札が付いていて、ミシュガルド店店長ローロと書かれていた。ずいぶんと若い店長さんだ。
 ローロは人違いと分かり、寂しそうに紫色の目を伏せた。
「ごめんなさい。兄さんの好きだった銘柄の魔法タバコの匂いがしたから」
「好きだった? 死んだのか、そいつ」
「違うの、兄さんは行方不明で」
 メゼツの縁起でもない一言を打ち消したくて、ローロは人にめったに話さない兄のことを吐露した。
「10年前、兄さんは冒険者になると言って家を出たの。それきり音信不通だけど、きっとどこかで生きているはず。見かけたら教えてください」
 10年前ならば、甲皇国がアルフヘイムに上陸する前だろう。どこかで聞いたような話だ。しかしメゼツの生前の記憶は薄ぼんやりとして、あてにはならなそうだった。
「分かった、見かけたら知らせる。でだ、本買いに来たんだけど、魔導書ってある」
 ローロはすぐに気持ちを切り替えて、二人は店員と客に戻った。
「ごめんなさいね。今は軍縮、軍縮で強力な魔導書は発禁処分になってるの。実用書のコーナーに入門書が一冊だけ残ってるだけ」
 メゼツは実用書のコーナーの上から二段目の棚に、『家庭で役立つお手軽魔法レシピ』というタイトルの本を見つけ手をかけた。同時に小さな手が重なる。
「あっ」
「べ、別に私は魔法くらい使えるから、こんな本いらない」
 手を引っ込め、少女は本を譲った。
「俺だって、必要ね~わ。お前にやる」
 つい、強がってしまったメゼツ。引っ込みがつかなくなって、「いらない」「お前にやる」の譲り合いは、数十分に及んだ。
「とうとう漆黒のプリンセス、シャルロット・キャラハンを怒らせてしまったようね」
 メゼツはシャルロットと名乗る少女を観察した。
 細い黒髪は膝下まで達し、黒いリボンと黒いブレザーに黒ニーソ、なるほど漆黒のプリンセスといった格好だ。円らな瞳だけは満月のように、漆黒の中からこちらを見返している。手に持つのは1メートル程の草刈り鎌で、服装も合わせて冒険者のいでたちではない。
 しかし油断はできない。うんち相手に苦戦したのはついこの間のことだ。かわいい少女に見えて、若獅子のような実力を秘めているかもしれない。ここはミシュガルドなのだ。
「くっ、右手が。離れなさい。あなた命拾いしたわね」
「は? 」
 シャルロットは右腕を押さえてうずくまった。どうやら戦闘は避けられたようである。
「ミシュガルド七英雄に名を連ねるこの私が。情けないことだ」
「なん……だと……」
 正直初めて聞く単語だったが、メゼツはシャルロットの強さを確信した。二人目の仲間に相応しい。
 一部始終を目撃していたシャルロットの従者ルーは後に語る。
「あんなにノリのいい人は初めてでした。シャルが水を得た魚人のように生き生きして、厨二病を発症していました。女の子以外のライバル出現は想定外です」

       

表紙
Tweet

Neetsha