Neetel Inside ニートノベル
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 うんちは憲兵によって甲皇国駐屯所のすぐ東を流れる銀の河につれてこられていた。
 川は赤く濁り、腐った肉のような悪臭を放っている。
 入植が始まった二年前は日に照らされた川面が銀色に輝く美しい川だったはずである。人の手が入るだけでこうも変わってしまうものだろうか。
「早く川に入って川底をさらってこい。くっさいお前にはお似合いの仕事だろ」
 憲兵が嘲笑する。
 忘れていた。
 差別しなかったヤー・ウィリーやほおずりしてくれたおじさん、うんちに良くしてくれた人は少ない。
 メゼツと出会って、臭いを気にしない仲間が増えていったけど。
 でも自分が変われたわけじゃなかった。
 おのれは魔獣のうんちにすぎない。
 うんちは言われるままにとぼとぼと川へ身を投じた。
 水温は生ぬるかったが、心は冷え切っていくようだ。
 潜ってみたところで、視界は朱に染まり何も見えない。川底に近づいてじっと見つめてから、ぎょっとした。
 水を吸って一回り膨らんでいたが、人の形をしている。いや、過去形で語るべきかもしれない。半分ほど魚のエサになって原型をとどめない遺体もある。人間の遺体と亜人の遺体が癒着しあって、混然一体となった奇妙な形のものもある。
 川底に折り重なる無数の遺体が水の流れをせき止めていた。
 銀の河は上流でテレネス湖と繋がっている。テレネス湖遺跡を探索したとき、甲皇国軍とエルカイダの間で激しい戦闘が繰り広げられた。遺体はそのときの死傷者で、川下まで流れ着いたのではないだろうか。
 なるべく冷静さを保ちながら考察していたが、限界だった。
 気が遠くなる。
「おい、しっかりしろ」
 ずいぶん長いこと会ってなかったような懐かしい声だった。
 銀の河までうんちを追ってきたメゼツが、腰まで川につかりうんちをすくい上げた。
「おやめください、汚らわしい!」
「自ら川に入るなんて自殺行為です!」
 河原で臣下たちが大騒ぎしているが、誰も川まで入って止める者はいない。
 メゼツは左手でうんちを抱えながら、右手で癒着した遺体を引き上げた。川から上がるとすぐさま部下に命じる。
「少し上流の丘の上に共同墓地があったはずだ。そこに人間亜人分け隔てなく丁重にとむらってやってくれ」
「皇帝陛下の命令でもそればかりは。亜人と一緒に人間を葬るなどもってのほかですぞ」
 露骨に嫌悪感を示す部下の物言いに、頭にきたメゼツは意地悪を言った。
「ほう。お前はこのくっついた遺体から人間の部分だけを切り分ける作業がしたいと、そう言うんだな」
「いえ、その。それは、ちょっと」
 部下はしどろもどろになって返答にきゅうす。進んで汚れ作業をやってまで、メゼツの命令に反対する者は誰もいなかった。


 川を見下ろすことができる小高い丘の共同墓地に墓穴が掘られ、次々と遺体が埋葬されていく。
 すきあらば参加しようとするメゼツを抑えるために、部下たちは急ピッチで作業を進めた。
 体を動かさずじっと埋葬の監督なんてしていると、体の真ん中を隙間風が吹き抜けていくようだ。
 人間と亜人は死ななきゃ寄り添うこともできないのか。
 嘆息するメゼツのもとに伝令のピクシーが飛んできた。
 ピクシーとは別の方角からも来る。西日が照らす丘の上に、カールがよこした情報士官が息せき切って登ってきた。
 メゼツはまず情報士官の要件から聞く。
「陛下! 緊急につき拝謁をお許し願います。丙武大佐、ご謀反!」
 ククイからカールへとリレーされた情報のたすきを受けたアンカーの情報士官は、強行軍がたたって伝え終わるなり昏倒した。責任感の強い男だったようで自身に何かあったときのために、手には詳細が書き込まれたメモ書きがしっかりと握られている。
 メゼツはその詳細を読むにつれ、今日埋葬した以上の死人が出ることを覚悟した。
「空飛ぶ城を手に入れた丙武が空軍を潰走させただと! 最悪だ!!」
 丙武は守るべきものを何も持っていない。祖国愛だとか、家族だとか、そういったものは。手に入れた力を行使することに何の躊躇ちゅうちょもないだろう。メゼツには丙武を止める手立てなんて皆目見当もつかない。
「メゼツさん、ヤー・ウィリーならば知恵を貸してくれるはずです。私ならば渡りをつけることができます」
 うんちの献策はありがたかったが、メゼツはいまいちSHWの大社長を信用しきることはできなかった。
 いったん置いておいて、ピクシーのもってきた音声データを再生する。
「皇帝陛下、拝謁希望者が二組います。ひとりはコルレオーネファミリーのヌメロと称する者」
 どうやら丙武の乱とは別件のようだと安心して、メゼツは続きを聞いた。
「もう一組は獣神将のエルナティとロスマルトと名乗る者が拝謁を申し出ております。お会いになりますか?」
 メゼツは獣神帝がもうここまで攻めてきたかと焦ったが、考えてみればアルドバランで攻めてきているのは丙武だった。
 獣神帝の勢力はいわば丙武たちに拠点をのっとられた被害者であり、共通の敵である丙武を相手にするならば共同戦線を張ることも可能かもしれない。
 丙武の城が甲皇国駐屯所に到達するまでに対策を立てねばならない。ククイが命懸けで運んだ情報。乙空が稼いでくれた時間。無駄にすることはできない。
 時間制限がある以上、とりうる行動はひとつだけだ。
 皇帝は決断した。
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┃>ヤーに協力してもらう ┃→最終章 世界を救う18の方法 へすすめ
┃            ┃
┃ ヌメロと面会する   ┃→最終章 世界を救う19の方法 へすすめ
┃            ┃
┃ 獣神将と面会する   ┃→最終章 世界を救う20の方法 へすすめ
┃            ┃             
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